「――なぁ、霊夢。雪だるまが降ってるぜ?」
「んぁ?」
こたつで突っ伏した霊夢がのたくたと顔を上げた。こたつ布団を胸まで被り、はんてんの二枚重ねという完全防寒。
だらしなく緩んだ口元にはよだれの跡がつき、こたつ台の上には食い散らかしたみかんの皮が散乱している。
「ちょっと魔理沙。寒いから閉めなさいよ」
縁側の障子を開いて背中を向けたまま白黒のエプロンドレス。「ちと花摘みに」とこたつから這い出した魔理沙は障子を半分開けた状態で固まっていた。
「いや、だから雪だるまが」
「雪玉がどうしたってのよ。こんだけ寒いんだもん。そりゃ雪の一つや二つ」
「えーい、自分の目で確かめろ」
振り返って大股で歩いてきた魔理沙が霊夢の首根っこを引っつかんでこたつから引きずりだし、そのまま尻をぽーんと蹴って庭へと蹴り出した。
はんてん二枚重ねによりころころしていたころころ霊夢は、ころころ転がり庭へと落ちる。
「ぶはっ! 何すんのよ!」
「いいから、ほら」
「あ? ――へ?」
魔理沙が庭を指差し、霊夢が庭へと目を向ける。
そこには数えきれないほどの雪だるま。
大きいものは霊夢だるまの二倍くらい。小さいものはほんわり手のひらサイズ。
それがもう、うじゃうじゃと庭中を埋め尽くしていた。
「な、何よこれーー!」
「そして上を見ろ」
「へ?」
霊夢が顔を上げて――声も失くして固まった。
空からふわふわとしゃぼん玉のように、雪だるまが降ってくる。
ふわふわ。
ほわほわ。
ご丁寧に炭で目鼻を描かれ、棒っきれの腕にちっちゃな手袋を付けて、暖かそうな毛糸の帽子まで被った雪だるまたちが、ふわふわ、ほわほわと。
呆然と見上げる霊夢の前に、小さな雪だるまが降ってくる。
思わず両手で受け止めると、雪だるまが笑顔をこちらに向けていた。
冷たい感触は間違いなく雪だるま。手のひらに感じる重さも間違いなく雪だるま。
このところ急に寒くなったから、そろそろ雪の一つも降るだろうと思っていたが、まさか雪だるまが降ってくるとは。
「おーい、霊夢」
しかし今までにこんな事はなかった。
いかに面白おかしい事が日常茶飯事の幻想郷とはいえ、こんな事は一度も。
「霊夢ってばー」
もしや妖怪の仕業か?
そう考えた霊夢は記憶の中からこんな事をしそうなヤツを思い浮かべ……あまりにも心当たりが多すぎる事に絶望した。
スキマ、吸血鬼、宇宙人、寒いヤツ、幽霊、天狗。どいつもこいつも面白半分でこういう真似をしたとしてもおかしくない。
「聞こえないのかー霊夢ー」
「何よ! 考え中なのよ!」
「いや、危ないぞ?」
「へ? ―――あ」
どずん。
見上げた霊夢の視界を埋め尽くす一面の白。
もうもうと雪煙が舞い上がり、ぐらぐらと地面が揺れ、魔理沙はひょいと肩を竦める。
しばらくして雪煙が消え、今の今まで霊夢がいた場所には一際でっかい雪だるまが鎮座していた。
「南無」
霊夢の墓標となったでっかい雪だるまに向けて、魔理沙は両手を合わせた。
まぁ、巫女だし、春になれば這い出てくるだろう。
§
「まったく、どうなってるのよ!」
「まぁ、冬だからな」
春を待たずに這い出てきた巫女は、魔法使いと共にこたつで熱燗をすすっていた。
正月用に取っておいた秘蔵の酒だが、凍死するよりマシという已む無くの非常手段である。ちなみに霊夢のはんてんは二枚から三枚に増えていた。ころころころ霊夢である。
最初はお猪口でちびちびと飲んでいた二人だが、面倒くさいと徳利のまま直接すすっていた。神さまが見たら、年頃の女の子が何てはしたないと嘆くだろう。
境内には相変わらず雪だるまの群れ。その後も雪だるまは降り続け、もう見渡す限り雪だるまで埋まっていた。
「他所もこうなのかねぇ」
「あんた、ちょっとひとっぱしり見てきなさいよ?」
「嫌だよ。寒い」
「人の家の酒、勝手に呑んでおいて」
「知らないのか? 飲酒運転は罰金なんだぜ?」
ほろ酔い気分のとろんとした目で魔理沙が答え、霊夢はむくれてみかんの皮を投げ付ける。
魔理沙はひょいと首を僅かに傾けて避わしながらも、徳利に口をつけて美味そうにぐびりと呑んだ。
正月も間近というのに散らかったままの部屋。新しい神さまを迎えるには到底相応しくない、神社とは思えない有様だ。巫女のくせに。
「でもまぁ、風流なもんじゃないか」
「人の家だったら私もそう思えるわよ」
庭の外は銀世界。雪だるまで埋め尽くされた境内は、見慣れた風景を白一色に塗りつぶしてしまった。
厚い雲に遮られた空はどよどよとしているが、まぬけな顔でにこにこ笑っている雪だるまを見ていたら真面目に落ち込む気にもなれない。
「どうしてくれようかしら……」
「春になったら溶けるだろ? まぁ、呑め」
「誰の酒だと……んく……けふー。……でもそんなに待てないわよ。新年には参拝客も大勢やってくるってのに」
「大勢?」
「……割と」
「割と?」
「……少しは」
「少し――」「うるさい」 かんっ!
霊夢の投げた徳利が、魔理沙の額を直撃する。
ちゃんと一滴残らず飲み干したのを確認してから投げるところが抜け目ない。
「ま、しかしあれだな。私に任せればこの程度の異変どうという事もない」
「ほぅ、言い切ったわね。期待はしていないけど言ってみなさい?」
「雪だるまは所詮雪。雪は冷たい。冷たいのは熱いのに弱い。熱いのは何だ? 熱いのは私の心だ。ならばどうする? 決まっている。この熱い魂の奔流を――わぷっ」
霊夢の投げた雪だるまが、魔理沙の顔面に直撃してその口を塞いだ。
まっ白になった魔理沙の顔面。今の魔理沙は白黒ではなく、白白黒くらいな感じだ。
「ったく。馬鹿の一つ覚えの力技? そんな事したらぺんぺん草も生えなくなるじゃない」
「冷たいぜ」
「頭を冷やしなさい」
「私はいつも冷静だ――ってちょっと待て。今お前どっからその雪だるま取り出した?」
「何処って……ひぃ!」
気が付けばこたつのまわりをぐるりと取り囲む雪だるまの群れ。
雪だるまの分際で、暖かそうなこたつを羨ましそうに見つめている。
いつの間に、どうやって、そんな何故の嵐に翻弄されながらも魔理沙は立ち上がって、雪だるまを睨みつけた。
のへへんと何も考えてなさそうな顔で、にこにこ笑う雪だるまたち。懐から八卦炉を取り出し構えながら、未だ動けずにいる霊夢に向かって声を荒げる。
「何だこりゃ! おい、霊夢。一旦外へ!」
「嫌よ!」
「何だと! こんな囲まれてちゃ不利だろうがっ!」
「嫌ったら嫌!」
「何言ってるんだ! いいからさっさと外に――」
「こたつから出るくらいなら、舌かみきって死んでやるわ!」
ぷちん。
そして室内にマスタースパークの眩しい閃光が煌いた。
§
「喰らえっ! 大雪山おろし!」
「何の! 必殺トルネード投法!」
境内に白い弾幕が吹き荒れる。
何しろ玉はそこらじゅうに売るほど転がっているのだ。
今はレミリアと魔理沙が弾幕ごっこをやっているが、さっきまでは幻想郷中を包む大雪合戦大会が行われていた。
子供は雪の子元気な子。何百歳だろうと何千歳だろうと、雪は人も妖怪も童心に帰らせる。ましてや初めっから雪だるまなのだ。これで遊ばない方がどうかしている。
「妹紅! お前は参加禁止!」
「えー」
「雪が解けて雪崩が起きるだろうが! それからチルノ! 氷玉は反則だ!」
「えー」
いつの間にやら審判役にされた慧音が、笛を片手にあちこち飛び回っている。
みーみーみーみー元気な事だ。
様々な人妖が飛び交う中、火鉢を股に抱えはんてんを二枚重ねにしただるま霊夢は「へーくちょい!」と大きくくしゃみをした。
ぼろぼろの博麗神社で形だけ残った縁側に陣取り、むーっと唸りながら境内を眺めている。
ずるずると鼻をすすりながら、ふと空を見上げた。
相変わらず雪だるまはこんこんと降り続け、野山を全て白く染めていく。
どんよりとした空からふわりふわりと降りてくる雪だるま。
そのうちの一つが、空を見上げていた霊夢のおでこにずしりと乗っかった。
にこにこ笑う雪だるま。
霊夢は雪だるまのお尻を睨みつけて、ずるりと鼻をすすりながら、
「へーくしょい!」
もう一度、大きなくしゃみをした。
《完……?》
「んぁ?」
こたつで突っ伏した霊夢がのたくたと顔を上げた。こたつ布団を胸まで被り、はんてんの二枚重ねという完全防寒。
だらしなく緩んだ口元にはよだれの跡がつき、こたつ台の上には食い散らかしたみかんの皮が散乱している。
「ちょっと魔理沙。寒いから閉めなさいよ」
縁側の障子を開いて背中を向けたまま白黒のエプロンドレス。「ちと花摘みに」とこたつから這い出した魔理沙は障子を半分開けた状態で固まっていた。
「いや、だから雪だるまが」
「雪玉がどうしたってのよ。こんだけ寒いんだもん。そりゃ雪の一つや二つ」
「えーい、自分の目で確かめろ」
振り返って大股で歩いてきた魔理沙が霊夢の首根っこを引っつかんでこたつから引きずりだし、そのまま尻をぽーんと蹴って庭へと蹴り出した。
はんてん二枚重ねによりころころしていたころころ霊夢は、ころころ転がり庭へと落ちる。
「ぶはっ! 何すんのよ!」
「いいから、ほら」
「あ? ――へ?」
魔理沙が庭を指差し、霊夢が庭へと目を向ける。
そこには数えきれないほどの雪だるま。
大きいものは霊夢だるまの二倍くらい。小さいものはほんわり手のひらサイズ。
それがもう、うじゃうじゃと庭中を埋め尽くしていた。
「な、何よこれーー!」
「そして上を見ろ」
「へ?」
霊夢が顔を上げて――声も失くして固まった。
空からふわふわとしゃぼん玉のように、雪だるまが降ってくる。
ふわふわ。
ほわほわ。
ご丁寧に炭で目鼻を描かれ、棒っきれの腕にちっちゃな手袋を付けて、暖かそうな毛糸の帽子まで被った雪だるまたちが、ふわふわ、ほわほわと。
呆然と見上げる霊夢の前に、小さな雪だるまが降ってくる。
思わず両手で受け止めると、雪だるまが笑顔をこちらに向けていた。
冷たい感触は間違いなく雪だるま。手のひらに感じる重さも間違いなく雪だるま。
このところ急に寒くなったから、そろそろ雪の一つも降るだろうと思っていたが、まさか雪だるまが降ってくるとは。
「おーい、霊夢」
しかし今までにこんな事はなかった。
いかに面白おかしい事が日常茶飯事の幻想郷とはいえ、こんな事は一度も。
「霊夢ってばー」
もしや妖怪の仕業か?
そう考えた霊夢は記憶の中からこんな事をしそうなヤツを思い浮かべ……あまりにも心当たりが多すぎる事に絶望した。
スキマ、吸血鬼、宇宙人、寒いヤツ、幽霊、天狗。どいつもこいつも面白半分でこういう真似をしたとしてもおかしくない。
「聞こえないのかー霊夢ー」
「何よ! 考え中なのよ!」
「いや、危ないぞ?」
「へ? ―――あ」
どずん。
見上げた霊夢の視界を埋め尽くす一面の白。
もうもうと雪煙が舞い上がり、ぐらぐらと地面が揺れ、魔理沙はひょいと肩を竦める。
しばらくして雪煙が消え、今の今まで霊夢がいた場所には一際でっかい雪だるまが鎮座していた。
「南無」
霊夢の墓標となったでっかい雪だるまに向けて、魔理沙は両手を合わせた。
まぁ、巫女だし、春になれば這い出てくるだろう。
§
「まったく、どうなってるのよ!」
「まぁ、冬だからな」
春を待たずに這い出てきた巫女は、魔法使いと共にこたつで熱燗をすすっていた。
正月用に取っておいた秘蔵の酒だが、凍死するよりマシという已む無くの非常手段である。ちなみに霊夢のはんてんは二枚から三枚に増えていた。ころころころ霊夢である。
最初はお猪口でちびちびと飲んでいた二人だが、面倒くさいと徳利のまま直接すすっていた。神さまが見たら、年頃の女の子が何てはしたないと嘆くだろう。
境内には相変わらず雪だるまの群れ。その後も雪だるまは降り続け、もう見渡す限り雪だるまで埋まっていた。
「他所もこうなのかねぇ」
「あんた、ちょっとひとっぱしり見てきなさいよ?」
「嫌だよ。寒い」
「人の家の酒、勝手に呑んでおいて」
「知らないのか? 飲酒運転は罰金なんだぜ?」
ほろ酔い気分のとろんとした目で魔理沙が答え、霊夢はむくれてみかんの皮を投げ付ける。
魔理沙はひょいと首を僅かに傾けて避わしながらも、徳利に口をつけて美味そうにぐびりと呑んだ。
正月も間近というのに散らかったままの部屋。新しい神さまを迎えるには到底相応しくない、神社とは思えない有様だ。巫女のくせに。
「でもまぁ、風流なもんじゃないか」
「人の家だったら私もそう思えるわよ」
庭の外は銀世界。雪だるまで埋め尽くされた境内は、見慣れた風景を白一色に塗りつぶしてしまった。
厚い雲に遮られた空はどよどよとしているが、まぬけな顔でにこにこ笑っている雪だるまを見ていたら真面目に落ち込む気にもなれない。
「どうしてくれようかしら……」
「春になったら溶けるだろ? まぁ、呑め」
「誰の酒だと……んく……けふー。……でもそんなに待てないわよ。新年には参拝客も大勢やってくるってのに」
「大勢?」
「……割と」
「割と?」
「……少しは」
「少し――」「うるさい」 かんっ!
霊夢の投げた徳利が、魔理沙の額を直撃する。
ちゃんと一滴残らず飲み干したのを確認してから投げるところが抜け目ない。
「ま、しかしあれだな。私に任せればこの程度の異変どうという事もない」
「ほぅ、言い切ったわね。期待はしていないけど言ってみなさい?」
「雪だるまは所詮雪。雪は冷たい。冷たいのは熱いのに弱い。熱いのは何だ? 熱いのは私の心だ。ならばどうする? 決まっている。この熱い魂の奔流を――わぷっ」
霊夢の投げた雪だるまが、魔理沙の顔面に直撃してその口を塞いだ。
まっ白になった魔理沙の顔面。今の魔理沙は白黒ではなく、白白黒くらいな感じだ。
「ったく。馬鹿の一つ覚えの力技? そんな事したらぺんぺん草も生えなくなるじゃない」
「冷たいぜ」
「頭を冷やしなさい」
「私はいつも冷静だ――ってちょっと待て。今お前どっからその雪だるま取り出した?」
「何処って……ひぃ!」
気が付けばこたつのまわりをぐるりと取り囲む雪だるまの群れ。
雪だるまの分際で、暖かそうなこたつを羨ましそうに見つめている。
いつの間に、どうやって、そんな何故の嵐に翻弄されながらも魔理沙は立ち上がって、雪だるまを睨みつけた。
のへへんと何も考えてなさそうな顔で、にこにこ笑う雪だるまたち。懐から八卦炉を取り出し構えながら、未だ動けずにいる霊夢に向かって声を荒げる。
「何だこりゃ! おい、霊夢。一旦外へ!」
「嫌よ!」
「何だと! こんな囲まれてちゃ不利だろうがっ!」
「嫌ったら嫌!」
「何言ってるんだ! いいからさっさと外に――」
「こたつから出るくらいなら、舌かみきって死んでやるわ!」
ぷちん。
そして室内にマスタースパークの眩しい閃光が煌いた。
§
「喰らえっ! 大雪山おろし!」
「何の! 必殺トルネード投法!」
境内に白い弾幕が吹き荒れる。
何しろ玉はそこらじゅうに売るほど転がっているのだ。
今はレミリアと魔理沙が弾幕ごっこをやっているが、さっきまでは幻想郷中を包む大雪合戦大会が行われていた。
子供は雪の子元気な子。何百歳だろうと何千歳だろうと、雪は人も妖怪も童心に帰らせる。ましてや初めっから雪だるまなのだ。これで遊ばない方がどうかしている。
「妹紅! お前は参加禁止!」
「えー」
「雪が解けて雪崩が起きるだろうが! それからチルノ! 氷玉は反則だ!」
「えー」
いつの間にやら審判役にされた慧音が、笛を片手にあちこち飛び回っている。
みーみーみーみー元気な事だ。
様々な人妖が飛び交う中、火鉢を股に抱えはんてんを二枚重ねにしただるま霊夢は「へーくちょい!」と大きくくしゃみをした。
ぼろぼろの博麗神社で形だけ残った縁側に陣取り、むーっと唸りながら境内を眺めている。
ずるずると鼻をすすりながら、ふと空を見上げた。
相変わらず雪だるまはこんこんと降り続け、野山を全て白く染めていく。
どんよりとした空からふわりふわりと降りてくる雪だるま。
そのうちの一つが、空を見上げていた霊夢のおでこにずしりと乗っかった。
にこにこ笑う雪だるま。
霊夢は雪だるまのお尻を睨みつけて、ずるりと鼻をすすりながら、
「へーくしょい!」
もう一度、大きなくしゃみをした。
《完……?》