穂積名堂 Web Novel

『煙草が消えるまでの五分間に、人はどれだけの事を考え得るのか』

2012/02/29 00:32:44
最終更新
サイズ
8.58KB
ページ数
1
閲覧数
2115
評価数
0
POINT
0
Rate
5.00

分類タグ

『煙草が消えるまでの五分間に、人はどれだけの事を考え得るのか』

床間たろひ
*創想話21集 おやつ氏作『紫煙 ~咎兎~』の三次創作です。許可を頂いたおやつ氏に心からの感謝をw





 暗い部屋で一人、天井の染みを数える。
 今まで余り視覚に頼る事の無かった私には、明かりの有無など関係ない。
 その特性から夜間任務の多かったせいか、偶にこうして寝付けない夜がある。
「ふぅー、まいったな……」
 布団の上に寝転がっているが、どうにも眠くならない。
 無理矢理目を閉じて「兎が一匹、兎が二匹……」と数えたものの千匹を超えた時点で諦めた。
 どうやら今夜は眠れそうにない。
 身体は疲れているのに、精神が尖っている感じ。
 眠れないなら放っとくだけ。
 眠くなるまで放っとくだけ。
 
 それにしても……目が痛い。
 今、私は永琳から出来るだけ目を開けているように言われているが、大分慣れてきたとはいえ昼間にずっと目を開けているのはつらい。
 眼精疲労による痛みより、むしろ情報を受け取る脳の方が疲弊していた。
 視覚情報は莫大に増え、元々の聴覚からの情報も同じように脳内に叩き込まれる。これぐらいで凹たれるようなヤワなシナプスなんざ持っていないが、それでも疲弊を感じぬ程に不感症って訳でもない。
 夜なら良いのだ。ある程度視覚情報が制限されるのであれば、ここまで疲弊は感じないだろう。できれば昼は眠り、夜に活動する方が有り難い。だと言うのに……
「ちっ……あの健康オタク」
 黒い髪をした白兎の顔が浮かぶ。何が『早寝早起きは三文の徳』だ。寝不足の上に朝からこき使われては得も糞もない。きっと明日も日が昇ると同時に叩き起こしに来るのだろう。全くご苦労な事だ。
 アイツは本当に口煩い。
 やれ睡眠不足は美容の大敵だの、人参の喰い過ぎは良くないだの、煙草は止めろだの。
 放っておいて欲しい。自分の身体なんだ、好きに使わせろっての。
「……ふん、そうだな」
 どうせこのまま眠れないんだ。ちょっと一服してこよう。
 私は布団から起き上がり、壁に掛けてあった上着に袖を通す。
 枕元の卓袱台に置いておいた煙草と燐寸(マッチ)を手に取ると、襖を開いて外に出る。
「……寒っ」
 吐く息がひどく白い。吹き付ける風は容赦なく体温を奪う。縮れた耳が余計に縮こまる。
 まだ雪こそ降っていないものの季節はすでに冬。
 こんな夜更けに外出するなど余程の馬鹿と言えるだろう。
「馬鹿で結構」
 私は敢えて虚勢と一緒に胸を張り、夜の帳に舞い上がった。





 
      『煙草が消えるまでの五分間に、人はどれだけの事を考え得るのか』





 夜を裂いて私は飛ぶ。
 今夜は月も星もない真っ暗な空が、何処までも続いている。
 黒い夜を、何処までも、何処までも飛んでいく。
 竹林を超え、湖を超え、気が済むまで飛び続ける。
 身体の疲れ、精神の疲れ、過去のしがらみ、現在のしがらみ、それら全てを置き去りにするように加速していく。
 身を切る風が刃物のように冷たい。だがそれに刻まれる痛みが私を軽くしてくれる。
 その痛みすら感じなくなるまで、もっともっと遠くへ―――
 いい加減此処が何処なのか解らなくなるまで飛んで、私はやっと地面に降り立った。
「……さて、此処までくれば大丈夫か」
 私は眼下に湖が広がる小高い丘に立ち周囲を索敵し、誰もいない事を確認する。
 私にとって煙草を吸うという行為は、ある意味神聖な儀式だ。
 この間のように邪魔が入るのは出来るだけ避けたい。
「ったく、あの姫様も何考えてんだか」
 蓬莱の姫、私にとっては御伽話の存在でしかなかったもの。
 それがのうのうと「一本頂戴」ときたもんだ。姫なら姫らしくしてろっての。

 私はぶつぶつ呟きながら、手頃な岩を見つけて腰を下ろす。
 岩の冷たさが体温を奪う。あの健康オタクなら「女の子が腰を冷やすな」とか言うに決まってる。
「知った事か」
 私はぞんざいに足を組むとポケットから煙草と燐寸を取り出した。
 月世界からの愛用の煙草『新世界』
 薄い橙のパッケージに黒線の地球をあしらったシンプルなデザイン。
 月から逃げ出した時、1カートン持ち出すのがやっとだったから残りは3箱。今後手に入る当てもないから大事に吸っていかないといけない。
 パッケージの左側をぽんぽんと指で弾き、一本取り出してそのまま口に加えた。
『新世界』はフィルターも付いていないキツい煙草だ。火を付けずとも煙草の葉が舌先に触り、舌がぴりぴりする。その刺激が面白くて私は火の付いていない煙草を口で弄んだ。
「さて、と」
 こうして遊んでいても仕方がない。私は燐寸を取り出すと、しゅっと擦って火を点ける。
 夜の闇にぼぅっと輝く橙の光。
 暖かい光、優しい光、何かを思い出しそうになる光。
 私はしばらくその光に魅入った。夜の中にぽつんと輝く光。この世でたった一つの大切な、求めるべき何かのイメージ。惚けたように見詰めるうちに、火は燐寸の根元まで燃やし尽くす。
「あちっ!」
 指先に感じる熱さに思わず燐寸を放り投げてしまった。何をやってるんだか、私は。

 改めて二本目の燐寸に火を点ける。
 燐寸もこの幻想郷においては貴重品、大事にしないといけないってのに。
 今度もまた橙の光に目を奪われるが、私は鋼のような意志でその誘惑を断ち切る。そうそう惚けてばっかいられるか。

 燐寸を咥えた煙草に近づける。風で消えないように左手で覆いながらそっと近づける。
 息を吸い込むと同時に煙草に炎が吸い込まれ、煙草にぽっと火が灯った。
 口内に吸い込まれる紫煙。その煙草の葉と、燐寸の木と、巻いた紙の煙が舌を刺激する。
 それは一本の木を炎によって凝縮させた生命の味。
 生命を飲み込む傲慢な行為が私の優越感を刺激する。
 私はその紫煙を漏らさぬように、惜しむように肺に落とし込んだ。

 煙草の煙は赤血球に酸素を押し退けて結びつく事で、血中の酸素濃度を引き下げる。
 脳に流れ込む酸素が減少する事で、軽い酩酊感を生み出し心を落ち着ける。
 だけど強化された私の肺は、煙草の煙如きで血中酸素のレベルを落とす事を許しはしない。
 だからこれは只の錯覚。
 普通の人間の振りをする為の只の擬態。

 だけど何時からだろう。私がこの儀式を必要としたのは。
 あの時だろうか。それともあの時だろうか。
 煙草の紫煙が肺を満たすと同時に、過去の記憶が脳内を満たしていく。
 戦場の記憶。私を弄繰り回した奴らの顔。そしてあの娘の事……

 私はぷはーと大きく息を吐く。
 紫煙は私の記憶を纏って白く染まり、黒い夜を白く切り裂いた。
 肺の中の煙を吐き出すように、心の中のわだかまりも一緒に吐き出す。

 はい、これで消えた。

 私は二口目の紫煙を肺の中に落とし込む。
 次に心を満たしたのは月から逃げ出したあの日の事。
 罪悪感と開放感。勝利の美酒に酔いながらも何処か冷めていた自分。今も心の底に澱のように溜まっている何か。

 ぷはー

 ……はい、これも消えた。

 そして三口目。
 心を満たすのはあの銀髪の女。自分を『師匠』と呼ばせる変な女。
 そして……初めての敗北。差し伸べられた手。暖かい何か。
 これは吐き出すのに、ちょっと躊躇った。
 まだ私にとっては新しい傷。だけど大切な私の痛み。それでも……

 ぷはー

 吐き出す煙と一緒にそれも消えた。

 もう半分以上、燃え尽きた煙草。
 一度も灰を落とさなかったので、白い化石のように残る生命の残骸。
 残りはあと一口ってところか。
 最後の一吸いを肺に流し込む。全て燃え尽きよと深く吸い込む。じりじりと灼く炎が根元まで達し指先に熱を感じるまで、私は紫煙を取り込んだ。

 肺の中を満たした紫煙。
 最後に満ちてきたのは現在の記憶。

 いつも口喧しい健康おたく。
 何を考えているか解らないお姫様。
 そして自分の事を『師匠』と呼ばせる……月の大罪人。

 強化された私の肺。
 なのに今だけはリミッターが壊れたみたい。頭がくらくらとする。
 出会った時、今まで過ごした時、これからの時。
 その全てを放棄するように私は深く煙を吐き出した。

 忘れてしまえ。
 消えてしまえ。
 全部なくなってしまえ。

 煙草の煙が無くなって、自分の吐く息が白くなっているだけだと気が付くまで、私は息を吐き続けていた。
 白い吐息が世界に溶けていく。私の自我も世界に解けていく。

 はい、これで全部なくなった。


 過去も、現在も、未来も全部なくなった。
 私は私。なーんにもない私。自由で自由で自由な私。
 私すらも捨ててしまったから、もうなーんにも残ってない。
 空っぽで、軽くて、何処にでも行ける私。

 岩から転がり落ちて、地面に寝そべって、夜空を見上げる。
 もう月なんて見えやしない。
 私は思わずくすくす笑う。笑いが笑いを引き連れて、だんだん抑え切れなくなり……

「あーはっはっはっはははははーーーー!!」

 私は静寂な夜に抗うように――大きな声で笑った。




「はーっ」
 笑いの波がやっと引き私は深く息を吐く。白い息がやっぱり夜に溶けていく。
 さて、これからどうしようか。
 私は身を起こし、身体についた枯れ草を軽く払うと再び岩に腰掛ける。
 夜空をぼーっと眺めながら、無意識で煙草を取り出そうとして……

『吸い過ぎは駄目って言ってるでしょ!』
「は、はい!」

 思わず煙草を取り落とした。

 あれ?
 周りを見渡しても私一人。黒髪の白兎なんて影も形も見えない。
 先程までと同じく、月も星もない暗い夜空に冷たい風が吹き抜けるだけ。
「ぷっ……ぷはははははは……!!」
 再び襲い来る笑いの衝動。
 何だ、全然吐き出しきれてないじゃないか。
 それはそうだ、煙草一本で全てを捨てようなんて虫が良すぎる。
 そんなに過去も、現在も、未来も軽いものじゃない。
 あれは煙草を吸う五分間に見た幻想。全てから逃げ出したいと望む私の弱さ。
 だから、煙草が消えれば元通り。
 だから、紫煙が散ったら元通り。

「ったく……幻聴でもお節介なんだから……」
 黒髪の白兎がべーっと舌を出すのが見えた気がした。

 さて、今から帰れば少しは眠れるかな?
 どうせまた朝早くにアイツが叩き起こしにくるのだろう。
 せめてそれまでは夢の中で漂うとしよう。


 私は吸殻をポケットに仕舞うと、月のない夜空に向かって飛び出す。
 
 今の私が帰る場所へ

 私を待つ人達のいる『永遠亭』へ――









             ~To be continued 『紫煙 ~影双ツ~』 ~
おやつさんの『紫煙 ~咎兎~』を読んだ瞬間に浮かび、速攻で書いておやつさんに見せたものです。
もし未読の方がいらっしゃいましたら、是非ご一読下さいw
床間たろひ
コメント



0. コメントなし