穂積名堂 Web Novel -既刊公開用-

幽香さんマジパねぇ!

2010/10/02 02:01:17
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幽香さんマジパねぇ!

 エリーは驚愕した。
 別に幽香がいきなり動物虐待を始めたとか、自分で止めた目覚まし時計をこちらの所為にしてきたとか、そんな事ではない。というか、そんなものはもう日常というカテゴリの中に含まれて久しいので、今更驚くような事ではない。
 ――言ってて悲しくなってくるね!
 しかし、この極悪非道を地でいくような妖怪を相手に、何を言っても無駄な事は火を見るよりも明らか。ぶっちゃけ誰かそろそろ止めてはくれまいか、と思いはじめて早幾年。数度、よく解らない紅白にのされた時には「今度こそ!」と思ったりもしたけれど、その程度で性根が正されるようならば、既に自分たちでどうにかしているだろう。
 現状がどうにもなっていないという事は、すなわちそういう事なのだ。
 ならばエリーは何をそんなに驚いているのか。
 朝起きたらいきなり全身ピンクのフリフリ衣装になっていたとか、そういう事でもない。裸エプロンだった訳でもない。いっそ素っ裸だったとか、それはそれで色々と驚いてもいいかもしれないけれど、常日頃から「常識とは何か」とのたまいている幽香であれば、べつにそれも不思議ではない気がする。
 ――いやまさか。いくらなんでもそれはないだろう。
 仮にそうなったとしても、きっと誰にも止められはしまい。止められる奴がいたら、私はすぐにでもここを出てその人の所へ行こう。そうしよう。
 閑話休題。
 ともあれ、そのくらいエリーは驚いていたのだ。
 では、何がエリーをそこまで驚愕させていたのか。
 答えは、思いの外単純なものだった。少なくとも、周りから見た限りでは。

       Φ

 それはつい先程の事。
 エリーがなんとはなしに館の中を見回っていると、どでかいテーブルの置かれた広間に、この時間にしては珍しく幽香の姿があった。
「……何よ」
 それだけならば特出した事もなかったが、少し珍しい部分がただ一点。そんな彼女の様子ついぞ眺めていると、幽香は不機嫌そうに一言。
 常であれば、日中は花の咲く所をあちらへこちらへと放浪している彼女。けれど、叩きつけるような雨は、吸血鬼でなくとも外に出る気を失わせるには十分なのだろう。少なくとも、エリーは暇すぎて仕方がなかった。
「それにしても、本を読んでいるというのも珍しいですね」
 言ってからしまったと思ったが、多分に暇を持て余していたのは幽香も同じなのか、いつもなら口を開いた瞬間に問答無用で飛んでくる凶器の類もなく、ただ無愛想な声で「悪い?」とだけ。
「いえそんな……でも、何を読まれているのですか?」
「淑女の道」
「は?」
 一瞬、聞こえてきた言葉の意味が解らなかった。脳みそを 総動員してなんとか理解しても、その言葉の意味する所と目の前の彼女がどうしても結び付かない。
 傍若無人、極悪非道、唯我独尊、それらをひっくるめて暴君の二文字がこれほど相応しい者はそうはいまい。
 それがなんだ。淑女? 正反対もいいところではないか。
 ――あ。
 けれど、強き者は同時に美しくもあるべし、と語る彼女であれば、なるほど本を読むという行為、それすなわち淑女としての嗜みであって、そういう事であれば解らないでもない。
 でもそれならそれで、こんな誰も見ていないような所で実践しても意味が無いような気もするけれど、それこそそんな事を言えばまた苛められてしまうのは間違いない。
 知的欲求よりも身の安全。長生きしたければ学習しなくてはいけない。
「本のタイトルよ。聞いてきたのはそっちでしょうに」
 と、そこで幽香の助け舟。
 あぁなるほど本のタイトル。いやぁお姉さんついつい深読みしちゃったよ。
「――って、ええええええええぇぇぇぇぇぇええぇぇえ!?」
「うるさい」
「ひでぶ!」

       Φ

 どこから漏れたのか、その一報は何よりも早く幻想郷全土に広まっていった。
 あの幽香がついに大人しくなるとの知らせに、ある者は全身全霊で喜びを表し、ある者は妙に悔しがったりもした。
 けれど何故、という疑問が沸いてくるのは、当然といえば当然の事。
 なにしろあの暴君だ。よほどの事があったに違いない。男か、男なのか。いや案外女かもしれない。なにぃよしちょっと覗いてくる!
 そんな全ての人と妖怪とあと植物とかの声を受けて、我らが射命丸が突撃インタビューを敢行するのもまた当然の事。
 そうしてブン屋が文字通り命懸けで持ち帰った彼女からの回答は、エリーだけでなく、幻想郷に生きる全ての動植物を驚愕させるに足る内用だった。
 曰く、
「いやね、この前宴会があったでしょう? そうそう霊夢のところの。毎日のように騒いでいるからいつの宴会か解らない?うるさいわね毟るわよ。とまぁ、たまには行ってみるかと思って足を伸ばしたのだけれど、ほら、あの狐がいるじゃない。そう、胡散臭いやつのところの。あれが視界に入ったから、思わず「死ね」って言っちゃったのよ。私は全然気にしてなかったのに、なんだか最近はそういうのがすぐ問題になるらしいじゃない。まったく、どいつもこいつも軟弱極まりないわね。まぁそんな訳であのスマキ――じゃなかった、スキマが御丁寧にもこの私に説教をくれやがったのよ。ゆとり教育の弊害がどうのとか言っていたような気がするわ。えぇ、もちろんその時は何度もくびり殺してやろうと思ったのだけれど、私だっていつまでも子供じゃないわ。力を持つものとしての、なんて言うのかしらね、立ち居振る舞い? えぇそう。少しはそういう事も考えなくちゃいけないと思ったのよ。さすがにね、いきなり「死ね」だなんて言われたら、相手もびっくりするものね。けれどもう大丈夫。大丈夫よ。そうね、また近々宴会が開かれるのであれば、是非ともお呼ばれしようかしらね。ところで今晩のメニューは焼き鳥とかどうかしら」
 すぐさま号外として刷られたその記事を見て、今回の被害者とも言える八雲藍は諸手を挙げて喜んだ。
 あの暴君が、あのドSが、自分にした事を反省し、尚且つ改善しようと言っているのだ。
 夢ではないかと何度も額を家の柱に打ち付けて、痛みと出血で軽く意識が遠のいたところで、ようやく現実として受け入れられた。
 この世のものとは思えないプレッシャーを受けて以来、寝ては悪夢、起きては幻覚幻聴に苛まれ、紫をもって至高と言わしめた自慢の毛並みも荒れ果ててボロボロになるなど、正しく死の一歩手前まで追い詰められていたのだから、無理もない。
 しかし、こうして反省してくれたとあれば、自分が受けた多大な精神的苦痛も無意味ではなかったと思えてくる。
 藍はその記事を何度も読み直し、その度にいかに自分が幽香という妖怪のことを誤解していたかを反省し、同時に次の宴会に想いを馳せた。
 そしてそれから数日後――。

       Φ

 月の奇麗な夜だった。
 博麗神社に訪れた人も妖怪も、誰もが酒を、料理を、この場の雰囲気を楽しんでいる。
 その中で、藍は目当ての姿を見つけると、それはもう飛び跳ねるような勢いで即座に駆け寄っていった。
 無理もない。あの一報を聞いてからというもの、今日という日を一日千秋の思いで待っていたのだ。なんと言おうか。なによりも先にまずは謝るべきか。被害者たる自分が謝るというのもおかしな話かもしれないが、あれほどまでに深く反省をしてくれたのだから、その心意気に対し謝罪し、そして礼を述べるべきだろう。そんな事を思いながら、一歩、また一歩、逸る気持ちを抑えつつ、いざ彼女の前へ。
 幽香は、中心の集まりからは少し離れて、一人優雅に酒を楽しんでいた。お供もおらず、語る相手もいない。けれども彼女はそれで十分だと、満足そうに杯を傾けていた。
 そのすぐ横に、藍が立った。
 いざその姿を前にすると、どうしても足が竦んでしまう、腰が引けてしまう。
 けれども、それも杞憂でしかない事は明らかだった。
 見よ、こちらに向けたこの表情を。この柔和な笑みを。
 これぞ正しく淑女、大和撫子に他ならない。
 優しさだとか慈悲だとか、あれもこれも全部ひっくるめた母性の塊のようなこの顔のどこに、かつての彼女を見る事ができようか。
 そして彼女は、風見幽香は、自分の前に立った藍に向けて、その淑女然とした笑みのままに、言ったのだ。

「貴方の存在がこの上なく不快なので、とりあえず死んでみてはいかがかしら?」

 藍は死んだ。
コメント



1.無評価Nyvaeh削除
That's the best answer by far! Thanks for corginbutint.