「女子高生っていうのは大人でもないし、子供でもない。中学生じゃまだまだ子供だし、大学生はなんか大人っぽい。だから私達は今この時間がずっと続けばいいんじゃないかなぁ」
なんて言ったのは果たしてどちらだっただろうか。
お気楽天然娘? それともぐうたら幼馴染だっただろうか。
そんな事を訥々と考えながら澪は目が覚めた。
いつも通りの朝だったと思う。
テキパキと身支度を整え、昨晩塗ったマニキュアが剥がれていない事を確認する。
母親の用意してくれた朝食を食べてる最中にインターホンを連打されるのも、いつもの通り。
「おっすー、おっはよーぅ」
少しだけ遅れたかな、と慌てて出てみれば、やっぱりいつも通りの幼馴染の顔だった。
「りぃーつぅー?」
幼馴染の顔を精一杯睨む。経験的に言って、まるで通じないのはわかっているが、それでも小言を言わなくてはならない。
「朝からインターホンを連打するなっていつも言ってるでしょう? それをアンタは毎朝毎朝なんでそんなに連打するんだ」
律ののおでこに軽くチョップを入れてやるが、当の本人は全く意に介さないようにへらっと笑う。その悪意のない笑みに澪も毒気を抜かれたのか、一つため息をつく。
「もういい、いつまでもやってると遅刻しちゃうから」
いくぞ、と一言声をかけると律は敬礼をして見せた。やっぱりため息を隠せない。
ため息の数だけ幸せが逃げるのならば、おそらく澪は相当数の幸せを逃しているだろう。
何はともあれ、これが彼女と彼女のいつもの朝だった。
学校の勉強というものは、大体にして面白くもないし、社会に出て役に立つともあまり思えない。なのに大人たちは口を揃えて「勉強をしなさい」という。
そこが理解できない。
「さわちゃんももっとテスト優しくしてくれればいいのになぁ。ほら、1たす1は? とかさ」
「だよねぇ~……」
放課後の軽音部の部室にはめでたく追試になった二人組みが机に突っ伏していた。
全教科中で赤点の方が多かった二人でもある。
ついでに言えば澪と紬は成績優秀だし、梓も赤点は逆立ちしても取らない。
軽音部のダメーズとも言うべき二人だが、どちらも憎めないどころか、ムードメーカー的な存在として欠かせない。
「やれやれ……二人揃って赤点じゃあしょうがない、今日は切り上げよう」
部長は律なのだが、当の本人はぐうたらを絵に描いたような人間なので、必然とまとめ役は律になってしまう。
貧乏くじを引く役でもあったりするが、それは澪自身がよくわかっていた。
「それじゃお茶は私が片付けるわね」
紬がティーセットを持つが、すぐに澪がそれを遮った。
「ああいいよムギ。今日は私がやるから。それと律」
「ふぁい?」
「お前、今日居残り」
「えぇー!」
律は澪の無情とも言える一言に盛大な不満を上げる。
かすかに交わされたアイコンタクトに律は気が付いただろうか。どうせ気付いてはいまい。
「おおぉ? もしかしてりっちゃんと澪ちゃんはアヤシイ関係ですかな?」
よりによって一番空気の読めない唯が興味深々に目を輝かせた。
「唯は帰って勉強しろ」
ゴス、と澪のチョップが唯の頭に容赦なく突き刺さる。
「二人揃って赤点なんだろ? 唯はまだ集中力があるからなんとかなるけど、律は私がついてないとダメじゃないか」
「聞きましたか奥さん、りっちゃんは澪ちゃんがいないとダメなんですてよ、もうこれは決定的じゃないですかねぇ?」
「あらあらまぁまぁ、それはそれで見てみたいわぁ~」
「それに今日は二人揃って同じ色のマニキュアしてるし……」
「まぁまぁまぁまぁ! それはとってもアヤシイわ!」
突如始まる唯と紬のご近所のオバチャン会話に、やや顔を赤らめた澪は、無言で再び唯にチョップを食らわせた。それも結構な勢いで。
「いったぁ~い。うぅ~ん。あずにゃぁ~ん、澪ちゃんがイジメるよう~」
「今のはどうみてもセンパイが悪いと思いますよ……」
「鍵は律が返すから、先に帰っていいぞー」
今だにぐでぐでと梓に抱きついている唯と、ひたすら目を輝かせて澪と律を交互に見つめている紬をなんとか追い払う。
やがて三人が出て行くと、澪はふぅ、とまたため息を吐いた。
「いやいやいや、澪さんもなかなかポーカーフェイスですなぁ。よくなんでもないかのように帰したじゃないか」
「バカ律。今日は真面目に勉強するぞ?」
「えぇ~、そんなんアリかよ~。せっかく二人に戻ったっていうのに……」
「ばっ――ここ学校だろ? 何考えてんだ! ほらほら、ノート開く!」
先ほどとは違い、首まで真っ赤にした澪は慌てて自分の鞄をゴソゴソと漁る。
「みぃ~おっ!」
その背後から律が抱きつく。 一見すればそれは極々普通のスキンシップであったが、律は中々澪を離さない。
「ちょっ……離せって!」
「その割りにあの目くばせはなんだったのかな~?」
澪の柔らかいほっぺたをつんつん、と突付いてやる。
「そっ、それはその、アレだよホラ……あくまでもお前の勉強を見てやろうと……」
これ以上赤くなれるのか、と澪の顔を眺めながら、律はニヤニヤと笑い、
「みーお」
「ん?」
交わされた口付けは、ほんの一瞬だった。
「昨日のマニキュア、ちゃんとしてくれてたんだな……」
「はぅ……」
しかし、それだけでも澪の口を閉ざすには充分効果的だ。
「ほーらぁ……澪だって嫌いじゃないんだから」
律は優しく囁く。呼吸がかすかに耳を撫で、それだけで澪は微かに身体を振るわせた。
「相変わらず敏感だねー」
抱きしめる腕の力を強くすると、澪はすっかりと力が抜けてしまった。
「バカ……勉強……」
「そんなの後回しでいいじゃ~ん。せっかく二人きりになれたんだし、な?」
さわさわと律の手が澪の身体を動き回る。
「ちょ……ここ学校じゃん……マズイって……」
抱きしめられた澪に反抗する手段は残されていなかった。
「律ぅぅ……」
「澪……」
二人の濡れた視線が交わされる。その視線に込められた同意を求める感情と、わずかな逡巡……そして諦めと愛情。
「いっただっきまぁ~す」
「律の……バカぁぁぁぁぁ!」
ロマンの欠片もない律のセリフに澪の叫びが被せられるが、すぐにそれも止められてしまった。
夕暮れの中で二つの影は一つに重なる。
自分達は女子高生なのだ。大人でもなく、子供でもない。だから揺れるし、何かを求める。
それは大切な、同じ夢を追う、かけがえのない友情であり、あるいは愛や恋に似た何かかもしれない。
その中で確かなモノを得て大人になっていくのだろう。
それが、青春なのだから――
「ばいばいあずにゃ~ん、また明日ね~」
「唯センパイこそちゃんと勉強してくださいね~」
梓を見送って、唯は振り返る。
「ムギちゃんムギちゃん」
「はい?」
「やっぱりあの二人って仲良いよね~、羨ましいなあ」
今ごろ二人は勉強してるに違いない、そう思い込んでいる唯は、夕暮れを見上げながらそう紬に話し掛ける。
「あら、唯ちゃんの事だってしっかりと見てる人はいるかもしれないわよ~?」
「えぇ~? 誰々? あずにゃん? それともさわちゃん?」
「誰でしょうかね~?」
くすくすと紬が笑って唯を見る。その目に込められた感情に唯が気付くのは、果たしていつの事だろうか――
END
なんて言ったのは果たしてどちらだっただろうか。
お気楽天然娘? それともぐうたら幼馴染だっただろうか。
そんな事を訥々と考えながら澪は目が覚めた。
いつも通りの朝だったと思う。
テキパキと身支度を整え、昨晩塗ったマニキュアが剥がれていない事を確認する。
母親の用意してくれた朝食を食べてる最中にインターホンを連打されるのも、いつもの通り。
「おっすー、おっはよーぅ」
少しだけ遅れたかな、と慌てて出てみれば、やっぱりいつも通りの幼馴染の顔だった。
「りぃーつぅー?」
幼馴染の顔を精一杯睨む。経験的に言って、まるで通じないのはわかっているが、それでも小言を言わなくてはならない。
「朝からインターホンを連打するなっていつも言ってるでしょう? それをアンタは毎朝毎朝なんでそんなに連打するんだ」
律ののおでこに軽くチョップを入れてやるが、当の本人は全く意に介さないようにへらっと笑う。その悪意のない笑みに澪も毒気を抜かれたのか、一つため息をつく。
「もういい、いつまでもやってると遅刻しちゃうから」
いくぞ、と一言声をかけると律は敬礼をして見せた。やっぱりため息を隠せない。
ため息の数だけ幸せが逃げるのならば、おそらく澪は相当数の幸せを逃しているだろう。
何はともあれ、これが彼女と彼女のいつもの朝だった。
学校の勉強というものは、大体にして面白くもないし、社会に出て役に立つともあまり思えない。なのに大人たちは口を揃えて「勉強をしなさい」という。
そこが理解できない。
「さわちゃんももっとテスト優しくしてくれればいいのになぁ。ほら、1たす1は? とかさ」
「だよねぇ~……」
放課後の軽音部の部室にはめでたく追試になった二人組みが机に突っ伏していた。
全教科中で赤点の方が多かった二人でもある。
ついでに言えば澪と紬は成績優秀だし、梓も赤点は逆立ちしても取らない。
軽音部のダメーズとも言うべき二人だが、どちらも憎めないどころか、ムードメーカー的な存在として欠かせない。
「やれやれ……二人揃って赤点じゃあしょうがない、今日は切り上げよう」
部長は律なのだが、当の本人はぐうたらを絵に描いたような人間なので、必然とまとめ役は律になってしまう。
貧乏くじを引く役でもあったりするが、それは澪自身がよくわかっていた。
「それじゃお茶は私が片付けるわね」
紬がティーセットを持つが、すぐに澪がそれを遮った。
「ああいいよムギ。今日は私がやるから。それと律」
「ふぁい?」
「お前、今日居残り」
「えぇー!」
律は澪の無情とも言える一言に盛大な不満を上げる。
かすかに交わされたアイコンタクトに律は気が付いただろうか。どうせ気付いてはいまい。
「おおぉ? もしかしてりっちゃんと澪ちゃんはアヤシイ関係ですかな?」
よりによって一番空気の読めない唯が興味深々に目を輝かせた。
「唯は帰って勉強しろ」
ゴス、と澪のチョップが唯の頭に容赦なく突き刺さる。
「二人揃って赤点なんだろ? 唯はまだ集中力があるからなんとかなるけど、律は私がついてないとダメじゃないか」
「聞きましたか奥さん、りっちゃんは澪ちゃんがいないとダメなんですてよ、もうこれは決定的じゃないですかねぇ?」
「あらあらまぁまぁ、それはそれで見てみたいわぁ~」
「それに今日は二人揃って同じ色のマニキュアしてるし……」
「まぁまぁまぁまぁ! それはとってもアヤシイわ!」
突如始まる唯と紬のご近所のオバチャン会話に、やや顔を赤らめた澪は、無言で再び唯にチョップを食らわせた。それも結構な勢いで。
「いったぁ~い。うぅ~ん。あずにゃぁ~ん、澪ちゃんがイジメるよう~」
「今のはどうみてもセンパイが悪いと思いますよ……」
「鍵は律が返すから、先に帰っていいぞー」
今だにぐでぐでと梓に抱きついている唯と、ひたすら目を輝かせて澪と律を交互に見つめている紬をなんとか追い払う。
やがて三人が出て行くと、澪はふぅ、とまたため息を吐いた。
「いやいやいや、澪さんもなかなかポーカーフェイスですなぁ。よくなんでもないかのように帰したじゃないか」
「バカ律。今日は真面目に勉強するぞ?」
「えぇ~、そんなんアリかよ~。せっかく二人に戻ったっていうのに……」
「ばっ――ここ学校だろ? 何考えてんだ! ほらほら、ノート開く!」
先ほどとは違い、首まで真っ赤にした澪は慌てて自分の鞄をゴソゴソと漁る。
「みぃ~おっ!」
その背後から律が抱きつく。 一見すればそれは極々普通のスキンシップであったが、律は中々澪を離さない。
「ちょっ……離せって!」
「その割りにあの目くばせはなんだったのかな~?」
澪の柔らかいほっぺたをつんつん、と突付いてやる。
「そっ、それはその、アレだよホラ……あくまでもお前の勉強を見てやろうと……」
これ以上赤くなれるのか、と澪の顔を眺めながら、律はニヤニヤと笑い、
「みーお」
「ん?」
交わされた口付けは、ほんの一瞬だった。
「昨日のマニキュア、ちゃんとしてくれてたんだな……」
「はぅ……」
しかし、それだけでも澪の口を閉ざすには充分効果的だ。
「ほーらぁ……澪だって嫌いじゃないんだから」
律は優しく囁く。呼吸がかすかに耳を撫で、それだけで澪は微かに身体を振るわせた。
「相変わらず敏感だねー」
抱きしめる腕の力を強くすると、澪はすっかりと力が抜けてしまった。
「バカ……勉強……」
「そんなの後回しでいいじゃ~ん。せっかく二人きりになれたんだし、な?」
さわさわと律の手が澪の身体を動き回る。
「ちょ……ここ学校じゃん……マズイって……」
抱きしめられた澪に反抗する手段は残されていなかった。
「律ぅぅ……」
「澪……」
二人の濡れた視線が交わされる。その視線に込められた同意を求める感情と、わずかな逡巡……そして諦めと愛情。
「いっただっきまぁ~す」
「律の……バカぁぁぁぁぁ!」
ロマンの欠片もない律のセリフに澪の叫びが被せられるが、すぐにそれも止められてしまった。
夕暮れの中で二つの影は一つに重なる。
自分達は女子高生なのだ。大人でもなく、子供でもない。だから揺れるし、何かを求める。
それは大切な、同じ夢を追う、かけがえのない友情であり、あるいは愛や恋に似た何かかもしれない。
その中で確かなモノを得て大人になっていくのだろう。
それが、青春なのだから――
「ばいばいあずにゃ~ん、また明日ね~」
「唯センパイこそちゃんと勉強してくださいね~」
梓を見送って、唯は振り返る。
「ムギちゃんムギちゃん」
「はい?」
「やっぱりあの二人って仲良いよね~、羨ましいなあ」
今ごろ二人は勉強してるに違いない、そう思い込んでいる唯は、夕暮れを見上げながらそう紬に話し掛ける。
「あら、唯ちゃんの事だってしっかりと見てる人はいるかもしれないわよ~?」
「えぇ~? 誰々? あずにゃん? それともさわちゃん?」
「誰でしょうかね~?」
くすくすと紬が笑って唯を見る。その目に込められた感情に唯が気付くのは、果たしていつの事だろうか――
END