※この作品は、Coolier様にあるプチ東方創想話ミニの作品集9に投稿されていたものです。
茹だる暑さ。
蝉も煩く鳴くし遠方には陽炎を臨むような暑さ。
正直助けを求めたくなるような気温の最中、何をトチ狂ったかリリーホワイトはいつも通りの格好だった。
つまり長袖でロングスカートで、しかも早春用の格好だから生地が厚くって、保温性がそれはもう抜群である。
従って滝のような汗を全身から噴き流している訳だが、やっぱりトチ狂っているのかリリーホワイトは笑顔だった。
中天に差し掛かったお天道様はいよいよやる気全開で照り輝いているというのに、吹き抜ける風も既に熱風だというのに、春の妖精は常夏の只中で笑っていた。
と、ここまでならどう考えてもリリーの春回路がおかしくなったというだけで説明はつく。
だが見れば彼女の足元やその周辺には、福寿草や菜の花、雪ノ下や蒲公英が咲き乱れているのである。
春妖精の周りだけ、どういう訳だか春なのだ。
「春ある限りー、リリーホワイトはー不滅ーでーあるー♪」
テンションと勢いだけを感じさせる風に言いながら、両腕を広げリリーは狭小な春の中でぐるぐると回る。
汗に湿ったというかずぶ濡れた帽子がマーガレットの上に落ちた。
しかしリリーは楽しげに回り続ける。
春を謳歌するように、春を楽しむように。
どう考えても夏なのに。
そんなリリー及びその周辺を見れば、すわまたぞろ異常気象か、と黒白魔法使いが早合点するかもしれないが、リリーから少し離れた木陰を見ればそこに全ての答えが涼んでいた。
幽香である。
風見さん所の幽香さんが、くすくすくすくすとそれはもう楽しそうにしているのである。
彼女の存在に一切気付く事なく、リリーは炎天下の中帽子も被らず暑苦しい格好でぐるぐる回っていた。
「だってーそーこにー春があるーんーなぁらぁー私ーがー居てもー全くー普通ー♪」
音程も節も何もあったものじゃない出鱈目な言葉。
そんなリリーを煽るように、幽香はにやにやしながら彼女の周りに春の花を咲かせていく。
「ほぉらーほらー春よー春ーはぁーるゥー♪」
本来なら春も何もあったものじゃないので、リリーは自然に紛れてどこかに隠れ潜んでいるのだが、幽香の撒いた春花による春力に誘き寄せられたのだろう。
そう、炎に惹かれ焼け落ちる蛾のように。
そして、ぐるぐるぐるぐる回る内に、やがて汗の止まったリリーはぶっ倒れた。
「きゅう」
無論前のめりで。
当然理由は目を回したとかいうのではなく、熱中症である。
「あら、割と早いじゃない」
真っ白な春妖精が花群の中にぶっ倒れたのを見て、幽香は面倒そうに腰を上げた。
エレガントな所作で日傘を差すと、チェック柄のスカートを風に遊ばせながら彼女は歩く。
「あらあらどうしたの? こんな所で行き倒れだなんて」
そして、さも今気付いたかのような言い草で、うつ伏せのままやや痙攣が始まっているリリーに声をかけた。
「は……はる……」
うわ言のようにリリーは言う。
すると幽香は慈母のような笑みを浮かべた。
「えぇ、春よ? ほら、御覧なさいな」
言うと共に自らの能力を満開に、予めばら巻いておいた春花の種全てを発芽・強制成長の後一気に開花まで持っていく。
日差しと気温はさておき、瞬く間に周囲は春爛漫と化し、それを見たリリーはあっという間に元気になって立ち上がった。
「わぁーっ、春がもう春で春じゃないやっぱりー」
周囲に咲き乱れる草花に負けじと笑顔を咲かせる。
その笑顔に呼応するように幽香も微笑み、問いかけた。
「春なのがそんなに嬉しい?」
「勿論ですとも!」
リリーは大いに頷いて肯定する。
「そうなの」
微笑んだまま幽香は小首を傾げると、「でもね」その笑顔の和やかな属性を一変させた。
事の急変にリリーが気付く前に、幽香は再度能力を満開にする。
同時、地を割り、春花を押しのけて勢いよく伸びたのは、沢山の大きな向日葵。
そして一斉に花開いた向日葵に見つめられ、また、周囲の春が瞬く間に失われた事に、リリーは訳が分からない、といった表情になる。
だから、飲み込みの悪い彼女に一歩詰め寄ると、幽香は嗜虐に満ちた笑顔でこう言った。
「でもね、今は夏なのよ」
その一言を受け、軽く周囲を見回して現実を認識したリリーは、問い返す事も無く、ただ絶望の表情を見せて、再びぶっ倒れた。
そもそも春の妖精が夏の最中に生きていける筈が無いのである。
そして今までか細いながらも生命維持の礎となっていた春花達は向日葵に駆逐され、枯れ消えていた。
倒れたまま動かなくなったリリーを見下ろし、幽香は一頻りくすくす笑った後、深い溜息を吐く。
「……帰ろ」
春の妖精を春花で釣って、その後に現実を思い知らせてショック死させるというのは、予想やかかった手間からの期待よりも全然面白くなかったからだ。
これならまだ夢幻館でエリーやくるみを苛めていた方が楽しいし、そこらの木っ端妖精を虐殺した方がまだマシだろう。
倒れたリリーをつま先で小突き、ぴくりともしないのを確認した幽香は、いかにもつまらなさそうに踵を返す。
どうせ春になればまた湧いてくるような存在なのだし、そう考えれば手間暇かける程の価値も無かったかもしれない。
「やっぱり、妖精は数こなさきゃ駄目ね」
そう呟くと幽香は傘を軽く掲げ、綿毛を持つ蒲公英の種の如く、風に乗ってふわりと飛んだ。
彼女の表情は、既に次の獲物と用いる手段を考える事に夢中であり、それは美しいながらも恐ろしい顔だった。
茹だる暑さ。
蝉も煩く鳴くし遠方には陽炎を臨むような暑さ。
正直助けを求めたくなるような気温の最中、何をトチ狂ったかリリーホワイトはいつも通りの格好だった。
つまり長袖でロングスカートで、しかも早春用の格好だから生地が厚くって、保温性がそれはもう抜群である。
従って滝のような汗を全身から噴き流している訳だが、やっぱりトチ狂っているのかリリーホワイトは笑顔だった。
中天に差し掛かったお天道様はいよいよやる気全開で照り輝いているというのに、吹き抜ける風も既に熱風だというのに、春の妖精は常夏の只中で笑っていた。
と、ここまでならどう考えてもリリーの春回路がおかしくなったというだけで説明はつく。
だが見れば彼女の足元やその周辺には、福寿草や菜の花、雪ノ下や蒲公英が咲き乱れているのである。
春妖精の周りだけ、どういう訳だか春なのだ。
「春ある限りー、リリーホワイトはー不滅ーでーあるー♪」
テンションと勢いだけを感じさせる風に言いながら、両腕を広げリリーは狭小な春の中でぐるぐると回る。
汗に湿ったというかずぶ濡れた帽子がマーガレットの上に落ちた。
しかしリリーは楽しげに回り続ける。
春を謳歌するように、春を楽しむように。
どう考えても夏なのに。
そんなリリー及びその周辺を見れば、すわまたぞろ異常気象か、と黒白魔法使いが早合点するかもしれないが、リリーから少し離れた木陰を見ればそこに全ての答えが涼んでいた。
幽香である。
風見さん所の幽香さんが、くすくすくすくすとそれはもう楽しそうにしているのである。
彼女の存在に一切気付く事なく、リリーは炎天下の中帽子も被らず暑苦しい格好でぐるぐる回っていた。
「だってーそーこにー春があるーんーなぁらぁー私ーがー居てもー全くー普通ー♪」
音程も節も何もあったものじゃない出鱈目な言葉。
そんなリリーを煽るように、幽香はにやにやしながら彼女の周りに春の花を咲かせていく。
「ほぉらーほらー春よー春ーはぁーるゥー♪」
本来なら春も何もあったものじゃないので、リリーは自然に紛れてどこかに隠れ潜んでいるのだが、幽香の撒いた春花による春力に誘き寄せられたのだろう。
そう、炎に惹かれ焼け落ちる蛾のように。
そして、ぐるぐるぐるぐる回る内に、やがて汗の止まったリリーはぶっ倒れた。
「きゅう」
無論前のめりで。
当然理由は目を回したとかいうのではなく、熱中症である。
「あら、割と早いじゃない」
真っ白な春妖精が花群の中にぶっ倒れたのを見て、幽香は面倒そうに腰を上げた。
エレガントな所作で日傘を差すと、チェック柄のスカートを風に遊ばせながら彼女は歩く。
「あらあらどうしたの? こんな所で行き倒れだなんて」
そして、さも今気付いたかのような言い草で、うつ伏せのままやや痙攣が始まっているリリーに声をかけた。
「は……はる……」
うわ言のようにリリーは言う。
すると幽香は慈母のような笑みを浮かべた。
「えぇ、春よ? ほら、御覧なさいな」
言うと共に自らの能力を満開に、予めばら巻いておいた春花の種全てを発芽・強制成長の後一気に開花まで持っていく。
日差しと気温はさておき、瞬く間に周囲は春爛漫と化し、それを見たリリーはあっという間に元気になって立ち上がった。
「わぁーっ、春がもう春で春じゃないやっぱりー」
周囲に咲き乱れる草花に負けじと笑顔を咲かせる。
その笑顔に呼応するように幽香も微笑み、問いかけた。
「春なのがそんなに嬉しい?」
「勿論ですとも!」
リリーは大いに頷いて肯定する。
「そうなの」
微笑んだまま幽香は小首を傾げると、「でもね」その笑顔の和やかな属性を一変させた。
事の急変にリリーが気付く前に、幽香は再度能力を満開にする。
同時、地を割り、春花を押しのけて勢いよく伸びたのは、沢山の大きな向日葵。
そして一斉に花開いた向日葵に見つめられ、また、周囲の春が瞬く間に失われた事に、リリーは訳が分からない、といった表情になる。
だから、飲み込みの悪い彼女に一歩詰め寄ると、幽香は嗜虐に満ちた笑顔でこう言った。
「でもね、今は夏なのよ」
その一言を受け、軽く周囲を見回して現実を認識したリリーは、問い返す事も無く、ただ絶望の表情を見せて、再びぶっ倒れた。
そもそも春の妖精が夏の最中に生きていける筈が無いのである。
そして今までか細いながらも生命維持の礎となっていた春花達は向日葵に駆逐され、枯れ消えていた。
倒れたまま動かなくなったリリーを見下ろし、幽香は一頻りくすくす笑った後、深い溜息を吐く。
「……帰ろ」
春の妖精を春花で釣って、その後に現実を思い知らせてショック死させるというのは、予想やかかった手間からの期待よりも全然面白くなかったからだ。
これならまだ夢幻館でエリーやくるみを苛めていた方が楽しいし、そこらの木っ端妖精を虐殺した方がまだマシだろう。
倒れたリリーをつま先で小突き、ぴくりともしないのを確認した幽香は、いかにもつまらなさそうに踵を返す。
どうせ春になればまた湧いてくるような存在なのだし、そう考えれば手間暇かける程の価値も無かったかもしれない。
「やっぱり、妖精は数こなさきゃ駄目ね」
そう呟くと幽香は傘を軽く掲げ、綿毛を持つ蒲公英の種の如く、風に乗ってふわりと飛んだ。
彼女の表情は、既に次の獲物と用いる手段を考える事に夢中であり、それは美しいながらも恐ろしい顔だった。