穂積名堂 Web Novel

冬の事

2012/02/29 01:48:16
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冬の事

Hodumi
※この作品は、Coolier様にあるプチ東方創想話ミニの作品集5に投稿されていたものです。



 吐く息も白く凍える、寒い寒い或る日の冬。しかも、空に広がるのは青空ではなく灰色の雲ばかり。
 もう空の有様だけで暖かい囲炉裏を囲みたくなるのだが、あろう事か灰色の雲からは深々と雪が降ってきていた。
 当然、足下は一面雪に覆われており、一寸先は真っ白である。
 そんな中、雪肌に点々と付くかんじきの跡と、長く伸びる二本の線。
 昼夜の区別も怪しい中、ゆっくりゆっくりと雪原を行くのは橇を引く上白沢 慧音だ。普段の格好から厚着を重ね、マフラーやら毛糸の帽子やら、可能な限りの防寒具を身に付けている。そんな寒さに対し万全を期した格好で、豪雪の中を彼女は歩いていた。
「……えー、と……こっちか」
 しかも、時折立ち止まって周囲を確認し、敢えて雪深い寒さと冬の中心を目指している。
 どう考えても一寸より先が見えそうもないのだが、それでも慧音は正確に冬の中心へと向かっていた。
「ふむ。……しかし今年は遠いな……」
 また辺りを見回し、呟きつつ慧音は橇を引いて歩き続ける。一歩を踏みしめる度に、彼女の引く橇が重たげな音を立てて雪の上を滑り行く。橇には厚手の布の覆いが被せてあって何が載っているかは判別できないが、大人一人なら屈めば入る大きさだ。
 そのまま慧音はゆっくりゆっくりと、時折自身や橇に積もった雪を振り落とし振り払いしながら、雪で塗りつぶされそうな幻想郷を進んでいく。

 やがて、慧音は足を止めた。

 そこは彼女が伺い知れる中で尤も寒さが強い冬の中心地。そんな所へ何故重そうな橇を引いてやって来たのか。
「……居るのだろう?」
 橇を引き続けて疲れた手を振り振りしながら、慧音は虚空へ向けて声を掛ける。
 だが返事も無く、周囲は相変わらずのまま。心持ち降雪量が増えたような気もするが、気のせいだろうと慧音は考えた。
 十数秒程待って、それから慧音はゆっくり息を吸い込む。あまり勢い良く吸い込むと寒さに肺がやられてしまうので、緩々と周囲の空気を肺に蓄えていく。
 そして、肺に空気が満ちた所で、慧音はそれらを使って声を発した。
「レティ・ホワイトロック! 居るんだろう!? 今年もまたやって来たぞー!」
 普段滅多に出さないような大声だが、雪に吸収され果たしてどこまで届いたものか。

 数秒後。

 空から雪と一緒にレティ・ホワイトロックが降りてきた。
「そんな怒鳴らなくても聞こえてたわよ~」
 雪上に立つレティは両手で耳を塞ぎ、五月蝿さをアピールしながら言う。
 対し、腕を組んだ慧音は溜息を零した。
「ならばもう少し早く降りて来るなり、何らかの応答をしようとか思わないのか」
「雪を降る量を増やしたけれど、気付かなかったの?」
「減らしてくれれば分かったと思うが。此処で増量されても返事とは受け止めれないしな」
「そう? でも折角の冬に降る量を減らしても面白くないじゃない。冬なんだし」
 レティの言い様に慧音は再び溜息を零す。
 対し、レティはそんな慧音にやや不思議そうな顔をするものの、基本は笑顔である。冬だからに違いない。
「……まぁ良い。そら、今年も例年通り持ってきたぞ」
 色々気にしない事にした慧音は、後ろの橇を親指で示してにやっと笑う。
 示された先にあるものを見て、レティは両手を頬に当て瞳を輝かせた。
「まあまあまあそれはそれはそれは」
「私の感想としては、今年は去年より多少美味になっている。……蔵元の者達の成果だな」
 この言葉に幾らかの誇りが篭っているのは、やはり慧音は彼等の苦労を良く知っているからだろう。
「それは楽しみね。じゃあさっそく」
 にこにことレティは橇に被された布を剥がしにかかる。
 現れたのは、大きな酒樽と、その上に載る五合枡。
 早速五合枡を手にすると、屈んだレティは樽の下側に据え付けられた注ぎ口の栓を抜く。すると酒呑みには堪らない音と共に、降り積もる雪も厳寒すらも忘れさせる芳醇な香りが広がり始めた。
「んっふっふ~♪」
 枡を埋めていく清酒に、レティは更に相好を崩す。そして枡の八分目まで来たあたりで栓を差した。
「ではいただきます」
 枡を軽く拝むようにした後、ちょい、と嘗める程度に口をつける。
「ん~~……」
 瞼を閉じ、味覚に集中した状態で暫く味わった後、レティは清酒を嚥下した。
「……どうだ?」
 慧音が瞑目したままのレティに問う。
 これにレティは行動で答えた。
 瞼を開くなり、枡の中の酒をぐーっと一気に呑んだのである。
 その見事な呑みっぷりに、おお、と慧音は目を見張った。
 そして、呑みきったレティは、一言。
「ん~~~っ、旨いっ」
 身震いまでするレティに、雪の中慧音は笑顔を見せる。
「そうか、それは良かった」
「ええ、今年も良い酒をありがとう。ここまで大変だったでしょう?」
 今更といえば今更な言葉だったが、慧音は構わず首を左右に振った。
「いいや、特に構わんさ。お前の意識が冬から少しでも逸れれば、此方としてはそれだけ過ごし易いからな」
 事実、レティが酒を嘗めた辺りから降雪量が激減している。この調子ならすぐにでも止むだろう。 何故レティの元に慧音が酒を持ってきたかと言うと、冬だ冬だとレティが浮かれて寒さが厳しくなるのなら、何か与えて気分を良くさせれば良いのでは、という案からである。
 ちなみに発案したのは慧音だ。
 自然の猛威に対し、供物を捧げたり神仏を奉じたりするのが常套である以上、寒いのならそれに関連した相手の機嫌を取れば良い。だから、このやたら寒い中とても重い荷物を引き摺って、慧音は毎年一人で冬の真っ只中へと赴いているのだ。
 一人である理由は、発案者だからという以外にもある。例えば妹紅を連れて行くと、炎の熱でレティが出てこないし、里の剛の者を一人供に連れても、この寒さの中では足手まといになってしまうから、一人で行く他無いのだ。
 そして何故酒かといえば、幻想郷に酒を嫌う妖怪はそうは居ないからである。
「……そう? それじゃあ……あなたも呑んでく?」
 すい、とレティは慧音に枡を突き出す。
 これに一度は手を伸ばしかけた慧音だが、
「ん……いや、遠慮しておこう。確かに酒の火も欲しい所だが、私が呑めばそれだけお前の分が減ってしまう。それはあまり有り難くない」
 理由を口にしながら手を途中で停止させ、引き戻した。
「あら残念。まぁでも、貰う物は貰ったから、里のある辺りにはあまり寒さを寄越さないようにするわ」
「頼む」
 す、と頭を下げた慧音に、レティはくすっと微笑む。
「こっちこそ、来年も頼むわ。……でも妖怪は人間と違って滅多に約束を破らないから、そうかしこまらなくても良いのに」
「気持ちの問題だな」
 顔を上げて応えた慧音に、レティはまた微笑んだ。
「人間みたいな事を言うのね」
「半分はそうだからな」
「でも、半分は私達と同じでしょう? なら、分かるでしょうに」
 返された言葉に、慧音は返事が遅れる。
 レティの言葉通り、慧音はワーハクタクだ。人と白澤の間の子であり、満月の夜に白澤寄りになるという面倒な体質を持っている。そう―――
「だから、気持ちの問題という訳さ」
 半々であるがまま、自分らしさで以って慧音は応えた。
「……成る程。あなたも難儀ねぇ」
 頬に手をやって言うレティに、慧音は軽く相好を崩す。
「もう慣れた」
「そう」
 言い、レティは頬から慧音の来た道へと手を示した。
 気付けば雪もすっかり止んでいる。
「寒さは暫く逸らしておくわ。里に、あなたを待つ者達が居るんでしょう?」
「済まない」
 一礼し、慧音はレティが示した通り、来た道を進み始めた。
 雪の中どんどん小さくなる慧音の背を見つつ、レティは改めて呟く。
「本当、難儀ねぇ……」
 その呟きは、辺りの雪に吸い込まれて慧音に届く前に消えていた。
 後書きも再現しようかと思いましたが無理でした。
 レティ・ホワイトロック。ぶっちゃけると、当時も今も彼女のキャラが正直掴めません。
 単に印象薄い&特に興味持ってないからというみもふたも無い理由からかもしれませんが。
 それでもどうにかなったんじゃないかと思います、これは。
Hodumi
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