※この作品は、Coolier様にある東方創想話の作品集27に投稿されていたものです。
「聞こえる」
リリーブラックは呟いた。
「何が?」
リリーホワイトは聞いた。
「音が」
リリーブラックは応えた。
「どんな?」
リリーホワイトは首を傾げた。
「足音が」
リリーブラックは耳を澄ませる。
「誰の?」
リリーホワイトは逆方向へ首を傾げる。
「大勢の」
リリーブラックは音を寄り強く聞こうと瞼を閉じる。
「沢山?」
リリーホワイトは慮って静かに聞いた。
「そうだ」
リリーブラックは頷いた。
「何が?」
リリーホワイトは疑問の主旨を変えた。
「来るべきものが」
リリーブラックはそっと微笑んだ。
「本当?」
リリーホワイトは目を丸くした。
「うん」
リリーブラックはリリーホワイトへ手を伸ばした。
「……あ」
リリーホワイトはリリーブラックに促され耳に手を当てた。
「どうだ?」
リリーブラックは聞いた。
「聞こえる」
リリーホワイトは応えた。
「何が?」
リリーブラックは再度聞いた。
「……春の足音が」
リリーホワイトはそっと微笑んだ。
―――その瞬間、春の訪れを察知した時点を以って、リリーブラックとリリーホワイトは幻想郷の上空に現れた。
空から差し込む日差しは弱々しく、吹き抜ける風に温もりは感じない。
山の木々は常緑樹を除いて未だ休眠しており、大地に花は一輪も無い。
「だけど」
リリーブラックは言った。
「うん」
リリーホワイトは応えた。
「あの時とは違う」
リリーブラックはリリーホワイトの方へ顔を向けた。
「うん」
リリーホワイトもリリーブラックの方へ顔を向けた。
互いに、笑顔。
衣装と翼の色の違いさえなければ、鏡合わせと称して何ら差し支えない。
「春は在る」
リリーブラックは言った。
「うん」
リリーホワイトは頷いた。
「どこにでも」
リリーブラックはリリーホワイトではなく幻想郷に眼を向けた。
笑顔のまま。
「とっても沢山」
リリーホワイトもリリーブラックではなく幻想郷に眼を向けた。
笑顔のまま。
二人の視界に広がるのは、未だ寒さ緩みきらぬ冬の幻想郷。
けれど、真冬はとうに過ぎた。過ぎ去ったのだ。
ならば次に来るのはなんだ?
幻想郷を飾る四季、冬の次に到来する季節とは、一体なんだ?
それは春だ。
眠る自然が目を覚ます季節だ。
「春が来るというのなら」
リリーブラックは静かに言った。
「私達が春を告げないと」
リリーホワイトは静かに言った。
「まず私が」
リリーブラックは力強く言った。
「次に私が」
リリーホワイトは泰然と言った。
そして始まる。
春を告げる謡が。
す、とリリーブラックは息を吸う。
幻想郷の大気を身体に沁み込ませていく。
そして、身体に沁み込んだ冬の大気を用い、彼女は謡う。
両腕をそっと広げ、謡を万物に刻み込む為に。
『地中から命の伸びる音が聞こえる。
力強く、不屈の力強い生命の息遣いが聞こえる。
嗚呼、嗚呼、繁茂たれ、繁茂たれ。
お前は呼ばれているのだから』
す、と再びリリーブラックは息を吸う。
謡を続ける為に。
『植物から命の芽吹く音が聞こえる。
青々と漲る、鮮やかな生命の息遣いが聞こえる。
嗚呼、嗚呼、撓わたれ、撓わたれ。
お前は誘われているのだから』
伸びのある美しいメゾソプラノが朗々と大気を震わせ、その力強さを感じさせる声音は確かに大地を呼び起こしただろう。確かに木々を揺さぶっただろう。
リリーブラックが己のパートを謡い終える手前で、す、とリリーホワイトは息を吸う。
幻想郷の大気を全身に沁み込ませていく。
そして、リリーブラックが謡い終えた直後、身体に沁み込んだ冬の大気を用い、彼女は謡う。
両手を胸元で組み、謡を万物に響かせる為に。
『風から命が運ばれる音が聞こえる。
流転に任せ、気紛れな生命の息遣いが聞こえる。
嗚呼、嗚呼、自由たれ、自由たれ。
お前は願われているのだから』
す、と改めてリリーホワイトは息を吸う。
謡を続ける為に。
『空から命が注がれる音が聞こえる。
眩く暖かな光に乗り、生命の息遣いが聞こえる。
嗚呼、嗚呼、燦々たれ、燦々たれ。
お前は乞われているのだから』
高く澄み切ったソプラノが凛と大気に響き渡り、その美しき声音による調べは確かに幻想郷の風に温もりを齎しただろう。陽光に力を取り戻させただろう。
リリーホワイトが己のパートを謡い切り、そして二人は揃ってす、と息を吸う。
互いに目配せをし、笑顔を交わす。
腕はより広く、組んだ手はより強く。
共に謡う為に、幻想郷に春の訪れを響かせる為に。
『幻想郷から生命の息吹が聞こえる。
暖かく、数多の生命を孕んだ息遣いが聞こえる。
嗚呼、嗚呼、爛漫たれ、爛漫たれ。
お前は待ち望まれているのだら』
春が謡われていく。
リリーブラックとリリーホワイト、二人の声が絶妙に混じり合い、重奏となった謡は幻想郷全域に春の歩みを伝えていく。
す、と同時に息継ぎをし、二人は尚も謡う。
『お前は誰もが来る事を信じ、お前を誰もが拒まない。
冷えた大地を蘇らせよう。
枯れた草木を蘇らせよう。
風の優しさを蘇らせよう。
太陽の恵みを蘇らせよう。
全幻想郷にお前を齎そう』
そしてリリーホワイトは口を閉ざす。
『お前は必ず』
リリーブラックのみが謡い、そして彼女は口を閉ざす。
『お前は絶対』
リリーホワイトが入れ替わりに謡い、そしてリリーブラック共々す、と息を吸う。
短い独奏を個々に挟み、改めて重奏が謡われる。
―――呼ぶ為に。
―――誘う為に。
―――願う為に。
―――乞う為に。
―――望む為に。
『お前だけが出来る事。
嗚呼、嗚呼、お前は、お前の名は。
私が告げる、私が幻想郷へ到来を告げるお前の名、それは―――』
声が伸びていく。
高みへ。
『春』
同時に謡い切った。
同時に謡い終えた。
―――春を告げる謡を。
リリーブラックは腕を下し、項垂れるようにして身体を曲げる。
リリーホワイトは手を解き、鼓動を抑えるように胸を押さえる。
揃って荒い息を吐き、揃って汗を浮かべ、揃って満足げな表情。
「……来た、かな?」
リリーブラックは呼吸が整うのを待たずに聞いた。
「……うん、来たよ」
リリーホワイトは呼吸が整うのを待たずに応えた。
二人が見渡す幻想郷は、未だ寒さを拭えずにいる。
けれど、二人の顔は遣り遂げた笑みに満ちていた。
リリーブラックとリリーホワイト。
春を告げる妖精達が、全力を以って春を告げたのだから。
幻想郷に春を謳歌させる為に。
「聞こえる」
リリーブラックは呟いた。
「何が?」
リリーホワイトは聞いた。
「音が」
リリーブラックは応えた。
「どんな?」
リリーホワイトは首を傾げた。
「足音が」
リリーブラックは耳を澄ませる。
「誰の?」
リリーホワイトは逆方向へ首を傾げる。
「大勢の」
リリーブラックは音を寄り強く聞こうと瞼を閉じる。
「沢山?」
リリーホワイトは慮って静かに聞いた。
「そうだ」
リリーブラックは頷いた。
「何が?」
リリーホワイトは疑問の主旨を変えた。
「来るべきものが」
リリーブラックはそっと微笑んだ。
「本当?」
リリーホワイトは目を丸くした。
「うん」
リリーブラックはリリーホワイトへ手を伸ばした。
「……あ」
リリーホワイトはリリーブラックに促され耳に手を当てた。
「どうだ?」
リリーブラックは聞いた。
「聞こえる」
リリーホワイトは応えた。
「何が?」
リリーブラックは再度聞いた。
「……春の足音が」
リリーホワイトはそっと微笑んだ。
―――その瞬間、春の訪れを察知した時点を以って、リリーブラックとリリーホワイトは幻想郷の上空に現れた。
空から差し込む日差しは弱々しく、吹き抜ける風に温もりは感じない。
山の木々は常緑樹を除いて未だ休眠しており、大地に花は一輪も無い。
「だけど」
リリーブラックは言った。
「うん」
リリーホワイトは応えた。
「あの時とは違う」
リリーブラックはリリーホワイトの方へ顔を向けた。
「うん」
リリーホワイトもリリーブラックの方へ顔を向けた。
互いに、笑顔。
衣装と翼の色の違いさえなければ、鏡合わせと称して何ら差し支えない。
「春は在る」
リリーブラックは言った。
「うん」
リリーホワイトは頷いた。
「どこにでも」
リリーブラックはリリーホワイトではなく幻想郷に眼を向けた。
笑顔のまま。
「とっても沢山」
リリーホワイトもリリーブラックではなく幻想郷に眼を向けた。
笑顔のまま。
二人の視界に広がるのは、未だ寒さ緩みきらぬ冬の幻想郷。
けれど、真冬はとうに過ぎた。過ぎ去ったのだ。
ならば次に来るのはなんだ?
幻想郷を飾る四季、冬の次に到来する季節とは、一体なんだ?
それは春だ。
眠る自然が目を覚ます季節だ。
「春が来るというのなら」
リリーブラックは静かに言った。
「私達が春を告げないと」
リリーホワイトは静かに言った。
「まず私が」
リリーブラックは力強く言った。
「次に私が」
リリーホワイトは泰然と言った。
そして始まる。
春を告げる謡が。
す、とリリーブラックは息を吸う。
幻想郷の大気を身体に沁み込ませていく。
そして、身体に沁み込んだ冬の大気を用い、彼女は謡う。
両腕をそっと広げ、謡を万物に刻み込む為に。
『地中から命の伸びる音が聞こえる。
力強く、不屈の力強い生命の息遣いが聞こえる。
嗚呼、嗚呼、繁茂たれ、繁茂たれ。
お前は呼ばれているのだから』
す、と再びリリーブラックは息を吸う。
謡を続ける為に。
『植物から命の芽吹く音が聞こえる。
青々と漲る、鮮やかな生命の息遣いが聞こえる。
嗚呼、嗚呼、撓わたれ、撓わたれ。
お前は誘われているのだから』
伸びのある美しいメゾソプラノが朗々と大気を震わせ、その力強さを感じさせる声音は確かに大地を呼び起こしただろう。確かに木々を揺さぶっただろう。
リリーブラックが己のパートを謡い終える手前で、す、とリリーホワイトは息を吸う。
幻想郷の大気を全身に沁み込ませていく。
そして、リリーブラックが謡い終えた直後、身体に沁み込んだ冬の大気を用い、彼女は謡う。
両手を胸元で組み、謡を万物に響かせる為に。
『風から命が運ばれる音が聞こえる。
流転に任せ、気紛れな生命の息遣いが聞こえる。
嗚呼、嗚呼、自由たれ、自由たれ。
お前は願われているのだから』
す、と改めてリリーホワイトは息を吸う。
謡を続ける為に。
『空から命が注がれる音が聞こえる。
眩く暖かな光に乗り、生命の息遣いが聞こえる。
嗚呼、嗚呼、燦々たれ、燦々たれ。
お前は乞われているのだから』
高く澄み切ったソプラノが凛と大気に響き渡り、その美しき声音による調べは確かに幻想郷の風に温もりを齎しただろう。陽光に力を取り戻させただろう。
リリーホワイトが己のパートを謡い切り、そして二人は揃ってす、と息を吸う。
互いに目配せをし、笑顔を交わす。
腕はより広く、組んだ手はより強く。
共に謡う為に、幻想郷に春の訪れを響かせる為に。
『幻想郷から生命の息吹が聞こえる。
暖かく、数多の生命を孕んだ息遣いが聞こえる。
嗚呼、嗚呼、爛漫たれ、爛漫たれ。
お前は待ち望まれているのだら』
春が謡われていく。
リリーブラックとリリーホワイト、二人の声が絶妙に混じり合い、重奏となった謡は幻想郷全域に春の歩みを伝えていく。
す、と同時に息継ぎをし、二人は尚も謡う。
『お前は誰もが来る事を信じ、お前を誰もが拒まない。
冷えた大地を蘇らせよう。
枯れた草木を蘇らせよう。
風の優しさを蘇らせよう。
太陽の恵みを蘇らせよう。
全幻想郷にお前を齎そう』
そしてリリーホワイトは口を閉ざす。
『お前は必ず』
リリーブラックのみが謡い、そして彼女は口を閉ざす。
『お前は絶対』
リリーホワイトが入れ替わりに謡い、そしてリリーブラック共々す、と息を吸う。
短い独奏を個々に挟み、改めて重奏が謡われる。
―――呼ぶ為に。
―――誘う為に。
―――願う為に。
―――乞う為に。
―――望む為に。
『お前だけが出来る事。
嗚呼、嗚呼、お前は、お前の名は。
私が告げる、私が幻想郷へ到来を告げるお前の名、それは―――』
声が伸びていく。
高みへ。
『春』
同時に謡い切った。
同時に謡い終えた。
―――春を告げる謡を。
リリーブラックは腕を下し、項垂れるようにして身体を曲げる。
リリーホワイトは手を解き、鼓動を抑えるように胸を押さえる。
揃って荒い息を吐き、揃って汗を浮かべ、揃って満足げな表情。
「……来た、かな?」
リリーブラックは呼吸が整うのを待たずに聞いた。
「……うん、来たよ」
リリーホワイトは呼吸が整うのを待たずに応えた。
二人が見渡す幻想郷は、未だ寒さを拭えずにいる。
けれど、二人の顔は遣り遂げた笑みに満ちていた。
リリーブラックとリリーホワイト。
春を告げる妖精達が、全力を以って春を告げたのだから。
幻想郷に春を謳歌させる為に。