「私を女にして欲しい」
ペリーヌ・クロステルマンが、そんな衝撃的な告白を受けたのは、とある日の午前訓練を終えた後のことだった。
しかも相手は五〇一の中でも特に厳格な、あのゲルトルート・バルクホルンである。
訓練中も、宮藤芳佳やリネット・ビショップに対して、「判断が遅い」とか「隙を見逃すな」などとかなり厳しく指示を注意を出していたのは記憶に新しい。
カールスラントという国の堅物なイメージをそのまま人間にしたようなバルクホルンには、もう随分と付き合いの長いペリーヌも、正直苦手意識を抱いている。
そんな相手からいきなり「女にして欲しい」なんて、聞こえ方によればとんでもない発言を受けて、冷静でいられるはずがない。
「そ、そんなっ! いくら大尉の命令とはいえっ、わ、私はその……そんな趣味は……あ、でも坂本少佐なら」
冷静さを欠いて、自分自身もとんでもない暴露をしてしまっていることにも気づかず、ペリーヌは頬を紅く染めてしどろもどろに答える。
だが、そんなペリーヌの反応に、バルクホルンは「?」を頭に浮かべたような表情で首を傾げた。
「何を言っている」
「何って……ナニの話ではありませんの?」
「ナニ……?」
バルクホルンは自分が発した言葉を再度頭に浮かべて考える。
そしてすぐさま、ペリーヌにあらぬ誤解を与えてしまったことに気がつき、ペリーヌ以上に顔を真っ赤にして大声を張り上げた。
「なっ、何を不埒な勘違いをしているかっ!」
「さ、先に仰ったのは大尉の方ではありませんか!」
「う……あー、ゴホンッ! クロステルマン中尉、君に私を女らしくして欲しい」
バルクホルンは何事も無かったかのように、文言を言い直した。
しかし、それでもペリーヌには言葉の半分も伝わっていないらしく、今度はペリーヌの方が頭に「?」を浮かべている。
「女らしく、ですか? また急にどうして」
ペリーヌが疑問に思うのも当然だろう。
バルクホルンとは、この五〇一が発足した当初からの付き合いだが、彼女が自身の在り方を変えようとしている所を見たことがない。
宮藤芳佳の入隊以後、一人で無茶をするような戦い方をしなくなったりと多少角が丸くなった感はあるが、「カールスラント軍人たるもの〜」の口癖は変わることなく、軍人らしい厳格な性格や生活態度も昔から変わっていない。
それが今になって、どうして女らしくしようなどと考えたのか。
付き合いの長いペリーヌでなくとも、少しばかり頭が回る者なら、誰しもがそう考えるはずだ。
すると、バルクホルンはその理由について、特に隠すことなく話してくれた。
「実は、先日クリスに会いに行ったのだが――」
クリスとはバルクホルンの実妹である。
かつてネウロイとの戦闘に巻き込まれ、一時期は意識を失っていたものの、今は順調に快復の一途を辿っている。
ちなみにバルクホルンは愛妹家で、普段の彼女からは考えられないほどの甘さを妹相手には見せるほどだ。
前述の一人で無茶な戦いをしていたのも、妹を守れなかったことで自暴自棄になっていたためと言えば、バルクホルンの妹への想いが強いことも頷けるだろう。
「クリスから「お姉ちゃんはもっと女らしくした方がいい」と言われてしまってな。確かに料理や洗濯、掃除といった一連の家事はこなせるが、それはあくまで軍隊レベルの話だ」
口調はこのように堅物そのもの。服は軍からの支給品だけで過ごし、化粧っ気など微塵もない。
暇さえあれば体力作りに励み、当然と言うべきか色恋沙汰にはとんと疎いときた。
それは自覚しつつも、軍人にそんなものは無用と割り切っているため気にもしていなかったが、いざ身内――しかも愛する妹から言われては、さすがのバルクホルンも己を顧みざるを得なくなったらしい。
「それで少しでも女らしさを身に着けようと思ってな」
「そうだったんですか……あの、でもどうして私なんですの?」
何も自分に聞きに来なくても、この基地には他にも頼るべき対象はいくらでもいる。
にも関わらず、こうして自分の元を尋ねた来たことには、何か理由があるのではと、ペリーヌにはそう思えてならないのだ。
「例えばミーナ中佐とか」
いつも柔らかな物腰を崩さず、それでいて軍人としての厳しさも備えた、バルクホルンから見れば手本のような性格ではないだろうか。
それにミーナとバルクホルンなら、ペリーヌ以上に古い付き合いなのだから、相談だって持ちかけやすいはずだ。少なくとも自分よりはずっと。
「ミーナか……しかし、ミーナは司令官としての職務に追われ、いつも忙しいからな。私一人に手を煩わせるわけにもいくまい」
その言い草では、まるで自分が暇を持て余しているかのようではないか。
ペリーヌは内心ムッとしつつも、バルクホルンとの話を再開した。
「だったらリーネさんはどうですか。料理もできますしお茶を淹れるのも得意だし、家庭的ですわ」
「大尉の私が曹長にこの程度のことをお願いするのは……なんというか、だな」
「(面倒くさいですわね)それではサーニャさんは? 見た目も清楚で大人しくて、私から見ても女の子らしいと思いますわ(ちょっと影は薄いですけれど)」
「リトヴャク中尉に近づくと、ユーティライネン中尉が付いてくるだろう」
「あぁ、それは確かに……では宮藤さんは……いえ言うまでもありませんでしたわね」
家庭的ではあるが、普段の素行を見ていると女らしさという点では、まだまだお子様である。
それ以外のメンツは、もはや女らしさを学ぶ対象としては候補にすら挙がらない。
坂本少佐は女らしくないというより、むしろそれ以上に男勝りの格好良さに満ち溢れているし。
「……つまり消去法というわけですのね」
「い、いやけしてそういうつもりではないぞ。断じてだ、うん」
「そう力説されると余計にそう感じるのですが……」
それでもこうして上官から頼りにされるというのは気分が良い。
苦手ではあるものの、トップエースの一人、バルクホルンから直々にお願いされるなんて滅多にないことだ。
「し、仕方ありませんわね。大尉たってのお願いですし……これも高貴なる者の務め(ノブレス・オブリージュ)ですわ」
ペリーヌが承諾すると、バルクホルンは途端顔を綻ばせた。
「そうか、引き受けてくれるか。よろしく頼む」
☆ ☆ ☆
こうして一時的に、バルクホルンの家庭教師を引き受けることとなったペリーヌは、早速最初のレッスンを始めることにした。
というのもバルクホルンが早く早くと急かすのである。それだけ妹に言われたことがショックだったのだろう。
「それで? まずは何から始めるんだ」
「そう――ですわね。やはりまずは言葉遣いから、でしょうか」
容姿、物腰、言動。相手に与える印象を決める要素として、まず思いつくのはこの三点だ。
中でも言動はその者の性格だけでなく、考え方まで滲み出るため、ここを女らしく変えることができれば、それだけでかなりの前進が見込める。
「手っ取り早く、語尾を「です」「ます」に変えるだけでも、丁寧に聞こえて女らしくなりますわ」
「成程。それなら上官相手に慣れているからな。任せておけ」
自信満々に胸を張るバルクホルン。
そのシャーロットに比べれば劣ってしまうが、小さすぎるということはなくむしろとてもバランスの良い大きさをした胸が揺れるのを見て、ペリーヌは少し羨ましいとか考えてしまった。
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでもありませんわ! そ、それじゃあ早速レッスン開始です。――今日は良い天気ですね」
「そうですね、敵襲の予測もありませんし、絶好の訓練日和かと」
流石に敬語は使い慣れていると豪語しただけのことはある。なかなかの好スタートだ。
「訓練も良いですけれど、こんな日は外でお茶会というのも良いのではありませんか?」
「何を言ってるのです。いつ如何なる時、敵襲があるとも限りません。ここはもっと実践的な訓練を実施すべきです」
「そ、それも大事ですけど、やはり休憩も……」
「休みなど昼休みと就寝をきちんと摂取していればそれ以上は必要ないでしょう。それとも無駄に休んで、体力を落とすつもりですか! それではカールスラント軍人としては失格です」
そこでペリーヌは会話を止めてしまった。
確かに丁寧な物言いではある。だが、女らしい言動かと言われれば、疑問符が浮かんでくる。
「あの、もう少し柔らかく話すことはできませんか?」
「柔らかく?」
「えぇ。その、なんというか大尉の言葉は、固くて殿方の言葉みたいに聞こえて……」
軍の中で培った上官との対話で使うための敬語なのだから、固いというのは致し方ないとも言える。
軍隊生活が染みついてしまっているからだろうか、完全にそれが軸として定着してしまっているのだ。
しかし、これでは女らしい言動の練習にはならない。
「そ、そうですわ。大尉、私の真似をしながら会話をしてみましょう」
いつ社交界に出ても恥ずかしくないよう、幼少より叩き込まれた自分の口調を真似すれば、自然と気品に溢れた女らしい言葉を紡ぐことができるのではないか。
それを聞いたバルクホルンも、それは妙案と手を打った。
「それでは早速。大尉、最近の調子は如何ですか?」
「うむ、じゃない……え。えぇ、私は絶好調ですわ」
なかなかの好スタートである。
「この間の戦いでも大活躍していたのを、私も覚えております。さすがは大尉ですわ」
「そうでしょうそうでしょう。もっと私のことを褒めてくれて良いんですのよ、オーホッホッホッ」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「……え、えーっと、大尉?」
「何かしら? それにしてもルッキーニ少尉には困ったものですわ。また私のズボンを勝手に持ち出したりして。今度見つけたら、お仕置き程度では済ましませんわ! あの黒猫の尻尾の毛を全部むしり取って耳当てにでも仕立ててやりますわ」
「スス、ストーップ! ですわっ!」
「な、なんだ急に。良い調子だったと思ったが……」
「私は口調を真似して下さいと言いましたが、私の真似をしろとは一言も言っておりません! それに何ですか、最後のは! まるで私が鬼か悪魔のようではありませんの……って、昨日のルッキーニ少尉とのやり取り見られたんですの!?」
バルクホルンが自分のことをあんな風に見ていたのかと思うと、これ以上の一時的家庭教師もやめたくなってくる。
それに会話を止めた途端に、バルクホルンの口調はすっかり元に戻っていた。
この方法でも大尉に口調を改めさせる切っ掛けにはなり得ないと言うことだ。
「ノブレス・オブリージュ、ノブレス・オブリージュ、ノブレス・オブリージュ……」
それでもペリーヌは、なんとかガリア貴族としての矜恃を保とうと、自分に言い聞かせる。
「ま、まぁすぐにできるとは思っていません。少しずつ使い慣れていけば、身につくはずですわ」
「そうか、わかった。それで次は何をすれば良いんだ?」
バルクホルンのやる気は衰えることを知らない。それだけ妹に変わった自分を見てもらいたいのだろう。
こういった真面目な姿勢は、ペリーヌも素直に感心する。その姿勢があったからこそ、前人未踏の戦績にも繋がったのだろうし。
「あ、ペリーヌさん、バルクホルンさん、こんな所に居たんですか」
そこへ二人を探していたらしい芳佳がやって来た。
妹クリスの面影を重ねてしまって以来、ついついどこかで甘やかしてしまう芳佳の登場に、バルクホルンは分かりやすく頬を赤らめる。
実直故に分かりやすい。
「まったく、そういうところは女らしいのに」
「何か言いましたか?」
「なんでもありませんわ。それで? 私と大尉に何の用があるんですの?」
そしらぬ顔を浮かべるペリーヌに、芳佳はきょとんとしつつも、話を元の目的に戻す。
「あ、そうでした。お昼ご飯の準備ができたので、食堂に来てください。今日のメニューはバルクホルンさんが好きなボイルポテトですよ」
伝えるべき事を伝えた芳佳は、早く来てくださいねと言って先に食堂に向かっていった。
「ハァ、宮藤も私に女らしくして欲しいとか思っているんだろうか」
元気に駆けていく芳佳の後ろ姿を見ながら、何とも言えない溜め息を吐くバルクホルン。
普段の彼女とはかけ離れた姿に、ペリーヌはやれやれと肩をすくめる。
しかし、その脳裏にふと妙案が浮かんだ。
「まったく……でも、お昼ご飯、か。これは丁度良いですわね」
☆ ☆ ☆
「お、やっと来たな。おせーぞ」
「もー、私お腹ぺこぺこだよー。さっ、食べよーっ」
二人が食堂に来ると、既に他のメンバーは勢揃いしていた。
もう待ちきれないと言わんばかりに、シャーロット大尉とルッキーニ少尉が声を上げる。
テーブルの上にはふかしたジャガイモが山のように積まれており、ルッキーニに至っては、両手にフォークを構えて臨戦態勢はバッチリだ。
「ペリーヌさんとトゥルーデも来たことだし、それじゃあ食事を始めましょうか。いただきます」
「「「いただきまーす!」」」
ミーナ中佐の一言を皮切りに、姦しいブランチが始まる。
フォークを構えていたルッキーニは、すぐさま両方のフォークにジャガイモを突き刺し、ほくほくと湯気の立つジャガイモにかぶりついた。
そのすぐ隣では、シャーロットが大きな口を開けて、一口で丸々一つのジャガイモを口に頬張っている。
無くなる心配など無いほど充分すぎる量が用意されているのに、ガツガツという効果音が聞こえてきそうな食事風景だ。
そこに女らしさは欠片も感じられない。
そんな賑やかコンビを横目に、普段ならシャーロット同様に大口開けて男にも負けない食べっぷりを見せるバルクホルンは、皿の上に乗せたジャガイモと睨めっこをしていた。
左手にフォーク、右手にはナイフを握り、まるで敵と相対しているような緊張感を醸しながら、バルクホルンは呼吸を整える。
「なーに、ぼーっとしてんのさ。食べないならもーらいっ」
中々手を付けようとしないバルクホルンにやきもきして、ハルトマン中尉が横からしゃしゃり出てきた。
そのままフォークを突き刺して、バルクホルンの皿からジャガイモを掠っていく。
「うわー、またトゥルーデに怒られ……る?」
奪った芋をさっさと口に放り込んで、ハルトマンはこれから飛んで来るであろうバルクホルンの怒声に備える。
しかし、いつまで経ってもバルクホルンからは怒声どころか、大声一つ飛んでこない。
「え……トゥルーデ、どうしたの」
「どうしたの、とは?」
「いやいやいや、いつもだったら「全くお前という奴は! それでもカールスラントの軍人かーっ!」って」
「芋一つ盗られたくらいで、何を大げさな。それでも人の食事を盗るのは感心しないな。以後慎むように」
その瞬間、食堂中が凍り付いた。
あのいつも飄々としているハルトマンが真顔になっているし、シャーロットは口に入れかけていたジャガイモを取りこぼすし、ルッキーニはぶるぶると震えている。
他のメンバーも、一体何事かとバルクホルンを見つめている。
「トゥルーデ、頭でも打った? 落ちてる物でも拾って食べた?」
「何を馬鹿げたことを。静かに食事を取るのは当然のことだろう」
当然は当然だけれども、それを言っているのがバルクホルンであることが皆にとって衝撃なのだ。
ただ一人、理由を知っている――というより、この状況を作り上げた張本人であるペリーヌだけが驚きもせずに様子を見守っていた。
それは食堂に来るまでに交わした会話――
「大尉、次のレッスン内容についてお話しします」
「なんだ、食事が終わってからではダメなのか?」
「その食事をレッスンに利用するのです」
「食事を?」
「そうです。普段の一挙一動から女らしさは垣間見えるもの。それは食事であっても変わりません」
貴族として叩き込まれた英才教育の中には、もちろんテーブルマナーも含まれていた。
ただし軍隊においてフルコース料理が出るわけがないのだから、ガッチリと型にはまったマナーまで、バルクホルンに強いるつもりはない。
それでも無闇に騒いだり、大口開けてかっ込んで食べる姿は?女性らしさ?からはかけ離れてしまう。
そんな講釈を垂れると、バルクホルンはまたしても得心したように頷いた。
「ふむ、その時その時で女性らしさを演出するのではなく、日常のどこを見ても女らしさが伝わってくるのが、本物の淑女というわけか」
「その通りです。常に人に見られているのだと意識し、常に気品を纏うように心がけることが大切なのですわ」
少し偉そうに言い過ぎたかなと、ペリーヌは言ってから気づく。
しかし、そんな彼女の心配とは対称的に、バルクホルンはまるで目から鱗が落ちたように驚きの顔を浮かべていた。
「ペリーヌ、お前はいつもそんな風に考えて生活していたのか? 疲れたりはしないのか」
「え? えぇ、まあ。それが貴族というものですし。もう体に染みついてしまっていますから、苦に感じたことはありませんけど……」
「そうか……」
「なんですか? その何か思うところがあるような言葉は」
言いたいことはハッキリ言うバルクホルンにしては、どうにも歯切れが悪い。
それが気になってペリーヌは尋ね返したのだが、バルクホルンはそれ以上何も言わずに食堂へと向かってしまった。
「なんなんですの、まったく……」
そんな経緯があって、今に至るわけだが。
バルクホルンがハルトマンを怒鳴らないというだけで、平和だった昼食風景が一気に騒然となる。
「っ、トゥルーデがおかしくなったーっ!」
「おいおい、本当に大丈夫なのか。熱でもあるんじゃないか」
「そ、そうだわ。午後は自由時間だし、気分転換でもしてきたらどうかしら」
泣かれそうになるわ、額に手を当てられるわ、最早食事どころではない。
ここまでされてはさすがにバルクホルンも我慢の限界を迎えた。
「お、お前達は、私のことをなんだと思ってるんだああぁっ!」
部屋中に響き渡る怒号に、またしても食堂が静まりかえる。
だが次の瞬間、皆のクチから漏れたのは悲鳴でもなければ混乱でもなく、安堵の息だった。
「良かったぁ。いつものトゥルーデだってことで、イモもーらいっ」
「ナンダヨ、さっきのは冗談か何かか?」
皆口々にバルクホルンが怒鳴った途端、いつもの雰囲気に戻って、何事もなかったかのように食事を始める。
ただ当の本人たるバルクホルンは、とても複雑な表情を浮かべたまま、一人静かに食事を再開するのだった。
そんな彼女を見ながら、ペリーヌもある思いを抱いていた。
☆ ☆ ☆
食事が終わって、午後の自由時間。
言動、物腰と二度に続けてレッスンは失敗に終わってしまったが、これ以上はもうガリア貴族の尊厳に賭けて負けられない。負けるわけにはいかない。
最早ペリーヌは矜持よりも意地で、少しでもバルクホルンを女らしくしようと意気込んでいた。
「こうなったらもっと直接的な方法でいくしかありませんわね」
「いや……しかし、これは……」
ちなみに現在、二人は外出届を提出し、基地を離れて首都ロマーニャまで足を運んでいる。
そしてペリーヌに連れられてバルクホルンがやって来たのは、一軒のブティックだった。
普段、「軍服が有れば私服など無用」と豪語しているバルクホルンは、絶対に入らない店である。
その試着室の中で、鏡に映った自身の姿を見て、バルクホルンは顔を茹で蛸のように真っ赤にしていた。
今、彼女が着ているのは白と黒を基調にして、シックに抑えつつも所々にレースのフリルをあしらった可愛らしいドレスだ。サーニャあたりが着ていれば、エイラが鼻血を出して卒倒するのがありありと想像できる。
いつもは肩口で二つに縛っている髪も解き、リボンまであしらっており、軍服姿の彼女からは想像もつかない可愛らしさを醸している。
恥ずかしがっている表情も初々しさを強調し、可愛らしさに更に拍車が掛かっていて、これなら誰の目からも女の子に見えるだろう。
「『人は、制服通りの人間になる』、これは我がガリアの英雄が残した格言ですわ。入りやすい形から変化することで、内面の変化も促す。手っ取り早い方法ですわね」
「そ、そうかもしれんが……これは流石に恥ずかしいぞ」
「何を言っているんですか。これでも地味なドレスを選んだ方です」
「これで地味とは……」
試着室に入る前、ペリーヌに見せてもらった他のキラキラ光るドレスを思い返し、バルクホルンは背筋を震わせる。
あれ等を来た自分の姿など、想像もしたくない。
だが、こういう可愛らしい服を着ることを嫌がっている内は、女らしくなることを嫌っているのも同じ。
「少しずつ慣れていくしかないか……うん、まずはこのまま試着室を出て……」
店舗の外まで出たら、あまりもの恥ずかしさに気絶してしまうかもしれない。
それは統合戦闘航空団の一角を担う立場としては、避けなくてはならない状況だ。
だから今日は店内まで。
「あれ、バルクホルンさん……その格好……」
カーテンを開けた瞬間、そこにいたのは芳佳とリーネの二人だった。
「わ、わあああ!? バルクホルン大尉!?」
シャーロットやルッキーニ、ハルトマンあたりに見られなかったのは唯一の救いと言えるかもしれないが、それでもまだこの姿を身内に見せられるほど、バルクホルンの心の準備はできていなかったらしい。
その後、立ったまま気絶したバルクホルンを、ペリーヌと芳佳、リーネの三人は何とか試着室まで戻し、着替えさせ、基地まで運ぶこととなった。
☆ ☆ ☆
気絶したバルクホルンを連れて、何とか基地まで戻ってきたペリーヌは、芳佳とリーネにこの事は内密にするよう口止めをして、バルクホルンの自室ではなく、自分の部屋へ運び入れた。
「はぁ、やっぱりばあやのように上手くは教えられませんわね」
今日の出来事を振り返り、お世辞にも上出来とは言えない成果に、否応にも溜め息が漏れてしまう。
?ばあや?とは、ペリーヌがガリアで平和に暮らしていた頃、教育係として側で世話を焼いてくれた乳母のことだ。
彼女が居たからこそ、今の自分があると言っても過言ではない。
窓からは夕陽の朱が差し込み、その光がタンスの上の写真立てを照らし出す。
その写真立ての右側には、ペリーヌがガリアで撮った地元民との記念写真が入っており、もう片側にはかつて自分が貴族としてガリアで暮らしていた頃、家族と共に撮った写真が入っている。
「お父様……お母様……」
ずっと幼い頃の記憶が蘇り、ペリーヌは瞳を伏せる。
毎日のように教育係のばあやに指導され、何度も挫けそうになった。それこそ今日一日のような失敗などよりもずっと多く。
それでも何度でも涙を拭いて立ち上がれたのはどうしてだったのか。
ガリア貴族だから? 違う。もっと根底にあるのは、別の強い何かだ……。
ペリーヌは家族や国民の写真を胸に抱き、賢明にその?何か?の正体を思い出そうと、記憶の残滓を探る。
その時、写真立てのガラスに夕陽が反射して、ペリーヌの視界を奪った。
刹那、彼女の脳裏に、ずっと昔まだまだ貴族のきの字も分からなかったような頃のある思い出がよぎる。
一度だけレッスンに嫌気が差して、庭の片隅で一人泣いていたことがあった。
その時自分を見つけ、優しく差し伸べられた手と、諭すように伝えられた言葉――
(あぁ、そうでした……だから私は、今日までずっと……)
「ごめんなさい!」
ペリーヌはベッドの上に横たわったバルクホルンが目を覚ますなり、開口一番で何かを言うより早く頭を下げた。
突然謝られ、バルクホルンは何事かと驚く。
しかしすぐにペリーヌがこれまでの一件について、申し訳なく感じているのだと気づき表情を緩めた。
ペリーヌがあんな提案をしたから、あんな事が起こってしまい、バルクホルンに嫌な思いをさせてしまったのだと。
「何を謝る必要がある。あれはお前の所為ではないだろう」
「ですが……」
「さっきの一件でよくわかったよ。私がいかにいつも女らしくなかったのか、それを痛感した」
少し大人しく振る舞っただけで、あの反応だ。
どうしようもないほどに分かってしまう。自分がいつもどんな風に見られているのか。
「クリスには悪いが、私に女らしくは似合わない。我が儘に付き合わせてしまってすまなかったな。謝るのは私の方だ」
そう言って頭を下げるバルクホルン。
しかし、そんな上官の姿を見て、ペリーヌの中には申し訳ないという気持ちとは別の感情が沸々とわき上がっていた。
「そんな弱気でどうするんですの!」
「クロステルマン中尉……」
「大尉、女らしさに一番必要なのは何かお分かりですか」
ペリーヌからの問答に、バルクホルンはしばらく思考を巡らせてから、
「可愛らしさ、か?」
その答えにペリーヌは首を横に振る。
そしてその間違った答えを正すように、ぴしゃりと告げた。
「女性が女性として輝くために最も必要なもの、それはズバリ?自信?です」
「自信……」
「そうです。誰よりも自分が一番輝いていると自信を持つこと。そうすれば自ずから女らしさは付いてくるものなのですわ」
傲慢であることとは全くの別物で、それは信念を通すということ。
例えどんなに辛いことがあろうと、芯を崩さず前に進もうとする者は強く美しい。
言動や物腰などは、あくまで表面的な要素で、真の女らしさを手に入れるならば、まずは何者にも屈しない自信を持つことが大事である。
それはペリーヌが、貴族として両親から教えられたもの。
貴族である前に、一人の女性として、誰よりも強く美しくあれ、と。
だからこそ、常に自信に満ち溢れ、誰よりも美しく輝いて見える坂本少佐のことを、ペリーヌは誰よりも尊敬しているのだ。
「私が謝ったのは、急いて表面的なことばかりに気を取られ、本質的な所を大尉に教えることができなかったからです」
「そうか……ありがとう、ペリーヌ。なんだか少し分かった気がする」
バルクホルンはずぅんと落としていた肩を上げ、スッと背筋を伸ばして立ち上がった。
その凛々しい立ち姿は、ペリーヌも見惚れてしまうほどの力強さに満ちている。
「あれ、今私の名前を……」
「ん? ああ、気に障ったか?」
「そうではありませんが……」
何故か名前を呼ばれた一瞬、心臓が高鳴ったような気がして、ペリーヌは戸惑ってしまったのだ。
「そっ、それより! 昼食の前、あの時何を言いかけたのですか。ずっと気になっているのですが」
その戸惑いを誤魔化すように、ペリーヌは話題を変える。
「あ、あぁあれか……何、大したことじゃないんだが」
「大したことではないなら、あの時言ってくれても良かったのでは?」
「まあそうなのだが……私は少し貴族というものを誤解していたと言いかけたんだ。豪華な屋敷に贅沢な服や食事、戦争のことなど何も考えていないのではないかとな」
「それは聞き捨てなりませんわね」
「だから誤解していたと言っただろう。そんな風に人から見られることを意識して、高貴な者の務めとやらを果たそうと努力できる。中尉を見ていて、見直したんだ」
率直に褒め言葉として受け取って良さそうな話に、ペリーヌは思わず顔が紅くなるのを感じて、そっぽを向く。
だが横顔からでも、その朱の差した頬でバレバレだ。
「そんな話なら、猶更言い淀む事はなかったと思いますけど」
するとバルクホルンは、またしても言いにくげに俯いてしまう。
自信を持つことが大事だと言った矢先にこれでは、今日一日のレッスンは本当に無駄骨だ。
だがバルクホルンが黙ってしまったのことは、別の理由があった。
「叱ったり、指導するのは得意なんだが……面と向かって褒めるのはどうにも照れてしまってな。上手く話せないんだよ」
しかし、ペリーヌの話を聞いて、もっと自信を持とうと奮起して、それでようやく口にすることができたとバルクホルンは補足した。
言ってまたパルクホルンは顔を俯けてしまった。
まだまだ戦闘時のように振る舞うには時間が掛かるだろう。
それでも苦手なことにも自信を持って立ち向かう、その第一歩を踏み出せたのなら、きっとこれからもっと変わっていけるはずだ。
「大尉は大尉のまま、少しずつ頑張れば良いと思います」
変わることのできる切っ掛けを少しでも与えることができたなら、今日一日付き合った甲斐はあったというもの。
バルクホルンも何かを掴んだ確信はあるらしく、ペリーヌの言葉にしっかりと頷いて見せた。
「それはそうと。今後も時間があればレッスンさせていただきますから、きちんと女らしい言動や物腰を身に付けてくださいましね」
「な、なんだと? 今さっき、「大尉は大尉のまま頑張ればいい」と言ったばかりではないか!」
「それはそれ、これはこれ。折角大尉が貴族の素晴らしさを見直してくれたのですから。それにがさつよりは上品であることにに越したことはありませんもの。そのためには繰り返し特訓するのが一番ですわ」
「そっ、そうかもしれないが、私は表面的な技術をどうこうするつもりはもう――!」
「妹さんをがっかりさせて良いんですの?」
「うぐっ。そ、それを言われると……」
――――こんなわけで、ペリーヌとバルクホルンは少しだけ仲良くなった……のか?
《fin.》
ペリーヌ・クロステルマンが、そんな衝撃的な告白を受けたのは、とある日の午前訓練を終えた後のことだった。
しかも相手は五〇一の中でも特に厳格な、あのゲルトルート・バルクホルンである。
訓練中も、宮藤芳佳やリネット・ビショップに対して、「判断が遅い」とか「隙を見逃すな」などとかなり厳しく指示を注意を出していたのは記憶に新しい。
カールスラントという国の堅物なイメージをそのまま人間にしたようなバルクホルンには、もう随分と付き合いの長いペリーヌも、正直苦手意識を抱いている。
そんな相手からいきなり「女にして欲しい」なんて、聞こえ方によればとんでもない発言を受けて、冷静でいられるはずがない。
「そ、そんなっ! いくら大尉の命令とはいえっ、わ、私はその……そんな趣味は……あ、でも坂本少佐なら」
冷静さを欠いて、自分自身もとんでもない暴露をしてしまっていることにも気づかず、ペリーヌは頬を紅く染めてしどろもどろに答える。
だが、そんなペリーヌの反応に、バルクホルンは「?」を頭に浮かべたような表情で首を傾げた。
「何を言っている」
「何って……ナニの話ではありませんの?」
「ナニ……?」
バルクホルンは自分が発した言葉を再度頭に浮かべて考える。
そしてすぐさま、ペリーヌにあらぬ誤解を与えてしまったことに気がつき、ペリーヌ以上に顔を真っ赤にして大声を張り上げた。
「なっ、何を不埒な勘違いをしているかっ!」
「さ、先に仰ったのは大尉の方ではありませんか!」
「う……あー、ゴホンッ! クロステルマン中尉、君に私を女らしくして欲しい」
バルクホルンは何事も無かったかのように、文言を言い直した。
しかし、それでもペリーヌには言葉の半分も伝わっていないらしく、今度はペリーヌの方が頭に「?」を浮かべている。
「女らしく、ですか? また急にどうして」
ペリーヌが疑問に思うのも当然だろう。
バルクホルンとは、この五〇一が発足した当初からの付き合いだが、彼女が自身の在り方を変えようとしている所を見たことがない。
宮藤芳佳の入隊以後、一人で無茶をするような戦い方をしなくなったりと多少角が丸くなった感はあるが、「カールスラント軍人たるもの〜」の口癖は変わることなく、軍人らしい厳格な性格や生活態度も昔から変わっていない。
それが今になって、どうして女らしくしようなどと考えたのか。
付き合いの長いペリーヌでなくとも、少しばかり頭が回る者なら、誰しもがそう考えるはずだ。
すると、バルクホルンはその理由について、特に隠すことなく話してくれた。
「実は、先日クリスに会いに行ったのだが――」
クリスとはバルクホルンの実妹である。
かつてネウロイとの戦闘に巻き込まれ、一時期は意識を失っていたものの、今は順調に快復の一途を辿っている。
ちなみにバルクホルンは愛妹家で、普段の彼女からは考えられないほどの甘さを妹相手には見せるほどだ。
前述の一人で無茶な戦いをしていたのも、妹を守れなかったことで自暴自棄になっていたためと言えば、バルクホルンの妹への想いが強いことも頷けるだろう。
「クリスから「お姉ちゃんはもっと女らしくした方がいい」と言われてしまってな。確かに料理や洗濯、掃除といった一連の家事はこなせるが、それはあくまで軍隊レベルの話だ」
口調はこのように堅物そのもの。服は軍からの支給品だけで過ごし、化粧っ気など微塵もない。
暇さえあれば体力作りに励み、当然と言うべきか色恋沙汰にはとんと疎いときた。
それは自覚しつつも、軍人にそんなものは無用と割り切っているため気にもしていなかったが、いざ身内――しかも愛する妹から言われては、さすがのバルクホルンも己を顧みざるを得なくなったらしい。
「それで少しでも女らしさを身に着けようと思ってな」
「そうだったんですか……あの、でもどうして私なんですの?」
何も自分に聞きに来なくても、この基地には他にも頼るべき対象はいくらでもいる。
にも関わらず、こうして自分の元を尋ねた来たことには、何か理由があるのではと、ペリーヌにはそう思えてならないのだ。
「例えばミーナ中佐とか」
いつも柔らかな物腰を崩さず、それでいて軍人としての厳しさも備えた、バルクホルンから見れば手本のような性格ではないだろうか。
それにミーナとバルクホルンなら、ペリーヌ以上に古い付き合いなのだから、相談だって持ちかけやすいはずだ。少なくとも自分よりはずっと。
「ミーナか……しかし、ミーナは司令官としての職務に追われ、いつも忙しいからな。私一人に手を煩わせるわけにもいくまい」
その言い草では、まるで自分が暇を持て余しているかのようではないか。
ペリーヌは内心ムッとしつつも、バルクホルンとの話を再開した。
「だったらリーネさんはどうですか。料理もできますしお茶を淹れるのも得意だし、家庭的ですわ」
「大尉の私が曹長にこの程度のことをお願いするのは……なんというか、だな」
「(面倒くさいですわね)それではサーニャさんは? 見た目も清楚で大人しくて、私から見ても女の子らしいと思いますわ(ちょっと影は薄いですけれど)」
「リトヴャク中尉に近づくと、ユーティライネン中尉が付いてくるだろう」
「あぁ、それは確かに……では宮藤さんは……いえ言うまでもありませんでしたわね」
家庭的ではあるが、普段の素行を見ていると女らしさという点では、まだまだお子様である。
それ以外のメンツは、もはや女らしさを学ぶ対象としては候補にすら挙がらない。
坂本少佐は女らしくないというより、むしろそれ以上に男勝りの格好良さに満ち溢れているし。
「……つまり消去法というわけですのね」
「い、いやけしてそういうつもりではないぞ。断じてだ、うん」
「そう力説されると余計にそう感じるのですが……」
それでもこうして上官から頼りにされるというのは気分が良い。
苦手ではあるものの、トップエースの一人、バルクホルンから直々にお願いされるなんて滅多にないことだ。
「し、仕方ありませんわね。大尉たってのお願いですし……これも高貴なる者の務め(ノブレス・オブリージュ)ですわ」
ペリーヌが承諾すると、バルクホルンは途端顔を綻ばせた。
「そうか、引き受けてくれるか。よろしく頼む」
☆ ☆ ☆
こうして一時的に、バルクホルンの家庭教師を引き受けることとなったペリーヌは、早速最初のレッスンを始めることにした。
というのもバルクホルンが早く早くと急かすのである。それだけ妹に言われたことがショックだったのだろう。
「それで? まずは何から始めるんだ」
「そう――ですわね。やはりまずは言葉遣いから、でしょうか」
容姿、物腰、言動。相手に与える印象を決める要素として、まず思いつくのはこの三点だ。
中でも言動はその者の性格だけでなく、考え方まで滲み出るため、ここを女らしく変えることができれば、それだけでかなりの前進が見込める。
「手っ取り早く、語尾を「です」「ます」に変えるだけでも、丁寧に聞こえて女らしくなりますわ」
「成程。それなら上官相手に慣れているからな。任せておけ」
自信満々に胸を張るバルクホルン。
そのシャーロットに比べれば劣ってしまうが、小さすぎるということはなくむしろとてもバランスの良い大きさをした胸が揺れるのを見て、ペリーヌは少し羨ましいとか考えてしまった。
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでもありませんわ! そ、それじゃあ早速レッスン開始です。――今日は良い天気ですね」
「そうですね、敵襲の予測もありませんし、絶好の訓練日和かと」
流石に敬語は使い慣れていると豪語しただけのことはある。なかなかの好スタートだ。
「訓練も良いですけれど、こんな日は外でお茶会というのも良いのではありませんか?」
「何を言ってるのです。いつ如何なる時、敵襲があるとも限りません。ここはもっと実践的な訓練を実施すべきです」
「そ、それも大事ですけど、やはり休憩も……」
「休みなど昼休みと就寝をきちんと摂取していればそれ以上は必要ないでしょう。それとも無駄に休んで、体力を落とすつもりですか! それではカールスラント軍人としては失格です」
そこでペリーヌは会話を止めてしまった。
確かに丁寧な物言いではある。だが、女らしい言動かと言われれば、疑問符が浮かんでくる。
「あの、もう少し柔らかく話すことはできませんか?」
「柔らかく?」
「えぇ。その、なんというか大尉の言葉は、固くて殿方の言葉みたいに聞こえて……」
軍の中で培った上官との対話で使うための敬語なのだから、固いというのは致し方ないとも言える。
軍隊生活が染みついてしまっているからだろうか、完全にそれが軸として定着してしまっているのだ。
しかし、これでは女らしい言動の練習にはならない。
「そ、そうですわ。大尉、私の真似をしながら会話をしてみましょう」
いつ社交界に出ても恥ずかしくないよう、幼少より叩き込まれた自分の口調を真似すれば、自然と気品に溢れた女らしい言葉を紡ぐことができるのではないか。
それを聞いたバルクホルンも、それは妙案と手を打った。
「それでは早速。大尉、最近の調子は如何ですか?」
「うむ、じゃない……え。えぇ、私は絶好調ですわ」
なかなかの好スタートである。
「この間の戦いでも大活躍していたのを、私も覚えております。さすがは大尉ですわ」
「そうでしょうそうでしょう。もっと私のことを褒めてくれて良いんですのよ、オーホッホッホッ」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「……え、えーっと、大尉?」
「何かしら? それにしてもルッキーニ少尉には困ったものですわ。また私のズボンを勝手に持ち出したりして。今度見つけたら、お仕置き程度では済ましませんわ! あの黒猫の尻尾の毛を全部むしり取って耳当てにでも仕立ててやりますわ」
「スス、ストーップ! ですわっ!」
「な、なんだ急に。良い調子だったと思ったが……」
「私は口調を真似して下さいと言いましたが、私の真似をしろとは一言も言っておりません! それに何ですか、最後のは! まるで私が鬼か悪魔のようではありませんの……って、昨日のルッキーニ少尉とのやり取り見られたんですの!?」
バルクホルンが自分のことをあんな風に見ていたのかと思うと、これ以上の一時的家庭教師もやめたくなってくる。
それに会話を止めた途端に、バルクホルンの口調はすっかり元に戻っていた。
この方法でも大尉に口調を改めさせる切っ掛けにはなり得ないと言うことだ。
「ノブレス・オブリージュ、ノブレス・オブリージュ、ノブレス・オブリージュ……」
それでもペリーヌは、なんとかガリア貴族としての矜恃を保とうと、自分に言い聞かせる。
「ま、まぁすぐにできるとは思っていません。少しずつ使い慣れていけば、身につくはずですわ」
「そうか、わかった。それで次は何をすれば良いんだ?」
バルクホルンのやる気は衰えることを知らない。それだけ妹に変わった自分を見てもらいたいのだろう。
こういった真面目な姿勢は、ペリーヌも素直に感心する。その姿勢があったからこそ、前人未踏の戦績にも繋がったのだろうし。
「あ、ペリーヌさん、バルクホルンさん、こんな所に居たんですか」
そこへ二人を探していたらしい芳佳がやって来た。
妹クリスの面影を重ねてしまって以来、ついついどこかで甘やかしてしまう芳佳の登場に、バルクホルンは分かりやすく頬を赤らめる。
実直故に分かりやすい。
「まったく、そういうところは女らしいのに」
「何か言いましたか?」
「なんでもありませんわ。それで? 私と大尉に何の用があるんですの?」
そしらぬ顔を浮かべるペリーヌに、芳佳はきょとんとしつつも、話を元の目的に戻す。
「あ、そうでした。お昼ご飯の準備ができたので、食堂に来てください。今日のメニューはバルクホルンさんが好きなボイルポテトですよ」
伝えるべき事を伝えた芳佳は、早く来てくださいねと言って先に食堂に向かっていった。
「ハァ、宮藤も私に女らしくして欲しいとか思っているんだろうか」
元気に駆けていく芳佳の後ろ姿を見ながら、何とも言えない溜め息を吐くバルクホルン。
普段の彼女とはかけ離れた姿に、ペリーヌはやれやれと肩をすくめる。
しかし、その脳裏にふと妙案が浮かんだ。
「まったく……でも、お昼ご飯、か。これは丁度良いですわね」
☆ ☆ ☆
「お、やっと来たな。おせーぞ」
「もー、私お腹ぺこぺこだよー。さっ、食べよーっ」
二人が食堂に来ると、既に他のメンバーは勢揃いしていた。
もう待ちきれないと言わんばかりに、シャーロット大尉とルッキーニ少尉が声を上げる。
テーブルの上にはふかしたジャガイモが山のように積まれており、ルッキーニに至っては、両手にフォークを構えて臨戦態勢はバッチリだ。
「ペリーヌさんとトゥルーデも来たことだし、それじゃあ食事を始めましょうか。いただきます」
「「「いただきまーす!」」」
ミーナ中佐の一言を皮切りに、姦しいブランチが始まる。
フォークを構えていたルッキーニは、すぐさま両方のフォークにジャガイモを突き刺し、ほくほくと湯気の立つジャガイモにかぶりついた。
そのすぐ隣では、シャーロットが大きな口を開けて、一口で丸々一つのジャガイモを口に頬張っている。
無くなる心配など無いほど充分すぎる量が用意されているのに、ガツガツという効果音が聞こえてきそうな食事風景だ。
そこに女らしさは欠片も感じられない。
そんな賑やかコンビを横目に、普段ならシャーロット同様に大口開けて男にも負けない食べっぷりを見せるバルクホルンは、皿の上に乗せたジャガイモと睨めっこをしていた。
左手にフォーク、右手にはナイフを握り、まるで敵と相対しているような緊張感を醸しながら、バルクホルンは呼吸を整える。
「なーに、ぼーっとしてんのさ。食べないならもーらいっ」
中々手を付けようとしないバルクホルンにやきもきして、ハルトマン中尉が横からしゃしゃり出てきた。
そのままフォークを突き刺して、バルクホルンの皿からジャガイモを掠っていく。
「うわー、またトゥルーデに怒られ……る?」
奪った芋をさっさと口に放り込んで、ハルトマンはこれから飛んで来るであろうバルクホルンの怒声に備える。
しかし、いつまで経ってもバルクホルンからは怒声どころか、大声一つ飛んでこない。
「え……トゥルーデ、どうしたの」
「どうしたの、とは?」
「いやいやいや、いつもだったら「全くお前という奴は! それでもカールスラントの軍人かーっ!」って」
「芋一つ盗られたくらいで、何を大げさな。それでも人の食事を盗るのは感心しないな。以後慎むように」
その瞬間、食堂中が凍り付いた。
あのいつも飄々としているハルトマンが真顔になっているし、シャーロットは口に入れかけていたジャガイモを取りこぼすし、ルッキーニはぶるぶると震えている。
他のメンバーも、一体何事かとバルクホルンを見つめている。
「トゥルーデ、頭でも打った? 落ちてる物でも拾って食べた?」
「何を馬鹿げたことを。静かに食事を取るのは当然のことだろう」
当然は当然だけれども、それを言っているのがバルクホルンであることが皆にとって衝撃なのだ。
ただ一人、理由を知っている――というより、この状況を作り上げた張本人であるペリーヌだけが驚きもせずに様子を見守っていた。
それは食堂に来るまでに交わした会話――
「大尉、次のレッスン内容についてお話しします」
「なんだ、食事が終わってからではダメなのか?」
「その食事をレッスンに利用するのです」
「食事を?」
「そうです。普段の一挙一動から女らしさは垣間見えるもの。それは食事であっても変わりません」
貴族として叩き込まれた英才教育の中には、もちろんテーブルマナーも含まれていた。
ただし軍隊においてフルコース料理が出るわけがないのだから、ガッチリと型にはまったマナーまで、バルクホルンに強いるつもりはない。
それでも無闇に騒いだり、大口開けてかっ込んで食べる姿は?女性らしさ?からはかけ離れてしまう。
そんな講釈を垂れると、バルクホルンはまたしても得心したように頷いた。
「ふむ、その時その時で女性らしさを演出するのではなく、日常のどこを見ても女らしさが伝わってくるのが、本物の淑女というわけか」
「その通りです。常に人に見られているのだと意識し、常に気品を纏うように心がけることが大切なのですわ」
少し偉そうに言い過ぎたかなと、ペリーヌは言ってから気づく。
しかし、そんな彼女の心配とは対称的に、バルクホルンはまるで目から鱗が落ちたように驚きの顔を浮かべていた。
「ペリーヌ、お前はいつもそんな風に考えて生活していたのか? 疲れたりはしないのか」
「え? えぇ、まあ。それが貴族というものですし。もう体に染みついてしまっていますから、苦に感じたことはありませんけど……」
「そうか……」
「なんですか? その何か思うところがあるような言葉は」
言いたいことはハッキリ言うバルクホルンにしては、どうにも歯切れが悪い。
それが気になってペリーヌは尋ね返したのだが、バルクホルンはそれ以上何も言わずに食堂へと向かってしまった。
「なんなんですの、まったく……」
そんな経緯があって、今に至るわけだが。
バルクホルンがハルトマンを怒鳴らないというだけで、平和だった昼食風景が一気に騒然となる。
「っ、トゥルーデがおかしくなったーっ!」
「おいおい、本当に大丈夫なのか。熱でもあるんじゃないか」
「そ、そうだわ。午後は自由時間だし、気分転換でもしてきたらどうかしら」
泣かれそうになるわ、額に手を当てられるわ、最早食事どころではない。
ここまでされてはさすがにバルクホルンも我慢の限界を迎えた。
「お、お前達は、私のことをなんだと思ってるんだああぁっ!」
部屋中に響き渡る怒号に、またしても食堂が静まりかえる。
だが次の瞬間、皆のクチから漏れたのは悲鳴でもなければ混乱でもなく、安堵の息だった。
「良かったぁ。いつものトゥルーデだってことで、イモもーらいっ」
「ナンダヨ、さっきのは冗談か何かか?」
皆口々にバルクホルンが怒鳴った途端、いつもの雰囲気に戻って、何事もなかったかのように食事を始める。
ただ当の本人たるバルクホルンは、とても複雑な表情を浮かべたまま、一人静かに食事を再開するのだった。
そんな彼女を見ながら、ペリーヌもある思いを抱いていた。
☆ ☆ ☆
食事が終わって、午後の自由時間。
言動、物腰と二度に続けてレッスンは失敗に終わってしまったが、これ以上はもうガリア貴族の尊厳に賭けて負けられない。負けるわけにはいかない。
最早ペリーヌは矜持よりも意地で、少しでもバルクホルンを女らしくしようと意気込んでいた。
「こうなったらもっと直接的な方法でいくしかありませんわね」
「いや……しかし、これは……」
ちなみに現在、二人は外出届を提出し、基地を離れて首都ロマーニャまで足を運んでいる。
そしてペリーヌに連れられてバルクホルンがやって来たのは、一軒のブティックだった。
普段、「軍服が有れば私服など無用」と豪語しているバルクホルンは、絶対に入らない店である。
その試着室の中で、鏡に映った自身の姿を見て、バルクホルンは顔を茹で蛸のように真っ赤にしていた。
今、彼女が着ているのは白と黒を基調にして、シックに抑えつつも所々にレースのフリルをあしらった可愛らしいドレスだ。サーニャあたりが着ていれば、エイラが鼻血を出して卒倒するのがありありと想像できる。
いつもは肩口で二つに縛っている髪も解き、リボンまであしらっており、軍服姿の彼女からは想像もつかない可愛らしさを醸している。
恥ずかしがっている表情も初々しさを強調し、可愛らしさに更に拍車が掛かっていて、これなら誰の目からも女の子に見えるだろう。
「『人は、制服通りの人間になる』、これは我がガリアの英雄が残した格言ですわ。入りやすい形から変化することで、内面の変化も促す。手っ取り早い方法ですわね」
「そ、そうかもしれんが……これは流石に恥ずかしいぞ」
「何を言っているんですか。これでも地味なドレスを選んだ方です」
「これで地味とは……」
試着室に入る前、ペリーヌに見せてもらった他のキラキラ光るドレスを思い返し、バルクホルンは背筋を震わせる。
あれ等を来た自分の姿など、想像もしたくない。
だが、こういう可愛らしい服を着ることを嫌がっている内は、女らしくなることを嫌っているのも同じ。
「少しずつ慣れていくしかないか……うん、まずはこのまま試着室を出て……」
店舗の外まで出たら、あまりもの恥ずかしさに気絶してしまうかもしれない。
それは統合戦闘航空団の一角を担う立場としては、避けなくてはならない状況だ。
だから今日は店内まで。
「あれ、バルクホルンさん……その格好……」
カーテンを開けた瞬間、そこにいたのは芳佳とリーネの二人だった。
「わ、わあああ!? バルクホルン大尉!?」
シャーロットやルッキーニ、ハルトマンあたりに見られなかったのは唯一の救いと言えるかもしれないが、それでもまだこの姿を身内に見せられるほど、バルクホルンの心の準備はできていなかったらしい。
その後、立ったまま気絶したバルクホルンを、ペリーヌと芳佳、リーネの三人は何とか試着室まで戻し、着替えさせ、基地まで運ぶこととなった。
☆ ☆ ☆
気絶したバルクホルンを連れて、何とか基地まで戻ってきたペリーヌは、芳佳とリーネにこの事は内密にするよう口止めをして、バルクホルンの自室ではなく、自分の部屋へ運び入れた。
「はぁ、やっぱりばあやのように上手くは教えられませんわね」
今日の出来事を振り返り、お世辞にも上出来とは言えない成果に、否応にも溜め息が漏れてしまう。
?ばあや?とは、ペリーヌがガリアで平和に暮らしていた頃、教育係として側で世話を焼いてくれた乳母のことだ。
彼女が居たからこそ、今の自分があると言っても過言ではない。
窓からは夕陽の朱が差し込み、その光がタンスの上の写真立てを照らし出す。
その写真立ての右側には、ペリーヌがガリアで撮った地元民との記念写真が入っており、もう片側にはかつて自分が貴族としてガリアで暮らしていた頃、家族と共に撮った写真が入っている。
「お父様……お母様……」
ずっと幼い頃の記憶が蘇り、ペリーヌは瞳を伏せる。
毎日のように教育係のばあやに指導され、何度も挫けそうになった。それこそ今日一日のような失敗などよりもずっと多く。
それでも何度でも涙を拭いて立ち上がれたのはどうしてだったのか。
ガリア貴族だから? 違う。もっと根底にあるのは、別の強い何かだ……。
ペリーヌは家族や国民の写真を胸に抱き、賢明にその?何か?の正体を思い出そうと、記憶の残滓を探る。
その時、写真立てのガラスに夕陽が反射して、ペリーヌの視界を奪った。
刹那、彼女の脳裏に、ずっと昔まだまだ貴族のきの字も分からなかったような頃のある思い出がよぎる。
一度だけレッスンに嫌気が差して、庭の片隅で一人泣いていたことがあった。
その時自分を見つけ、優しく差し伸べられた手と、諭すように伝えられた言葉――
(あぁ、そうでした……だから私は、今日までずっと……)
「ごめんなさい!」
ペリーヌはベッドの上に横たわったバルクホルンが目を覚ますなり、開口一番で何かを言うより早く頭を下げた。
突然謝られ、バルクホルンは何事かと驚く。
しかしすぐにペリーヌがこれまでの一件について、申し訳なく感じているのだと気づき表情を緩めた。
ペリーヌがあんな提案をしたから、あんな事が起こってしまい、バルクホルンに嫌な思いをさせてしまったのだと。
「何を謝る必要がある。あれはお前の所為ではないだろう」
「ですが……」
「さっきの一件でよくわかったよ。私がいかにいつも女らしくなかったのか、それを痛感した」
少し大人しく振る舞っただけで、あの反応だ。
どうしようもないほどに分かってしまう。自分がいつもどんな風に見られているのか。
「クリスには悪いが、私に女らしくは似合わない。我が儘に付き合わせてしまってすまなかったな。謝るのは私の方だ」
そう言って頭を下げるバルクホルン。
しかし、そんな上官の姿を見て、ペリーヌの中には申し訳ないという気持ちとは別の感情が沸々とわき上がっていた。
「そんな弱気でどうするんですの!」
「クロステルマン中尉……」
「大尉、女らしさに一番必要なのは何かお分かりですか」
ペリーヌからの問答に、バルクホルンはしばらく思考を巡らせてから、
「可愛らしさ、か?」
その答えにペリーヌは首を横に振る。
そしてその間違った答えを正すように、ぴしゃりと告げた。
「女性が女性として輝くために最も必要なもの、それはズバリ?自信?です」
「自信……」
「そうです。誰よりも自分が一番輝いていると自信を持つこと。そうすれば自ずから女らしさは付いてくるものなのですわ」
傲慢であることとは全くの別物で、それは信念を通すということ。
例えどんなに辛いことがあろうと、芯を崩さず前に進もうとする者は強く美しい。
言動や物腰などは、あくまで表面的な要素で、真の女らしさを手に入れるならば、まずは何者にも屈しない自信を持つことが大事である。
それはペリーヌが、貴族として両親から教えられたもの。
貴族である前に、一人の女性として、誰よりも強く美しくあれ、と。
だからこそ、常に自信に満ち溢れ、誰よりも美しく輝いて見える坂本少佐のことを、ペリーヌは誰よりも尊敬しているのだ。
「私が謝ったのは、急いて表面的なことばかりに気を取られ、本質的な所を大尉に教えることができなかったからです」
「そうか……ありがとう、ペリーヌ。なんだか少し分かった気がする」
バルクホルンはずぅんと落としていた肩を上げ、スッと背筋を伸ばして立ち上がった。
その凛々しい立ち姿は、ペリーヌも見惚れてしまうほどの力強さに満ちている。
「あれ、今私の名前を……」
「ん? ああ、気に障ったか?」
「そうではありませんが……」
何故か名前を呼ばれた一瞬、心臓が高鳴ったような気がして、ペリーヌは戸惑ってしまったのだ。
「そっ、それより! 昼食の前、あの時何を言いかけたのですか。ずっと気になっているのですが」
その戸惑いを誤魔化すように、ペリーヌは話題を変える。
「あ、あぁあれか……何、大したことじゃないんだが」
「大したことではないなら、あの時言ってくれても良かったのでは?」
「まあそうなのだが……私は少し貴族というものを誤解していたと言いかけたんだ。豪華な屋敷に贅沢な服や食事、戦争のことなど何も考えていないのではないかとな」
「それは聞き捨てなりませんわね」
「だから誤解していたと言っただろう。そんな風に人から見られることを意識して、高貴な者の務めとやらを果たそうと努力できる。中尉を見ていて、見直したんだ」
率直に褒め言葉として受け取って良さそうな話に、ペリーヌは思わず顔が紅くなるのを感じて、そっぽを向く。
だが横顔からでも、その朱の差した頬でバレバレだ。
「そんな話なら、猶更言い淀む事はなかったと思いますけど」
するとバルクホルンは、またしても言いにくげに俯いてしまう。
自信を持つことが大事だと言った矢先にこれでは、今日一日のレッスンは本当に無駄骨だ。
だがバルクホルンが黙ってしまったのことは、別の理由があった。
「叱ったり、指導するのは得意なんだが……面と向かって褒めるのはどうにも照れてしまってな。上手く話せないんだよ」
しかし、ペリーヌの話を聞いて、もっと自信を持とうと奮起して、それでようやく口にすることができたとバルクホルンは補足した。
言ってまたパルクホルンは顔を俯けてしまった。
まだまだ戦闘時のように振る舞うには時間が掛かるだろう。
それでも苦手なことにも自信を持って立ち向かう、その第一歩を踏み出せたのなら、きっとこれからもっと変わっていけるはずだ。
「大尉は大尉のまま、少しずつ頑張れば良いと思います」
変わることのできる切っ掛けを少しでも与えることができたなら、今日一日付き合った甲斐はあったというもの。
バルクホルンも何かを掴んだ確信はあるらしく、ペリーヌの言葉にしっかりと頷いて見せた。
「それはそうと。今後も時間があればレッスンさせていただきますから、きちんと女らしい言動や物腰を身に付けてくださいましね」
「な、なんだと? 今さっき、「大尉は大尉のまま頑張ればいい」と言ったばかりではないか!」
「それはそれ、これはこれ。折角大尉が貴族の素晴らしさを見直してくれたのですから。それにがさつよりは上品であることにに越したことはありませんもの。そのためには繰り返し特訓するのが一番ですわ」
「そっ、そうかもしれないが、私は表面的な技術をどうこうするつもりはもう――!」
「妹さんをがっかりさせて良いんですの?」
「うぐっ。そ、それを言われると……」
――――こんなわけで、ペリーヌとバルクホルンは少しだけ仲良くなった……のか?
《fin.》