穂積名堂 Web Novel

春の空に狐耳

2012/02/29 01:58:57
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春の空に狐耳

 青い空はどこまでも高く。
 白くたなびく雲もまばらに。そこへ届けと目一杯に伸ばした手を握りこんでみても、雲はゆっくりとそれをかわして流れていく。
 白玉楼は西行寺家の庭。
 一体どれだけの数の桜の木が植えられているのか、その詳細を知る者は居ない。
 狭すぎず、広すぎず。かといって一定でもない。見る者が見れば、皆が同じ事を口にするだろう。
「一体この庭を管理するのに何人の庭師がいるのか」
 だが庭の此処其処に目を向けてみたところで、そのような職人の姿はどこにもなく、ただ蕾をつけた枝がゆるりと風に吹かれているだけ。
 その中の一本、なんの変哲もなければ特徴もない、他の大量にある木々とさして違いも無い桜の木の下で、魂魄妖夢は両足を投げ出した格好で幹にもたれかかり、呆と青い空を見上げていた。

 桜の剪定を始めて早数時間。
 本来であればこのような、もう花も咲こうかという時期に剪定などは行わないのだが、そこは主の気まぐれ。
「妖夢、ちょっと整えておいてくれる?」
 この人は一体何を言っているのか、などと割と本気で思ったりもしたのだが、妖夢には逆らう気もなければ逆らうだけの度量もない。
 そもそも桜は一段と剪定に弱い。
 深切りすれば、それが原因となって木そのものを死なせてしまう事もある。
 だから一本一本、切っては切り口に薬を塗り、切っては切り口に薬を塗り。
 日が昇る前から行っていた一連の作業も、昼を過ぎた辺りでまだ半分にすら程遠い。
 腹が減っては~、などという言葉を妖夢が知っていたかは定かではないが、いい加減に腹の虫が煩くなってきたところで休憩となり、あらかじめ用意しておいた握り飯を二つ放り込んで今に至る。
 
「あー……雲が速いなぁ」
 最初こそ食べ終わってすぐに作業を再開しようと思っていたのだが、春の到来と共に再び緑に覆われた大地と、どこからか花の匂いをつれてくるそよ風に短く切りそろえた髪を揺らされている内に、どうにも立ち上がる機を逸してしまっていた。
 早くしないと、という気持ちと、もう少し……という気持ちがぶつかり合うが、それすらもどこかゆらゆらと。
 傍らに置いた楼観剣。その鞘の先にくくりつけられているのは一本の菜の花。
 先日“下”に出向いた時に一面菜の花が咲き乱れる野原を見つけてそこから拝借したのだが、その眩しい程にに鮮やかだった景色も今はどこか遠く。
 そんな事ばかり考えていた所為だろうか、かくん、と首が下がってハっと我に返った。
「いけない、まだ残っているのに……桜……枝…………ゆゆ…こ………さま…………」
 持ち直そうとしたものの、ついに立ち上がる事はできず。後に残ったのは少女の静かな寝息のみ。

 風が吹き、雲が流れ、どこからか小鳥の囀りが聞こえてくる。
 暖かな春の日差しは整えられた枝に遮られ、緑の芝生の上に斑模様を作り上げている。
 死者の住まう冥界でありながらこんなにも生に溢れているのは、なんてことはない。そういう事なのだ。




「よーむ、よーむ、よーおーむー」
 白玉楼は西行寺家の庭。
 数えるには余りにも多くの桜の木が並ぶその場所で、辺りを包む春の陽気に負けず劣らずやんわりとした声が響いていた。
 朝、目覚める前には既にその姿はなく、昼時を過ぎても戻ってくる気配も無い従者の姿を求めて亡霊の姫がゆらゆらと。
 最初は断りも無くどこに行ったのかとも思ったが、思い返してみれば昨日の夜に言った一言。
 そんなだから――と出かけた言葉を飲み込んで、庭先に出でてみればそこには確かな春の空気。
 ほうと溜息一つ。春の世界を歩いてみれば、さして迷う事もなく探し人の姿は見つかった。
 が、意外な事にそれは木の幹にもたれて座ったまま動かない。
 すぐ目の前に立ったところで一際強い風が二人の間を駆け抜けて、妖夢がみぅ、と喉を鳴らした。
「お早う妖夢。目覚めはいかが?」
「ぅん……ぇ……」
 気がついたのか、片手で目を擦る妖夢を静かに見下ろす。
 ――と、すぐに状況を把握したのか、すぐに居住まいを正した妖夢が文字通り地面を掘り下げる勢いで頭を地につけた。
「も、ももも申し訳ありません! 私とした事が作業途中で居眠りなどと――」
「妖夢、とりあえず落ち着きなさい」
「いえ、しかしながらっ!」
「妖夢」
「は、はい!」
 つけた時と同じようにばっと顔を上げてみれば、そこには正に今の季節、これから満開になっていくであろう花のような柔らかな微笑み。
 自分の現状も忘れ、思わず魅入ってしまった妖夢が言葉に詰まると、その目の前に差し出したるは小さな包み。
「貴方が戻ってくるのがあんまりにも遅いから、羊羹なんか作っちゃったわ。折角だから一緒にどう?」
「え……でも私はまだ……」
「頂くか、頂かないか」
「あ……頂き……ます」
「よろしい」
 言って、幽々子が妖夢の隣に座った。
 二人の間に広げられた小さな包み。同じように小さな羊羹は一口で食べるにしても少しばかり小さかったが、口の中に広がる仄かな甘さはひょっとしたら春の味だったのだろうか。
「ほらほら妖夢、ほら妖夢。花見は待ってはくれないわ。本格的に咲く前に終わらせるわよ」
「いえ、ですからこんな時期に剪定をするのがまず間違って――」

 春風吹いて。空高く。
 二人の頭上に、花一つ。
 それは確かな、春の足音。
プチ創想話の10集に出したものでした。
なんか一斉に「昼寝するSS書こうぜ!」とかいう流れになった時に乗った作品だったかと。

突発で書くのって実は結構苦手だったりするのですが、
まぁ小ネタも小ネタなのでこのくらいなんでしょう。(何が

どうもこういう話を書くと妖夢が真面目すぎて困る。
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