穂積名堂 Web Novel

足跡

2012/02/29 00:44:58
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足跡

 ただ、どこまでも続く大地があった。
 遠い夕日に、揺れる薄が黄金色に輝いている。
 その袂には色を落とした芝草が広がり、露出した岩肌が斑に見えて。
 ただ、どこまでも続く大地があった。

 丘の上からその様子を眺める、少女は一人。
 遠く、遠く、彼方の地平を映す蒼い瞳は何を思っているのか。
 風に舞い上げられた長い髪を押さえる事もなく。
 夕日色に染まった蒼銀の髪。ちょこんと結われた天へと撥ねる一房も、薄と同じように揺れていた。

 少女は旅人。
 道連れはいない。
 長い永い、道のりを、時間を、一人歩いて、止まって、また歩いて。
 ようやく辿り着いた無限の大地。
 鳥の声も無い、虫の声も無い。聞こえてくるのはただ一つ、風に揺られる薄の囁き。

 少女は旅人。
 道連れはいない。
 過去も、ない。
 気付いた時には、少女は一人だった。
 気付いた時には、少女は歩いていた。
 ただ、目指して。

 何を目指していたのか、少女は知らない。
 辿り着いたこの場所に何があるのか、少女は知らない。

 ここは目的地なのだろうか?
 ここは通過点なのだろうか?

 彼方の地平を映す瞳は揺らがず。
 自然と、小さく声が漏れた。
 それはまるで他人の声のようで。
 少女はそれが自分の口から発せられたものだと、気付かなかった。
 いや、もしかしたら気付けなかったのかもしれない。
 少女はその時、初めて声を出したのだ。
 少女に一つ、過去が出来た。

 少女は旅人。
 道連れはいない。
 過去は、ある。

 少女は歩いた。
 丘を降り、斑に広がる岩肌の間を抜けて、色の落ちた芝草を踏みしめて、少女は歩いた。
 夕日はまだ、薄を黄金色に染めている。
 少女の髪を、染めている。

 あの地平に辿り着けば、旅の終わりは見えるのだろうか。
 あの地平には、もっとたくさんの過去があるのだろうか。

 風が吹いている。
 鳥の声も無い。
 虫の声も無い。
 薄はまだ、囁いている。

 その囁きに、少女は声を乗せた。
 覚えたばかりの、声を乗せた。
 声はやがて言葉になり、言葉はやがて歌になった。
 世界に、歌が生まれた。
 少女に一つ、過去が出来た。

 少女は歩いた。
 少女は歌った。

 沈む事のない夕日の中を、少女は歩く。
 少女は旅人。
 道連れはいない。
 過去は、ある。

 ある時、少女は立ち止まった。
 立ち止まって、振り返った。
 自分の過去はどんなものだろうと、振り返った。

 そこには、斑に広がる岩肌があった。
 色の落ちた芝草が広がっていた。
 黄金色に輝く薄が揺れていた。
 少女の歌は、見えなかった。
 あの時、地平を眺めた丘は、見えなかった。
 少女の歩いてきた道は、見えなかった。

 ただ、どこまでも続く大地があった。

 ただ、どこまでも続く大地があった。

 彼方の地平を映す瞳は揺らがず。
 一筋、零れた涙が頬を伝った。
 落ちた涙は、土に消えた。
 頬の跡は、乾いて消えた。

 少女に過去は、出来なかった。

 少女は旅人。
 道連れはいない。
 過去は、ない。
 鳥の声も無い。虫の声も無い。無限の大地を、歩いて、歩いて、歩いた。
 夕日は沈まない。
 聞こえてくるのは薄の囁き。
 その囁きに、少女はまた一筋、涙を零した。
 落ちた涙は、土に消えた。
 頬の跡は、乾いて消えた。
 少女に過去は、ない。

 少女は旅人。
 道連れはいない。
 過去は、ない。

 どれだけ歩いただろうか。
 どこまで歩いただろうか。

 少女は丘の上に立っていた。
 風に舞い上げられた長い髪を押さえる事もなく。
 夕日色に染まった蒼銀の髪。ちょこんと結われた天へと撥ねる一房も、薄と同じように揺れていた。

 その時初めて、少女は自分の立つ大地を見た。
 真っ赤な服を、着ていた。
 白い、手足があった。
 その小さな手に、少女は何かを握っていた。
 それは、もっと小さな、小さな手だった。
 少女はその小さな手の伸びる方へと視線を向けた。
 そこには、少女よりももっと小さな、少女の姿があった。
 金色の短い髪を風に揺らす、小さな少女だった。

 あ……と、声が漏れた。
 小さな少女が、繋いでいない方の手を伸ばしている。
 少女は、小さな少女と同じ高さにまで屈んだ。
 すると、小さな少女は手を伸ばして、少女の頬に触れた。

「また、泣いてる」

 小さな少女が、喋った。

「歌って」

 零れた涙の跡を拭いながら、小さな少女は言った。

 少女は立ち上がって、振り返った。

 そこには、斑に広がる岩肌があった。
 色の落ちた芝草が広がっていた。
 黄金色に輝く薄が揺れていた。
 少女の歌は、見えなかった。
 少女の涙は、見えなかった。
 あの時、地平を眺めた丘は、見えなかった。
 少女の歩いてきた道は、見えなかった。

 でも、と少女は手を繋いだままの小さな少女を見た。

 消えた涙を、この小さな少女は知っている。
 消えた歌を、この小さな少女は知っている。

 少女の過去は、そこにあった。

 少女は旅人。
 道連れは一人。
 過去を連れて、沈む事のない夕日の中を、ただ歩く。

 少女が歩けば、小さな少女がそれを見ている。
 少女が歩けば、そこに新たな世界が生まれる。

 少女は旅人。
 過去を連れて、沈む事のない夕日の中を、ただ歩く――
そんなで創想話で聚楽廻なんて名前で出してた物ですが、
少し思うところがあってこっちにも掲載させていただく事に。

というか、これを置いておかないと今後書くであろう神綺周りの話が繋がらないので。

創想話では書き流しもいいところで何の説明もしていなかったので少し補足。
といっても、神綺とアリスの話です。としか言えないのですが。
これはこの後の経過をごっそり抜いてみると、第3回東方SSこんぺに出した『夢の子供』に繋がっています。
また折を見てアレもこっちに持ってくるかと思いますが。

最後に、今更ですが名前が変わりました。
ゆかりじゃないよ、むらさきだよ。
という訳で、近藤でした。
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