※この作品は、Coolier様にあるプチ東方創想話ミニの作品集12に投稿されていたものです。
特に理由などは何も無く。
しかし確固たる必然性を持って、八雲 藍は主である八雲 紫の世話をしていた。
式である身が主の世話をするのが当然とする考えもあるかもしれない。
だが、少なくとも藍が式となった際、紫の言う事を聞かなければ本来の力を全く発揮できないという制約のみだったのだ。
そして、紫は藍に自らの世話を命じた事は無い。
そればかりか藍が式になって暫くの間は、料理から洗濯から家事万般等はむしろ紫が行っていたのである。
「藍、ちょっとそこ掃除するから退いて」
「は、分かりました」
「あぁ、塵取り用意してくれる?」
「は、了解です」
「そうそうそれと、ちゃんと洗濯物は纏めて出してよ? そこらに脱ぎ散らかすのは止めなさい」
「は、以後善処します」
「善処じゃなくて、言われた事をちゃんと滞りなくやりなさい。そして二度と同じ事を言わせない事」
「……分かりました」
「藍、肉の焼き加減はどうかしら」
「は、おいしいです」
「焼き加減はどうかしら?」
「…………」
「味じゃなくて」
「あ。私としては血の滴る方が好みではあるんですが」
「これは焼肉であって、焼肉というからには焼かなければならないのよ」
「生で良いじゃないですか」
「あなたは元とはいえ、三国に妖異を成した天狐でしょうに」
「はぁ」
「ならば人の形を持つ以上人の食生活に合わせるのも必要よ」
「紫様がそう仰るのなら」
「よろしい。で、焼き加減は?」
「は、今一です」
「…………そう」
藍がいくら式となる前に大変な力をもった妖怪であろうとも、その力の使い道は主に贅沢であった為に日常方面での雑務はからっきしだったのだ。
従って、紫が気まぐれなのか何となくなのか暇潰しだったのか、ともかく藍式にしてかなりの間、今まで悠々と一人で気侭に過ごしてこれたのがそうもいかなくなっていたのである。
けれど紫は藍を苛める事も放逐する事も無く、己の美しい式の世話を続けていった。
その理由は―――プライドからかもしれない。
八雲 紫たるは幻想郷においても只独りの存在であり、幻想郷を好きな時に崩壊させてしまえるような力を持った大妖怪である。
そんな彼女が式を持ったは良いが、役立たずと見て即刻追い出したとしたらさて彼の大妖怪の眼は節穴か、という事になりかねない。よりにもよって幻想郷には噂好きの烏天狗が大勢居る為に、そういった話はまさしく音速で様々な鰭を増やしながら幻想郷中の妖怪の知る所になるだろう。勿論木っ端妖怪ごときにどう思われようとその悉皆を無視してしまえば問題は何も無い。無いのだが、やはり良い気分ではないだろう。
又は、プライド等という問題ではなく、やはり式にしたのと同様の気まぐれだったり何となくだったり暇潰しだったりするのかもしれない。
ともかく、マヨヒガに住む八雲の主従は一見立場が逆転しているような状態で半年くらい暮らしていた。
変化があったのはその頃である。いつも通り紫が掃除やら結界の保持やらに忙しくも何処か充実した日々を送っていた或る日の事だ。
「紫様」
「どうしたの?」
「私にも何か手伝える事は無いのでしょうか」
「……あら」
今までずっとこちらを見ているか、もしくは縁側で寝ていたり適当にぶらぶら過ごしていた藍が、不意にそんな事を言ったのである。
これには紫も驚いたが、まぁ手伝って貰えるというのなら何ら悪い気はしないし、藍であれば力不足という事もそんなにない。
という訳で、紫は喜んで藍を手伝わせる事にした。
「紫様、紫様、あそこ―――あの土手の辺り、結界が揺らいでいます」
「あらそうね。じゃあ少し弄っておきましょう」
「紫様、紫様、結界の補修は私にも出来ないのでしょうか」
「いきなりは誰でも無理よ」
「そうですか……」
「ま、だから今はどうすれば良いかを見て覚えなさい」
「分かりました」
やがて、紫は藍に結界の簡単な補修を任せるようになった。
これによって紫はずいぶん楽になり、折角だからと家事の方に力を入れてみた。
すると、
「紫様、私も料理をしてみたいのですが」
「あなたが?」
「はい」
「……やるなとは言わないけれど……まぁ、そうね。結界の補修に比べれば料理の方はそう難しいものでもないし」
「でしたら昼のご飯は私が」
「いきなりは誰でも無理よ」
「そうですか……」
「だから、取り敢えず見てなさい」
「分かりました」
こうして藍は食事も作るようになった。
最初の内こそ食べるのに度胸が必要だったりどう考えても料理を盛った皿を出す藍の耳が怯えに伏せられていたりしたが、間も無く藍は紫程で無いにしろある程度の料理の腕前になったのである。
結果、ますます紫は楽になった。
結界はそうそう深刻な状態になる事は無く、事前の火消しを怠らなければ尚の事大きな事にはなり難い。だから藍が抜け目無く幻想郷を見回ってくれるおかげで結界は安定した状態を保てるようになった。
さてこうなると紫にとってする事は掃除くらいのものなのである。
「では紫様、見回りに行って参ります」
「はい気をつけて」
「は」
藍を見送り、紫は住処を掃除する。今までの手際よく短時間で効率よく済ませる癖が抜けていないので、暇な時間が増えていった。
やがて、
「紫様」
「なに?」
「掃除の方も私にお任せ下さいませんか」
「あら、掃除も?」
「はい」
庭先を竹箒で掃いていた紫に、見回りから帰ってきた藍はそんな事を言った。
今や結界の補修も料理もすっかりこなす藍である。家の掃除くらいは造作も無い。
こうして、藍は紫にされていた世話や紫の行ってきた事をすっかり肩代わりするようになっていったのである。
さしてする事も無くなった紫は、日々を楽々に過ごしていたのだが、或る日ふと気になって藍に疑問を述べた。
「藍」
「はい紫様」
「あなた、なんで―――あぁいや式だからといえばそうなんだけど、でもどうして? 最近のあなたはとっても役に立ってるわ」
「いけませんか?」
「いけなくは無いわ。ただ、あなたを式にして暫くの間、あなた殆ど何もしなかったじゃない」
「……それは簡単な事です、紫様」
「そうかしら」
「はい。私は紫様の式ですから、すると式たる以上は主の役に立たねばと思うのは自然なことでは無いでしょうか」
「……その割に、そう思うまで時間がかかったようだけど」
「あの頃は、色々と理解が至らなかったもので」
「ふぅん。……まぁ、なら良いわ。今後も私の為に励んで頂戴」
「分かりました紫様」
この時、藍は嘘を吐いていた。
式がどうとか等というのは最初から分かりきっていた事なのである。
だというのに敢えてその理由を口にしたのは、簡単な事だった。
藍は紫に感謝していたのである。
特に理由などは何も無く。
しかし確固たる必然性を持って、八雲 藍は主である八雲 紫の世話をしていた。
式である身が主の世話をするのが当然とする考えもあるかもしれない。
だが、少なくとも藍が式となった際、紫の言う事を聞かなければ本来の力を全く発揮できないという制約のみだったのだ。
そして、紫は藍に自らの世話を命じた事は無い。
そればかりか藍が式になって暫くの間は、料理から洗濯から家事万般等はむしろ紫が行っていたのである。
「藍、ちょっとそこ掃除するから退いて」
「は、分かりました」
「あぁ、塵取り用意してくれる?」
「は、了解です」
「そうそうそれと、ちゃんと洗濯物は纏めて出してよ? そこらに脱ぎ散らかすのは止めなさい」
「は、以後善処します」
「善処じゃなくて、言われた事をちゃんと滞りなくやりなさい。そして二度と同じ事を言わせない事」
「……分かりました」
「藍、肉の焼き加減はどうかしら」
「は、おいしいです」
「焼き加減はどうかしら?」
「…………」
「味じゃなくて」
「あ。私としては血の滴る方が好みではあるんですが」
「これは焼肉であって、焼肉というからには焼かなければならないのよ」
「生で良いじゃないですか」
「あなたは元とはいえ、三国に妖異を成した天狐でしょうに」
「はぁ」
「ならば人の形を持つ以上人の食生活に合わせるのも必要よ」
「紫様がそう仰るのなら」
「よろしい。で、焼き加減は?」
「は、今一です」
「…………そう」
藍がいくら式となる前に大変な力をもった妖怪であろうとも、その力の使い道は主に贅沢であった為に日常方面での雑務はからっきしだったのだ。
従って、紫が気まぐれなのか何となくなのか暇潰しだったのか、ともかく藍式にしてかなりの間、今まで悠々と一人で気侭に過ごしてこれたのがそうもいかなくなっていたのである。
けれど紫は藍を苛める事も放逐する事も無く、己の美しい式の世話を続けていった。
その理由は―――プライドからかもしれない。
八雲 紫たるは幻想郷においても只独りの存在であり、幻想郷を好きな時に崩壊させてしまえるような力を持った大妖怪である。
そんな彼女が式を持ったは良いが、役立たずと見て即刻追い出したとしたらさて彼の大妖怪の眼は節穴か、という事になりかねない。よりにもよって幻想郷には噂好きの烏天狗が大勢居る為に、そういった話はまさしく音速で様々な鰭を増やしながら幻想郷中の妖怪の知る所になるだろう。勿論木っ端妖怪ごときにどう思われようとその悉皆を無視してしまえば問題は何も無い。無いのだが、やはり良い気分ではないだろう。
又は、プライド等という問題ではなく、やはり式にしたのと同様の気まぐれだったり何となくだったり暇潰しだったりするのかもしれない。
ともかく、マヨヒガに住む八雲の主従は一見立場が逆転しているような状態で半年くらい暮らしていた。
変化があったのはその頃である。いつも通り紫が掃除やら結界の保持やらに忙しくも何処か充実した日々を送っていた或る日の事だ。
「紫様」
「どうしたの?」
「私にも何か手伝える事は無いのでしょうか」
「……あら」
今までずっとこちらを見ているか、もしくは縁側で寝ていたり適当にぶらぶら過ごしていた藍が、不意にそんな事を言ったのである。
これには紫も驚いたが、まぁ手伝って貰えるというのなら何ら悪い気はしないし、藍であれば力不足という事もそんなにない。
という訳で、紫は喜んで藍を手伝わせる事にした。
「紫様、紫様、あそこ―――あの土手の辺り、結界が揺らいでいます」
「あらそうね。じゃあ少し弄っておきましょう」
「紫様、紫様、結界の補修は私にも出来ないのでしょうか」
「いきなりは誰でも無理よ」
「そうですか……」
「ま、だから今はどうすれば良いかを見て覚えなさい」
「分かりました」
やがて、紫は藍に結界の簡単な補修を任せるようになった。
これによって紫はずいぶん楽になり、折角だからと家事の方に力を入れてみた。
すると、
「紫様、私も料理をしてみたいのですが」
「あなたが?」
「はい」
「……やるなとは言わないけれど……まぁ、そうね。結界の補修に比べれば料理の方はそう難しいものでもないし」
「でしたら昼のご飯は私が」
「いきなりは誰でも無理よ」
「そうですか……」
「だから、取り敢えず見てなさい」
「分かりました」
こうして藍は食事も作るようになった。
最初の内こそ食べるのに度胸が必要だったりどう考えても料理を盛った皿を出す藍の耳が怯えに伏せられていたりしたが、間も無く藍は紫程で無いにしろある程度の料理の腕前になったのである。
結果、ますます紫は楽になった。
結界はそうそう深刻な状態になる事は無く、事前の火消しを怠らなければ尚の事大きな事にはなり難い。だから藍が抜け目無く幻想郷を見回ってくれるおかげで結界は安定した状態を保てるようになった。
さてこうなると紫にとってする事は掃除くらいのものなのである。
「では紫様、見回りに行って参ります」
「はい気をつけて」
「は」
藍を見送り、紫は住処を掃除する。今までの手際よく短時間で効率よく済ませる癖が抜けていないので、暇な時間が増えていった。
やがて、
「紫様」
「なに?」
「掃除の方も私にお任せ下さいませんか」
「あら、掃除も?」
「はい」
庭先を竹箒で掃いていた紫に、見回りから帰ってきた藍はそんな事を言った。
今や結界の補修も料理もすっかりこなす藍である。家の掃除くらいは造作も無い。
こうして、藍は紫にされていた世話や紫の行ってきた事をすっかり肩代わりするようになっていったのである。
さしてする事も無くなった紫は、日々を楽々に過ごしていたのだが、或る日ふと気になって藍に疑問を述べた。
「藍」
「はい紫様」
「あなた、なんで―――あぁいや式だからといえばそうなんだけど、でもどうして? 最近のあなたはとっても役に立ってるわ」
「いけませんか?」
「いけなくは無いわ。ただ、あなたを式にして暫くの間、あなた殆ど何もしなかったじゃない」
「……それは簡単な事です、紫様」
「そうかしら」
「はい。私は紫様の式ですから、すると式たる以上は主の役に立たねばと思うのは自然なことでは無いでしょうか」
「……その割に、そう思うまで時間がかかったようだけど」
「あの頃は、色々と理解が至らなかったもので」
「ふぅん。……まぁ、なら良いわ。今後も私の為に励んで頂戴」
「分かりました紫様」
この時、藍は嘘を吐いていた。
式がどうとか等というのは最初から分かりきっていた事なのである。
だというのに敢えてその理由を口にしたのは、簡単な事だった。
藍は紫に感謝していたのである。