穂積名堂 Web Novel

ネムリガ

2012/02/29 01:39:49
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ネムリガ

Hodumi
※この作品は、Coolier様にある東方創想話の作品集18に投稿されていたものです。



「……にゃあ」
 私は思わずそう口にしてしまっていた。
 なんでかっていうとびっくりしたからで、なんでびっくりしたかというと、裏のお庭に面した廊下がとても気持ちよさそうにぽかぽかしているから。
 〝式の身であるならば、極力人間の言の葉と表情、身振りを用いて意思表示するように〟って藍様から言われていたけれど、思わずそれを忘れてしまったくらい廊下はお日様に照らされてぽかぽかでぽかぽかでぽかぽかー。
「……むー……」
 とってもぽかぽかな廊下が私においでおいでしているように見える。
 あの明るくて風通しがよくてぽかぽかな場所で眠る事が出来たら、どれだけ幸せだろう。
 でも今日は藍様にお部屋の掃除を頼まれてるから、そっちをしないといけない。
 だから廊下で眠るんじゃなくて部屋の掃除をしに行かなきゃ。
 うん。
 頷き両手を握って気合を入れると、私は自分の部屋へ向かって歩き出す。

 ぅあ。……しまったぁ。

 掃除をする部屋に行くには、二つの道順がありました。
 一つは真っ直ぐ行く。
 一つは戻って迂回する。
 私はついうっかりいつものように真っ直ぐ行ってしまって。
 すると当然さっきまで前にあった廊下を渡ろうとしてしまって。
 だから今私は廊下の上に立っていて。
 ああなんてぽかぽかなんだろうここで眠れたらとても気持ちが良いだろうなぁなんだか瞼がとっても重くてああでもだめ藍様に叱られちゃうだけど暖かくていやだからとっても眠くなって藍様ぽかぽか掃除もう寝ちゃおっかでもいやぽかぽか――

 バタリ。

 ―――くぅ。




 マヨヒガは、基本的には春が真っ盛っている場所だ。
 時折思い出したかのように真冬だったり常夏だったり晩秋だったりするが、そこのところは全て紫様の気分によって決定される。
 雨が見たいと仰れば雨が降るし、橙が台風って何? とでも聞こうものなら、マヨヒガ全体が半壊するようなのを呼び込んでくれるのだ。流石に、その時ばかりは紫様も被災地の復興を手伝ってくれたが。
 無論それ以外の件で手伝ってもらった覚えは無い。
 …………………………
 ……………………
 ………………
 ………くっ。
 ……なんだかやりきれなくなったので、取り敢えず良い修行だったなうん、と自己を騙しておく。
 哀しくなんか無い。
 
 洗い桶一杯の洗濯物と食器類を抱え、マヨヒガの近くを流れる沢へと飛ぶ。
 食器はともかく衣類の洗濯は力仕事なので、まだまだ橙には任せられない。だがこのところは自分の分だけでも洗おうとしてくれるので、非常に嬉しく思う。もっとも、沢で洗い晒しにするのが長年の経験から得た基本なので、根本的に橙には向いていないのが残念だ。後百年もすれば水気如きに遅れを取る事は完全に無くなるだろうから、それまでは我慢我慢。
「さて、と」
 さらさらと流れる沢の畔に桶を置き、袖を捲くる。そして両腕以外に水に克つ土気を纏い、洗い物の一部を持って沢に入った。
 沢を流れる水が、私から半寸程度の間を置いて私を避けて流れていく。素足のまま水の中に入ればそれはもう身震いする程気持ちが良いだろうが、今は行楽に来ている訳ではないので自制する。
 随分昔は畔で洗っていたものだが、流水に浸けてからの方が楽だと知った今は、当然其方を優先していた。尤も、そうするための土気の纏い方を覚えるまで、結構かかったが。
 昔はうっかり沢を堰止めて、氾濫させてしまった事もあったなぁ、としみじみ思いながら、水底に広げた洗い物を晒していく。沢の流れは早いので、しっかり水底の石で押さえて置かないと、流れてしまう事があるので注意が必要だ。
 全ての洗い物を底に晒した次は、沢にて食器類を洗う番である。
 別にこの程度マヨヒガに設置してある井戸端でどうにでもなるが、洗い物を浸けて置く間の時間が惜しいので此方で洗う事にしていた。
 そういえば以前一度だけ紫様の茶碗を流してしまい、こっぴどく怒られた事もあったなぁ。
 洗い終え、さて衣類をという場合、風の術で簡単に済ませられるのとそうでないのがある。前者が殆どだが、紫様の着物はどれも後者なので、全く以って骨が折れるのだ。
 ……まぁ、そうも言ってはいられないが。
「よし、やるか」
 両手を握って気合を入れ、再度土気を纏って私は沢に入っていく。




「あ~もう、幽ひゅ子ったら寝かせてくれにゃい上に帰してくれにゃいんだからぁ~」
 白玉楼の宴会にお呼ばれしたのが十日前。確か。
 つまりそこから今日までずっと飲んで騒いで飲んで騒いで吐いて飲んで騒いで飲んで飲んで騒いでをやっていた訳だ。多分。
 これは我ながら少しやり過ぎたかなと思ったり思わなかったり。
「どっひよ、それぇ。あははははは~」
 不確かな自分に突っ込みつつ何だか愉しくなったので笑いながら、スキマ越しに帰ってきた我が家の玄関前まで来る。
「たぁ~るぁ~いぃ~むぁ~ん♪ っとぉ。……ぅん?」
 家長が帰ってきたという宣言をしたというのに、返事が無い。
 おかしいわねぇ?
 いつもなら藍なり橙なりがすっ飛んでくるのにねぇ?
 なぁんでかしらねぇ?
 午前様なんて別にいつもの事なのにねぇ?
「って誰に聞いてんのだぁれぇにぃい。私の頭の中は私しかいないんだから答える訳がにゃいってぇ。あはははハはっ」
 笑いつつちゃんと前を見てみれば、ものの見事に理由が分かった。
「……ああ」
 手を打ちつつ、返事なんか来る訳が無いと理解する。
 そもそも玄関を開けていない。
 これでは家の中に声が届く筈が無いじゃない、もう、私ったら粗忽者☆
「では改めましてぇ~」
 玄関に手を掛け力を込める。
 がっつん。
 開かない。
「おんやぁ~?」
 もう一度。
 がっつん。
 Again.
 がっつん。
 再一次。
 がっつん。
「……あらぁん?」
 何で開かないのかしら? 不思議ね。
 てゆーかこの私が玄関から帰ろうとしているというのに何かしら全く。
 開かないなんて、玄関のクセに生意気よ生意気。
 ところで乾意気って素直なのかしらね。
 いえいえそんな事は良いのよ。今問題なのはこの玄関が開かない事で、開かないという事はつまり生意気で、生意気っていうのは生意気って言う意味なのよお馬鹿さん。おほほ橙ったら可愛いんだから猫耳生えてるクセに。藍を見習いなさいな、立派に頭に狐耳生やして、ていうかあんな耳わ却って邪魔よねぇあんなに大きな外耳が脳の近所にあったら、大きい音にも弱くなるし、そもそも耳の諸器官が頭部を占有して脳の領域が狭くなっちゃうじゃないの。なぁんだ。どっちも実は馬鹿なんじゃないの。おほほ藍ったら可愛いんだから狐耳生えてるクセに。人耳生やしてる私を崇め奉りなさい。これわ命令よ。ええいそんな目で見るなマヨヒガの法律は私だし一介の式如きが使役者に意見しようなぞと四十六億年早いわつまり私より長生きしてから言いやがれって事だから要約すると無理って事ね。諦めなさい。おほほ私ったら可愛いんだから。
 という訳でけってー。
 この玄関は敵よ、敵。
 でも私は慈悲深いからまず説教から始めるの。
「あにゃたねぇ、玄関のクセに家主が帰ってきたのに開かないなんてどぉぅいう魂胆よ? いぃま時れ~むだって叩けば痛がるのにぃ、こぉの玄関はなぁんで引いっ、ても開かないってのよ全くどーゆうことかしら~? それとも何? 藍みたいに労働条件の改善とか言てみちゃったりな~んかすぅるぅわぁけぇ? ぅははハ無駄無駄、この私がそんな手緩い為政者に見えますかぁ? はい、見えませんねぇ。つまり無駄にゃんだよこのスットコ玄関が。とっとと諦めて開けよ、にゃぁ、オイ、聞ーいーてーまーすぅ? そういえば聞と開って字似てるわねぇ。でも闢とか闘とか閑とかは似てにゃいわよ全然。あにゃたはどう思う?」
 返事が無い。
 まぁ無視だなんて増々生意気な。
 ふんだ。
 分かったわよ。
 そういうつもりならこっちにだって考えがあるもんね。
 今更謝ったって時既にナマケモノよナマケモノ。
 つまり光速でそっちが謝るなら許さなくも無いという事よ。
 うん。
 私って寛大。
 誰か褒めて褒めて~。
 ……って謝らないじゃないこの玄関。不良品?
 仕方ないわね、謝らないこの玄関はやっぱり極刑ね。
「藍? 藍~? この玄関謝らないわよ~? 生意気だから取っ払って新しいのにしちゃって頂戴。藍~?」
 吹き荒ぶ風が私に心細さを運んできました。
 玄関が返事をしないなら、藍も返事をしないと。ほう。この私を困らせようっていう訳?
 いいもんね。
 あなた達が返事をしなくても、私には橙が居るのよ~。
「橙? 橙~? このゴミと藍を何処かに棄ててきて、新しい玄関と藍を拾ってきて頂戴。そこらに手頃な泉があったでしょ確か。橙~?」
 温かな日差しが私を馬鹿にしてるようにしか思えません。
 玄関が返事をしないなら藍も返事をせず、挙句橙まで返事をしない。

 なにこの状況。

 苛め? 私ったら苛められてたりしちゃうの? 今。
 がーん。
 それはとても悲しくてて残酷で痛切で哀切で悲劇ですわ。
 泣いちゃうかも。
「……うぅっ、にゃんで、ぐすっ、苛めるのぉ? 藍もぉ、橙もぉ、なんで、ひぐっ、苛めちゃうかにゃぁ?」
 訂正。泣いちゃいそう。
 ふんだ。
 いいもんいいもん。玄関なんか開かなくたって家の中には入れるもん。
「Come on! Space!」
 音高く指を鳴らしながら玄関前と玄関内を繋ぐスキマを作り出し、私はそこを潜ってあっさり家の中に入る。
 家の中に入ってみると分かる事だが、なんというか気配が無い。
 従って誰も居ない。
 ……つまり私の早とちり?
 なぁーんだ、もう、涙ぐんで損した。
「おほほ私ったら」
 折角だから裏庭の池で飼ってるメガロドンでも冷やかして遊ぼう。
 リアルに冷やかすと死んじゃうけれど。
「何よりも大切なこの世界が~♪
 掌をすり抜けて零れていく~♪
 そして全ては泡沫に帰して~♪
 残るは小さく分裂した世界~♪
 ……そのココロはッ!
 答えは箱庭~♪
 答えは流水~♪
 答えは人生~♪
 答えは宇宙~♪
 はーい全問正解、紫ちゃん百点でーす。って一問二十五点? そりゃまた随分威圧的な配点じゃないの」
 歌いながら採点していたら、裏庭に面した縁側で橙がぐっすりとそれはもう至福の如き様相で寝こけているのを発見した。
「……くー……すー……」
 成る程。眠っているのなら気付く筈も無いか。
 ……それにしても……
「やだもぅ橙ったら。こんな素晴らしい所で眠るなんて羨ましいわ~。嫉妬しちゃおうかしら」
 仰向けに、正しく隙だらけな体勢で夢の国に浸っている橙の脇に屈みこんだ私は、すぐに妙案を思いついた。
「でもいいの。何故って、私もここで寝ちゃうもんね~」
 起こすのも可愛そうだから、一緒に寝てしまえば良いのよ。
 こっちもぶっ通しで宴会やった帰りだからつまりとっても眠いし。

 それは、なんて簡単な、他愛の無い―――理屈―――

「とゆ~訳でぇ、はい、アン・ドゥ・トロワ」

 ゴトリ。

 ―――すひぃ。




 洗い物も終了し、沢からマヨヒガに帰還した私は洗った洗濯物を庭に干していく。
 大抵の場合マヨヒガは雨知らずなので、色々気にする事無く干す事が出来るのだ。
「…………っと、よし。こんなものか」
 物干し竿各種に干された衣類が微風に揺られる様を見て、私は何となく満足感を覚えた。
 時々空虚な気分になったりもするが、日々の雑務に何かを期待する方が間違いなのだ。
 要するに、そう都合よく橙が物陰から出てきたり、そっと後ろから近付いてきて(当然私は気付いている)目隠しをしてきたり、外から帰ってきたりはしないという事である。
 大体、今日は橙に部屋の掃除を頼んであるのだし、出てくる筈があんまりない。
 もし願いが叶うなら橙が掃除を終わらせていると願いたいものだが、多分それは無いだろう。大概の事柄において、まだ橙はそう達者ではないのだ。
 やれやれ、と息を吐きながら家の方へ戻る。
 施錠しておいた玄関の鍵を開け、帽子を取りつつ家の中に入った瞬間私は眉根を寄せた。
「ただい……酒臭い……?」
 ほんの僅かな微香だが、確かに酒の匂いを私の鼻は嗅ぎ取っている。
 それも普段使ったり飲んだりするような料理酒や並の酒の匂いではなく、芳醇な残り香だけでさぞ高級な品なのだろうというのが容易に予想がつく。
 問題は、そんな特級酒が我が家には無いという事だ。
 つまり紫様が帰ってきているという事になる。白玉楼での宴会に呼ばれて早一ヶ月余り、そろそろ帰ってくるだろうとは思ってたけれど。
「紫様? 帰ってらしたんですか?」
 家の中を進み、軽く見回しながら声を掛けた。
 が、返事は無い。
 うむ? おかしいな。
「橙? 紫様を見なかったか? 橙~?」
 家の中に入る者に聞けば分かるだろうと橙を呼ぶが、
「…………あれ?」
 何故か返事が無い。
 というか呼ばなくてもいつもなら飛んでくるんだけどなぁ。
「……妙だな」
 掃除はもう終わったんだろうか。
 そんな疑念は、襖を開けた時点で霧散した。
「さて……サボるような子じゃあないはずだが……?」
 散らかったままの部屋を後にし、一先ず家の中を探す事にした。
「橙~? 紫様~?」
 呼びかけながら家の中を歩き回ろうとして、裏庭を臨む廊下にさしかかる。
「ちぇ…………っ!!!!!」
 すぐに見つかった。
「すー……くー……」
 それも二人とも。
「すひょー? ……すひぃー? ……」
 それもとんでもない有様で。
「うぁっ…………」
 言葉が詰まる。
 実際何を言えば良いのか、何を言うべきなのか、何と言えば表現できるのか分からない。
 縁側で燦々と注ぐ陽光を仰向けになって一身に浴びて眠る橙と、その横でやや体を丸め気味に横になって眠る紫様。
 端的にはたったこれだけだ。
 だけなのだが。
 そう……日頃は通り抜けるばかりのこの廊下が、まるで稀代の芸術家によって齎されたかのような美しさを発散して――
「………っ…」
 否。否である。
「かっ……」
 そうじゃない。そうじゃあないだろう、八雲 藍。
 知っているはずだ、私は。
「……か……」
 斯様に素直じゃない言葉ばかりを並べ立てたところで、表現と言える筈も無い。
 物事を例えるには、言葉を連ねればいいというものじゃあないんだ。
「か……かっ……」
 だから私は、さっきから喉元まで来ている一言に全てを集約した。
「可愛すぎるッ!!?!」
 両手を頬に当て、なんていうかもう居ても立っても居られないような高揚とむず痒さが全身を駆け巡り、意味も無く私は全身に力を入れる。入れるというか、勝手に力んでしまってそれが抑えられない。
 何故なら橙も紫様も究極に可愛いのだ。
 時折耳を動かし鼻をひくつかせ、小さく可愛い寝息を立てる橙はどっからどう見ても午睡に心身を預けた猫そのもの。橙そのものがただでさえ可愛いというのに、この格好は……この格好はッ! 私を悶え殺そうとでも言うのだろうかね橙ー!?
 加え、ジョーカーというか想定外というか寝耳に水というか、正直橙以上に驚かされたのが紫様だ。その体をやや丸めて眠る体勢というのは、なんですか。黄金率ですか。狙ってますね? 可愛すぎです。泥酔してたようで少々酒臭いのが珠に傷ですが、それも頬や鼻が朱色に染まるという素敵にも程がある顔貌を演出してくれている以上、文句は言いますまい。最高です。
 そして当然、二人とも寝顔は至福であり至上であり至幸である。うふふ。
 ……いや、それらよりも、何よりも、だ。
「すー……くー……」
 これ、橙。可愛いなぁ。
「すひょー? ……すふぅー? ……」
 こっち、紫様。可愛いなぁ。
 んで、だ。
 何で……何で紫様寝息が疑問系っていうか語尾上がりなのですか?
「すー……くー……」
「すふぅー? ……すひぃー? ……」
 いや、そんな事どうでもいいや。
 だってああもうどちらと言わずどちらも撫でたい頬擦りしたいっつーかこの大事になんで写真機が無いかな今此処にッ!
「ッ!」
 いかんッ!
 落ち着けテンコー!
「ふぅーッ……はぁーッ……ふぅ~~~~~」
 よしOKだ、落ち着けテンコー。今この場で感極まって騒ぐ事に何の易がある? 何も無いな? 非常に簡単な事な以上、私は黙って無ければならないのであって、要するに落ち着け、落ち着くんだテンコー。良いな? 落ち着けテンコー……。
 まず今自分に出来る事をしようじゃないか。
 思い立ってみればまだ私は橙と紫様を目撃してより一歩も動いていないのであり、力んでいるせいで体は石のように硬直していた。という事でその硬直を解く為に力を抜き、深呼吸を繰り返した後に一歩をそぉっと踏み込む。音を立てるなど言語道断であるからには、慎重に慎重を期す必要があった。
 第二歩目。三歩目。四歩目―――ゆっくりと、確実に、進んでいく。
 そして、最後の一歩を踏み終え、後足を引き寄せた。
「……ふ、伊達に長生きしている訳じゃぁないさ」
 建材の軋みですら許さない私の完璧な歩法によって、吐息すら肌に感じられそうな距離に来た今でも橙と紫様はぐっすりと夢の中で戯れている。
「さぁて……」
 橙の側に屈み、その寝顔を間近で観察する。
 可愛い。
 次に首を巡らせて紫様の寝顔を以下同文。
 以下同文。
 再度首を以下同文。

 ―――とっても沢山以下同文。

 ……私は今とても非常に貴重な時間の中を生きているような気がしてきた。
 例えようのない満足感に頭まで浸かり切った思いで、私は天井を仰ぐ。
 橙も紫様もよほど深く眠っているのだろう。匂いを嗅いでも全く起きる気配すら見せなかったのだ。ちなみに太陽の匂いが主でした。
「やはり、ここのせいか……」
 天井から視線を少し傾け、空を見上げて呟く。
 そう。この場に来て分かった事だが、この太陽の日差しに暖められた縁側はまるで万物の揺り籠のような安心感を与えてくれるのだ。こんな所に居るのなら、そりゃあ橙だって部屋の掃除を忘れてぐっすり眠ってしまうだろうし、紫様も帽子も取らずに爆睡してしまうだろうさ。
「……ふあぁ……ふ」
 かくいう私もこの場の魔力に眠気を催していた。さっきから瞼が重くて敵わないし、温まった床に寝そべってしまいたい誘惑に勝てそうに無い。
 ……まぁ。ちょっと位……寝ても、良いか、な。うん。掃除は……後で、一緒にやれ、ば―――

 ドサリ。

 ―――くかー。




 かくて縁側にてマヨヒガの住人は眠りの虜となり、揃いも揃って夢の中。
 しかし時は流れ空は朱に、そんな頃にまでなってやっと、翳ってきた日差しに目を覚ました猫耳小娘が居た。




「ん……ふに……」
 目を覚ました時、真っ先に目に入ったのは、怖さを覚えるような朱い、とっても朱い空。
 でも、怖いと思う以上に、
「……きれー」
 私は寝そべったまま溜息を吐いた。
 それから目元をこすりつつ体を起こして、もっと良く空を見ようと立ち上がろうとする。
「にゃっ!?」
 そこで気が付いた。
「すふぇー? ……すふぁー? ……」
 私の右側に紫様が、
「くかーぁ……っこーぅ……」
 そして左側には藍様がそれぞれ寝ていた事に。
 そして、藍様の顔を見る内に、私は顔から血の気が引いていくというのを始めて体験した。
 なんでかっていうと―――

  私 は 掃 除 を し て い な か っ た か ら 。

 大問題だ。朱い空は惜しいけれど、藍様や紫様が起きる前に掃除をやっておかなきゃ。
 猫の本分を発揮して無音で廊下から庭に出ると、そこからぐるっと玄関に回って家に入りなおす。
 早く掃除をしないと、藍様に困った顔をされちゃう。

 ―――っと、でもその前に。

 私は押入から夏布団二枚を引っ張り出して、裏庭に面した廊下で寝ている藍様と紫様にそっと掛けてあげた。風邪を引くかもしれないもんね。
 さっ、お掃除お掃除~♪
 後書きも再現しようかと思いましたが無理でした。
 創想話内における自己最高得点の作品なんです、これ。その事が不服なのは今も昔も変わってませんが、ともあれ当時の創想話読者のハートをソフトに鷲掴みしたんでしょう。
 素で「なんで!?」って困惑してた当時が懐かしい―――
 あの時はこういう作品を馬鹿にしてたからなぁ。
Hodumi
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