穂積名堂 Web Novel

午前1時35分のサイクロイド振り子

2012/02/29 02:10:17
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午前1時35分のサイクロイド振り子

河瀬 圭
 はぁー、と重い溜息を吐き出す。
 真っ黒な夜空を少しだけ白く染めて、そして消える息が少し面白い。まるでゴジラが火を噴いてるみたい。
 叫びたくなるような、それでいてどこか透明な、この感情もゴジラなら焼き尽くしてくれるのだろうか。
 ついでに、ちゃっかり浮気してるようなバカ男も。
 手の平に向かってもう一度、白い火を吐く。そこには二つに叩き折ったケータイが佇んでいる。鳴る事も鳴らす事も、メールの着信を告げるランプすら灯っていなかった。
 つい先日まで彼氏と彼女の二人を繋ぐとっても大事な物だったのに、今では酷く滑稽で、色あせて見える。
 まるで昨日まで、いや正確には今日の朝までの自分が馬鹿みたいじゃない。
 よりによって、彼女の誕生日に他の女とデートしてるのを見かけるなんて信じられない。
 へたくそ、もうちょっと上手くやれよ。ばか。
 どろりとした、それでいて未だ燃え盛る感情を、ゴジラが吐き出す。
 白い息はまた夜空に消えた。
 あーあ、私がゴジラだったらいいのに。そしたらこの辺全部ぶっ壊しちゃうのになぁ。
 そう思うと、なんだか少しだけ楽しくなってきた。
「ふへへ……」
 声に出して笑ってみる。嫌な感情が早くどこかに行ってしまうように。
 今の私はちゃんと可愛く笑えてるかな? それとも笑えてない?
 口元がゆがむのがわかる。目じりもちゃんと下がってる。ばっちりメイクした顔はまだ大丈夫。マスカラがやっぱり苦手で、意識してしまえばまぶたが下がりそうになる。
 ラメ入りは好きじゃない、なんて言われたから口紅はラメなしで、なおかつキツくならないようにって淡いピンクのをわざわざ売り場で2時間も迷って買って、しかも今日おろしたてな上にこの冬の新色なのに。
 無駄になったなー。
 なんだろ、私の今のこの感情は。
 すっごく透明で、そのクセ目につくもの全部に殴りかかりたいような。
 同じなのは、どちらも悲しいってことなのかも。
 詩人だなー、私語っちゃってるなー。
 そういやここ、どこだっけ? まぁいいか。今日は家に帰るつもりもなかったし、帰る気になれない。ここで一晩明かせばいいかな、寒くて死んでも、それはそれで面白いしー。
 孤独死……だっけ? ここで死んだらそーなるのかなー。
 ちょうど雪も降ってるし。このまま雪の中で美少女が死んだら絵になるんじゃない?
 まぁ……自分で自分の事美少女とか言っちゃうのもアレっつーかイタイっぽいけどね。



 今日も最悪の一日だった。
 つまらない仕事にせいをだして、足が太くなるのも覚悟で立ちっぱなし。
 歩いて、笑って、なんだこの台でねーぞとか酔っぱらった顔で台を殴りつける親父の酒臭い息に笑顔で真心こめて優しくご案内。
 申し訳ありませんお客様。台の方叩かないようにお願いいたします。
 パチンコ屋だって楽じゃない。それでも失業者がメチャクチャに増えてて、不況っていう言葉に逃げ込んだ恐慌みたいな世の中らしーし、キツくても給料のよさそうなバイトで食べていけるだけ私はまだマシなんだろう。何度もそう言い聞かせて、くたくたにくたびれてご帰宅。
 家で待ってる黒猫のためと、あきらめきれない子供の頃の夢を手慰みに続けるために、今日もおかーさん働きましたよ、と。
 女も20代後半になればそろそろ売れ残り。だけど私は焦らないし、このまま独身なんだろうなって思い直す。
 自宅に帰って着替えて、PCに蹴りで電源を入れる。誰かがいたら怒られそうなはしたなさでも、それを咎める人はいない。
 ネットでお気に入りの若手芸人のブログを回りながらコンビニのグラタンとおにぎりで晩ご飯。インスタントコーヒーとタバコで食後の一服というささやかな癒しの時間もどこか今日は味気ない。
 テキストファイルであれこれと書き出してみるが、どれも本物の作家になるにはイマイチ足りないバラバラのピースだらけ。
 仕事だってアルバイトで食いつなぐフリーター。
 恋愛だって今はお相手もいなければ、そもそも私が好きになるのは男性ですらない。
 手に職つけようとしても、私にできるのは物語の欠片をひねり出して書き止めるだけ。
 つまり、正社員でもないので自分の将来は不安。結婚しようにも私は同性愛者なので、法的にアウト。作家を目指しても発想の違いに悔しい思いを繰り返すだけ。
 バイトに忙殺され、趣味にしてしまおうかとすら思う作家業も未だ結果なし。
 なーにやってんだかなぁ、私は、なんて思ってしまったら最後。開きっぱなしのテキストもそのままに、私は冷蔵庫と冬場はホット仕様の温冷庫から一缶ずつつまみだした。
 ポケットに封の開いたタバコの箱と、愛用のジッポライターをねじ込むと、愛猫に一声かけて家を出る。
 目指すは屋上。今日は飲むか。



 目が覚めた。
 どうやらここは私の家のマンションの屋上らしいことをどうにか思い出す。
 夕方頃にちらっと舞っていた雪は、うっすらと地面と私を白くしていた。
 首だけ回して見れば、自殺防止のやたら高いフェンスが目に入る。
 寒っ。ってゆーかめっちゃ寒っ。
 寒いし、悲しいし、メチャクチャ腹が立つのは変わらないし。いっそカラオケとかで歌いまくればスカっとするのかなー。
 一人でカラオケとか寒すぎるし、フラレ女じゃ余計につまらない。アッコとかミカとか誘うかな、どーせアイツらも暇でしょ。
 ケータイ探してぶっ壊れてるのを見て、思い出して、溜息。なんだかもう情けなくて涙が出そうだ。
 それでも、涙が出ないのはどういうことだろうね?



 屋上は基本的に出入り禁止。自殺者とかでてたら嫌だし。それでも実は解放されてるのを知ってる住人は少ないだろう。基本的に用事がある場所でもないし、このマンションは高いわけでもないから、星も見えないし、夜空も歪に切り取られているので、真っ黒なだけで面白みもない。下のネオンもうるさいし、車もひっきりなしに通る。閑静な住宅街というわけでもないからこそ、私のようなフリーターでも住めるのだ。
 最上階まではエレベーター。そこから廊下を歩いて階段へ向かって一直線に歩く。
 階段を上りながらタバコを取り出し、口にくわえ、ポケットに残りの箱を入れて。
 片手に酔うための缶ビール。上着のポケットには寝ないための缶コーヒー。
 ジッポを取り出して、火をつける前に扉に手をかけて。
「うーわー、いやなモン見た。死んでたらやだなぁ」
 屋上で倒れてる人影を見かけてまず吐き出した言葉は、とても白かった。



「生きてる?」
 がちゃりとドアの開く音すら今の私には遠い。
 誰か来たらしいけど、寒くてそれどころじゃない、動けない、寒い。
 やっちゃったなー、うっかり失恋ぐらいで凍死しそうだ。
 唇がカサカサに乾いて、凍り付いて、動かない。
「死んでるよ」
 と返そうにも声にならなくて、かすかに唇が動いたのがわかっただけだった。



 オーケー落ち着け私。
 正直自分の書いた現実離れした物語でも見かけない光景に、ちょっとした期待と面白そうだ、なんていう好奇心をそそられてる場合じゃない。
 どうやらシルエットからすると女の子のようだ。
 とりあえずジッポでタバコに火をつけ、吸い込みながら頭を働かせる。
 セントバーナードなら間違いなく首の樽に入ったウィスキーを飲ませるんだろうなぁ。
 近づいて見たら雪にまみれているが、カワ系でまとめた服と顔つきから察するにまだ未成年だろうとあたりをつけてポケットに手をいれる。


 にゅっと目の前に差し出された黒い物体が缶コーヒーだと気付いた瞬間には、それがほっぺたに押し付けられた。
 むっちゃくちゃ寒い中で、缶コーヒーを起点に暖かさが染み渡る。
 寒くて口すら動かせなかった身体に熱が心地良い。
 手を伸ばしてそれを掴むと、「おー、生きてる生きてる」なんてのんびりした声が降ってきた。
「飲んでいいよ」
 くわえタバコのままそう言った女性――髪が長いから、たぶん――は低めの声でそう言うと、笑顔で手元の缶ビールをあけた。
「私、ブラックは飲めないんだけど」


 味もなんもあるかい、と素で突っ込みたくなる気持ちをギリギリで抑えて、とりあえずビールを一口。
 冷えた空気と身体を苦味のある灼熱が胃に落ちていく感覚を楽しむ。
 もちろん、聞きたいことは山ほどあるし、缶コーヒーの1本程度でどうにかなるというもんでもないのはわかっている。
 とりあえずもう一口。
 んでもってタバコの煙を一杯に吸って、吐き出す。
「生きてんならいーや」
 色々な考えが高速で流れる。なんでここにいるのかとか、これからどうするのか。そんなとりとめのない思考をしてると、やがて彼女が口を開いた。


「なんで何も聞かないの?」
「聞いてもしょうがないし、答えてくれるとも思わないからねぇ」
 即答された答えに少しムっとする。それは皮肉だろうか。
 缶コーヒーの人はそういってフェンスに向かって歩きながら、
「ワケありなんでしょ、ワケなしの人なんていないと思うけど」
 吐き出すように言った。
 私の事なんかどこの誰でもいい、そういう風に聞こえるその言葉は、さらに私をイラつかせる。
「なにそれ、意味わかんない」
 いつもの――クセになっている――悪態が口をついた。
 その人はこちらを振り向きもせず、当たり前の事のように言う。
「んー、私にも私のワケがあってここでビール飲んでタバコ吸ってるし、貴女にも貴女なりのワケがあってそこで転がってコーヒー飲んでる。今はそれで充分じゃない?」
 喋ってる内容が意味不明なんだけどこの人……
 っていうかそれにどうリアクションしたらいいっていうの……
「やっぱり意味わかんないから、それ」


 イマドキ、ねぇ。
 内心で苦笑しながら私はそう思った。
 カワ系ファッションで彩るにはやや低い声の持ち主は、手元のコーヒーを一口飲んで、苦い顔をした。それも文字通りに。
「ただまぁ、アレよね。ここで今私ら二人がいるって事に意味があるのかわかんないんだけど、これからどうするの?」
「――知らない」
 なんでもないように言ってのけた。一瞬の間は冷静に考えるのか感情で考えるのか、で迷ったんだと思う。
 強がりな性格なんだなぁ。だけど今はそれじゃあ困るのよね。ガツガツっと私が決めちゃいますか。
 内心で腕まくりする仕草を連想しながら、舌なめずりをする。ここからが私の腕の見せどころだ。
 私は意を決して振り向いた。

「んじゃ、私が決めちゃってもいい?」
「は?」
 あっけに取られる。なに言ってるんだこの人は。
「ちょ……私の事は自分一人で決められるんですけど」
「えーだって今自分で『知らない』って言ったじゃん。この場にはあとは私しかいないし」
「それはそうですけど……」
「とりあえず可愛い女の子一人残してウチに帰るなんていう行動は私には無理無理」
 からからと笑って手をパタパタさせる。寒いのか酔ってるのか、赤らめた顔で可愛い女の子とか言っちゃう神経がわからない……
「とゆーわけで拉致監禁、じゃなくて保護するわ。部屋帰るからおいでー」
 サクサクと雪を踏む音が近づいてきたかと思うと、ぐっと手を握られる。
 いやいやいや、拉致監禁とか怖い言葉使われてんですけど……
 引かれた手に対して反射的に抵抗してしまう。
 不思議そうにこちらを向いた顔は、決して綺麗とか可愛い顔じゃなくて、まるで目が細いキツネのイメージを抱かせる。
「私、寒い、貴女、寒い、私の部屋、暖かい。オーケー?」
 ありえない……片言みたいに喋りやがった。
 そのまま信じられない馬鹿力でずるずると引きずられる。

 こういう時は多少強引でもいいよねー。
 けっこう無理に力を出してこのお嬢さんを運ぶ。諦めたのか、2、3歩ほどで立ち上がった彼女はおぼつかない足どりで追いついてきたが、握った手は離してやらない。

 握られた手は……冷えていて、とても冷たくて、それでいて体温を内包するかのようにじんわりと暖かかった。
「手が暖かい人は心が冷たいんだっけ」
 自然と口をつく。

「手が暖かい人は、心も暖かいんだよ、少なくとも私は、ね」
 ああちくしょう、なんだっつーんだ私は。
 出会って5分? それとも3分? シロウト物書きとして興味なのか、それとも単純に好みの顔と声だから? いずれにせよ――たぶんどっちもそうなのだろう――私はこの子を気に入りかけてる。
「そうでなくちゃ、こんなとびっきりの出会いを逃しちゃうでしょう?」

 甘い人だなぁ、なんて思った。

 私は甘いなぁ、なんて思った。

 これが、私と、

 私の、

 なんでもない、ただの出会いだった――。



「名前、教えてくれるかな?」
「私は――」


 彼女は、私の太陽になるのだろうか、私の夜明けを知らせる存在なのだろうか――。
電波がおりてくるとこういうシチュエーション重視の一発ネタが書きたくなります。
おもに締め切り前とか締め切り前とか締め切り前に。
電波さんマジやめてください。あとどうせなら締め切り後にも脳内に残っててください。
内容に関しては何を言っても蛇足にしかならないので、名前その他はお好きなように。
楽しんでいただければ幸いです。それでは。
河瀬 圭
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