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流星多けりゃ日照りが続く

2012/08/21 01:40:52
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流星多けりゃ日照りが続く

新角
 蝉の鳴き声と温度で淡く揺らめく陽炎。ぎらぎらと照りつける太陽が肌を焼く。
 文句のつけようのない快晴。しかし、陽光の下でうごめく人々の顔は陰鬱としていた。
 突如、幻想郷を襲った日照り。雲ひとつない快晴が続いて早三週間。
 川の水は干上がって糸のように細くなり、井戸の水位は見る見るうちに下降した。
 最近では蝉の声すら少なくなり、昼間に外を出歩く人間や妖怪は影も無い。
 ただジリジリと熱い日光とゆらめく陽炎だけが幻想郷を支配している。そんな日光から逃れる場所はひとつとして無く、ここ永遠亭も、日照りによる被害を被っていた。
 自家栽培していた人参は水不足で軒並み枯れ、涼を与えてくれていたししおどしも、今や乾いて日光に晒されるのみ。
 当然の如く取水制限がなされ、ウサギ達も水分不足による体調不良を起こす者が続出。残った人員でやりくりできているのは、鈴仙の奮闘によるものが大きい。
「永琳、これなんとかならないかしら」
 自らの私室で氷を舐めているのは永遠亭の姫、輝夜。この暑さの中いつもの服装はつらいのだろう、スカートの裾を膝上でカットしたミニに変え、袖も腋が露出する肩口あたりでカットしたラフな服装をしている。自慢の黒髪も垂らしていては暑いだけだと後頭部に結い上げてある。
「なんとかと申されましても……」
 対する永琳はいつも通り赤と青の二色の服装。結構分厚そうな布地なのだが、これで汗一つかいていないのだから驚異としか言い様が無い。
 傍に控える鈴仙も白い半袖のカッターシャツに紅いネクタイという出で立ち。その割につけているブラが黒いのはてゐ辺りの陰謀であろう。下着が透けて見えているのだがおそらく本人は気づいていない。
「そうね。雨よ雨。こう何時もの怪しい薬とかでどばーっと雨とか降らせられない?」
 そんなものがあればとっくに雨を降らせている。と、鈴仙は心の中で突っ込んだ。口に出したらどうなるかは想像したくもない。
 輝夜が不機嫌なのには訳がある。この酷暑のせいもあるのだが、本来なら非常時でも好き勝手に水を使用できる身分であるのに、きっちりと永琳に手綱を握られ、思う様に涼を取ることができないでいるからだ。
 だからといって、強権を発動させて、無理やり言う事を聞かせるほど、輝夜も分別がないわけではない。
 今回の我侭もただのポーズだ。誰だってわかっていても言わなければ我慢できない時がある。鈴仙はそういう考えなので、永琳が何時ものように軽く流すだろうと考えていたから、次の永琳の言葉にくしゃくしゃの耳が伸び切るほど驚いた。
「わかりました。いつもの怪しい薬というわけにはいきませんが雨を降らせてみせましょう」
 永琳はいつものポーカフェイスであっさりとそう言い放った。
 驚いたのは鈴仙ばかりではない。言い出した当人の輝夜も眼を丸くしている。
「えっ……っと、本気?」
「もちろんですわ。三週間も日照りが続くのは異常です。人為的な事件ならあの巫女が解決しているはずですし……。それが無いと言う事はただの異常気象。となると自分達でなんとかするしかないでしょう」
 永琳の声にはまったく淀みがない。本気だ。
「具体的にどうやって雨を降らすんですか?」
 おそるおそる鈴仙が手を上げる。
「いい質問ね、鈴仙。でもそれを話すのは準備が整ってからよ。結構大掛かりになるだろうから、あなたにも協力してもらうわ。もちろん姫にも。よろしいですね?」
「え、ええ。もちろんよ」
 急にこちらに話を振られて思わずうなずく輝夜。心中ではいまだに半信半疑。だが永琳の性格上聞いてもはぐらかされし、嫌だと言ってもなんだかんだで丸め込まれるのは目に見えていた。
「さて、それじゃ作戦を説明するわね」



 数時間後、永琳の指示で鈴仙は灼熱の太陽の下を飛んでいた。
「鈴仙はあのブン屋を連れてきて頂戴。初対面ってわけじゃないでしょう?」
 このクソ暑い中、外になど出たくはなかったが、師匠である永琳にそう言われては鈴仙に文句をいう事はできない。永琳の命令は絶対なのだ。
 それでも雲ひとつ無い青空の下を飛ぶのは心地がよかった。頬に当たる風が気持ちいい。
 射命丸文のところへいくのは簡単だが、最近外へ出ていなかったので他の場所がこの暑さでどうなっているか興味があった。少しくらいならば遅れてもよいだろうと、自分に言い訳すると鈴仙は人里へ方向転換する。
 結界によって閉じられた幻想郷において如何にして天候が決定されているというのか。甚だ疑問ではあるが、今更それに突っ込む人間は誰もいない。むしろこの干ばつを乗り切る方がそこに住む人間には重要だった。
 人里では水源である川が干上がり、井戸には使用制限がなされた。それでも足りないので、慧音や村の若い者が総出で新たな水脈を求め、日夜井戸を掘っている。しかし、そうそう新しい水脈が見つかるわけもなく、紅魔湖から水を汲んでくるという場当たり的な処理で凌いでいた。
 紅魔湖へ向かう。毛玉も熱さにやられるのだろうか。湖の上空にに浮かんでいる毛玉の数はいつもよりずっと少ない。紅魔館の正門に近づく。緑色の服を着た門番こと紅美鈴が門の前で倒れていた。この炎天下の中、ずっと立ちっぱなしなのだから無理も無い。門の前で倒れこんでいるその姿は干からびたミミズの死体を思わせた。
 博麗神社。幻想郷の端にあるここはどうなっているだろうか。あの貧乏巫女は干からびたりしていないだろうか。
 ちょうどいいので水でももらおうかと思い霊夢を呼んでみた。だが神社は静まり返っており返事は無い。再度呼んでも同様。縁側に回ってみたがいない。まさかと思い扉に手をかければ、鍵がかかっていない。
「……無用心ねぇ」
 半ば呆れつつ玄関の中へ。玄関から見る限り家の中は人の気配がなく静まり返っている。
「お邪魔しま~す……」
 声が小さいのは無断で家に上がるという行為に後ろめたさを感じるせいだ。
 台所、座敷、私室。
 母屋中すべて覗いてみたが霊夢の姿はどこにも無かった。
 最後に居間を覗いてみると紙切れが机の下に落ちているのに気がついた。

「白玉楼にいます。御用の方はそちらまで。 
                   霊夢」

 さすがの鈴仙もこれには呆れた。雲の上にあり一種の異界でもある白玉楼では日照りも何も関係ないが、これは職務放棄といって過言ではないだろう。尤も、普段から職務放棄しているようなものなのだが。
 何にせよ白玉楼に引き篭もってくれるならそれはそれで都合がいい。こちらの計画を邪魔されてはかなわない。
 時計を見れば、永遠亭を出てから結構な時間が経っていた。いい加減に文を見つけなければならない。どうせ今もネタを探して幻想郷を飛び回っている事だろう。


「あら、鈴仙さんじゃないですか。神社になにか御用ですか?」
 拍子抜けするほどにあっさりと文は見つかった。何のことは無い。博麗神社から外へ出れば、霊夢に取材に来たであろう文と出くわしたのだ。
「霊夢さんの姿が見えない。――――これは事件の臭いがしますね」
 一人で雰囲気を作り出している文の肩を叩き、先ほど居間で見つけた紙を見せてやる。
「……………………。あ、鈴仙さんは何かこの日照りについていいネタは持っていませんか?」
 辛い現実は無視することにしたようだ。だが向こうから日照りについて話を振ってきてくれたのは鈴仙にとっては好都合。話も進めやすいというものだ。
「そうね。特ダネといえば特ダネね。師匠がこの日照りで雨が降らない中、雨を降らすっていうのよ。で、それにあなたも協力して欲しいの。あなた自身が当事者になれば、その特ダネを特等席で見れるわ、どう?」
「ふーむ」
 顎に手を当てて考え込む文。新聞のネタになるかどうか考えているのだろう。
「……確かに特ダネにはなりそうですが。逆に永琳さんということで信憑性も薄れますねぇ。本当にそんなことできるんですか?」
 鈴仙も、作戦の一段階目として文を連れて来いといわれただけで、詳しいことはまったく知らされていないのでそれを言われるとつらい。何もアイデアが無いのに何かありそうと思わせるのは永琳の十八番だ。毎日毎日、そんな口調で騙されている鈴仙には永琳が信用できないという文の言い分はよくわかる。だが、それでも鈴仙にとって永琳の言葉は絶対なのだ。なんとしてでも文を連れて帰らねばならない。
「どうしても嫌だというなら、力づくでも……!」
 人差し指で文に狙いをつける。この暑い中、弾幕ごっこなんぞ勘弁して欲しいが、背に腹はかえられない。
「力づく、ですか。ああそんなに怖い顔しないでください。こっちだってこの暑い中弾幕は勘弁したいんです。――というわけでですね、交換条件とかどうでしょう。もしガセだったら私の新聞を永久に定期購読する、ということでどうです?」
 鈴仙の目から本気なのを感じ取ったのか慌てて妥協案を口にする。文とて灼熱の熱気の中で弾幕ごっこはしたくない。
 元々文の新聞は捏造、マッチポンプ、プロパガンダ何でもござれの新聞だ。ネタがガセだとしてもそれはそれで幾らでも記事にすることできる。定期購読なんていう条件を出したのはそれを悟られない為の予防線。この日照りで誰もが家に引き篭もっているので何もトラブルが起きず暇だったというのもある。
 その言葉で鈴仙は構えていた腕を下げる。その程度の条件ならどうということはない。どうせ今でも勝手に窓から放り込まれるので定期購読しているようなものなのだ。
「その条件飲むわ――とりあえず私と一緒に永遠亭に来てもらえる?」
 鈴仙からは見えない角度で文はニヤリとほくそえんだ。




 因幡てゐは紅魔の湖に幾つも浮かんでいる氷の上を軽快に跳ねて移動していた。
 浮かんでいてなおかつ形のいびつな氷の上を移動するのは至難の業だが、てゐは地上を移動するかのように軽々と飛び跳ねている。
 だが、氷はこの熱気で溶けている。溶けた水分がてゐの足を絡めとり、つるりと滑らせる。
 あわや転落、と思われたがてゐは残った片方の足で氷を思い切り蹴飛ばし跳躍。空中で一回転して姿勢を立て直すとそのまま別の氷に着地する。
「ふっふーん。この程度、鮫の頭に比べればらくしょーね」
 再び氷への移動を開始する。この氷の先にチルノがいるはずだ。紅魔湖にこんなに氷を浮かべられるのはチルノ以外いない。てゐが永琳から受けた指令。それはチルノを永遠亭に連れて来ることだった。
 浮石ならぬ浮氷に囲まれてチルノは仰向けで水に浮いていた。夏だろうと冬だろうと万年遊びまわり暴れまわりのチルノだが、この日照り続きについに体力も尽きて、日がな一日中こうして湖に氷を浮かべて涼んでいるだけだった。
 そんなチルノの視界を影が覆う。
「やっほー、氷精の近くは涼しくていいねぇ」
 気だるげに目を開けば、いつぞやの兎がいた。氷に腰掛けこちらを覗きこんでいる。
「あ~、何よ~。氷ならそこらへんのをいくらでももっていけばいいわ」
 覇気のないチルノの返事に眉をしかめるてゐ。
「氷精のくせにだらけてるわね。ところで、この暑さを何とかしたくない?」
「なんとかしてくれるならしてよ~。もう熱さでレティみたいに溶けそうよ」
 レティ幾ら熱くてもは溶けたりしない。だが妙な説得力がある。
「何とかするには、あなたのその力が必要なのよね~?」
 胡散臭い。チルノはそう思っていた。まぁ相手がてゐでは仕方ないが。だからこの暑さをなんとかするというのも信用していなかった。
「どうしてもダメ?」
「だめ」
「どうしてもどうしても?」
 上目遣いで涙目で懇願してみる。並みの人間ならその可愛さに思わず頷いてしまうだろう。だが相手はあのチルノである。
「だめったらだめー。あたいの昼寝の邪魔してると氷漬けにするよ?」
 一言脅して弾を放つと、てゐは一目散に逃げていった。
「ふ――やっぱりあたいは最強ね」
 そして再び昼寝に戻る。氷で冷やされた水に浸かっていると気持ちがいい。
 まどろみながら再び夢の世界へ戻る。しばらくして、体に何か細長いものが巻きついていくような感覚で目が覚める。チルノがそれに気づいたときはすでに手遅れ。チルノの体は荒縄で完全に縛られていた。
「ふっふっふ。手向かう時は無理やりにでもという永琳様の指示だからねー。このまま永遠亭まで連れて行くのよー」
「え、ちょっと。やめなさいよ! あたいを怒らせたら――ぎゃー」
 氷を引きずりながら、てゐは永遠亭への帰途に着いた。




 藤原妹紅は落ち込んでいた。
 連日の日照りも不死人である妹紅には些細な事でしかない。何百年生きてきてこれより酷い日照りには何度も遭遇してきたからだ。
 なので妹紅としては何時もどおり慧音の家へ遊びに行ったに過ぎなかった。だが、慧音はツナギを着て、泥まみれ汗まみれになりながら、村の男衆に混じって井戸掘り。何ともなしにそれを見物していた妹紅だが、慧音に「手伝う気がないなら家で寝ててくれ」と眉をしかめながら言われ、渋々手伝うことになった。
 だが井戸掘りは予想以上にきついものだった。乾いた砂が髪に絡まる、硬い岩盤に太い木の根、果ては人とも動物の物ともしらぬ骨まで出てくる始末。元来短気な妹紅である。穴掘りに嫌気が差してスペルを使ったのがまずかった。
 周囲の村人を吹き飛ばしただけではなく、近くの納屋に延焼。貴重な水を無駄に消費させる事態にまでなってしまったのだ。
「もういい。この暑さでみんな苛立ってるんだ。しばらく村には近づかないでくれ」
 普段の慧音からすれば失言もいいところ。だがこの暑さで苛立っているのは慧音も同じ。妹紅に対してきつく当たっても仕方がないだろう。
「だからってあんな言い方ないじゃない……」
 慧音の発言に妹紅はいたく傷つき、こうしてトボトボと庵への帰路についているのだった。
 そんな妹紅の視界を影が指す。頭上から降ってきた布のようなものが妹紅に覆いかぶさる。ふつうならこうも簡単に不意打ちなど食らわないのだが、このときは、先ほどの慧音の言葉に打ちのめされていたから、無理もない。
 妹紅が布を振り払うより早く何者かによって引き倒され、布ごと縛り上げられる。
 炎で布ごと焼き払おうとこころみるが、なんと布が炎をさえぎり、逆に焼けるのは自分の肌。炎を通さない布。妹紅はそれを知っている。
「輝夜ぁ! 性懲りもなく現れたわね! 今度は何しようっての!?」
 妹紅の予想は当たっていた。妹紅を縛り上げているのは蓬莱山輝夜その人である。永琳から妹紅をつれてくるように指示され、こうして待ち伏せしていたというわけだ。
「こんにちは妹紅。落ち込んでるところ悪いけどちょっと拉致させてもらうわね」
 妹紅を簀巻きにしている布は火鼠の皮衣。輝夜の持っているのはレプリカだが、永琳製作のそれの耐火性能は本物にも勝るとも劣らない。だが、万全というわけにはいかないのも確か。布の隙間から炎が吹き出て輝夜の服や腕を焦がす。
「ああもう、じっとしてなさい!」
 暴れる妹紅を仏の御石の鉢で殴打して気絶させると、実に手際よく妹紅を縛り上げる。
「さて、任務完了っと。妹紅の側にいると熱くてたまらないわね。帰ったらカキ氷でも食べるとしましょう」
 簀巻きの妹紅をよいしょと肩にかつぎあげると、輝夜は永遠亭への帰路を急ぐのだった。




 鈴仙が文を連れて永遠亭に帰ってくると、てゐが簀巻きのチルノで遊んでいた。
 簀巻きにされても氷柱弾は撃てる。てゐはその氷柱を蹴り落としてはカキ氷なんぞを作っていた。
「チルノを叩くと~氷が一つ~、もいちど叩くと氷が増える~♪」
 歌いながらチルノを煽るてゐ。てゐの蹴り損ねた氷柱が壁や襖に刺さっている。後片付けの事を考えて、鈴仙は頭が痛くなった。気がつけば一緒にいた文は簀巻きチルノを激写している。
「やめろ~撮るな~!」
「チルノさん、その姿カッコいいですよ~。ほら、笑って笑って~」
 一瞬にして騒々しさが数倍に跳ね上がる。鈴仙の頭痛もそれに正比例。とりあえず茶をふるまうついでにてゐを殴って黙らせ、チルノの縄をほどいて開放する。
「あら、うどんげもてゐも戻ってきてたのね。天狗も氷精もいらっしゃいな。すまないわね、急に呼び出して」
 茶を配っているところに永琳が座敷に入ってくる。いつもどこか尊大な永琳が、下手に出て挨拶までする永琳を鈴仙は始めてみた。
「いえいえ、私は特ダネがモノにできればそれでいいので!」
「そーよそーよ! ぐるぐる巻きにされて無理やりつれてこられたんだから、こんなお茶菓子ふぇいどじゃふぉまかふぁれ」
 特ダネはまだかと待ちきれんばかりの文と、お茶菓子を食い荒らすチルノ。このメンツで本当に大丈夫だろうかと不安にかられる鈴仙であった。
 ふときづく。座敷の上座に輝夜の姿がない。
「師匠。姫はどちらに?」
「あら、まだ戻ってらっしゃらないようね。でもまぁそのうち戻ってくるでしょう」
 輝夜がどこにいったのか鈴仙は知らない。だが、自分とてゐに頼んだ内容からして輝夜も誰かを連れてくるのだろう。姫が誰を連れて来るのか鈴仙にはまったく見当がつかない。そもそも永夜事件以降も永遠亭に引き篭もっている輝夜にそんな知り合いなんていただろうか、と疑問にすら思う。
 その時、廊下に足音を響かせて輝夜の声が響き渡った。
「えーりーん! 言われたとおりに捕まえてきたわよー!」
 勢いよく襖を開け放って現れた輝夜。その服はあちこちが焼け焦げてボロボロな上、肩になにか大きな芋虫のようなものを担いでいる。その芋虫の頭の部分からは長い銀髪が垂れ下がっていた。どこかでみた銀髪な気がして鈴仙は記憶を辿る。そして一人の人物に思い当たるのだった。
「姫……、それってもしかして……」
「ああこれ? 妹紅よ」
 担いでいた妹紅のようなものを畳に投げ捨てると、てゐが作っていたかき氷を奪って。上座に座り込む。
「あーもう、この暑い最中に妹紅とやりあうもんじゃないわねー。弾幕よりも先に暑さで死ぬかと思ったわ」
 床に置いたカキ氷を右手ですくいながら、左手でうちわを仰ぐ姿はとても姫らしくみえない。服が焼け焦げて露出が高くなっている上に、あぐらをかいているその姿を鈴仙は下品だと思った。
「さて――これで全員揃ったわね」
 全員の会話が途切れる一瞬を狙って永琳の声が響き渡った。全員がその場で動きを止め、永琳に注目。誰もがここに呼ばれた原因は永琳にあると知っている。あのチルノですら永琳に向き直った。
「作戦を説明する前に……うどんげ、妹紅を起こして頂戴」
 手渡された水いっぱいのバケツ。何をするべきかは明白だった。妹紅の恐ろしさ――暴れだしたら止まらないところとか、を知っている鈴仙は助けを求めるかのように永琳を見つめる。
 ――冗談ですよね?
 ――いいからやりなさい。
 無言の応酬。
 やはり負けるのは鈴仙だった。仕方なくバケツの水を妹紅にぶちまける。
「ぶわはっ! ちょっと何すんのよ!」
 簀巻きにしていなければ飛び掛られていたに違いない。頭から湯気を出しているのは比喩でもなんでもなく、先ほどぶっかけた水が妹紅の炎で蒸発しているだけだ。目から炎が出そうな勢いで空のバケツを持っている鈴仙を睨む。慌ててバケツを隠す鈴仙。簀巻きのまま鈴仙に飛び掛ろうとして、妹紅は自分を見つめる視線に気がつく。
「何この珍しいメンツ。 私をよってたかって手篭め……とかそういう感じじゃなさそうね」
「あら手篭めにされたいの?」
 両手の指をあやしく動かして妹紅に迫ろうとし
た輝夜の襟を永琳が掴んで止める。
「姫、そう言う事はすべて終わってからになさってください。――それじゃ幻想郷に雨を降らせる為の計画を説明するわね」




 紅魔湖の水面の上に立つようにして、文は浮いていた。
 辺りに毛玉や妖精の姿はない。前もって鈴仙が掃除してくれているおかげだった。
 空を見上げれば果てしない蒼穹。この空を今から灰色の雲で汚そうというのだ。青空を好む文は少々心が痛んだ。
「けど、快晴ばかりというのも飽きるんですよねえ。千差万別の表情を見せるから空は面白いんですよ」
 雨の日、風の日、雪の日。天候が変われば風も変わり空も変わる。その変化を楽しめなければ空なんて飛んでいられない。
 周囲の毛玉を掃除し終えたのだろう。鈴仙が戻ってくる。
「準備はいいですか? あなたが起点なんでしっかりお願いしますよ」
 鈴仙の言葉に頷いて、頭の中で再度永琳からの指示を反芻する。
 ――まず天狗はその風を操る能力で紅魔湖の水を吸い上げてちょうだい。それもちょっとやそっとじゃない。天空高く舞い上げて欲しいの。
 よく思い返せば無茶な注文だ。だがそれを引き受けた文もそれだけ自らの能力に自信があるということだ。それにこんな機会でもなければ本気で能力を発動させる事もない。たまには本気を出さないと腕がなまる、と文は自嘲する。
 葉団扇を正面に構えて精神を集中。空気中のどんな些細な風の変化も捉えるように意識を拡散させる。日光の暑さも鈴仙の言葉も聞こえなくなった。今、文には周囲の大気の動きが全て手に取るようにわかる。その文の超感覚が湖面上のかすかな気流の乱れを掴む。
 吸い上げる風をイメージ。普通の上昇気流では天空まで届けるのは無理。空の上までというなら選ぶ風はただ一つ。
「ああ鈴仙さん、私の側に来たほうがいいですよ。そこだと危険です」
 いつもの浮ついた口調ではない真面目な声色に鈴仙はおとなしく文のすぐ近くに寄る。
 鈴仙が安全圏に来たことを確認すると文は能力を発動させた。
 今まで波一つなかった湖の水面が徐々にざわつき始める。その波も不規則だった動きが次第に規則的な動きへと変化し、今や文を中心に渦を巻くほどに成長した。
「――風神一扇!」
 文の叫びと共に湖の水が渦を巻いて天へと昇っていく。文が選んだ風は竜巻。天へと逆巻く風が水を吸い込み、空へと駆ける水流となる。
 傍で見ていた鈴仙は文の能力に驚嘆した。自然を操る能力のなんと強大なことか。自分の狂気の瞳という能力が随分ちっぽけに思えてくる。
 怒涛の勢いで昇っていく水の行く先を見上げる。視認はできないがそこには妹紅と輝夜がいるはずだった。




 文と鈴仙達の遥か直上。そこには妹紅と輝夜が待機していた。
 妹紅は束縛を解かれ、両手をポケットにいれるいつもの姿勢。
 輝夜はその横で終始ニヤついている。
「あんたは楽しそうねぇ。ったく実際に労働するのはこっちだってのに……」
 ジト目で憎らしげに輝夜を睨みつける。だが、輝夜はそんな視線もなんのその。
「やーねー、そんなに剥れてかわいい顔が台無しよ? それにここは私と妹紅じゃないとダメなんだから」
「それはわかってるけどさ……」
 永琳から計画を説明されても、無理矢理連れて来られた妹紅は当然の如く協力する気などなかった。不死人の妹紅には水が枯れようがどうなろうが知ったことではなかったのだ。だが文の、
 ――あ~あそんな事言っていいんですか。この件は詳しく記事にするつもりなんでそこに妹紅さんが断ったことも書かせてもらいますよ~。そんな記事が里の慧音さんの目にはいったらどんな反応するでしょうかねぇ。
 というセリフに頭を縦に振るしかなかった。
 先刻の慧音に叱られた一件もある。自分も役に立つというところを見せてやりたかった。
 その事も相まって妹紅は今回の計画を手伝うことにしたのだ。これ以上慧音には嫌われたくはない。
 だからといって輝夜と組むことになろうとは思いもしなかったが。
「ほらほら、水が上がってきたわよ。お仕事お仕事」
 気を飛ばしていた妹紅が下を向けば、吹き上げてくる突風と共に渦を巻いた水がこちらに向かってきていた。
「ほいじゃま、いきますかっと――――火の鳥!鳳翼天翔!」
 スペル宣言と同時に妹紅の周囲に現れる火の鳥。数は三匹。それが妹紅の腕の動きにあわせ、炎の螺旋を描きながら周囲を旋回していく。それが徐々に速度をあげていき、最後には火の鳥が妹紅を取り巻く一つの炎の渦と化す。そんな炎の中にいて妹紅は無事なのか。
 よく見れば妹紅はいつの間にかマントのようなものを羽織っている。それは先ほど妹紅を封じていた火鼠の皮衣。おかげで妹紅は何の遠慮も無しに爆炎を暴走させることができるのだった。
 
 妹紅が作り上げたの炎の渦に、文が作り上げた水の渦がぶち当たる。炎の高温によって水は瞬く
間に沸騰蒸発して水蒸気と化す。それを文の風が更に上空へと運んでいく。
 ――妹紅は天狗が運んでくる水をその炎で蒸発させて水蒸気にしてほしいの。くれぐれも水蒸気爆発なんてバカな真似はしないでね。
 つまるところ妹紅は水を水蒸気に変換するフィルターの役目を仰せつかったのだ。
 文、そして妹紅の更に上空。そこにチルノとてゐがいる。




「で、あたいはここでスペルを唱えているだけでいいのね?」
「そうそう。あとは私がやっておくから」
 チルノは雨を降らせる計画を聞いても何がなにやらさっぱりだった。だから永琳は仕方なくチルノは何をすればいいかだけを指示したのだ。
 ――チルノちゃんは地上から熱風が吹き上げてきたら、スペルをあたりにバラ撒くだけでいいわ。てゐは氷精が飽きてどっかいかないように見張っておいて。
 後半の指示はこっそりとてゐに向けられたものだった。そしてこうしててゐはチルノを見張っているのだが、見張っているというよりもチルノで遊んでいるというほうが正しいかもしれない。
 暑さでへたれているチルノ。
「もーはじめる前から何ぐったりしてるのよ。そんな時はこれ! イナバ印の栄養ドリンク! これを飲めばあなたも元気百倍の鉄骨飲料!」
「何それ! ちょーほしい! ――ゴクゴクゴク……ってただの水じゃないの! また騙されたわ!」
 空にあがってからというもの万事がこんな調子であった。案外いいコンビなのかもしれない。
 そうやって茶化しあっている二人に下方から熱風が吹き付けてくる。
「ぶわっ、何これ熱いじゃないの! 体が溶けちゃう!」
「お、来たね。ほらほら妖精、仕事よ仕事! あんたのスペルのすごいとこを見せるのよ! まさか……疲れたとか言わないわよね~?」
 挑発するような物言いにチルノは先ほどまでの精神的な疲労を我慢して言い返す。
「ふっふ~ん。任せなさい! このチルノ様に不可能はないんだからね――――マイナスK!」
 チルノの宣言と同時に周囲に吐き出される氷の弾幕。大小さまざまな氷が周囲に散りばめられる。それを見て、てゐは満足そうに頷く。ひとまずチルノをその気にさせるまではオーケーだ。あとは自分の仕事である。
「久しぶりに体でも動かそうっと。暑いからって家の中にいたんじゃ健康にも悪いしね。   ――――フラスターエスケープ!」
 鮮やかな曲線を描く弾幕の列が空中で軌道を変え、さながら兎が跳ね回るごとくチルノの周囲をを縦横に駆け巡る。不規則な動きかと思いきや、きっちり弾道計算はされているらしく、中心にいるチルノにはまったく当たらないのはさすがというべきだろう。
 そこら中を跳ね回る兎の弾幕はチルノの氷弾に当たり、砕き、細かく割っていく。いつしか周囲は砕かれた氷で充満し、ついには降り注ぐ太陽光も音を上げたのか気温が徐々に下がり始める。そしてその冷やされた空気に水蒸気がぶつかり、水蒸気に含まれている水分が凝固し始めた。辺りに白い煙のような靄が現れ始める。
「あ、もう雲が出来始めてきたね。この調子なら……あと一時間ってとこからしら。それまでに邪魔が入らないといいんだけどね~」
 自らも氷を砕いてまわりながら、てゐは不安げに地上に視線を向けるのだった。




 計画を開始しておよそ二時間。頭上にはうっすらと雲がかかっているが、雨の降る様子はない。
 永琳の計画の全貌はは以下の通りだった。文が風で水を巻き上げ、妹紅がそれを炎で蒸発させる。そして水を失った風が水が蒸発することで発生した水蒸気を上空高くまで運び、それをチルノのスペルで温度の下がった空間にぶちあてて雲を発生させようというのだ。
 これだけ大掛かりな計画だ。いつどのような邪魔が入るかわからない。ペアになっているのは護衛という意味合いの方が強い。例外的にてゐには仕事が与えられているが、それはあんな上空まで邪魔をしに行くようなのは居ないだろうという予測に、てゐとチルノのスペルが荒れ狂うあの空間に飛び込むバカはいないだろうという予想の上であった。
 しかしそれは空高くの事でしかない。地上はそうはいかなかった。
 湖上で風を巻き起こすのに集中している文とそれを見守る鈴仙。その二人に問答無用で攻撃を仕掛けてきた人物がいる。
 周囲を警戒していたおかげで文を狙う攻撃をいち早く察知することができた鈴仙。文への攻撃を撃ち落し敵と対峙する。正体は確認するまでもなかった。飛来したのはスローイングナイフだったのだから。
「予想してないわけじゃなかったんだけど……。まさかあなたが来るとはね、別に迷惑かけているわけでもないんで引いてくれないかしら――十六夜咲夜?」
 いつの間に現れたのだろうか。文と鈴仙から10メートルほど離れたところに紅魔館最凶のメイドがいた。
「残念だけどそれは無理ね。このメンツで何かろくでもない事をしていないほうがおかしいし、前科もあるでしょ?」
 永遠亭の主なメンバーに加え、不死人、天狗、氷精とひと癖ふた癖もあるメンツだ。怪しまれないほうが不思議なくらいだ。だからといって今更後には引けない。
「けど、今回は人に迷惑をかけるようなことじゃないんだけど……」
 弱々しく鈴仙が反論する。だが鋼鉄のメイド長は取り合わない。黙って鈴仙に向かってナイフを構えるだけ。仕方なく鈴仙も腕を構える。
 此処で退くことはできない。相手が一度敗れた相手であってもだ。鈴仙は額に浮かんだ冷や汗を振り払うと咲夜に突進した。


 それはいかなる術法か。人知を越えた速度で投擲される咲夜のナイフ。それらを全て指先からの弾幕の連射で打ち落としていく。
 ――まずは文から咲夜を遠ざけるべきね。
 流れ弾でも命中すれば目も当てられない状況になる。だが咲夜もそれを見抜いているのか、巧みなフットワークで文を常に射程内に収めている。
 ――ならば。
 鈴仙の瞳が紅く輝く。狂気の魔眼。その瞳を見たものは視界が狂い、鈴仙の姿をまともに視認できなくなる。以前にも咲夜とは戦っているのでこの能力は周知のはず。なればこそ鈴仙は目をそらした瞬間を狙うつもりでいた。
 だが咲夜は目を逸らさない。むしろ更なる殺気を込めた視線で鈴仙を睨み返してくる。その殺気に一瞬だが怯む。だが能力は効いているはずだと思い、スペルを発動させる。
 ――狂夢「風狂の夢」
 格子状に広がる弾幕が咲夜の行く手を阻む。ただの格子弾幕ならばたいしたものではないが、鈴仙の狂気の瞳と合わさって無類の障壁と化す。さすがの咲夜も距離を取って回避に専念。
 咲夜が後退したのを見て勝てると判断した鈴仙は、弾幕の密度を更に上げる。格子が咲夜を押し潰したと思った瞬間、咲夜は数枚のトランプとなって掻き消える。
 ――時止め!?
 気づいた時にはもう遅い。振り返る鈴仙。目の前に咲夜。振り下ろされるナイフ。
 ――間に合わない!
 がきんっと金属と金属のぶつかり合う音と共に咲夜のナイフが弾き飛ばされる。
「幻想郷の為に雨を降らそうとしているのに邪魔しないでいただけるかしら。紅魔館の頭の固いメイド長さん?」
 鈴仙に思わぬ助け舟。弓を構えた永琳がそこにいた。先ほどナイフを弾き飛ばしたのはその矢だろう。てっきり後方で高みの見物だと思っていた鈴仙はまさかと思わざるを得ない。
「師匠! 来てくれたんですね!」
「ま、こうなる事は予想できてたしね。ウドンゲ、貴方は天狗の守備に集中しなさい。ここは引き受けるわ」
 風を制御することに集中している文は身動きひとつ取れないのだ。その言葉に鈴仙は文をかばう位置に移動する。
「とりあえず何をそんなに目くじら立てているのか教えてもらえないかしら。別に紅魔館に何かしら直接的な迷惑は無いと思うのだけど?」
 咲夜は無言で足元を指し示す。
 鈴仙がそれにつられて足元をみるが何も異変はない。
「――水位。かなり下がってるんだけど?」
 言われてみて初めて気づく。最初、文は水面ギリギリのところに浮いていたはずなのに、今では水面から一メートルほどの高さに浮いている。鈴仙は、てっきり術を使う上での移動だと思っていたのだが。
「湖から水が吸い上げにくくなっているのよ。おかげで水冷できなくなってお嬢様がお怒りなの。というわけで奪った水は返してもらうわよ」
 咲夜の話を聞いていたのかいないのか。空を見上げていた永琳は咲夜に向き直るとこう言った。
 いつの間にか空はどんよりと暗い灰色に染まっていた。
「どうせすぐに雨が降るわ。それくらい我慢してもらえないかしら。それに幾らなんでも湖の水まで自分の物だなんて……。傲慢もすぎるわ」
「……」
 これが答えだと言わんばかりに、無言でナイフを構える咲夜。
 永琳は腕を組んだままだがそこに隙は見当たらない。一瞬即発の緊張した時間が流れる。
 次の瞬間に二人は交差していた。ナイフと妖弾が互いの体を掠めていく。押し寄せるナイフを回避、もしくは撃ち落し、妖弾で反撃する。
 咲夜と永琳。二人が交差して離れる度に火花が散る。咲夜のナイフが、永琳の妖弾が、空中を華やかに彩る。
 永琳の見立てではもう数分もしないうちに雨が降り始めるはず。文は鈴仙が守っている。防御に徹すれば鈴仙とてそう突破できはしない。ならば時間稼ぎの一手しかありえなかった。
 ――薬符「壺中の大銀河」
 壷の中へを閉じ込めるが如く、永琳の使い魔が咲夜の周囲を取り囲む。人っ子一人通さぬものかと密集している使い魔。時を止めても抜け出せるかどうか。だが、永琳は弓に矢をつがえ、使い魔の壷に狙いをつけていた。
 そして、咲夜のスペルカード宣言が響き渡る。
 ――メイド秘技「殺人ドール」
 その途端に使い間の壷が内側よりナイフと共に弾け飛ぶ。咲夜は全方向へのナイフ放射で全ての使い間を一瞬にして破壊しつくしたのだった。
 それを待ち受けていたように永琳の矢が咲夜に向かって放たれる。充分に引き絞られていた矢に反応する暇もあらばこそ、咲夜は身を捻る。矢は咲夜の脇腹を掠めていった。
 すぐに次の矢が飛んでくる。が、さすがにそれは回避される。次々と放たれる必殺の矢をかいくぐってナイフを投擲。矢をつがえ放ちながらもナイフを回避する永琳はさすがと言えた。
 
 不安げに永琳を見守る鈴仙。永琳が負けるとは思ってもいないが相手が相手である。心配しすぎることはない。
 咲夜以外の襲撃を予想して、周囲を警戒していた鈴仙の鼻の頭に何かが落ちる。ふき取ればそれは水滴だった。まさかと思い空を見上げれば一面灰色どころか黒く染まり、かすかに雷鳴まで響いている。
 再び落ちてくる水滴。それを皮切りにいっせいに雨が降り出してきた。
「雨……雨だ! 師匠やりましたよ! 雨が降ってきましたよー!」
 両手を挙げて喜ぶ鈴仙。雨脚はやむことを知らずどんどん雨量は増えていく。東南アジアにスコールという瞬間的に多大な雨が降注ぐ現象が存在するが、今の雨量はまさにそのスコールといって過言ではない。
 互いの姿の視認すら難しくなった豪雨の中で睨みあう永琳と咲夜。この雨で文字通り水を差された形となった。
「……」
「……はぁ」
「?」
「まさか本当に雨を降らすなんてね。今回はこっちの勇み足だったようね」
 先に根負けしたのは咲夜だった。さすがに罰の悪そうな表情をしている。
「わかってもらえて幸いだわ。湖の水位もこの雨ですぐに元に戻るでしょう」
 それを見て永琳も緊張を解く。両者すでにズブ濡れもいいところだ。
「じゃあ私は帰りますわ。今回の件はきっちり謝罪しておきます。ごめんなさい」
 それだけを言い残して咲夜は紅魔館の方へ消えていった。




「やれやれ。なんとか無事終わったわね。鈴仙、撤収するわよ」
 声をかけるが返事がない。様子を見に近づいてみれば鈴仙と文を抱きかかえて飛んでいた。
 雨が降ってくるのを見届けたあとその場に倒れかけた文を慌てて鈴仙が受け止めたのだ。
「さすがに疲れましたよ……。これで特ダネ一個くらいじゃ……割りに合いませんねぇ」
 それでもカメラを構えて、ずぶぬれの永琳を一枚写真に収めているのだから抜け目がない。
 そこに上空から喧しい声が響いてくる。
「ほら妹紅いつもの気勢はどうしたの? あれくらいで情けないわねぇ」
「ちっくしょ……おまえも数時間スペル出しっぱなしにして……みろっての」
 輝夜に背負われて妹紅が戻ってくる。疲労困憊なのはあっちも同じようだ。如何に不死人といえども疲労までは消せはしない。宿敵というべき輝夜の肩を借りるのは妹紅としては甚だ不満であったが、体がろくに動かないので仕方が無い。
「姫、お疲れ様でした。おかげ様で計画は無事終了ですわ」
 輝夜は永琳の服が一部切り裂かれているのに気づいている。だがあえて何も言わない。
「みたいね。さすが永琳だわ。帰ったら肩でも揉んであげる」
「それはそれは……。恐れ多いことで」
 永琳も何も言わない。長い付き合いの主従だ。言うべきこと言わなくていい事は熟知していた。
「ちょっと! あんなに疲れるなんて知らされてなかったわよ! これはもうアイス百本おごりじゃ足りないわね」
「何言ってるのよ。この私の応援があったからこそあそこまで持ったんじゃない。おごって欲しいのはこっちよ!」
 わいのわいの言い合いながら戻ってくるチルノとてゐ。二人とも疲れているはずなのに、口論はいっこうに収まりそうに無い。子供は元気の塊というが、まさにそのとおりなのかもしれない。
「みんなお疲れ様。永遠亭に暖かい食事を用意させているわ。そこでゆっくりしましょう」
 その夜、激しい雨の降りしきる中、永遠亭から騒ぎ声が途絶えることはなかった。




 その後どうなったかというと、雨は止む事なく一週間振り続け、干ばつから一転して豪雨となり、各地で土砂崩れや洪水を巻き起こした。
 紅魔館では一階部分に浸水を許すという前代未聞の状態となった。原因を知る咲夜はダメになった絨毯等の請求書を永遠亭に送りつけた。
 当初こそ永遠亭の功績を称える新聞を発行していた文だったが、豪雨が続くに従い一転して永遠亭弾劾記事を書き始めた。なまじ一部始終を知っているだけにその記事は詳細を極め、永遠亭は各地からの苦情に晒されることになる。
 干ばつ時に役立たず扱いされた妹紅は意気揚々と慧音に会いに行ったが、堤防の増強工事で殺気立っている慧音に、
「そんなに雨に濡れては炎も出せないだろ。家でおとなしくしていてくれ」
 と再び役立たずの烙印を押され、竹林の庵に引き篭った。
 チルノは豪雨もなんのその。何時もどおりおもしろおかしく過ごしている。
「こんな雨の日に泳ぐのもオツよねー! 波に飲まれるのも楽しいわ!」
 数時間後、湖底に沈んでいるチルノを救出するために大妖精が苦心したのはいうまでもない。






 一ヶ月もの間、日照りに豪雨と騒がしい幻想郷ではあったが唯一例外があった。
「はー、白玉楼は本当に快適よねー。お茶がおいしいわ」
「とっととここから出て行け、この貧乏巫女」
コメント



1.無評価Betty削除
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