ただ、どこまでも続く大地があった。
遠い夕日に、揺れる薄が黄金色に輝いている。
その袂には色を落とした芝草が広がり、露出した岩肌が斑に見えて。
ただ、どこまでも続く大地があった。
丘の上からその様子を眺める、少女は一人。
遠く、遠く、彼方の地平を映す蒼い瞳は何を思っているのか。
風に舞い上げられた長い髪を押さえる事もなく。
夕日色に染まった蒼銀の髪。ちょこんと結われた天へと撥ねる一房も、薄と同じように揺れていた。
少女は旅人。
道連れはいない。
長い永い、道のりを、時間を、一人歩いて、止まって、また歩いて。
ようやく辿り着いた無限の大地。
鳥の声も無い、虫の声も無い。聞こえてくるのはただ一つ、風に揺られる薄の囁き。
少女は旅人。
道連れはいない。
過去も、ない。
気付いた時には、少女は一人だった。
気付いた時には、少女は歩いていた。
ただ、目指して。
何を目指していたのか、少女は知らない。
辿り着いたこの場所に何があるのか、少女は知らない。
ここは目的地なのだろうか?
ここは通過点なのだろうか?
彼方の地平を映す瞳は揺らがず。
自然と、小さく声が漏れた。
それはまるで他人の声のようで。
少女はそれが自分の口から発せられたものだと、気付かなかった。
いや、もしかしたら気付けなかったのかもしれない。
少女はその時、初めて声を出したのだ。
少女に一つ、過去が出来た。
少女は旅人。
道連れはいない。
過去は、ある。
少女は歩いた。
丘を降り、斑に広がる岩肌の間を抜けて、色の落ちた芝草を踏みしめて、少女は歩いた。
夕日はまだ、薄を黄金色に染めている。
少女の髪を、染めている。
あの地平に辿り着けば、旅の終わりは見えるのだろうか。
あの地平には、もっとたくさんの過去があるのだろうか。
風が吹いている。
鳥の声も無い。
虫の声も無い。
薄はまだ、囁いている。
その囁きに、少女は声を乗せた。
覚えたばかりの、声を乗せた。
声はやがて言葉になり、言葉はやがて歌になった。
世界に、歌が生まれた。
少女に一つ、過去が出来た。
少女は歩いた。
少女は歌った。
沈む事のない夕日の中を、少女は歩く。
少女は旅人。
道連れはいない。
過去は、ある。
ある時、少女は立ち止まった。
立ち止まって、振り返った。
自分の過去はどんなものだろうと、振り返った。
そこには、斑に広がる岩肌があった。
色の落ちた芝草が広がっていた。
黄金色に輝く薄が揺れていた。
少女の歌は、見えなかった。
あの時、地平を眺めた丘は、見えなかった。
少女の歩いてきた道は、見えなかった。
ただ、どこまでも続く大地があった。
ただ、どこまでも続く大地があった。
彼方の地平を映す瞳は揺らがず。
一筋、零れた涙が頬を伝った。
落ちた涙は、土に消えた。
頬の跡は、乾いて消えた。
少女に過去は、出来なかった。
少女は旅人。
道連れはいない。
過去は、ない。
鳥の声も無い。虫の声も無い。無限の大地を、歩いて、歩いて、歩いた。
夕日は沈まない。
聞こえてくるのは薄の囁き。
その囁きに、少女はまた一筋、涙を零した。
落ちた涙は、土に消えた。
頬の跡は、乾いて消えた。
少女に過去は、ない。
少女は旅人。
道連れはいない。
過去は、ない。
どれだけ歩いただろうか。
どこまで歩いただろうか。
少女は丘の上に立っていた。
風に舞い上げられた長い髪を押さえる事もなく。
夕日色に染まった蒼銀の髪。ちょこんと結われた天へと撥ねる一房も、薄と同じように揺れていた。
その時初めて、少女は自分の立つ大地を見た。
真っ赤な服を、着ていた。
白い、手足があった。
その小さな手に、少女は何かを握っていた。
それは、もっと小さな、小さな手だった。
少女はその小さな手の伸びる方へと視線を向けた。
そこには、少女よりももっと小さな、少女の姿があった。
金色の短い髪を風に揺らす、小さな少女だった。
あ……と、声が漏れた。
小さな少女が、繋いでいない方の手を伸ばしている。
少女は、小さな少女と同じ高さにまで屈んだ。
すると、小さな少女は手を伸ばして、少女の頬に触れた。
「また、泣いてる」
小さな少女が、喋った。
「歌って」
零れた涙の跡を拭いながら、小さな少女は言った。
少女は立ち上がって、振り返った。
そこには、斑に広がる岩肌があった。
色の落ちた芝草が広がっていた。
黄金色に輝く薄が揺れていた。
少女の歌は、見えなかった。
少女の涙は、見えなかった。
あの時、地平を眺めた丘は、見えなかった。
少女の歩いてきた道は、見えなかった。
でも、と少女は手を繋いだままの小さな少女を見た。
消えた涙を、この小さな少女は知っている。
消えた歌を、この小さな少女は知っている。
少女の過去は、そこにあった。
少女は旅人。
道連れは一人。
過去を連れて、沈む事のない夕日の中を、ただ歩く。
少女が歩けば、小さな少女がそれを見ている。
少女が歩けば、そこに新たな世界が生まれる。
少女は旅人。
過去を連れて、沈む事のない夕日の中を、ただ歩く――
遠い夕日に、揺れる薄が黄金色に輝いている。
その袂には色を落とした芝草が広がり、露出した岩肌が斑に見えて。
ただ、どこまでも続く大地があった。
丘の上からその様子を眺める、少女は一人。
遠く、遠く、彼方の地平を映す蒼い瞳は何を思っているのか。
風に舞い上げられた長い髪を押さえる事もなく。
夕日色に染まった蒼銀の髪。ちょこんと結われた天へと撥ねる一房も、薄と同じように揺れていた。
少女は旅人。
道連れはいない。
長い永い、道のりを、時間を、一人歩いて、止まって、また歩いて。
ようやく辿り着いた無限の大地。
鳥の声も無い、虫の声も無い。聞こえてくるのはただ一つ、風に揺られる薄の囁き。
少女は旅人。
道連れはいない。
過去も、ない。
気付いた時には、少女は一人だった。
気付いた時には、少女は歩いていた。
ただ、目指して。
何を目指していたのか、少女は知らない。
辿り着いたこの場所に何があるのか、少女は知らない。
ここは目的地なのだろうか?
ここは通過点なのだろうか?
彼方の地平を映す瞳は揺らがず。
自然と、小さく声が漏れた。
それはまるで他人の声のようで。
少女はそれが自分の口から発せられたものだと、気付かなかった。
いや、もしかしたら気付けなかったのかもしれない。
少女はその時、初めて声を出したのだ。
少女に一つ、過去が出来た。
少女は旅人。
道連れはいない。
過去は、ある。
少女は歩いた。
丘を降り、斑に広がる岩肌の間を抜けて、色の落ちた芝草を踏みしめて、少女は歩いた。
夕日はまだ、薄を黄金色に染めている。
少女の髪を、染めている。
あの地平に辿り着けば、旅の終わりは見えるのだろうか。
あの地平には、もっとたくさんの過去があるのだろうか。
風が吹いている。
鳥の声も無い。
虫の声も無い。
薄はまだ、囁いている。
その囁きに、少女は声を乗せた。
覚えたばかりの、声を乗せた。
声はやがて言葉になり、言葉はやがて歌になった。
世界に、歌が生まれた。
少女に一つ、過去が出来た。
少女は歩いた。
少女は歌った。
沈む事のない夕日の中を、少女は歩く。
少女は旅人。
道連れはいない。
過去は、ある。
ある時、少女は立ち止まった。
立ち止まって、振り返った。
自分の過去はどんなものだろうと、振り返った。
そこには、斑に広がる岩肌があった。
色の落ちた芝草が広がっていた。
黄金色に輝く薄が揺れていた。
少女の歌は、見えなかった。
あの時、地平を眺めた丘は、見えなかった。
少女の歩いてきた道は、見えなかった。
ただ、どこまでも続く大地があった。
ただ、どこまでも続く大地があった。
彼方の地平を映す瞳は揺らがず。
一筋、零れた涙が頬を伝った。
落ちた涙は、土に消えた。
頬の跡は、乾いて消えた。
少女に過去は、出来なかった。
少女は旅人。
道連れはいない。
過去は、ない。
鳥の声も無い。虫の声も無い。無限の大地を、歩いて、歩いて、歩いた。
夕日は沈まない。
聞こえてくるのは薄の囁き。
その囁きに、少女はまた一筋、涙を零した。
落ちた涙は、土に消えた。
頬の跡は、乾いて消えた。
少女に過去は、ない。
少女は旅人。
道連れはいない。
過去は、ない。
どれだけ歩いただろうか。
どこまで歩いただろうか。
少女は丘の上に立っていた。
風に舞い上げられた長い髪を押さえる事もなく。
夕日色に染まった蒼銀の髪。ちょこんと結われた天へと撥ねる一房も、薄と同じように揺れていた。
その時初めて、少女は自分の立つ大地を見た。
真っ赤な服を、着ていた。
白い、手足があった。
その小さな手に、少女は何かを握っていた。
それは、もっと小さな、小さな手だった。
少女はその小さな手の伸びる方へと視線を向けた。
そこには、少女よりももっと小さな、少女の姿があった。
金色の短い髪を風に揺らす、小さな少女だった。
あ……と、声が漏れた。
小さな少女が、繋いでいない方の手を伸ばしている。
少女は、小さな少女と同じ高さにまで屈んだ。
すると、小さな少女は手を伸ばして、少女の頬に触れた。
「また、泣いてる」
小さな少女が、喋った。
「歌って」
零れた涙の跡を拭いながら、小さな少女は言った。
少女は立ち上がって、振り返った。
そこには、斑に広がる岩肌があった。
色の落ちた芝草が広がっていた。
黄金色に輝く薄が揺れていた。
少女の歌は、見えなかった。
少女の涙は、見えなかった。
あの時、地平を眺めた丘は、見えなかった。
少女の歩いてきた道は、見えなかった。
でも、と少女は手を繋いだままの小さな少女を見た。
消えた涙を、この小さな少女は知っている。
消えた歌を、この小さな少女は知っている。
少女の過去は、そこにあった。
少女は旅人。
道連れは一人。
過去を連れて、沈む事のない夕日の中を、ただ歩く。
少女が歩けば、小さな少女がそれを見ている。
少女が歩けば、そこに新たな世界が生まれる。
少女は旅人。
過去を連れて、沈む事のない夕日の中を、ただ歩く――