穂積名堂 Web Novel

『Hybrid Information Processing』

2012/02/29 00:45:51
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『Hybrid Information Processing』

床間たろひ
「偶にはこういうのも悪くないわね」
「だろう? 太陽は髪を傷めると言うが、適度な陽光は頭皮に力を与えてくれる。過ぎたれば毒というだけだ」
「私もやっと幻想郷縁起の編纂が終わりましたし、こんなのんびりできるのは久しぶりですよ」
 冬の空白。そう呼べるほど暖かい日差し。
 湖の隣に置かれた白いテーブルと椅子は、湖からの照り返しを受けて淡い水色に輝いている。
 風は優しく、日差しは柔らかく、湖を眺める三人の少女もまた心地良さそうに目を細めた。
「でも珍しいわね。貴女たちが一緒に来るなんて」
 そう問い掛けたのは紫の魔女。地下の大図書館に棲まう知の結晶。
 生まれてこの方一度も太陽を浴びた事のないような白い肌。眠そうに半分閉じられた深い紫色の瞳。二又に束ねられた紫の髪を胸元に回し、ゆったりと椅子に体重を預けている。
 起きている時は本を読んでいると言われる彼女。それは誇張でも比喩でもなく事実であるのだが、本から解放され静かに風の匂いを嗅いでいる彼女はとても自由に見えた。
「編纂に協力頂いたお礼も兼ねて、一度是非こちらへ伺いたいと思っていたのですよ。それで慧音さんにお願いしまして」
 そう答えた彼女は、幻想郷の記憶と呼ばれる人間の少女。
 緑の小袖で淡い花をあしらった羽織、艶やかな朱色の袴。艶やかな黒髪は品良く切り揃えられ、良家の子女といった面持ち。
 礼を知り、究を知る、阿礼乙女。落ち着いた眼差しは、その幼き外見からは考えられぬほどに深い色を見せている。
 少女は魔女に対して柔らかな笑みを浮かべてから、隣に座る女性へと促すように瞳を向けた。
「何、私とて貴女とは一度ゆっくりと話してみたいと思っていたのでな。此度の誘いは私にとっても僥倖であった」
 その女性もまた、外見に似合わぬほど落ち着いた笑みを返す。
 絹のような銀に蒼の混じる不可思議な色をした長髪。しかしその不均衡こそが、彼女の混濁併せ呑む度量を示しているようでとても相応しい。穏やかな物腰と清楚な顔立ち。それはまるで今この時のように、冬の厳しさと春の暖かさを同時に内包しているような――自然な風格があった。
「そうね。私も貴女たちとは一度話してみたいと思っていたわ。歴史、そして記録、それは書物と同じ。私は本を読む事しか出来ないけれど、貴女たちは存在そのものが書物なのだものね。ならば私が興味を持つのも道理。私は欲深いの。この世の全ての書物を読み尽くすまでは死ねないわ」
「それもまた難儀な。今この時も新たなる歴史、新たなる記録が生まれているというのに。それでは永遠に死ねないのではないか?」
「ならば永遠を手に入れるだけよ。単純で、明快な解ね」
「そういえば永遠を手に入れている人たちがいましたね? あくまで自称ですから真偽の程は定かではありませんが」
「そうらしいわね。でもまぁそれは手段に過ぎないわ。手段を求める余り目的を見失っては本末転倒というものよ。私が求めるものはあくまでも知識を得る事。その貴重な時間を手段の為に取られるのは業腹ね」
「それは合理的なようで詭弁に近いのではないか? あくまでも仮定の話だが、永遠を手に入れれば時間は無限なのだ。その後にゆっくりと学べば良いのでは?」
「これもまた仮定の話に過ぎないけれど、例えば永遠を得る為に百年掛かったとしましょうか。確かに永遠の前では百年という年月など砂漠の砂のようなもの。本来論じるまでも、天秤に掛けるまでもない事だわ。だけど……私は永遠が欲しい訳じゃない。真の永遠を得るという事が知性を捨て『物』になるという術しかなかったら? 書物の書き手が誰もいなくなってしまったら? この世界が滅んでしまったら? そんな状況下での永遠などそれこそ無意味だわ」
「刹那的な考えですねぇ。そういう事は仮定であっても余り考えたくはありません」
「同意だな。しかし一面の真実でもある。生きるという事に意味はなく、何を為すかにこそ価値がある。それはあくまでも結果論に過ぎないのかも知れないが、人間、いやさ知性を持つ者ならば常に心に留め置くべき事だろう」
「そういう事よ。私が本を読むのはこの世界をもっと知りたいと思うから。その世界がなくなってしまえば生きる意味すら失ってしまう。それはむしろ貴女の方が理解できるのではなくて? 稗田のお嬢様」
「そうですね……私が転生を繰り返すのも、記録を遺そうとするのも、この世界の末永き存続を願うが故。いつか幻想郷という概念が崩壊しようとも、世界があればまた幻想郷と等しき存在が生まれるでしょう。それが理ですから」
「確かに。いつだって人は、自らが身を置く世界とは異なる異界を願う。それは逃避なのかもしれないが、夢でもあるのだ。その夢こそがゆっくりとではあるが人が前に進む為の力となっている。遠くにありて近くに感じる。そういうものなのだろう」
「ならば人がある限り、世界は終わらないわね。永遠を得る手法……考慮しておく価値があるかもしれないわ」
 違いない、と慧音が笑い、阿求も笑う。パチュリーもまた傍目からは解らぬほど僅かに、だけど確かに笑っていた。
 湖を渡って緩やかな風が吹き、三人の髪を優しく撫でる。彼女たちは光る湖面に目を向け、風を楽しむかのように静かに目を閉じた。
 太陽はまだ頂から僅かに過ぎたばかり。穏やかな午後はまだ続くのだろう――

「パチュリー様。お茶をお持ちしました」

 三人の会話が収まったのを見計らったように、横合いから声が掛かる。
 そちらに目を向けると、蒼いメイド服に身を包んだ銀髪の女性が優雅に会釈していた。
 細く、それでいて無駄なく引き締められた長い脚。緩やかな曲線を描く優美で女性的な腰のライン。抱けば折れそうなウエストを経由して、ふくよかな胸元に目が行く。会釈し前屈みになる事でそれは余すところなく強調され、それでいて過剰に扇情的となる事もなく品格すら漂っていた。曇りのない銀の髪は陽光を受けて眩く輝き、染み一つないヘッドドレスが僅かに風に揺れている。
 完璧と呼ぶに相応しい角度で会釈した彼女は、その存在だけでこの場を支配した。
 そしてゆっくりと顔を上げる。薄く閉じられていた瞳が開く。
 顔を上げた時――その顔に花のような微笑が浮かんだ。陽光の下で光を纏い、言葉で言い表せない程に魅力的な笑みを。
 見慣れているパチュリーは兎も角、阿求と慧音は文字通り見惚れた。それまでにも何度か面識があったとはいえ、メイドとしての彼女と会うのは初めてだったから。
 美しい女性だと認識はしていた――だが、これほどだったとは。
 夜に咲く花。そういう名であり、それこそが相応しいと思っていたが、ひょっとしたら彼女は真昼の陽光でこそ輝くのかもしれない。職務に殉じ、そうあれかしと自身を律しているが故にこの輝きがあるのだと、そういう輝きがあるのだと、認識を改めねばなるまい。
「どうぞ」
 彼女は無駄のない動作でテーブルに茶器を並べ、それぞれの器に紅茶を注いでいく。
 仄かに昇る湯気と鼻腔をくすぐる柔らかい香りに、慧音と阿求は我に返った。恥ずかしい話だが彼女の存在そのものに魅了され、その左手に銀の盆と白い茶器を捧げ持っていた事にすら今の今まで気付かなかったのだ。二人の目には湯気の昇るティーポットが魔法のように現れたとしか思えない。
「ありがとう」
 パチュリーが微笑みを浮かべて、咲夜に礼を言う。これもまた本来であれば在りえない現象。パチュリーは普段、礼は言っても笑みは浮かべない。
 だからこれは冬の切れ間に顔を覗かせた陽光の齎す奇跡。
 咲夜もまた笑みを返し、呆然と立ち竦む二人へもう一度会釈をしてから静かに背を向けた。歓談の邪魔はしてはいけないという無言の配慮。時を止めて去る事も出来る筈なのに、この余韻を壊す事は無粋と、静かに、ゆっくりとこの場から離れていく。慧音と阿求はその背中が屋敷に消えるまで、ずっと目で追ってしまった。
「綺麗……」
 それは阿求が漏らした言葉であったが、慧音とてそれ以外に表現する言葉を持っていない。
 二人ともその場に残る残像を反芻するように、彼女が消えた先を呆然と見つめていた。
「どうしたの?」
 パチュリーの質問はもっともであっただろう。彼女にとってこれは日常に過ぎない。
 だが慧音と阿求の二人にとっては、まるでいきなり夢の世界に放り込まれたようなものだ。普段、里に住み和に囲まれた生活をしている彼女たちにとって、西洋のメイドという存在は正に白昼夢。奇妙な現実感のなさに戸惑い、惚けてしまったところで誰も責められはしまい。
「? 咲夜がどうかしたの?」
「いや、尻が……」
 そう阿求が漏らした事もまた仕方のない事なのだ。

 何故ならそれ程までに――魅力的なお尻だったのだから。

「し、尻?」
「あの細いウエストと引き締まった太もも。それを繋ぐ腰があれだけふくよかというのは……慧音さん、あれ反則ではないでしょうか」
「ううむ、短いスカートの割にその緩やかな曲線の境界が明確ではない。だがそれ故、徒に妄想を掻き立てられるというものだ。反則というのは非常に同意だが、あれはむしろその装いこそに真価があるのやもしれん……メイド服恐るべし」
「違いますよ慧音さん! 確かにあのような美しい女性がフリル付きのミニスカを穿いているというアンバランスさがその魅力を跳ね上げている事は否定しません。ですが肝心なのはその根底にあるお尻そのものの形の美しさです! あれほどのボリュームを誇りながら僅かなりと垂れていない。それどころか細身の印象すら与えてしまう。これこそが究極の黄金率。暖かな日差しを存分に浴びた羽毛布団の柔らかさと、硬質な刃物のような鋭さを併せ持つ究極の一品。その確固として存在する現実の前には服装など瑣末です!」
「それは違うぞ阿求! 確かに最上級の尻である事は疑う余地はない。だがそれを究極の至宝へと昇華させているものこそがあのメイド服だ。解るか? メイド服というものは単に身を包むものではない。それは職務という戦場を戦い抜くための戦装束。それを纏う事によって死を常に隣に置いてあるが如き、あの深山の岩清水のような清廉さと悠久の楼閣の如き重厚感を出せるのだ。心の下に刃を置いた、職務に殉じるあの姿こそが無上の美。その象徴たるメイド服を無視してあの尻は語れん!」
「ぬぅ、慧音さんの解らず屋!」
「貴様こそ温い! 最高の素材を最上のパッケージングを行う事であれほどまでの美を醸し出しているのだ。それを悟れんとは!」
「いや……そのあんたら、何を……」
「では問います! メイド服こそが最上とするならば、メイド服を着ていない尻はそれ以下ですか!? そのような事私は認められません!」
「そうではない! メイド服はあくまでもあの女性に最も相応しい装いであったというだけだ。そのものの生き様を体現するに相応しい装いであれば、それもまた無上の美となりうる!」
「ぬぬ……では例えばどんな」
「私もそれほど面識がある訳ではないが――例えばあの閻魔はどうだ?」
「む、閻魔さま……言われてみれば……」
「あれもまた職務に殉じる者。あの小柄な体躯と無駄なく鍛えられた四肢。それを彩るは堅牢な詰襟と金の肩当てという紛れもなき戦装束。だが、だがな。その視線を僅かに下げてみよ! そこには黒のミニスカートと白い生脚……解るか? あれは職務に殉じながらも女性としての華やかさも捨てる事なく抱えようという鋼の意志。数多の矛盾をその身に背負いながら、それでも己が意志を貫く強さだ! 故に……思い返せ! あの侵されざる事禁山の如き閻魔が唯一覗かせる女性的な一面。それがあの尻だろうが!」
「ギャップ萌えというやつですか。確かにあの尻は……性差を超えて凛としている閻魔さまだからこそ、あのミニスカと意外なまでに女性的な腰のラインが映えている。確かにそれはあのメイド長の完璧な容姿であるが故に惹かれてしまう尻とは異なって……いや、いやいやいや。違いますよ慧音さん。私はそれに断固反論します! いいですか? 確かに閻魔さまの尻は魅力的です。その装いが魅力を跳ね上げているという事も認めましょう。ですが、それは装いによるものだけではない。貴女も先に述べられたように、閻魔さまは小柄で正直言って胸も控えめ。口は悪いですが女性としての魅力では劣ると言えるでしょう……ですが! 故に! それだからこそあの安産型で女性的な尻が映えるのです! 包み紙は所詮包み紙。その本質を忘れ、入れ物にだけ注視するとは慧音さんらしくもない。装いなんて所詮は文字通り飾りです。偉い人にはそれが解らないのです!」
「違う! 良いか? 私はその本質はしかと受け止めている。その上で装いにより輝きを増す魅力の事を語っているのだ!」
「ですが、慧音さんは余りに外見に囚われ過ぎています。尻とは溢れ出す母性の象徴。そこには本質、根源としての美があるだけです。装い如きでその輝きが曇る事などありません!」
「いや……あの……ちょっと落ち着いて……」
「貴様は黙ってろ!」「あんたは黙ってて下さい!」
「は、はい」
「いいですか慧音さん。メイド長、それに閻魔さま。確かに素晴らしいお尻の持ち主です。その職務に相応しい装いが魅力を引き立てている事は認めましょう。では仮にそのようなものに囚われず、至高とも呼べるお尻があるとすれば如何します?」
「至高とは言い切ったな……よかろう。言ってみるが良い」
「……かつて基督教では林檎を知性の象徴として神話を展開させ人間の原罪を説明してきました。また同時に桃というバラ科サクラ属の植物の果実は、大陸において性と豊穣の象徴として扱われていたことが興味深い。桃とは不老不死を成す仙果として珍重されてきた歴史もありますが、その根底には中国における食と闘争と性の発達があったことは疑う余地もありません。そしてその文化的な素養から桃が人間の臀部になぞらえられ、それが転じて性と豊穣―――つまり子を多く成す女性へと繋がった事もまた言うまでもないでしょう。つまり今私が女性の臀部に感じているこの特殊な感情は、言いえてみれば聖書において蛇に囁かれたアダムとイブが林檎に対して持った耐えがたい魅惑と欲求に他なりません―――そしてその極地。つまり子を成し育むのに最も相応しいお尻の持ち主……それは魔法の森に住み、人形と共に暮らす七色の魔法使い――アリス・マーガトロイドです!」
「何!? む……しかし言われてみれば……」
「その美しき形については最早語るまでもないでしょう。少女と女の合間で揺れる尻。それが極上である事に異論はない筈。そして……彼女が多くの人形を生み出しているという事。人形とは、太古の昔子を亡くした親が我が子を想って作ったのが発祥と言われています。彼女の母性……これはその在り方が証明しているのです! そしてその装いを省みてごらんなさい。彼女はロングのワンピースを纏い、それは決してフォーマルではなく、優美でありながらも普段着でしかない。ですがそれでも匂い立つほどにその魅力を振り撒いているのですよ!」
「ぐっ……確かに。それはこの私も認めざるを得ない。彼女の魅力は職業にではなく、その本質にあるのだと……だが、私は!」
「想像して御覧なさい。先のメイド長、そして閻魔さま……彼女たちがその装いを脱ぎ去った後の姿を。自身に掛けた鎖を解き、解放された彼女たちの姿を。貴女ならばそれが恰も現実であるかの如く思い描ける筈です。さぁ、共に飛び立ちましょう!」
「嗚呼……視える。素晴らしき桃源郷が……」
「いや、あんたら……いい加減に……」
 目を閉じ、天上の音楽を聞くかのように陶然と空を仰ぐ二人。その顔には至福の笑みが浮かび、菩薩のような穏やかな顔をしていた。
 所詮この世は胡蝶の夢。ならばこそ夢の世界を味わい尽くす事こそが使命。否さ天命。今彼女たちの瞼の裏には言葉では表せぬ美しき世界が広がっているのだろう。その幻想を共有したいと望むのならば君も目を閉じてみれば良い。さすれば必ずや遥か遠き理想の果てを垣間見る事が出来るであろう。
 手を伸ばしても届かない。どれだけ望んでも霞んで消える。だが、それは今確かに君の目の前にあるのだ。
 求めよ。願え。そして跪いて祈るが良い。この麗しき幻想を大声で高らかに謳い上げよ!
「ねぇ、お願いだから私の話も……」
 だが心せよ。
 それは決して届かぬが故に貴いのだ。夢は夢。現実は現実。その境界を侵してはならない。
 瞼の裏で踊る桃色のふくよかな果実は眺める事しか許されぬ。それに触れようとした時点でその果実は汚濁に塗れて腐れ落ちるだろう。
 触れてはならぬ。触れてはならぬのだ。この美しき幻想を、幻想のまま護り抜く事こそが幻想を垣間見るための唯一の資格。
 ただ其処に在る――それだけで、良い。
「あんたら、少しは人の話も――」
「話は聞かせて貰ったわ!」
 突然、それまで穏やかだった湖面に水柱が立つ。
 湖中から空へと舞い上がり、眩い太陽を背にしてくるくると回る影一つ。芸術的な螺旋を描き、しなやかに降り立ったのはゴーグルとシュノーケルで顔を覆った一人の女性。不気味な呼吸音を吐き出すシュノーケルと無粋なゴーグルを雄々しく投げ捨てて不敵な笑みを浮かべる彼女は――永遠亭にその人ありと謳われた永遠の薬師。
 動脈と静脈を示す赤と青の衣は、医学に通じる者の証。
 星座をあしらった刺繍は『宇宙は我の内に在り』という不遜な意思。
 白く長い長髪を後ろで束ね、深遠なる瞳は無限の叡智を秘め、口元に浮かぶ笑みは愚かなる夢想家たちを嘲るような笑みを浮かべていた。
「八意永琳、貴様か!」
「解っていない。まるで解っていない。それでも貴女たちは智者を気取るつもりかしら? 良い? お尻は視覚で愛で触覚で愛で、更に踏み込めば残る三つの感覚をも使って堪能する事のできる人体の至宝なのよ? まぁ踏み込むのは日常的にはちょっと無理だから省くにしても、まず視覚。腰から伸びる柔らかなラインが膨らみを帯びながら曲がっていくあの絶妙さ。お尻から脚へと繋がるまでのラインのもどかしさ。勿論どこもかしこも滑らかでキャピトンなど無縁のラインである事が肝要だけれど。ともかくあの絶妙さともどかしさを内包したラインにこそお尻の視覚的真価があるという訳。ちなみにキャピトンとは、ヒップから腿にかけて肌の表面に現れる凸凹よ。セルライトとも呼ばれる事もあるけれど、オレンジの皮のような凸凹が出来るのが特徴で女性に多く見られるわ。キャピトンが出来る原因は2つ。まず脂肪の増加によって現れる事。女性のヒップは特に脂肪がつきやすいの。脂肪の量が適切であるうちはキャピトンは出来ないけれど、脂肪量が必要以上に増えると脂肪を蓄えている組織から余分な脂肪がはみ出す事になる……これが肌の表面で凸凹になって現れるのよ。また肌の弛みによっても起こるわ。皮膚が老化したり、肥満によって膨張して伸びたゴムのようになったりすると弛んでしまうの。肌が弛むと同時に脂肪も弛む。弛んだ脂肪が肌の表面にキャピトンを作るの。肥満によって出来たキャピトンはバランスの良い適度な食事と運動を行うことで解消するわ。必要以上に脂肪を溜めない事ね。一方、肌が老化し弛んでいくのはある程度仕方がない事。しかし老化の進行を遅らせる事でキャピトンを防ぐ事は可能なのよ。マッサージもキャピトンには大変効果的だわ。ヒップは筋肉の流れに沿って下から上へとマッサージ。入浴時に石鹸を泡立てた手で肌を引き上げるようにすると良いわね。腿のマッサージは内側から外側に向けて手を動かすの。この時、力を入れすぎたり、手を動かす方向を間違えないように気を付けなさい。シャワーの水圧を利用したマッサージも効果があるわね。この場合、水圧を強めにしてヒップの下から上に向ける。又はヒップの中心から両サイドに向けて当てるのが効果的だわ。おっと話が逸れたわ。本題に戻りましょう。視覚については語ったから次に触覚ね。まぁこれは触った瞬間掌に伝わる上質なスポンジケーキにも似た柔らかさと、その柔らかさの次に潜む確かな弾力が無ければならないわ。勿論撫で回す時にもこの柔らかさと弾力は邪魔にはならない。そう、柔らかさと弾力は撫でる動きを助長する機能をも持っているのよ。つまり本体の意思に関係なくお触りを促してしまう罪作りなお尻という事。でも、だからこそお尻の触覚的真価がある訳ね。ふふふ、それにね? 先程の二つのラインを持つお尻であれば、自然と引き締まっている事になり、必然的にただ柔らかいばかりのたるんだお尻でもなければ、過剰に鍛えられて弾力どころか硬さを得てしまったお尻でもない。良いお尻は指で弾いた時の感触と揺れ具合で分かるものね。つまり、最低でも二つの感覚で愛でる事が出来てこそ、お尻の素晴らしさを語れるというものよ。視覚でしか愛でる事の出来ない貴女たちが尻を語るなど百億光年早いわ!」
「百億光年は距離よ……」
 パチュリーの声も最早永琳には届かない。自身に対する絶対の確信。それこそが天才の天才たる所以なのだ。
 慧音と阿求もまた呆れたようにその反り返って腕を組んだままの永琳を眺め――否、呆れてなどいない。永琳の言葉を噛み締め、反芻し、そして己が敗北を悟って愕然としていた。
「くっ……私とてあの見果てぬ幻想をこの手に掴みたい。いやさ掴むだけでは飽き足らず、撫で回し揉みしだき口に含んで転がしたい! しかしそれは……それだけはっ!」
「そうです……私たちにはそれだけは許されない……同性である事など問題ではありません。自身のプライドがそれを許さない。歴史と記録を重んじる私たちに、そのような刹那的な愚行は決して許されません。過ちを忘れたくとも忘れられない。歴史から抹消したくても消せはしない。他人の罪は許せても自身の罪は――許せない」
「愚かね。そして下らないわ。この世に生を受けたのは何のためか。生きる為に生き、為すべき事を為さざるは生にあらずと語ったのは誰? そのような貧弱なプライドを守って生を否定するの? 嗚呼、全く持って下らない。貴女たちには永遠を生きる資格などないようね。私は違うわ。私は己が欲望を抑える必要などない。理由が必要ならそのための状況を用意すれば良い。欲望を正当化する術など人の遺伝子パターン五十六億七千万よりも多く構築出来るわ。誰に憚る必要があるというの? その為の知恵なのではなくて? 記録しか出来ない貴女たちが誇りを持つなどおこがましい。自身を騙す無様さ。騙しきれない愚昧。そんな醜態を晒すくらいなら死してパンツにでも生まれ変われば良いわ!」
「なっ! パンツだと! 人を愚弄するにも程が――ぬぬ、しかしパンツか……常に全身でその感触を……」
「騙されないで下さい慧音さん! あれは詭弁です。言葉の罠です! 戯言に惑わされてはいけません!」
「ふふっ、私は違うわ。私はそのような下らぬ自意識などに縛られはしない、私は己が望みを叶えるために――主にすら手を掛けた女よ!」
「な、なにっ! 貴様まさかあの蓬莱山輝夜までも――」
 くくっと永琳は僅かに俯いて含み笑いを漏らし、堪えきれぬ衝動を自らの右手で押さえつけるように顔の半分を覆い隠す。
 指の隙間から妖艶な流し目を慧音に送り、艶かしく下唇をちろりと舐め上げて、

「美味しかったわ――」
 
 と呟いた。

 勝てない――慧音と阿求は絶望に膝が砕けそうになる。
 永琳の述べた論は確かに自分たちならば実行可能。その届かぬ夢を、その見果てぬ夢を、手にする為の理由などこの絶望の淵ですら幾通りだって構築できる。正確な記録が必要だからとメジャー片手に詰め寄っても良い、新たな整体術を身に付けたからと虚偽を重ねても良い。一度見たものは忘れる事の出来ない阿求、全ての歴史を知る慧音ならば虚偽を虚偽でなく真実とする事すら出来よう。だが――それは不可能だ。彼女たちの自意識が、それを許さない。
 嗚呼、誰が勝てるというのか。自分という枷すらも捨ててしまっている、この壊れた天才に。
 彼女が永遠亭に縛られているうちならば良かった。それ以外に世界はないのだと思い込んでくれていれば良かった。
 だが、あの永き夜に――彼女はこの世界を知ってしまったのだ。北欧で世界を滅ぼすと言われた魔狼。それを縛る月の鎖。鎖が解き放たれた時、魔狼は歓喜の声を上げて世界を蹂躙するだろう。悦びの詩を歌い、滅びの唄を奏でるのだろう。もうこの幻想も彼女の舌の上なのだ。敗残兵である二人には、自身の鎖を解けなかった二人には、指を咥えて見ている事しかできまい。
 がくりと膝を付き、項垂れる慧音と阿求。「いや、本当にあんたら何言ってるの?」というパチュリーの呟きすらも掻き消して高らかに笑う永琳。
 最早この世は彼女の狩場。彼女の望むがままに全ての尻は蹂躙されるだろう。メイド長も閻魔も人形遣いも、否、未だ成熟しきっていない青い果実すらも全て喰らいつくしてしまうに違いない。朝食代わりに尻を撫で、昼食代わりに尻を舐め、尻を枕に優雅な午後を過ごし、夜には背徳の宴を催すのだ。誰が抗えよう。彼女は力ではなく知恵でもなく魔力でもなければ能力でもなく――快楽で支配しようというのだ。
 身を切る苦痛も、泥を食むような屈辱も、屈せず立ち上がる者は決して少なくはない。
 だが脊髄を貫く悦楽と母親の胸に抱かれるような法楽に抗える者などある筈もない。
 だから慧音は吼える――己が無力を。
 だから阿求は責める――己が不明を。
 そしてパチュリーは呟く――おまいら正気か? と。
 永琳の勝利の笑い声は風に乗り、二百由旬を渡り、博麗大結界すら貫いて三千世界へ広がっていく。
 それは世界に対する宣戦布告。我が前に平伏し尻を突き出せという傲慢な意志。
 最早この世に抗う術はなく、阿求と慧音は震えながら身を寄せ合い、パチュリーは不貞寝して、この世の尻全てが新世界の神への供物と成り果てる時――





「さ せ な い わ」




 瞬間、空気が凍った。
 穏やかな陽だまりは一瞬にして極寒の凍土と化し、風に波立つ湖面もまた静まりかえる。全員がその気配を感じて湖を振り返った時――湖面がごぼりと粟立った。
 液体である筈の水が罅割れて、湖面に暗黒の孔が開く。
 どす黒い瘴気すら放つ孔。水面を割る漆黒のクレバス。
 その場の誰もがその孔へと眼を向け、背筋に氷柱を差し込んだような恐怖を感じた瞬間、その孔に――白い一輪の花が咲いた。
 月下の華の如き真っ白の指先。湖面を掴もうと蕾が開くように人差し指、中指、薬指と鍵盤を爪弾くようにゆっくりと流れ、そしてついに小指がその罅割れた湖面に触れた時、もう一輪の花が虚空に咲く。その白さに魅せられて、永琳も、慧音も、阿求も……幻想郷に名を轟かせる賢者たちが、声を失い道化のように佇む事しか出来なくなる。
 二輪の白き花はあやすように虚実の境界を愛撫し、湖面に両の掌をぴたりと当て、そしてそのまま、

 ず る り と――『彼女』を引きずり出した。

 海のように揺れる金色の髪。三日月のように笑う白面。そして和洋中いずれにも当て嵌まらぬ装いに包まれた化外の美。
 孔から這い出た彼女はそのまま湖面に浮かび上がる。鏡のように静謐な湖面、そこに彼女は怖れもなく、畏れもなくその足を踏み出す。
 一歩……そして二歩、三歩。体重を感じさせない軽やかさで。
 歩みと共に無限に広がっていく幾何学模様。そのフラクタルが足取りを彩っていく。
 そして湖の淵へと辿り着いた時、妖艶な微笑みを浮かべながら、目の前に立ち尽くす愚者に目を向けた。
 混濁の紫が――赤青二色の境界を嘲笑う。
「なんて愚か。なんて無様。貴女ともあろうものがそのような浅はかな願いを口にするとは――語るに落ちるとはこの事ね。月の頭脳さん?」
「――八雲紫。そうか、貴女がいたわね……我が野望に立ち塞がりし、最大最悪の障壁。同じ願いを持つ不倶戴天の敵」
「同じ野望? 敵? ふふ、一緒にしないで欲しいわ。貴女如き――眼中にありません」
「な、何!?」
「幻想郷に偏在する数多の美尻。それを全て手中に収めようなどと――そのような下劣で下等な願い、この八雲紫、千年も前に捨て去っているわ」
「な――巫山戯ないで! 貴女も私と同じ筈よ。目の前に美しき果実があり、それを手にせず済ませる事など出来る筈がない。そう、この矮小な人間や半獣とは違う。貴女なら、貴女だけは、この想いを共有出来ると思っていたのに!」
「言ったでしょう? もうそのような地点は通過したと。今の私はそこに跪く者たちと同じ。見て、眺めて、愛でるだけ。触れるなど――下衆の所業」
「げ、下衆だと……この私を下衆と呼ぶの!? この私を! 宇宙すらも手中に収めるこの私を!」
「落ち着きなさい。そして瞼を閉じなさい。そのまま私の言葉に耳を傾けなさいな。貴女なら私と同じ場所まで辿り着ける――そう信じているのだから」
「くっ……わ、私は!」
「目を閉じて、思い描きなさい。――ほら、雨音が聞こえる。突然の雨に手を翳して急いで家路に着く少女。初めてのデートに浮かれていた彼女は、お気に入りの白いワンピースで街へと出掛けたの。だけど……何があったのかしらね? 今彼女は必死で涙を堪えながら、雨の中たった一人で走っているわ。冷たい雨は彼女を濡らし、薄手のワンピースが身体に張り付く。まだ少女とはいえ少しずつ女へと変わっていくその身体は、少女と女性の中間を頼りなく揺らいでいるのよ。それはある意味、今だけの奇跡。すぐにも時の流れに押し流される脆弱さであるが故に許された絶妙のバランス。そんな彼女の後姿を思い浮かべて御覧なさいな。視えるでしょう? 今日この日の為に一週間も前に準備していたとっておきの緑色のストライプの下着が、その濡れて身体に張り付いた白いワンピース越しに。女性へと変わりつつも未だ熟れていない青い果実が、彼女の駆け足と共に揺れているのが視える筈よ」
「うくっ!」
「ほら、優しい風の音が聞こえる。教室の窓を吹き抜ける爽やかな初夏の風。夏服に着替えたばかりの貴女たちは、退屈な授業を欠伸を堪えながらノートに鉛筆を走らせている。眠かったせいか貴女は書き損じてしまい、苛立ちながら消しゴムを掛けるの。するとどうでしょう。力を入れすぎた消しゴムは二つに割れて、ころころと机を転がり落ちてしまったわ。貴女は不満げに机の下へと身を屈めて、ふと顔を上げた時にそれに気付いたの――前の席に座る口煩い委員長。眼鏡を掛け、校則通りの三つ編を結って、今時珍しい膝上5センチのスカートを穿いている彼女。そのお尻が思いがけず柔らかな曲線を描いている事に。折り目正しくスカートを畳んでいるが故に初めて気付いたその曲線。普段、気にも留めていなかったお尻がすぐ目の前にある。貴女は消しゴムを拾う事も忘れ、そのお尻に魅入ってしまった。細いウエストから緩やかに流れる腰のライン。その放物線の余りの美しさに、三次関数はこの曲線を証明するために産み出されたという真実に貴女は気付くでしょう。椅子に座る事で歪められた三次曲線。だがその歪みこそが至高の美を引き出している事に、貴女は、貴女だけは、それに気付ける筈よ」
 よろりと、永琳は一歩だけ足を引いた。
 まだ屈服する訳にはいかない。そのような幻想だけで満足するには自分の中の獣は強大すぎる。
 ふと隣を見れば、跪いて祈るように両手を組んだまま、透明な涙を流す阿求と慧音の姿が見えた。神を礼賛するようなその姿に永琳は吐き気を覚える。
 醜さを感じたからではない。自分もまた、跪きたいと思ってしまった己の弱さに反吐が出る。まだだ。私はまだ負けられない。シチュエーション、偶然の織り成す感動、だけどそれはあくまでも精神的なものでしかない。虚より実。心より肉。肉こそが全て。下らない精神論など欺瞞に過ぎぬ。私はそのようなもの認めない。この世の全てを論理的に分解し、その全てを掌中に収めようというのだ。そのような戯言に今更膝を屈するなど――!
「だ、だけど、それは全てを支配してからでも出来るじゃない! それこそ服を着たまま水に飛び込ませる事も、黒スト穿かせて無理矢理破く事も、全ては思いのままだわ! それこそ思い付く限りのシチュエーションを! 望む角度で、至近距離から、誰に憚る事無く堪能出来るというのに!」
「八意永琳――貴女ともあろう者が迂闊ね。いえ、軽率というべきかしら? いえやはりここは愚かというべきね。失望したわ」
「な、何を!?」
「確かに偶然を頼りにしていては一生拝む事の出来ないシチュエーションというものは存在する。運命を操る夜の王がどれほどその力を振るおうと、在りえない運命は引き寄せる事が出来ないようにね。美少女が頭から転んでスカートが全開に捲れ上がり、おまけに持っていた牛乳パックを転んだ拍子に放り投げ、その突き出したお尻に牛乳が零れて黒ストを穢し、そして牛乳の匂いに誘われた子猫がそのざらついた舌で舐め上げ爪で黒ストをびりびりに破いてしまった挙句にたこ焼きになる運命に抗おうと逃げ出した瀬戸内海出身のマダコ――マリオ・イグレシアス(3歳)が下水道から這い出てきて太ももから尻にかけて執拗に絡みつく。そのようなシチュは確かに貴女の言うように、世界そのものを支配し意図的に演出しなくては決して拝めないでしょうね……だけど」
 永琳は無言で紫を睨む。慧音も阿求も紫の言葉を黙って待つ。
 ごくりと唾を飲み込む音。それは誰が漏らしたものだったのか。永琳か、慧音か、阿求か。或いはその全員か。
「偶然というものの中にこそ真実の美がある。水面に落ちた水滴の生み出す王冠。空から舞い降りる雪の結晶。風で捲れたあの娘のスカート。それこそが美なのよ。この国には古くから美しさの説明として『侘び』と『寂び』という概念があるわ。今となっては日本人ですら希薄になってしまった概念である事が哀しいけどね。『侘び』と『寂び』この二つの言葉に差異はないの。『寂び』は『錆び』であり物質的なものが時の流れの中で少しずつ古びていく状態を指し、そして『侘び』とは精神的な意味での『寂び』を表す。室町時代から安土・桃山の時代に生まれた美意識で千利休が編み出したと言われているわ。利休が現れるまで美といえば豪華で耽美的なものだったの。だけど利休はそれに反発し、単純美を否定して、時を経て傷んだ侘しい状態の美を肯定する精神的な美意識を人に示したのよ。滅びの美学。もののあはれ。そう言ったものね。利休の逸話にこんなものがあるわ。ある時利休は息子の道庵にお客様が来るので庭を掃除するように命じ、道庵は言われた通り綺麗に掃き清めたの。それこそ葉っぱ一枚残さず綺麗にね? 庭を見た利休はその庭の木を揺すってきれいになった庭に葉を散らしたそうよ。完全に清められているものが、一番綺麗で最高なのは当たり前ですが、それでは完全すぎる。そこへ葉を散らす余裕こそが『侘び』なの。だったら最初から掃除なんかしなくても良いじゃないか、と思うかもしれないけれどそれではまだ不完全なのよ。完全を経た上での余裕――それが『侘び』というもの。贅沢や華美を避け、物質的な驕りや悦びを許さず、慎ましさや不自由さ、貧しさに精神の悦びや清純さを求めるのが『侘び』。そうあれかしと思う心こそが真の美。それが解らぬ貴女には決して辿り着けぬ境地よ」
「だ、だけれども……」
 反論の言葉にも覇気はない。永琳とてすでに悟っていたのだろう。求めるが故に遠のく。手にした端から零れ落ちる。だからこそ――夢なのだ。
 それでも永琳は膝を屈さない。負ける事は矜持が許さない。何の事はない、彼女もまた慧音や阿求と同じなのだ。

 何処まで行っても――自分からは逃れられない。

「まだ解らないようね。ならばもっと解りやすく言ってあげましょうか?」

 そう言って紫は、

 嫣然と、

 妖しく、

 華麗に、

 微笑を浮かべて――






























「企画もんのAVじゃ抜けないっつーの」

 

 ここに勝敗は決した――
























「で、結局どうなったんだい?」
「どうもしないわ。元々ノリでやってただけの議論だもの。誰それのお尻が素晴らしいとか、こんなシチュは萌えるなんて事を日が暮れるまで話し合っただけよ」
「それはそれは……図書館の魔女に心から同情するよ」
「あら、余り興味なし? 殿方はそういう話が好きだと思っていましたのに」
「人それぞれじゃないかな? 僕は興味ないね」
「釣れないわねぇ。面白くないわ」
 そう言って紫は臍を曲げたようにそっぽを向いた。
 此処は魔法の森にある古びた店――香霖堂。
 所狭しと我楽多が並んでいるが、それなりに整頓され棚に並べられている。相変わらず何に使うのか用途の読めぬ物が殆どであったが、不思議と興味を惹かれるものばかり。
 無駄であり余分であるが故に幻想となった器物。
 だがそれは本当に無駄なのか? 余分なものを許容すら出来ない程に追い詰められているのか? 
 遊びとは子供だけのものではない。大人だからこそ楽しめる遊びもあるだろう。
 偶には足を止めてゆっくりと無駄を楽しむ事が必要なのだ。そんな時にはこの店を訪れると良い。無愛想な店主が決して客の邪魔をする事なく迎えてくれるだろう。
 解らない物があれば聞いてみれば良い。その時だけは店主も喜々としてその物についての薀蓄を語ってくれるだろう。
 時間と心に余裕があればこの店を訪れると良い。きっと――素敵な余暇を満喫出来るだろう。

 まぁ、客じゃない相手には店主もぞんざいな扱いしかしないのだが。
 この客であった試しのない、やっかいな大妖怪を相手にする時などは特にである。

「どうでもいいけど、用が済んだら帰ってくれないかな? 僕はこれでも忙しいんだよ」
「客なんかいないじゃない」
「君が客になってくれればいくらでもお相手しよう」
「私は現金を持たない主義なの」
「つまり盗賊という事か」
「失礼ね」
「まぁ、冗談は置いておくとして……僕も先日君が店の整理をしてくれた礼に、本を読む事を我慢しながら君の話を聞いているんだ。できればもう少し実のある会話をしたいね」
「栗ご飯は美味しいな?」
「30点。お帰りはあちら」
「あー待って待って。今のは私としても不本意だわ。もっともっとウィットに飛んだ小粋なジョークだって言えるのよー」
「それは来世のお楽しみとしておこう。君とならもっと有意義な会話が出来ると思っていたんだがね?」
「有意義ねぇ。空を飛ぶ鯨の話とか?」
「生憎、僕はピンクの象も見た事がないよ」
「まぁいやらしい」
「君に合わせただけさ」
「あーあ、これなら昨日の尻談義の方が面白かったわ。知ってる? 幻想郷で一番美しいお尻をしているのは誰か?」
「さてね。まさか君だとかいうオチじゃないだろうね?」
「ふふっ、私もそこまで驕ってはいないわ。メイドだの閻魔だの亡霊嬢だの月の姫だのとありとあらゆる美尻が挙げられて、割と本気の弾幕合戦が始まりそうだったんだけどね?」
「物騒な話だ」
「殺生な話じゃないだけマシでしょう? まぁ、そんな時にふらふらやってきた氷精が言ったのよ。素晴らしいわ。たった一言でその場にいる全ての者が納得させられたの――おかしいでしょう? 揃いも揃った幻想郷の賢者たちが、己が主張を貫くため知識と知恵の双方を最大限に動員して議論していた彼女たちが、ただその場に立ち寄っただけの子供の無邪気に笑いながら告げた一言に敗北したのよ。幻想郷の記憶が、歴史を司る者が、月の頭脳が、動かない大図書館が、そして――この私が」
「ほう、何と言ったんだい?」
 紫はおかしそうにくすくすと笑いながら、霖之助へと顔を上げた。
 その笑みに邪気はなく、穏やかな春のような微笑。
 
 とん、と――心臓の鼓動が跳ね上がり、霖之助はその笑みに魅せられた。
 彼女との付き合いも長いが、そのような顔を見るのは初めての事。呼吸を止め惚けたようにその顔を見つめる。
 それは彼女に相応しくないような、或いはとても相応しいような――




























「リグルのお尻が一番綺麗だよ。だってぴかぴか光るじゃない――ってね」  

 そう言って、もう一度紫は楽しげに笑った。














                                        《終》
リグルの尻は光らねぇよ。

そんな訳で、万華鏡の彼方さんからのリクエスト。知識人たちの語らいを綴ってみました。
楽しんで頂ければ幸いですw

ちなみに本文中の尻議論はメンバーをはじめ、多くの方にお力添え願いました。
俺一人じゃとてもとてもw

読み終わって「阿呆かwwwww」とでも言ってくれると嬉しいですw
床間たろひ
コメント



1.無評価万華鏡の彼方削除
うおおおぉぉぉぉ!!
自分のリクエストではありましたが予想以上にぶっとんでておもしろかったっす!!
ただ少し欲を言えばこーりん……いや、なんでもないんだアッー!
2.無評価おやつ削除
バカすぎる!(褒め言葉
3.無評価マイマイ削除
あれ? 点数はどこだ? フリーレスにするには惜しいんだけどww

しかし、なる程。ピカピカ光るか。実にチルノらしい。捏ねた理屈なんぞ屁理屈。一言ストレートな意見の方が意外としっくりくるもんです。
4.無評価ちょっと通りますよ削除
しwwwwりwwwwwww
畜生クソワロタwwwwww
なんか芝ばっかの文章でもうしわけない
こんな魂をぶつけ合うような論議のできる友がほしいwww