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文々。日和 弎

2012/02/29 01:46:04
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文々。日和 弎

Hodumi
※この作品は、Coolier様にある東方創想話の作品集28に投稿されていたものです。




 昼尚薄暗く、外の風すら届かない茫洋たる大竹林。
 右を見れば無数の竹、左を見ても無数の竹という有り様の中、地面の様々な茶色と竹の青々さの他に色があった。動きがあった。
 動くのは竹林にはありえない退紅と韓紅花の上下に、僅かな白と長い黒。
 白は透き通るような白磁であり、黒は闇のような漆黒だ。
 それら色を纏い、身に備えるのは、永遠の美少女蓬莱山 輝夜である。
 左の繊手に色取り取りの宝石の実を結ぶ枝を持ち、何処を見ているのかも判別しない眼差しを少なくとも前へ向け、彼女は竹林の道無き道を彷徨っていた。
 迷ったという訳では無い。彼女は自分がどういう道を辿って来たかは正しく記憶しており、いつでも帰るべきところへ帰る事が出来る。
 しかし彼女は帰らない。
 何故なら帰る必要が無い訳で、何故なら逢わねばならない相手が居るからで。
 だから彼女は帰らない。
 大きな楽しみをじっと我慢し心に押し隠し、一切表に出すことなく隠蔽して。
 故に彼女はただ彷徨う。
 本来ならとっくに出逢っていておかしくないのに、今日に限っていつまでも出逢えない事に意外と驚きと興味を持ちながら。
「ふふ……」
 そして彼女は含み笑いを洩らし、焦がれる人を追う様に、追跡者から逃れる様に、ただ彷徨う。
 この竹林には他にもう一人が居る筈なのだ。彼女と良く似たもう一人が。そのもう一人に出逢う為に彼女は彷徨っている。
 目指す場所は何処にも無く、ただ、足の進むが儘に委ね任せて。



 大竹林の中を、風が吹いていた。
 幻想郷で最も早い風が、無数に林立する竹々の合間を縫うように吹き抜けている。
 風の中心に居るのは文だ。
 妹紅の要望を引き受け、月都万象展にて面識のある輝夜を探していた。
 白皙の肌に鴉の濡れ羽色の長髪を持つ彼女ならば、この大竹林であっても探し出すのはそう困難ではないだろう。それに、何故か竹林であるからこそ見つけ易いような気もするし。
 超高速で移り変わる視界の中、青と茶と薄闇ばかりの視界の中、文は輝夜を探す。
 輝夜が待つのは自分では無いと理解し、故に彼女が待つ者が来れない事を伝える為に。



「風……?」
 空気の流れを感じ、輝夜は立ち止まる。
 だが普段の風ではない。火災を基点とした焦げた風ではなく、ただ吹き抜けるばかりの急な風だ。
 風は彼女の衣類をゆらし、長髪を玩び、風の方向を見る目を半目にさせる。
 強い風。竹林の中では体験できないような風だ。
 物珍しさに輝夜の表情に笑みが浮く。
 だが、やがて現れた風の原因を目にし、残念によって笑みは薄まった。
「毎度どーも、文々。新聞ですー」
 輝夜に対して、風と共に現れた文は笑顔である。
「あら、月都万象展の時の鴉天狗さん」
「どうもその節はお世話になりました」
 言いつつ、軽い動きで文は地面に降り立った。
 そんな彼女を見て、輝夜は少し考える。
「……確か、射命。 文々さんでしたっけ?」
「射命丸 文です」
「あら失礼を」
 口元を袖で隠しながら笑って誤魔化す輝夜に、文は溜息を吐きつつも妥協した。
「断片的とはいえ、覚えてくださっていただけでも充分ですよ」
 名前すら覚えない連中が結構居たからだ。
「良かった。ところでこんな所に何を思って来たのかしら?」
「あ、そうだった。いやーようやく見つけましたよ輝夜さん。竹林中を徘徊しなければならないかと思いました」
「とすると、言葉から察するに私に用があるのかしら?」
 ここまでは双方和やかな雰囲気だった。
「ええ。妹紅さんが―――」
 しかし文がうっかりその名を口にした瞬間、
「妹紅?」
 輝夜の雰囲気が一気に冷え込んだ。
「え? ええ、妹紅さんが」
 周囲は何一つ変わった様子は無いのに、何故か氷室にでも押し込められた気分になって文は冷や汗をかき始める。
「……ああ、成る程」
 一つ頷いて何か理解した後、輝夜は笑顔を満面に浮かべた。
「へ」
 理由が分からず文が間抜けた声を出したその時、彼女は輝夜が持つ枝の実の部分がその色に煌いている事に気付く。そして、本能的に輝夜の笑みが危険な事を察知し―――咄嗟に伏せた。
 その直後だ。
 輝夜が左手に持つ玉の枝を横薙ぎに一閃し、それに合わせて枝の実の煌きだけが無数に飛散する。煌きは硬質な輝きの音を立てて空を滑り、手近な竹に触れた光は爆裂し誘爆していく。
 一瞬で、枝を振るった扇の範囲を大拡大した範囲、竹林における輝夜の腰から上の空間は、七色の爆発に呑み込まれた。
「きゃああああっ!?」
 突然の光と音と熱の洪水に、頭を抱えて文はただ叫ぶことしかできない。
 竹は弾け飛び、大地は抉られ、熱波が竹林を吹き荒れる。
 やがて爆音が止み、広い範囲ですっかり日の光が差し込むようになった中、輝夜は地に伏せた文を見下ろす。文は訳も分からないといった表情で、いくらか土や竹屑を被っていた。
「あら、無事だったのね」
「何で残念そうなんですかー!?」
「ん?」
「あぅ」
 理不尽に文が飛び上がって反抗したが、その鼻先に輝く玉の枝を突き付けられては黙るしかない。
「何を言っているの? だってあなた、妹紅に言われて此処に来たんでしょう?」
「はいそうです」
 素直に答える他無く、また抵抗の意思無しと文は両手を挙げていた。
 対し、輝夜は底冷えのする笑みを浮かべて文への問いを続ける。
「という事は、つまり、あの子の代理という事じゃないの」
「ええそうです」
「なら、殺して良いのよね?」
「何故ですか!?」
 物凄い理論の飛躍に思わず文は叫ぶが、
「そういうものだし」
 笑顔の輝夜は反論の余地を許さない。
「良く分かる説明を求めますー!」
「…………」
 当然ともいえる文の主張を聞き、輝夜はしばし言葉を止めて文をじっと見る。
「…………」
 文もまた、説明がされる事を期待して輝夜をじっと見ていた。
「……何も聞いてないの?」
 そして輝夜が口にしたのは、疑問だ。
 まるで殺し合いが大前提であるかのような事態に、文は妹紅を呪った。日頃からどういう付き合い方してたんですか、と。
 何故自分がこんな目に遭っているのか、今一理解出来ない文である。
「わ、私が聞いたのは、ただ妹紅さんが今日の輝夜さんとの用事に都合が悪くなったから来れないという事だけですが!?」
 とにかく殺されては堪らないと事実を言えば、
「……やっぱり殺して良いんじゃないの」
 何故か殺される流れになってしまう。
「えぇー!? 再度説明を求めますー! 知る権利があっても良いと思いますが!?」
「騒々しいわねぇ」
 玉の枝の輝きが増す。
「そうは仰りますけどね?」
 必然的に文の声は小さくなった。
「私、ここに死にに来た訳じゃなくてちょっと用件を伝えに来ただけでしてね? 決して敵意があるとかそういった訳ではありませんのです」
「そう。残念ね」
「流さないでー!」
 輝きを増した玉の枝を目の前に、咄嗟に文は叫ぶ。
 先程の竹林を一瞬で爆破した玉の枝の威力が、余計に文を必死にさせていた。
「だって信用してないもの」
 だが文の必死に対し、輝夜はあまりに冷たい。
「う、疑う要素が無いように思えますが? どうでしょう」
「妹紅の名が出た時点でちょっと……」
「竹林での小火の時一緒に鎮火なさってたと思いますが……」
「偶然居合わせたからよ」
「そんなー」
 つい泣き言が出る。先程から藁に縋ろうにも、縋った先が藁どころか重しという有り様だ。
「それにあなたは狡猾な上に見る目も無いし」
「生命かかってる時くらいは素直になりますよ?」
 輝夜の追い討ちに必死で抵抗する。
「じゃあ素直に殺されなさいな」
 だが輝夜はどうしても文を殺さなければならないらしく、それが理解出来ない文はもう一度叫んだ。
「いやですからなんですぐそうやって殺そうとするんですか!?」
「…………」
「…………」
 沈黙が生まれる。
 暫く輝夜は文の目を真正面から見据えていたのだが、一つ溜息を挟み、彼女の言葉が本当にそれだけだと仮定してみた。
 そう考えてみると、てっきり先程まで妹紅が普段の意趣返しとして文を刺客に差し向けてきたと思えたのだが、そういえば妹紅に誰かを使うという発想があるとは考え難い。大体、他人に頼むくらいなら自分が来るだろう。それに、騙されていたとしたら、後で相応の報復をすれば良い。
 仮定の後の推論の結果、文への疑わしさは失われていた。
「……どうやら本当に巻き込まれた―――というか伝えに来ただけみたいね?」
 玉の枝から輝きを薄めさせ、鼻先から引く。
「最初からそう言ってましたぁ……」
 心底溜息を吐いて項垂れる文に、
「そういえばそうだったわ」
 輝夜は朗らかな笑みを見せた。
「はぅ……鴉天狗を相手に何て人間かしら」
「あら、鴉天狗程度だったら人間に負かされるのも珍しく無いじゃない。大天狗じゃあるまいし」
「それは失礼な」
「ん?」
 玉の枝が輝きを帯びる。
「何でもありません」
「そう」
 どこか諦めたような文の表情を不思議そうに見つつ、輝夜は言った。
「何でもないなら、少し付き合わない?」
「え?」
「だって本来なら妹紅と一緒に過ごす予定だったんだもの。それを断られてしまって、今私は退屈なの」
「はぁ……」
 始めこそ輝夜の言葉は意外なものだったが、言われてみれば確かに納得できなくもない話である。殺されかけた事を忘れなければ、ではあるが。
「あなたは記者でしょう?」
「ええ」
「なら、例えば私に取材するとか、私に外の情報を語って聞かせるとか、もしくは芸をするとかして私を愉しませてくれる?」
「前二つはともかく最後のは全力で拒否しますが構いませんね」
「残念。鴉天狗の芸を一度見てみたかったわ」
「そんな残念そうにしてもやりませんよ?」
「…………」
「枝光ってます光ってますよ!? 何で脅そうとするんですか!」
 言いながら韋駄天の早さで自分から離れる文を見、それから輝夜は左手の玉の枝を見る。
「あら勝手に。不思議ね」
「本気っぽく言わないでください……」
 にっこりと微笑む輝夜に、文は後どれだけ振り回されれば済むのでしょーかと思い始めていた。
「ともかく、妹紅の代わりとして来たのなら相応の役目を果たすべきだわ」
 遠く竹の陰に隠れる文を手招きし、輝夜は断言する。
「私としては帰ってネタの整理や再調査とかをしたいところな」
「あら」
 玉の枝が輝きを帯び始めた。
 一歩踏み出していた文は、即座に竹の影に引っ込んだ。
「―――いえ何でもありません」
「何でもないなら良いじゃない。ねぇ?」
「うぅ……」
 逃げれるものなら逃げてしまいたいが、あの枝を振り回されでもしたらと考えると、文にはそんな勇気は到底無かった。
「これが月だったら、あなたは大変な名誉を授かった事になるのに」
「でもここは幻想郷ですし……裏付けの無い情報を信頼してしまうのはちょっと」
「やっぱり見る目が無いわね」
「そうでも無いと思いますが」
 玉の枝が輝きを帯び始める。
 文は竹の陰に隠れ得ない自分の身体を呪う。
「―――はい分かりました、取材を始めたいと思います」
「はーい」
 色々諦めた文の宣言に、輝夜は和やかに応じた。
 そして、玉の枝によって抉られた地面にて、二人座るのに丁度良いサイズの岩が頭を出していたので文と輝夜はそこに腰を下ろす。
 事前に岩を拭いたのは文である。輝夜相手に、逆らうよりはある程度従順な方が話の進みも良いし生命の危険も無いと判断した故だろう。
 物静かな竹林に、手帖と筆を構えた文の声が響く。
「えーとですね。……現在文々。新聞では好評を博している連載記事がありまして」
「どれの事かしら」
「……え?」
 思わぬ言葉。
「だから、どれの事かしら」
 輝夜の素直な疑問に、文はまさかと思いつつ本日三度目となる記事の概要を言おうとする。
「幻想郷の著名人もしくは時の人に―――」
「あああれね」
 言葉の途中、輝夜の一言が文の台詞を止めさせた。
「そこそこ楽しく読ませてもらっているわ」
「…………」
 続く一言を受け、文は不覚にも感動してしまう。
「どうしたの?」
「今日始めてちゃんとした読者に出会いました」
 つい、空を仰ぎ握り拳まで作ってしまう。
「あら、良かったじゃない」
 そんな文を見て、一瞬だけ、輝夜は気の毒そうな表情を見せた。
 幸い、文は彼女の方を見ていなかったので気付かなかったが。
「ご存知なら話は早いと思います」
「連載記事用の取材?」
 文は頷いた。
「はい。日頃何をしらっしゃるんですか?」
「何もしてないわ」
「え?」
 またですか!? と文は心の中で絶叫する。
 しかも内容は悪化していた。まさか素で何もしていないという答えが返って来るとは。
 やや呆然とする文に対し、輝夜は言う。
「だって私は姫だもの。自分でやる事なんて、食事と排泄くらいかしら」
 言われ、文は一つ疑問に思った。
 果たして聞いてしまって良い物かどうか逡巡したが、やはり聞いてしまおうと口を開く。
「差し支えなければで良いですが……お風呂はどうなさってるんです?」
 聞いてしまってから内心冷や冷やしたが、聞かれた方は特にどうという事も無く、
「そうね、自分で身体を洗った事なんて無いわ」
 それが当然である、とばかりに答えた。
「物凄いですね」
 つい、文は忌憚の無い感想を洩らす。
 この態度に、輝夜はちゃんと言っておくべきかと考える。妙な誤解のされてもらっても困るところだ。
「……さっきも言ったけど、私は姫だから。家の者達が私を大事にするのは当然の事だし、私は彼女等を労って報いているから問題ないわ」
「労うって言いますと……」
「先ず言葉ね。たまに頭を撫でるかしら」
 文は目を丸くした。
「それだけですか?」
「それで充分じゃない」
 疑う余地も無い、と輝夜は返す。
「そういうものなんでしょうか……」
 貴人とはこういうものなのか、と理解しつつある半面、圧倒的な感覚の違いに文は戸惑っていた。
 その戸惑いを察したか、輝夜はもう少し付け加える。
「そういうものよ。姫とは象徴でもあるから、家の者は私を着飾らせ、清潔さを保たせ、私が気高く美しくあるようにしなければ家の名誉に関わるんだもの。分かるかしら?」
「……あぁ、何となく分かりました。象徴ですか、成る程。……拠り所とも取れますよね?」
「ええ、そういう事よ」
 輝夜の頷きに文は何度も頷き返し、手帖に書き込んで行った。
「……それにしても、月都万象展の開催期間にお邪魔した事がありましたが、輝夜さんのお家は本当にお金持ちなんですねぇ」
「そうね。家にいつまでも古い物を取って置けるくらいには裕福ね」
 具体的に言わない辺りが、また富裕層らしい言い方であると文は判断する。
 輝夜の場合、永遠亭の資産がどれだけのものか本当に知らないのだが。
「万象展もお屋敷の一部を使ったものでしたし……そういえば輝夜さん」
「何かしら」
「お金持ちなのは結構な事と思いますが、そんなお金持ちが何故こんな人が寄り付かない竹林の奥に篭ってるんですか?」
 知らず、輝夜の深い部分への質問をした文である。
 対し輝夜は冷静だった。当たり障り無く事を済ます為の会話パターンは、三桁種類を軽く越えるのだ。
 その中から、以前月都万象展での取材の時の内容も加味し、輝夜は答える。
「さぁ……。家の家系はずーっと好事家だし、多分その内の誰かがあの場所に住む事を条件に兎達から何か貰ったんじゃないかしら」
「あー。好事家は当人の趣味が理解出来ない人からすると結構凄い行動しますもんねぇ」
 輝夜の対応に文は納得した。
 それに、強く疑う理由も無い以上、言葉通りに受け取る他無い。
「するわねぇ。殺してでも奪い取ったりは流石に無かったと思いたいけれど」
 文の筆が一瞬止まる。
「……さらりと言いますね」
 手帖からそっと上げた視線の先、そこには輝夜の笑顔があった。
「記事にしても構わないわよ?」
「家の方が困るんじゃないですか? というか、怒られません?」
「家の者では私を叱れないわね。せいぜい窘める程度かしら」
「本当に、その……お姫様なんですねぇ」
「ええ、私は姫だから」
 文の、呆れが強い確かな理解の一言に、輝夜はにっこりと頷いた。



 夕暮れの中、文は竹林の上空を飛んでいる。
 予想外に取材は長引いた。
 文からは聞く事が無くなった後も、輝夜が引き止めるので様々に雑談していたのである。結局、他に取材の予定があると誤魔化して逃げるように帰路に付いていた。
 その結果分かったのは、輝夜が物凄く世俗に疎く、それによって物事の見方にズレがあるという事だ。どこまでも姫らしい。
 黒翼に風を蓄え、前へ進む力としながら文は手帖を開く。
 捲って行けば、今日取材した三名分のネタがそこに躍っていた。
 萃香の分は、後で交渉の結果を確かめておけばすぐにでも記事に使えるだろう。
 慧音の分は、いつか里の特集をするような事があれば、又は慧音自身へ追加取材をする事で、記事に使えるだろう。
 微妙なのは輝夜の分である。
 記事にするには充分過ぎる程の情報を得る事ができたのだが、裏付けが取れても記事にして良いものかどうかという程、濃い内容なのだ。これは、輝夜の家、永遠亭の内部情報を透破抜いたようなものである。
 例えば、胡蝶夢丸の開発者である八意 永琳は、大変な賢さを誇る割に寝相が悪く、寝た時と起きた時の方向が一致した事がないらしい。
 また、その弟子である鈴仙・優曇華院・イナバのブレザーのネクタイは、実はアタッチメントタイプで、何故ならネクタイを結ぶ事が出来ないからだそうだ。
 そしてその部下、因幡てゐは時々夜一人で厠へ行けないらしい。
 他にも他にも沢山ある。
 いくら姫とはいえそんな事知ってるんですかと文は思ったが、聞いて納得できる答えが返って来る可能性が低かったため聞かなかった。
 手帖を見、少し悩んだ後文は手帖を閉じる。
 逃避かもしれないが、記事を選定するのは今する事ではない。
 今は、取材を終えた疲労を風に浸る事で癒す時だ。
「…………」
 端整な面立ちがやや歪む。
 ……癒すんですってば。
 再度、今度は強く思考し、文は空中で伸びをする。
 全身から妙な音が返された。
 輝夜相手の取材や雑談は、相手にその気があるのかどうかはともかく此方には生命の危険が伴うというものだっため、身体がまだ固まっていた箇所があってもおかしくない。
 伸びに付随した音に驚いた後、文は笑った。
 ともかく、もう日も暮れる。つまり本日の取材はこれで終了だ。
 鴉天狗である文にとって、夜の飛行は可能な限り遠慮したい。
 ……帰ったら湯浴みをして、情報の選定をして、いつものように寝てしまおう。うん、そうしよう。
 帰路の中でその後の予定を立てていると、視界に山林の空きスペースが目に入った。
 萃香が里の子供達との塒にしている堂があるスペースだ。
 そして、文は一つ思い出す。
 小兎姫と萃香との交渉で分からなかった事があったのを。
 ……何故、仕方無いと萃香さんは小兎姫さんに全員返す必要も無いのに子を全員返すと言ったんだろう?
 今から行けば、取り敢えずその点で聞く事は出来るだろう。
 だが。
 文は西の空を見る。
 半円を過ぎた太陽が橙に染まっていた。
 我が家までの距離を考えると、相手に物を聞くだけの時間が取れるとは言い難い。
 悩む。
 寄ってしまうか、寄らずに帰るか。
 懊悩に至る前に文は選択した。
「仕方ありません、明日にでも窺うとしましょう」
 敢えて口にし、己に諦めがつくようにした文は、一度強く羽ばたいて真っ直ぐ家に帰る事にする。
 朱に染まる空の中、幻想郷最速の風が吹き抜けて行った。












―――射命丸 文の手帖―――
※鬼と人との交渉に関する追記。
重要度◎
 あの時何故萃香が小兎姫に譲歩をしたかと言うと、それは萃香のルールに不特定な部分が多いという事によるものらしい。
 鬼の変なところで律儀な性格からいけば、多々の例外を産みかねない穴だらけのルールを指摘されれば非を認めるのは当然と言えた。
 だから小兎姫は整理を口にしたのだろう。敢えて主目的を言わず、相手に気付かせ、こちらが主導を握れるように。
 そして、この小兎姫の案は慧音との相談によるものらしい事も付け加えておく。


「良し……この情報と、鬼と人との交渉を合わせた内容は、明日の新聞のトップに持ってくるとしましょう。他の天狗は人里に興味を払っていないから、一日遅れだけどその分濃い内容でスクープは頂いたも同然ですよー!」
 鴉天狗の笑い声が木霊する。
 後書きも再現しようかと思いましたが無理でした。
 この作品、主人公は文なんだろうなぁ。
 萃香&小兎姫、慧音&妹紅、そして輝夜のそれぞれの方が個性強めですけれども。
Hodumi
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