穂積名堂 Web Novel -既刊公開用-

或る晴れた日

2010/10/02 01:57:13
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或る晴れた日

Hodumi
 幽香は機嫌が悪かった。
 いつも悪いと言えばいつも悪いが、それは虐げられる者からの目線に過ぎない。
 だって花の妖怪なんだから、可愛げのある時の方がよっぽど多い。……それは幽香からの目線に過ぎないが。
 ともあれ、幽香は機嫌が悪かった。
 燦々と降り注ぐ陽光の下、むせ返るような向日葵の匂いと向日葵に囲まれて、普段なら鼻歌でも混じりそうなものなのに、日傘の陰に映えるその顔は実は凄く怖い。
 何せ一見したところでは涼やかで平静なそれに見えるが、よく見て見たら全然そうじゃないのだ。
 薄く伏せられた瞼はまるでぐらぐら煮え立つ怒りを抑える蓋のようにひくりひくりと痙攣し、閉じようにも閉じきれないといった風の唇は湛えた激情を端から僅かずつ噴出しているよう。
 それに日傘を握る手の内側からは、明らかに何かが軋む音がゆっくり響いていて、悠然と立っているように見えて大気に蔓延する彼女の妖気は剃刀のように鋭かった。
 そして、そういう非常に恐ろしい大妖怪の正面、向日葵の花に見下ろされる形で、汗まみれのエリーは地べたに額を押し付けるようにして土下座をしている。
 その隣では、白のブラウスに青のスカートからはみ出す灰があった。夏の直射日光を浴び続けたくるみの成れの果てである。服の中の一部はまだ無事なので、一晩くらい月光にさらしておけば元通りにはなるだろう。多分。
 と、こんな感じで夢幻館の暴君が物凄くお冠で、夢幻館の住人二人の命の保障がなくなっている。
 割とよく目にする光景ではあるが、今回は一つの大きな問題があったのだ。
 幽香は機嫌が悪い。これは良い。全く良くないが、しかし明確であり、間違った事ではない。
 そして機嫌が悪くなった原因が、一応でもエリーないしくるみにあったのは間違いない。だからこそこうして朝から土下座してかれこれ八時間以上が経過した。
 問題なのは、ご機嫌が斜めなその理由についてである。

―――いつもの時間に目覚まし時計が鳴らなかった。

 たったそれだけ。
 だがそのたったそれだけで健やかな一日のスタートを阻害された幽香は物凄くお冠になって、何もかもやる気を失ってその分のやる気を全部怒りに変換した訳だ。
 とはいえ、それだけが理由では無い。日々の諸々、ちょっとした事柄等で何となく塵が積もっていたのがこの際一気に爆発したのも含まれている。
 当然そんな事は幽香のみの事情であって、エリーやくるみにとっては知った事では無い。とばっちりも良い所である。
 ただ、いつも鳴る目覚ましが何でか鳴らなかった事について、疑問を感じていればここまでの事にはきっとなっていなかった筈なのだ。
 勿論それについては、以前鳴らなかったので起こしに行ったら、たまたま遅起きしたい気分だったらしく不機嫌な幽香に九割殺しの目に遭ったという事実があったりしたのだ。これを踏まえ、かつ幽香が相手でなければ、しかたないじゃない(泣)しかたないじゃない(泣)と言えば許して何とかなったかも知れない。だが詮無い事だろう。
 何にしろ今のエリーに出来る事は、幽香の怒りが鎮まるまでただただ地べたに這いつくばるのみである。くるみ程命がけでないからまだ生命的に楽は楽だが、主からのプレッシャーをもろに受け続けると言う点では精神的に苦痛極まる有様だった。
 嗚呼、じりじりと照り付ける太陽が憎い。夏だからって調子に乗り過ぎだろうあの黄色くて眩しい丸いの。妖怪でなかったらとっくに脱水症状とかで死にかけてるんじゃないだろうか。
 当然死の可能性を慮るような幽香では無いので、仮に死んだとしても何ら意に介す事は無いかも知れないが。
 いや、あって欲しいが。
 あって下さい。
 せめてそれくらいは。
 それにしてもこういう時に限って、誰も来ない。普段から来客数などたかが知れているが、それでも客が来る事で何かしらの緩和はあり得るのだ。
 それが巫女とか鬼とか、そういう実力者なら幸いだ。程良く鬱憤晴らしになってくれるだろうから。
 もちろん実力者でなくても構わない。迷い込んで来た外の人間とかでも幸いである。食事は怒気を冷ますから。
 ああでも、妖精とかは困る。まず寄って来ないだろうが、たまに空気の読めないどうしようもないのが来て、かえって怒りを増進させてくれるから。
「……はぁ」
 約九時間ぶりにエリーが聞いた草木以外の声は、主の凄まじいあてこすりな溜息だった。
 さも、エリーやくるみのせいで今日という日が台無しになってしまったかのような。
 さも、エリーやくるみのせいでこんな事に時間をつかってしまっているかのような。
 さも、エリーやくるみのせいで折角の日和だというのになにも出来ないかのような。
 根本的な原因としては、幽香の寝相が偶然目覚まし時計をオフにしたに過ぎないが、そんな瑣末な事はどうでも良いのだ。
 暴君は暴君らしく、色々と棚に上げて外に原因を求めているのだから。そしてそれが罷り通る力を持っているのだから。
 溜息一つで大体この辺りまで理解及び再認識したエリーは、付き合いの長さ故の自分の理解力に涙を禁じ得なかった。
 涙として出せるような水分が残っていなかったので出なかったが。
 何にしろ、その日は日が暮れるまで土下座は続いたのだった。
コメント



1.無評価Jacklyn削除
Geez, that's unaeeilvbble. Kudos and such.