手を繋ごう。
手を繋いで空を飛ぼう。
手を繋いで踊ろう。
手を繋いでお茶をしよう。
手を繋いで、手を繋いで。
色々な事をしようと思う。
「おはようございます。と言っても夜ですが」
最愛の従者に起こされて見れば、すでに夜の帳は下りていた。
「……寝すぎた」
「吸血鬼は夜に起きるものかと」
苦笑するような表情を見せる従者こと十六夜咲夜に仏頂面を投げてやる。
確かに吸血鬼と言えば天敵である太陽を避けて夜に活動するのが当たり前で、そのかわりに日中は寝ているものなのだが。
「私は普段昼間に起きているでしょう……」
いつの頃からだろうか、人間のように昼間に活動し、夜に寝たり寝なかったりするような生活にすっかり馴染んでしまった。
「よく眠っていましたよ。まるであどけない子どものようでした」
「寝顔の拝見料でも貰いたいわね」
「それでしたら私のメイドとしてお給金下さいよ」
「メイドって生き方じゃなかったの?」
「そんなわけはないでしょう……職業ですよ、お給金出るのが普通ですよ」
「あっそ、普通じゃないメイドの咲夜はいらない、と」
「まぁ、いりませんけどね」
見解の一致は大切だ。主従が同じ方向を向いていなければ、それはケンカの原因になってしまう。もっとも、ケンカで済むから別に問題はない。
「何の話だっけ」
「どうでもいい話ですよ」
「それもそうか」
どうでもいい話はさて置くとして、だ。
吸血鬼であるこの私、レミリア・スカーレットの記憶と惰眠に費やした時間が正しければ、
「そうか、ファッキンクライストか」
「メリークリスマスですよ。イヴですが」
「どっちだっていいよ」
生憎と吸血鬼とどこぞの宗教の相性はしこたま悪い。
しかしながら郷に入っては郷に従え、という諺があるこの国では、クリスマスは恋人同士であったり、親から子だったり、とにかく良い子にはプレゼントが送られる日だ。
「というわけで咲夜、プレゼントちょーだい」
「だからイヴですってば……明日ですよ」
あろう事かこの従者、主たる私に対して溜息を投げつけるという暴挙に及んだ。
ダメだ、これだから人間は使えない。
全裸にリボンつけて「私がぷれぜんと」とかハートマークつけて言ってみせろってものである。
「まぁそれはともかく、クリスマスか」
「雪は降ってますよ。流れ水にカウントされないのでラッキーですね」
「ホワイトクリスマスの方を喜びなさいよ、アナタ」
「あいにくと、基督教徒じゃないので」
「幻想郷だとキリスト教徒かどうかなんて関係ないんじゃない?」
「起き抜けに雪が降ってて喜ぶのは犬だけですよ」
悪魔の狗であるところの自分を棚の上に放り投げた発言である。しかも確かこの従者、キリスト教でも一大勢力を誇る分派のお膝元の生まれじゃなかったか。
まぁ、信仰なんていうものは信仰する者への……おっと、それどころじゃない。
「だけど咲夜、クリスマスなんてというのはまだ早計よ」
「はぁ」
気の抜けた返事をする場合の咲夜は七割以上が「またワガママですか」という思いだ。
残りの二割九分が「どんな言い訳をするのだろう」であり、残りの一分でワクワクしだすのがこの食えない従者の最愛な部分でもある。
「ここ幻想郷がある日本じゃ、キリストの誕生日なんてどうでもいいのよ。何にでもかこつけてお祭りするのがここの仕来たりであり、郷に入っては郷に従えというのもこの国の諺なのよ!」
「つまり……?」
「酒もってこーい! 宴会よー!」
「……そういう事は昼間に言ってくださいよ、用意も何もしてませんし、お嬢様だってできてないじゃないですか、というか服着てください、服。寝る時全裸なのはいいんですけど、そのままベッドで立ち尽くして力説されても威厳という物がまるで感じられませんよ」
「お、おう……」
しまった忘れてた。スースーするわけだ。
「宴会の用意も何もしてませんが、今日はどうします? サンタクロースでも待って二度寝しますか?」
それは良い提案だと思うが、それだけでは少し詰まらないだろう。
咲夜の事だからこう言う以上は何かプレゼントの用意があるはずだ。
「何も用意してませんので、サンタクロースが来たら相談して決めてみようかと思いますが、何かご要望ありますか?」
一歩先を行く女である。さすが咲夜だ、そこに痺れる憧れるが、どうにも天然を通り超えてただのダメ人間になりかけてるような気がする。まぁいいか。
「散歩でもしながら考えることにするよ、用意はできてるでしょう?」
「もちろん、できておりますわ」
さすが咲夜だ。あっという間に着替えが終わっている。ついでに本人もマフラー装備だ。
さぁ、窓を開けて、夜空に飛び出そう。
「寒いですね、さすが冬ですわ」
手に白い息を吐きかけながら、咲夜がそう呟く。
なるほど、吸血鬼である私は全くの平気なのだが、どうやら人間である所の咲夜にはこの寒さは堪えるようだ。早まったかもしれない。
「その割にはいつもの服なのね、多少スカートから生足出てるけど」
ミニではない、冬仕様のロングスカートとはいえ、タイツでも履いてくればいいのに。
いつぞやだったか、春が来ない時なぞは「どうせ春になるのですから平気ですわ」とか言ってミニスカートで飛び出したのを私は知っている。しかも結構寒かったらしい。
「そこは気合いですわ」
「わからないでもないけどね、風邪でもひかないようにね」
「わかっておりますわ」
生足なのが可愛いというのは自覚しているのだろう。見ているこちらとしてもチラッと映る足首の白さには同性としても目を奪われるワンポイントになっている。
「ほら、気休めだけど」
「ありがとうございます」
差し出した手を躊躇なく咲夜が掴む。
最初の冷たさと、中からじんわりと広まる咲夜の暖かい体温に、吸血鬼であるこの身が恨めしい。吸血鬼は体温がない。したがって咲夜を暖める事ができないのだ。
その事を充分に知っているはずの咲夜は、しかし躊躇なく私の手を取った。
少し……嬉しい。
「帰るかー」
「もうよろしいので?」
「うん、大体決めたし」
「そうですか」
もちろん嘘である。咲夜が寒いなら無理して連れ歩く事もあるまいと思ったからだ。
「私はまだ大丈夫ですが……」
「いいんだよ、決めたから」
重ねて言いながら、ふと繋いだ手を見る。
まるで天啓か。
「今日は咲夜とずっと一緒に手を繋ぐ遊びをしましょうか」
「は? そういうのでいいんですか?」
「うん、まぁ不便な事もあると思うけど、不便なのもまた、」
「楽しいですか。わかりましたよ……じゃあ戻りましょうか、一緒にお茶を淹れましょうね」
仕方ないなという風にふわりと花が咲く。
雪と夜空に照らされた笑顔を見る事が許されるのは私だけの特権だ。誇らしい気持ちになる。
仕方ないな、久しぶりに――
「そうですね、久しぶりにお嬢様のブレンドした紅茶が飲みたいですわ」
「あー……うん、いいよ、淹れたげる」
さてはて、一緒に長く暮らした親しい者同士は思考や仕草が似てくるというけどね。
全く同じ事を、同じ瞬間に思えるというのはどれくらいの時間が必要なのやら。
ましてや、人間と吸血鬼という、本来なら対等になりえない関係だというのに、全くこの娘ときたら……
「……? どうしました?」
あんまりにもしげしげと咲夜の顔を眺めていたのか、咲夜が訪ねてくる。
自然と、笑みが浮かぶ。威厳も何もない、自分でも滅多に見せない、それこそとんでもなく優しいヤツが。
「なんでもないよ」
あまりの愛しさにさっと咲夜に口付けを送る。まったくの不意打ちだと言うのに、咲夜は目を閉じて受けれた。
唇に伝わるほのかな温かみと、軽い水音、そして少し乾いた唇の感触。
そのどれもが愛しい。
今日は絶対にこの手を離してやるものか。
ああ……そうだ、手を繋いだままでできる最高の事ができるじゃないか。
手を繋いで、そのまま眠ってクリスマスを迎えれば、咲夜がプレゼントじゃあないか。
お嬢様の方が変に人間味があるので、人世から離れて久しい咲夜さんにツッコむ様な夫婦漫才が多そうですね。