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友達を作ろう

2013/10/17 23:17:23
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友達を作ろう

Hodumi
 時は無限であるか。
 誰かが始まりを認識した時、その始まりは他の誰かにとっての途上に過ぎない。
 また誰かが終わりを自覚した時、やはりそれは他の誰かの経過でしかないのだ。
 有限である始まりと終わりがいつまでもそこかしこで繰り返される限り、本当の最初、本当の終わりと言うものは誰にも理解し得ないのだろう。
 故に時は無限であった。
 しかし、今やそうではない。
 始まりを知る事はもはや不可能だが、終わりを知る事は可能となったのだから。
 生命の時間、星の時間、銀河の時間、宇宙の時間、時の時間。それら全ての時間と付き合いきれるだけの、えもいわれぬ永遠の時間。
 無限の中を永遠で居続ければ、それは、終わりを知る資格を有するに十分と言えるだろう。
 最初は単なる知的好奇心。
 ただ、その好奇心を抱いた貴き姫は、類稀なる行動力と実行力で、それまでのほぼ全てを引き換えに、永遠と共犯者を手に入れたのだ。
 嗚呼―――後はただ在り続けるばかり。


「ま、やめておけばよかったと思わなくもないけど」
「はぇ?」
 永遠亭。兎が小騒がしい程度で概ね静かな屋敷において、ふとした蓬莱山輝夜の呟きに、鈴仙・優曇華院・イナバは思わず聞き返していた。
「ん?」
 だが不思議そうに見上げてくる鈴仙に対し、輝夜はさも何でも無さそうに小首を傾げて見せる。そのついでとばかりに、横になって自分の膝枕の上に頭を乗せる鈴仙の喉をこそぐった。
「ひゃぁん……!」
 びくっとし、変な声を出しつつも抵抗する素振りは無い。それは慣れたものだからであり、鈴仙は輝夜のペットであるから、当たり前のスキンシップである。
 それから輝夜はペットのくしゃくしゃとした耳を弄り弄りして妙な声を出させながら、自室の天窓をゆるゆると見上げた。
 差し込む月光が僅かでも映えるよう、いつものように室内の灯りは消されている。薄闇の中を慎ましげな光が柔らかく輝夜に降り注いでいた。
 穢れた地から見上げる故郷の、げに麗しき事よ。
 鈴仙の耳を矯正するようにしごき、心なしか彼女の足が伸びつつ微痙攣しているのを無視して、輝夜は長く、ゆっくりとした息を吐く。
 溜息とも付かないそれは、目尻に少し涙を浮かべた鈴仙が目を瞬かせるには充分だったが、学習したのか今度は何も言わなかった。
 輝夜は膝の上のペットの頭を好きに弄りつつ、何となく思い出していた随分昔の事を再度思う。
 偶然が折り重なったあの必然は、要するに私が原因であり、だから私は永琳共々こうなってしまっているのであって。恐らく永琳はその後の事を憂慮して、罪滅ぼしの名目で私の後を追ったのでしょうけれど。
「……やっぱり、もうちょっと後先考えて行動するべきだったかしら」
 永遠の時間。
 時の終わりを知る為だけに得るというのは、無知無謀愚劣愚策の極みだったろう。
 少し考えれば分かる事とはいえ、それでも当時の私は終わりを知る事が出来るというその一点に恋い焦がれ、他の全てが分からなくなっていたのだ。そんな当時の自分を擁護するつもりは更々ないし、蓬莱の薬によって慢性的な刺激不足に陥った昨今では、先程のように後悔を覚える事など幾百回だろうか。
 無聊の慰めを求める日々は、退屈なりに退屈ではないが、それはそれでちっとも面白くない。
 もっとも、つい最近の騒動以後はそれなりに面白みがあると言えたが……それでも、あれやこれやと引っ張った所で五年もすれば飽きてしまうだろう。
 環境や状況の変化による退屈凌ぎが長持ちしない事くらいは重々理解している。
 とどのつまり、永遠と言うのは退屈が付いて回るものであり、それを如何に巧くあしらい続けるか、或いは上手に付き合うかという事が肝要だ。
 元々月人であったから、その辺りについては不得手では無いけれど。でもそれは周囲にも同様の月人がいるからこそだと言えた。傍に同類がいればこそ、長生きも苦にならないというもの。
 さてその長生きに必要な私の同類、蓬莱人は自身を含めてたったの三人。一応退屈凌ぎを続けるには十分な人数だけど、内一人がいつまでたっても非友好的態度を貫いてくれるのには困ってしまう。
 その彼女と一度面と向かって事情を説明し、あなたのそれは言うなれば逆恨みによく似ている、と指摘したのが拙かったか。……間違ってないのに。
「…………まぁ、それはそれとして」
 敢えて口に出し、輝夜は脱線した思考を元に戻そうとする。
「ほぇ?」
 すると鈴仙が自分の弄りがひと段落したのかと思って反応したのだが。
「…………」
「ひゃう」
 視線を飼い主に向けた鈴仙は、耳朶を優しくこねられ始めたのでペットらしく無防備に為すがままの有様に戻らされる。
 そんな鈴仙の事など委細構わず思考に没頭しようとした輝夜だが、居室を囲う襖の内、東の側に既知の気配を察した為これを中断した。
「よろしいでしょうか」
 計ったように襖の向こうから声がかけられる。
 彼女はいつもそうだ。
「よろしく無かった事があったかしら?」
 膝の上のペットが襖の向こうの声に微かに委縮するのを感じつつ、輝夜は鷹揚に言った。
 すると静かな音と共に襖が滑り、輝夜と鈴仙にとって良く知った女性が現れる。
「ええ、何度か」
 涼やかに微笑みながら、その八意永琳は正座姿勢のまま躙って部屋に入ると、丁寧に襖を閉じ、やはり丁寧に輝夜へ向き直った。
「それで、医者としてのお仕事はもういいのかしら」
「はい。後日ウドンゲに持たせる薬の数は充分です」
 己の同類である永琳へ、そう、と頷きながら輝夜は膝の上のペットから手を放す。それからその背をぽんと叩くと、まるでそういう仕掛けでもあったかのように鈴仙は跳ね起きて、ばつの悪そうな顔を永琳へ向けつつ輝夜の傍に正座した。
「厄介ね、医者も。いつ患者が来るかなんて分からないんだもの。ぐっすり眠れないんじゃないかしら」
「病や怪我が医者の為を思ってくれる訳ではありませんので。医者の不養生は必然という所でしょう」
「一般論ね」
「ええ、姫が一般論を仰せになりましたから」
 微笑み合う輝夜も永琳も蓬莱人である。通常の常識からは様々な方面で逸脱していた。
 永琳との軽いやり取りの後、輝夜は軽く溜息を吐く。それは実にさりげなく、相手の関心を引くのに必要最低限の溜息である。
「何か?」
 主従の従である永琳としては、主従の主である輝夜のそんな素振りを見過ごす事は不可能だ。
「恒常的な退屈を凌ぐにはどうしたら良いのかしら」
 そして主は従に対し、幾度目かの疑問を投げかける。
「以前であればいざ知らず、今の姫は狭いながらも広大な世界を自由に歩けます。見聞を深く広める事に専心すれば、向こう何十年かは安泰でしょう」
 永遠の時間に浸る中で、この程度の疑問が初めてである理由も無い。なので予め用意してあったかのような鮮やかさで以て、永琳は平静に問いに答えている。
「そういうのは嫌よ」
 だが永琳の提言を輝夜は笑顔で斬って捨てた。
「左様で」
 しかし笑顔に笑顔で返す辺り、慣れたものなのだろう。或いは永琳にとってこれも布石として必要な事なのかもしれない。
「では同じ境遇の友を作ってみてはどうでしょう」
「……それは無理というものでは無いかしら」
 再び斬って捨てたが、今度の場合は太刀筋が鮮やかでも無ければ、輝夜は笑顔とはいかなかった。
 永琳の言う同じ境遇というのは、つまり永遠の時間を持つ者という事だ。それは即ち蓬莱人。三人いる蓬莱人の内、永琳は輝夜の下である事を由とし、対等になる事を頑として拒否し続けている。よってこの場合は、最も若い蓬莱人である藤原妹紅の出番となる訳だ。
 月と地上と言う出身そのものの差さえ考えなければ、家柄からして問題は無い。実際、今ある様々な蟠りが無ければ友人としての付き合いも充分あり得ただろう。
 だが生憎と様々な蟠りがあり、その上輝夜が自ら妹紅との溝を広げるような事を言った事もある為に、出来ないと輝夜は考えたのだ。
「姫」
「何」
「私は別に藤原めと友になれとは言っていません」
「……ん?」
 永琳の意図を測りかね、輝夜は首を傾げさせる。同じ境遇の友、友はともかく同じ境遇となると永遠の時間を持つ者という事。そんな時間を持つ者など蓬莱人の他に居る筈が無いのだが……。
「境遇というものは―――」
 主の疑問の表情を堪能したのか、軽い微笑みすら浮かべて永琳は語り出す。
「所詮その者の置かれた境涯や身辺的な諸問題に過ぎません。であれば、私達蓬莱人の境遇とはまず真っ先に永遠であるという事が挙げられます。この永遠とは死なぬという事。……さて、死なぬという事にのみ主眼を置いて考えれば、幻想郷の中でも条件に合致しうる者は蓬莱人の他に居るのです」
「それが誰かを教えるつもりは無い訳ね?」
「答えを求め思い考える事は、決して無益ではありませんから」
 笑顔の回答に、輝夜は少しだけ渋い顔になる。
 考えれば分かると言いたい事くらいは分かるのだが、どうも永琳の笑顔というものはこういう時厄介だ。
 大体死なないという所に主眼を置いた所で、絶対死なないのは蓬莱人以外には存在し得ない。他の者は何者であれ遠大な時間の果てに消えてなくなってしまう。
 と、そういう当たり前的な考え方で出せる程度の答えなら、そもそも永琳が笑みを見せる訳も無い。
 要するに発想の転換だとか、見方を変えるだとか、小賢しい物事の捉え方をしなければならないのだ。それを求める者が者なので厄介ではある。
 ただ、輝夜は思考遊びが嫌いでは無かった。
「分からないわ」
 普段なら。
「興が乗りませんか?」
「固定概念が大き過ぎるのと、答えがとても気になるものだから」
「でしたら答えましょう」
 考えるよう言いながら、面倒だと言われたらあっさりと折れる。
 先程から黙ってやりとりを見ている鈴仙は、自ら師と仰ぐ永琳の、輝夜に対するこういう過保護な所がつくづくいかがなものかと思っていた。あくまで思うだけだが。
「死なぬ者とは、死なない者。恐らく姫は、蓬莱人以外は生きている者が死なない筈が無いと考えておいででしょうが、大雑把にはそれで間違っていないのですよ。ですがご承知の通り、私では姫の友には成り得ませんし、藤原めもほぼ同様。となれば……」
 思わせぶりに言葉を切って、視線を飛ばし、輝夜の興味を充分に引きつけてから永琳は言った。
「既に死んでいる者を友とすれば良いのですよ」
「……は?」
 その言葉に目を点にした挙句唖然としたのは鈴仙で、
「成る程」
 素直に感心しているのが輝夜である。
「お分かりいただけましたか」
 そして永琳は笑顔で鈴仙を無視した。
 永遠亭、月の主従と主のペットの三者間ではよくある事態である。主従にとって鈴仙の優先順位が高くない以上は、仕方のない事だが。
「そういう事なら早速手を打ちましょう。準備に間を持たせるものでは無いわ」
 言いながら立ち上がる輝夜を追うように永琳も立ち上がる。
「分かりました、では早速」
「あっ、ではわ、私も」
「イナバは留守番ね」
 先立つ二人に追従するように慌てて腰を浮かせる鈴仙だったが、片膝立てすら許されないまま待機を命じられてしまう。
「……はい」
 普段ならこういう場合扱き使われる立場なのにとか言う以前に、取りつく島も無い爽やかさで言われては反駁のしようもない。
 のろのろと腰を下ろす鈴仙の耳がしおしおとなっていくのを横目で見つつ、前ばかりを見てさっさと歩いて行ってしまう輝夜を永琳は追って行った。
 気落ちした弟子に一声かけるのも一興だが、放っておくのも師匠としては一興だろう。それに永琳としては不肖の弟子よりも、尊崇し愛すべき輝夜の方が絶対的に大事である。
 居室を出、そのまま月の薄明かりが差しこむ廊下に出た輝夜だが、典雅な足取りは月光に絡め取られたかのように止まっていた。
「姫?」
 後を追う永琳が疑問の声と共に、その傍らに立つ。
 自らの右少し後方、いつもの場所に立つ永琳を輝夜は顔半分振り返って首を傾げて見せた。たったそれだけの事で、また過去に幾度となく同じ状況を見て来たと言うのに、永琳はその美しさにはっとなる。
「どうすれば良いのかしら」
 そして輝夜から向けられたのは、言葉も表情も視線も仕草も素直過ぎる疑問だった。
 刹那程、永琳は輝夜に対し愛玩的感情を抑えるのに苦心し、そして次の刹那後には、疑問の理由から疑問の間接的な解消までを思い付いている。
「判断しかねます。ただ……」
 要するに輝夜は友達の作り方が分からないのだろう。未だかつて居た事が無いし、傅かれるのが当然の身分だったから、作ろうと思った事も無くて当然の事だ。
 その辺りを考慮した上で、輝夜の視線がよりじっと自分を見つめている事を自覚しながら永琳は続ける。
「下準備は大事であろうと。さほど面識も無い相手とは、損得勘定を抜きに友情を育もうとはしないものですから」
「……それはつまり、少しは仲良くしておくとか、交流を持っておく必要がある訳ね?」
「はい。ですが、その為の有効な方法となると……」
 不意に永琳の言葉の歯切れが悪くなった為、とうとう輝夜は顔だけでなく体全部で彼女の方を振り向いた。
 真っ向から自分を見る輝夜の視線に、永琳は僅かばかりの胸の高鳴りを覚えたが、慣れたもので表情には一切出さない。
「あなたに分からない事なんてあったの?」
「いえ、分からない事も無いのですが。何分、私も実践の方では些か経験が不足しておりまして。特にここ千年ばかりは姫もご存じの通りですし」
 いかにも自信無さ気に言うが、所謂方便である。
 そして方便はまさしく方便として輝夜に受け止められ、少し考えた彼女は答えを出した。
「……それなら、永遠亭の外の者に聞きに行くとよさそうね。経験豊富な知恵者は沢山居るでしょうから」
「それがよろしいかと」
「じゃあそうするわ」
 今度は先程とは打って変わって、月光に誘われるように楽しげに輝夜は歩み出す。
 分かりやすいその有様を微笑ましく思いつつ、永琳は普段のようにその後ろに控え、後を追った。
 永遠亭を出る過程、随行しようとした妖怪兎の何匹かを鈴仙と同様に扱って、月の主従は竹林に至る。
 鬱蒼と茂る竹林は月の薄光をまばらにし、ふとした風で細波のような音と、竹同士がぶつかる鹿威しめいた音を立てた。
 そんな竹に寄る暗い視界も、どこか心地良い音も、月の主従にとっては実に慣れ親しんだものだ。
 さて永遠亭を内包する竹林は、俗に迷いの竹林と呼ばれ、さも来る者を拒むかのような扱いを受けている。竹の成長速度や、土地の不規則なでこぼこや傾斜、数多の妖怪が巣くう等、明らかにそうとしか思えない状態なので仕方ないという所だ。
 もっとも、後者はともかく前者の二点については多分に後天的であり、要するに輝夜と永琳の仕業だが。
 因みに妖怪については、最初は純粋に来る者を阻む目的での竹林造りが、何故だか彼等に気に入られてしまったのである。一種アトラクション扱いでもされているのかもしれない。
 ともあれ迷うと評判の竹林だが、現在外へと歩むのがその創り手である為に、ただの悪路と化していた。
 無論飛んで行けばわざわざ悪路を往く必要はどこにも無いが、飛ぶという事は月光に身を晒す事であり、月に近付く事でもある。であれば月を追放された穢れた身、そんな事畏れ多くてとてもとても、と輝夜が微笑みながら諧謔を弄したのだった。
 そうして、頭髪の乱れ、裾の汚れ一つ無く二人は竹林を抜ける。すると遮るものが消えた為、月光が改めて二人を照らし、闇の地平に薄い影を伸ばした。
「どちらへ向うんです?」
「人間の里。手っ取り早いし、近いわ」
 竹林から里まで道らしき道は無いが、草地を進むというのは竹林を抜ける事に比べたら苦であろう筈も無く。また特に迷うような何かも無く。
 時に、妖怪の足跡というものが滅多に見られないように、力弱きものは力強きものに道を譲り、また力強きものは力弱きものを圧し折るような真似はしない。
 ざわざわと左右に分かれる草々の間を、さも当然のように踏み付けながら二人は歩いて行く。その歩みは普段と変わらないが、踏まれた草は何事も無かったかのように元の体裁を取り戻していた。
 進むのにわざわざ他を破壊し押し退けるというのは、やはり品格に欠けた者のする事だろう。
 妖怪では無いが、しかし大まかにはさほど大差の無い二人はその道程をなんら明らかにする事無く里が見える辺りまで到達し、そこでまた、どうやら月明かりが輝夜の身に絡んだようであった。
「どうなされました?」
 つい先ほどまでは着々と歩みを進めていたのに、後少しという所で何故か、だ。疑問に思って然るべきところだろう。
 追い付かれ、横に並んだ永琳に輝夜は視線を向ける。
「里へ行けば会えるだろうと思っているけれど、会えなかったらどうしようかしら」
「他の者へ会いに行けばよろしいのでは?」
 疑問に対する真っ当な指摘であった。
 何せ知恵者に事欠くような幻想郷では無い。
「……成る程」
 だが輝夜は如何にも尤もだと言わんばかりにゆっくりと頷いていた。恐らく自分の既知以外の誰かと会う選択肢が、彼女の頭の中には無かったのだろう。あまりにも視野が狭いと言うべきだが、永遠亭での暮らしが単純に長かった故仕方なくもある。
 そんな輝夜に微笑ましくも申し訳無く思いつつ、永琳は彼女が再び歩き出すのを追った。
 幻想郷の人間の里というものは、外の人間の街と同様部分的に不夜城な面がある。
 外の場合はいつでも人間が活動するからで、幻想郷の場合もまた同じ。ただし外は人間同士のやりとりのみに終始するが、幻想郷の場合は人間とそうでない者とのやりとりが主である。完全夜行性の者共が少ないどころか、昼行性の者共より余程多いのだから、必然と言えるだろう。
 という訳で、里に至った輝夜と永琳は、昼程で無いにしてもそれなりの活気に迎えられていた。
 商店の建ち並ぶ辺りに限定されたものとはいえ、昼とは覗かせる顔が全くの別。どこか怪しさと胡散臭さがあり、永琳はともかく輝夜は、田舎から都会に来たばかりのように周囲悉くを楽しそうに見ては、見慣れない里の様子にさほど意味の無い感嘆をあげたりしていた。これが昼ならもっと落ち着いているだろう。
 要するに浮かれている輝夜を微笑みながら見つつ、永琳は己の主に視線を奪われたり、硬直したり、呆けた顔になったりする様々な者共にささやかな優越を感じていた。穢れた地の者共にとって、月の姫の美しさに目が眩むのは全く当然の事ではあるが。
「姫」
「なに?」
「あちらに夜店があるようです」
「そう、なら反対方向に行きましょう」
 輝夜は見た感じでは全く迷いを見せない足取りで、向かうべき場所がさも分かっているかのような様子だが、その実何処へ行けば良いかさっぱりである。無論それは永琳の知る所であるから、何処へ向うかをそれとなく示すのは何の不思議も無い。
 そうこうする内に、月の主従は目的の人物と出会う事が出来た。
「……ほう。大変珍しい顔と結構珍しい顔とが並んでいるのは、この場所だと酷く不釣り合いに見えるな」
 夜回りの最中に輝夜と永琳を偶然見かけ、腕組みしながらそう評したのは上白沢慧音である。
「今晩は、良い月ね?」
「うん、今晩は。この場合、さしずめ眉月……蛾眉といった所かな」
「あら、お上手だ事」
 挨拶がてら軽く天を仰いだ輝夜に、永琳と目礼を交わした後倣った慧音は、三日月を見た感想を自分への世辞と取った輝夜を一瞬不思議そうに見たが、すぐに納得した。この黒髪の佳人の容貌と浮世離れ加減からして、仕方ないかと理解したのである。
「ともあれ夜の人里に何の用だろうか? そちらの薬師殿はともかく、あなたがここを訪れるのに理由は無いように思われるが」
 往来の真中から端に寄りつつ慧音は言うが、輝夜どころか永琳までついて来なかったので少し慌てて手招きした。他の者の邪魔になるという発想が全く無かったのだろうか? 二人して不思議そうな眼を向けて来たので、慧音は内心つくづく疑問に思った。
 もっとも、輝夜も永琳も素直に手招きに応じ、それから何か気付いた風だったから、疑問は答えだったが。
「私の用はあなたに会って知恵を拝借する事だわ」
 いきなり単刀直入である。慧音は一瞬呆気にとられてしまった。
「……何か困った事でも?」
「友達を作ろうと思ったのだけれど、どうすれば良いのかしら」
 一体何を聞かれるかと内心で身構えた慧音だが、小首を傾げた輝夜の問いは肩透かしも良い所だ。
「……?」
 輝夜の首の傾げが別の問いかけ調に逆方向へ向いた時、やっと慧音は我を取り戻す。
「あー、友達と一口に言われてもな。状況は色々あるが……だが仲良くなりたいと言うのなら、自分を知ってもらう事だろう。相手を知るように、自分を知らせれば良い。そして自分から好意的な態度を取れば、相手に真っ向から嫌われていない限りは仲良くなれる」
「んー、お互いを知るにはどうしたら良いかしら。迂遠なのは嫌いだから、手っ取り早いのでお願い」
「…………」
 我が儘な事をいけしゃあしゃあと言ってのけた輝夜に、慧音は改めて呆気に取られてしまう。風聞風評で大まかな人物像を把握していたつもりだったのだが、百聞は一見にしかずとはこの事か。
「どうしたの?」
「いや……何でも無い」
 自身の立場から行けば、慧音は我が儘を言う相手には指導をして然るべき所。だがそれを思い留めたのは、輝夜の後ろに控える永琳の存在である。
「それで、手っ取り早い手段という事だったが……」
「ええ」
 永琳は薬師であり、輝夜に仕える者だ。今ここで彼女の美しい主の我が儘を聞いておけば、彼女に対し何らかの見返りを期待する事が可能になる。いくらなんでも、まさか突然現れて突然知恵を拝借し、今後何もしないという事は無いだろう。無い筈だ。
「……その相手は、酒を呑めるだろうか?」
「呑めるわ」
「なら、共に酒を呑むと良い。共通で愉しめるものというのは重要だからな。後は一対一が望ましいが、いきなりでは警戒をされるかもしれない。あなたであれば薬師殿を臨席させ、相手側にも一人付き合わせる事にすれば良いだろう」
「つまり宴会を?」
「そう規模の大きな物である必要は無い。お互いを知る……まぁ親睦を深めるに辺り、必要なのはお互いであって、その他の者の重要性は高くないのだからな。……しかしその辺りは、私の言いなりではなくそちらの感性に任せるべきだろう」
「ふむ。……そういえば以前、博麗神社の方で頻繁に宴会が行われていたようだけど。それもつまり誰かが誰かと仲良くなりたいから行われていたのかしら」
 顎を指で擦るようにした後、輝夜は言った。そして彼女が何を指して言っているかは、慧音にとって察する事は容易い物である。
「あれはどうだったのだろう。人を萃め騒ぐばかりで……確かに親睦を深める等としては充分だと思うが。まぁ主催に聞いてみるのが一番ではないかな」
「何処に居るの?」
「さて」
 輝夜の問いに慧音は首を左右に振った。
「神出鬼没を体現したような輩だから、そうそう一つ所に長く留まらないし、遭う事も難しい。だが……」
「だが?」
「もし声が届く範囲に居るのであれば、嘘吐き呼ばわりしてやれば勇んで駆けつけて来るだろうな」
 言いながら、慧音にしては珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「そうなの。確か名は……」
 ここで輝夜は、今まで黙して佇んでいた永琳の方へちらと視線を送った。
「伊吹萃香。鬼ですね」
 待っていたかのように名を挙げた永琳であり、彼女の答えを聞くなり大きく息を吸った輝夜である。
 そして。
「伊吹萃香は鬼の癖に大嘘吐きぃー!」
 輝夜はにこやかに叫ぶ。
 当然ながら、往来の者共が何事かと一斉に輝夜の方へ視線を向けていた。慧音は慧音で、まさかやるとは思わず、またやるにしてもこんな即決且つ大胆にとは露程も予想できず、目を丸くしている。
「いや、そ」
 窘めるというか、宥めるというか。そんな目的の為に慧音は物を言おうとしたのだが、直後に自分の顔の真横を何かが物凄い勢いで輝夜へとすっ飛んで行き、それが紫の物体だと見てとった頃には、その物体から伸びる紐の先にいる存在が輝夜の真上から襲いかかろうとしていた。
 誰あろう、ついさっき大嘘吐き呼ばわりされたご当人である。
「鬼を鬼と知りながら嘘吐きだなどと誹謗しようとは良い度胸だ! 酷い目に遭わせてやる!」
 小柄な体躯に似合わぬ大声を聞くまでも無く、叩き付けた瓢箪を手元に引き寄せる萃香は怒っていた。
 いきなり大嘘吐きだと大声で喧伝されて、気分を害さない者はいないだろう。それが鬼であるなら、その害されっぷりたるや筆舌に尽くし難くても当然だ。
 慧音の後ろから問答無用に輝夜へ瓢箪を叩き付けつつ飛び上がっている萃香は、その瓢箪を咄嗟に片手で受け止めていた永琳もろとも輝夜を踏み潰そうと体躯を一瞬で巨大化させる。
 流石に表情に緊張を走らせる永琳と、面白そうな顔をしている輝夜、強暴な笑みを浮かべる萃香に、突然の状況に事態を呑み込めていない往来の者共。
「待て!」
 そこに発せられた理性と秩序が伴った阻止の一声。
 声を上げたのは慧音だった。
「嫌だ!」
 対する萃香の答えは簡潔を極める。
 しかしその返答をほぼ予測していた慧音は三者の間に素早く割り込んでいた。
「っげ」
 誹謗した者とその従者を踏み潰す事になんの躊躇も無い萃香だったが、彼女の足の裏が捉える筈だった二人を庇うように通せんぼする慧音を踏み潰すには怒気が足りなかった。踏んだ後の事を考えるだけの冷静さがまだ残っていたのだ。
 己の冷静さが訴えるままに、萃香はその巨躯を瞬く間に矮躯と縮め、仰け反り気味に両腕を広げていた慧音に柔らかく受け止められる。
 周囲、往来の者共から安堵の息がこぼれた。
「……で、どういう事」
 すぐに慧音から離れ、敵意を隠そうともしない視線をその後ろの二人に向けながら萃香は言う。
「里で騒ぎを起こすとそちらの立場がまずくなる事はまぁ言うまでも無いとして……原因が私にある以上、放置する訳にもいかない」
「は?」
「つまりだな―――」
 意外そうにした萃香だが、慧音から嘘吐きシャウトの事情を聞かされると思いっきり呆れかえっていた。
「だからって普通そこであんな風に言うかな~」
「だって呼べば来るのなら、大きな声の方が効率良いでしょう?」
「うわ。そう思ってまるで疑って無い目だあれ」
 輝夜の微笑みに、萃香は処置無しとばかりに肩を落とす。
「まぁあんたが私の事を大嘘吐きだなんて思って無いなら今回は見逃すけどさ。次は無いよ?」
「覚えておくわ。それで聞きたい事があるんだけど」
 それが例え本意で無いにしろ、鬼の脅しをあっさりと流すその唯我独尊な物言いには萃香ですら鼻白むものがあった。
「……なにさ」
「神社の宴会に呼び萃めた連中とは仲良くなれた?」
「はぁ?」
「なれた?」
 思いっきり怪訝な顔をする萃香だが、微笑むままに問いを繰り返す輝夜を前に、すっかり毒気を抜かれた様子で頬を掻いた。
「……まぁなれたはなれたけど。でも別に私はそれが目的で毎晩百鬼夜行やってた訳じゃあ」
「なれたのね。とするとやっぱり宴会……いえ、お酒は必須のようだわ。あなた随分お酒の匂いをさせているけれど、どこか良いお酒が手に入る所知らない?」
「…………」
 何このこいつ、と視線で慧音に訴える萃香である。そもそも輝夜が里に居る理由を知らないから仕方ないかも知れないが、分かっていても反応の度合に強弱の差が出る程度だろう。
「あー、そのだな?」
 改めて萃香に状況説明をする慧音であり、そんな慧音を少し不思議そうに見る輝夜が居て、説明を聞きつつ輝夜に呆れた感想を抱く萃香であった。
 場の顛末を一番よく分かっている永琳が輝夜の後ろに控えて何もしないでいる為、状況の推移に支障が生じている。が、それをそうと理解しつつも永琳は黙したままだ。従者故に主を想っての事である。
「……つまり誰かと仲良くなりたいから知恵を拝借しに来てて、その一環で私を嘘吐き呼ばわりして呼び出したと」
「そうよ。それでお酒の事だけど」
 腕を組んでつくづく呆れかえる萃香に、改めて輝夜は聞き、丁度相手の瓢箪に目が行った。
「その瓢箪、確かさっき中身が液体っぽい音を立てていたわよね?」
 剛速で自らの顔面目指して突っ込んできた瓢箪を永琳が寸前に受け止めていた訳だが、その際の些細な音を輝夜は聞き逃さなかったのである。
「そりゃあ、これは酒がいくらでも出る瓢箪だし、そういう音がするのは当たり前だよ」
「それ美味しい?」
「当たり前じゃん」
 輝夜の問いかけに萃香は自信満々にふんぞり返った。
「ふぅん。……じゃあちょっとその瓢箪貸してもらえるかしら」
「駄目」
 即答である、が。
「貸して?」
「駄目だよ」
「貸してよ」
「駄目だったら!」
「なんで?」
「しつこいなもう、承諾する訳無いじゃないか、これは私の物で、私がいっつも必要としてるんだから!」
 流石に怒気を発した萃香だが、対する輝夜の方は何処吹く風だ。
「酔っている割に吝嗇なのね。何も頂戴だなんて言って無いのに」
「何でも自分の思い通りになると思ってる相手には酒が回ってようが無かろうが関係無いね。大体酒くらい自分で用意しなよ、借り物じゃないのをさ」
「目の前に美味しいっていうお酒を持っている鬼がいるのよ? 説得くらいはして当たり前だわ」
「あんなのが説得とは絶対言わない」
「そう。となるとどこかで調達する必要があるわ、どこか良い所を知らないかしら」
 萃香の非難の眼差しを完璧に受け流しながら、輝夜は相対する二人に問う。
「酒蔵なら幾つか心当たりがある。……だが今は夜も更けているし、昼頃に出直すのなら案内するが?」
「ならそうするわ。となると……」
 輝夜は腰に手を当てて、軽く辺りを見回した。
「それまで暇ね。もう暫くは里を回る事にするわ」
「そうか、なら」
「ああ、案内は結構よ。永琳もいるし、楽しませてもらうから」
 申し出を断って、輝夜は微笑みながら慧音と萃香に手を振って歩き始める。会釈をした後、永琳はそれを追った。
 典雅な黒髪と怜悧な銀髪の後ろ姿を見送る慧音は溜息を吐き、萃香は酷く怪訝な顔をしている。
「……あのさ」
「ん?」
 隣から見上げて来た萃香に慧音は視線を落とす。
「案内じゃなくて見張るつもりだったでしょ」
「……まぁ、な。薬師殿がいるから安心したい気持ちはあったが、今の通りでは安心できないからなぁ」
「いくらお姫様だからって、浮世離れも大概にして欲しいし、あの後ろの置物は何の為にいるんだか」
「それは酷い言い草だな」
「あんたも同じ事言ったじゃん」
「そうか?」
「そうだよ」
 苦笑し合う。
「……まぁ私は鬼と違って、歯に着せる衣を持ち合わせているから。それに、あれはあれで姫としてらしいじゃないか、鬼が鬼らしいのと同じように」
「一緒にしないで欲しいなー」
「似たようなものだろう」
「全然違うよ」
「そうか?」
「そうだよ」
「ふむ」
 鬼の言葉に、今度は腕を組んで軽く一考する半獣人であった。


 白玉楼は基本的に、騒音とは無音の空間。何せ冥界にある以上、生者のように音を騒ぎ立てられる者が非常に少ない。
 故に屋敷の濡れ縁で足を崩し、中庭に広がる枯山水をのんびり眺める西行寺幽々子は、屋敷内の物音を容易に察知できた。
 それは綿の靴下が畳を繰り返し踏み締める音。徐々に近付いてくる歩みは幽々子にとってすっかり親しんだ音だ。
「どこへ行っていたの、妖夢」
 だから自分の居る濡れ縁と、歩いてきた相手との間にある障子が開くか開かないかのタイミングで、枯山水を眺めたまま声をかける。
「……幽々子様の御要望通りにお茶を取りに行っていたんですよ」
 傍らに茶器の載った盆を置き、片膝をついて障子を開いてから、魂魄妖夢は応えていた。自身の周囲に半身を漂わせながらの声音にどこか諦めがあるのは、いつもの事だからだろう。
「あら」
 幽々子は手に持った扇を開き、口元を隠しながら妖夢を振り返る。目元が微笑んでいるのは面白がっているからだが、妖夢からすれば幽々子の目元は大抵面白がっていた。何て言うか、いつもの事だ。
「でもそういう事なら、私としては早くお茶を頂きたいものね。何しろ妖夢に言い付ける位なんだもの」
「ええ、今すぐ淹れますから」
 妖夢は開けた時と同様に障子を閉じた後、やはり傍らに置いた盆に視線を向ける。湯気を立てる陶器の急須から茶漉しを取り、手に取ると無地で質素な湯呑に茶を注ぎ始める。
 台所から濡れ縁までの距離を歩く間に、急須の中の茶は充分に色付いていた。
 湯気とともに柔らかな芳香が広がり、妖夢は茶の出来具合に満足した顔になる。これはきっと美味しいと言っていただけるに違いない。
「ああ、でもそれは妖夢が呑みなさい」
 幽々子の言葉に妖夢の動きが一瞬止まる。
「は? 自分で言うのも何ですが良い出来だと思うんですが」
「いいから」
 有無を言わさない念押し。時として幽々子が妙な要求をしてくる事に妖夢は慣れていたが、それは要求する事そのものに対してであって、要求内容についてはいつも不思議が付きまとっていた。
「はぁ……」
 些か気の無い返事をし、湯呑を手に口を付ける。
 概ね期待通りの味がした。果たして先に味わってしまっても良かったのだろうか?
 満足と、素直な疑問。同時に湧いた感情を並行処理しようとしたものだから、半人はほぅと息を吐き、半霊は何やら複雑な軌道を描いていた。
 そんな従者の摩訶不思議な有様を眺め、くすくすと淑やかに微笑んだ後、扇を閉じた幽々子は無造作に妖夢に手から湯呑を掠め取る。
「あ―――」
 表情に僅かだけ閃く絶望。
 僅かに腰を浮かせる妖夢の有様を横目で見た後、幽々子は実に行儀よく湯呑に口を付けた。
 飲んでいる。
 飲んでいる。
 飲んでいる。
 飲み干した。
「……ああ美味しい。妖夢があんまりにも美味しそうにしていたものだから、ついつい欲しくなってしまったわ」
 極上の笑顔である。
 飲みたいと言われたから淹れてくれば飲めと言われ、飲んでいたら奪われて美味しいと来た。他の者なら混乱もしようが、多少は慣れのある妖夢としてはそうでもない。
「どうしてそういう手の込んだ事をするんですか」
「ただ飲むよりこうして飲んだ方が美味しいかしらと思ったから」
 抗議の視線を柔らかく往なして幽々子は色っぽく溜息を吐く。外道もいいところである。
「……で、どうでした」
「さっき美味しいって言ったじゃない。何を聞いていたの?」
 酷い脱力に見舞われる妖夢だった。とはいえ、いつもの事と言えばいつもの事の範疇である。問題と言えば問題だが、さしたる事ではない。
 楽しげな幽々子の顔に今日も諦観を抱きつつ、しかし祖父からお役目を引き継いだ以上、いやいやと妖夢はいつもの様に諦観を振り払う。そして、そうだ、今日はこれからの自分の稽古が済んだら、幽々子さまに剣術指南役として稽古をつけて差し上げるのはどうだろう、たまには本分に立ち返るべきだし、と。
 その際割と心情の変化が表情に現れていて、それを見ている幽々子は笑顔である。もちろん妖夢は今の主の笑顔の主原因が自分の百面相であるとは夢にも思っていない。
 ともかくそうして新たな意欲に気合いの入った妖夢は、剣の稽古に向かおうと座したまま頭を下げる。
「それでは、私はこれで」
「……ああ、刀を振る時間だったかしら」
「稽古です」
「似たようなものでしょ?」
「全く違います」
 こればかりは譲れない、と妖夢は強硬に主張した。
「まぁどうでも良いけれど」
 だが幽々子はさらりと流してしまう。実際に言葉通りの認識でしか無いのだろう、いつもの事である。
 とはいえ肩透かしを食らわされた妖夢は、ちょっと奥歯を噛み締めたのだった。
 改めて小さく頭を下げ、稽古場へ向おうとした所、
「あら、そう急がなくてもいいんじゃないかしら?」
 片膝立ちになった妖夢を幽々子は呼び留める。
「すると……他に何か御用でも?」
「いえ、まだ無いけれど」
 生真面目に座り直す妖夢に対し、扇を開き飄々と笑う幽々子であった。
「ならいつも通り用が出来たら呼ぶようにして下さいよ……」
 二段構えの肩透かしに肩が落ちる程気勢を削がれた妖夢である。それでも健気に意気を奮い立たせ、肩を上げ、背筋を伸ばす。剣術指南役としては曲がった姿をいつまでも晒す訳にはいかないのだ。
 そしてやはり、そんな妖夢の顛末が見ていて分かりやすく、面白い為に幽々子は微笑むのである。
「それで幽々子さま」
「なに?」
「剣の稽古へ向かいたいんですが」
「用があるかもしれないじゃない」
「今はありませんよね?」
「先の事なんて誰にも分からないわ」
「いくら白玉楼が広いからって、誰かが来れば分かりますし、また呼んでいただければ即刻馳せ参じます」
 実際、今までその通りにしてきたという自負が妖夢にはあった。
「それもそうだけど」
 勿論幽々子もそれを知っている。だが何故か譲る気は無いらしく、許可の一言を出そうとはしない。
 そんな幽々子に視線で訴えかけつつ、じっと座する妖夢だったのだが。
「あら」
 幽々子が声をあげ、妖夢は白玉楼入口の方へ顔を向けた。
 足音が聞こえ始めたのである。小さな小さな音だが、静かすぎる空間に居るとその静寂を乱す音には非常に敏感になるものだ。
「誰かが来たようですね」
「では行ってらっしゃい」
「はい」
 これを予期していた訳では無いだろうけれど、と思いつつ、でもそうでは無いと言いきれないとも思いながら妖夢は腰を上げた。

     §

 慣れ得るものでも無いし、慣れてはいけない。
 輝夜の命によりお使いを任された鈴仙が、冥界に立ち入って真っ先に抱いた感想はそれだった。穢れた地の死者が吹き溜まる場所の一つ、と言うだけでも怖気が走ろうというものだ。
「うう、早く済ませないと……」
 託された封筒を手に、周囲をきょろきょろと見回して小さく身震いする。
 死者の領域だけに静寂そのものなのだが、その割に辺りの自然環境が豊かである事が鈴仙には不思議だった。これで太陽の光が眩しければ、外の並木道を歩いているのも同然なのだ。
 通常なら荒涼とした大地に枯れ木が幾つか、というのが冥界に対する鈴仙の理解だったのだが……。
「……うわ」
 しかしすぐに周囲の景観が見た目の生命力を全く保持していない事に鈴仙は気が付いた。
 何せ虫は飛んでいるし風で木々が揺れていると言うのに、音がしないのだ。自分の足音がやけに響いて聞こえるのは気のせいや怯えからでは無く、単なる事実だったのである。
「えっと。これって……景色も死んだ後な訳……?」
 何も死後冥界に至るのは動物ばかりでは無いと言う事か。本来ならここで更に委縮しそうなものだが、むしろ鈴仙はちょっとした物見遊山気分になって、足取りを少し軽く冥界並木を進んで行く。
 一度周囲を冷静に認識する内に、位相さえずらしておけば何の問題も無い事を思い出したのである。
 鼻唄すら零れそうな様子で冥界を進み、幾つかのご丁寧な標識を元に白玉楼前の長階段に辿りついた鈴仙は、自身と周囲との位相を合わせた。そして遠く続く階段を見上げ、その長さにうんざりした顔になりつつも、まぁ少しくらいはと上って行く。
 石段を一段一段靴で踏み締めて、二十段も行かない所で鈴仙は足を止めた。上るのが億劫になって飛んで行こうという訳では無い。
「―――あ、これは。いつぞやはそちらの薬師にお世話になりました」
 銀髪緑衣の少女が空から行く手を阻むように降りて来たからだ。
「師匠の薬に間違いはありませんから。それより、今日はこれを届けに来たんです」
 応答もそこそこに、鈴仙は手に持っていた茶色の封筒を妖夢に見せる。
「手紙ですか?」
「そう、手紙。貴方のご主人様へ私のご主人様から」
「永遠亭の?」
 鈴仙の言葉に妖夢は少し驚いたが、丁寧に両手で封筒を差し出されたので同じようにして受け取った。
「それで、私は返事を持って帰らなきゃいけないんだけど……」
「じゃあ白玉楼の方までどうぞ。私が幽々子さまに封筒を届け、返事をいただくまでの間、何か簡単な飲み物でも用意させますから」
「悪いね」
 こっちです、と封筒を小脇に抱えた妖夢は颯爽と身を翻し、宙へと舞う。促されるままに鈴仙もそれについて行く事にした。
 長々と続く階段が眼下を滑っていき、やがて白玉楼が見えてくる。
「……へぇ」
 永遠亭とはまた違った佇まいの、見た所では冥界の屋敷には見えない立派さに鈴仙は息を吐く。とはいえ、階段を登りきった所からずっと先にあり、屋敷と階段を隔てるのは広大な庭である。
「っとぉ」
 鈴仙が辺りに気を取られているのに気付かなかったのか、妖夢は先に行ってしまっていた為彼女は慌ててその後を追った。
 そして門を通り、少し歩いて玄関の敷居を跨ぐ。
「あ、私はここでいいから」
「そうですか?」
 客間に通そうと思っていた妖夢は意外な顔をし、客をもてなさないのはどうかとも考えたが、返事を持ち帰らなければならない事を考慮すれば、玄関先で待つというのは止められないだろう。
「では……何か用意させますから、座って待っていて下さい」
 言われるままに玄関の上がり口に腰を下ろした鈴仙は、ではと妖夢が屋敷の奥へ小走りに進んで行くのを小さく手を振って見送った。
 その後軽く周囲を見回して、永久を生きる者の住処である永遠亭とは違う、死者が住まう白玉楼の不思議な雰囲気に鈴仙はつい口が開いてしまっている。
 飾られている盆栽、あの掛け軸、いやこの屋敷そのものやいっそ冥界の全てが一度死を経験していると考えると、死後の世界とはそう悪いものでは無いのかとも思えてきてしまう。
「だけど―――」
 開いた口に気付き、閉ざすと鈴仙は表情を知らず引き締める。
 自分の逝き付く所はこういう所ではないのだろう。
 閻魔様に叱られてしまっているし。
 しかも対処法が良く分かんないし。
「…………」
 鈴仙の耳は萎れていた。

     §

「それで何だったの?」
 幽々子は先程と同じように、妖夢が濡れ縁に入って来る前に声をかけていた。
「永遠亭から手紙だそうです。兎が届けに来ました」
 せっかちな日なんだろうか? と思いながら濡れ縁に入った妖夢は封筒を見せる。
「永遠亭? ……どっちからなの」
 言われて初めて妖夢は差出人を聞いていなかった事を思い出したのだが、鈴仙が私のご主人様と言っていたのを思い出す。
 妖夢とて鈴仙が薬師の事を師匠と呼んでいるのは了解しているし、永遠亭には薬師の他にもう一人、主である姫が住んでいる事も知っている。
「主の方かと」
「そう、破り捨てなさい」
「分かりまし……いや何でですか」
 あまりに自然に命じられたものだから、妖夢が気付いた頃には封筒に縦の亀裂が少し入ってしまっていた。
「いいから破り捨てなさい。妖夢のくせに私の言う事が聞けないの?」
「いえあの、取捨選択くらいはしたい所ですが。それに先方は返事をもらうまで待っているみたいですし」
「ならその兎は鍋にしてしまえば良いわ。ついでに紫も呼んで今夜は楽しく過ごせば尚よろしい」
「それは流石に……というか幽々子さま。いやに強硬、いえ、強引ですね」
 無茶を言う幽々子の隣で正座し、妖夢は半目で彼女を見据える。ついでに言えば、妖夢は自分が原因で永遠亭の薬師が白玉楼を訪れた際、自分の主がひえぇとのたまった事をしっかり覚えていた。今回の手紙は薬師からのものではないが、永遠亭と言う事でその影がチラついても不思議はない。
「あら、いけないかしら?」
「苦手な方からの手紙だからって、無碍になさるのはどうかと」
「あら」
「ともかく、ちゃんとお読みになって下さい。頂いた手紙を理由も無く破り捨てるだなんて、不作法です」
「あらあら」
 幽々子は誤魔化すように扇であおいでいたが、妖夢の突き刺さるような真摯な眼差しに晒されてしまい、やがて、根負けして封筒を受取ってしまっていた。
 全く飾り気の無い茶色の封筒を開くと微かな香の匂いが鼻腔をくすぐり、これまた飾り気の無い白の便箋を引っ張りだす。
「……がーん」
 便箋を開き、内容を一瞥するなり幽々子はそんな事を言った。
「幽々子さま……?」
 見ればよよよと泣き崩れていて、読みなさいと言わんばかりに便箋を妖夢へと向けている。
「では失礼して……」
 両手で便箋を取った妖夢は、その内容に目を白黒させた。流麗な筆致による時候の挨拶から始まり、綴られた文章は丁寧なものなのだが、内容が内容だった。
「友達に……なりませんか……?」
 思いも寄らない事に、蓬莱山輝夜から西行寺幽々子への交友のお誘いである。
 次の満月の夜、永遠亭前の竹林にてささやかな宴の席を用意するのでどうですか、という事であり、更には都合が悪いようなら日時を改めるかそちらへ伺うかする、とあるので、鈴仙を待たせてある事も合わせると断らせる気は無いらしい。
「……どうするんですこれ」
「お腹が痛いから行きたくないわ」
「子供じゃないんですから……」
「だって仕方ないじゃないの。何せ行きたくないんだから」
「では断りますか?」
「それは無駄だわ。だって私もあっちもこの先永いんだもの。断ったって今後いくらでも文が来るし、下手をしたらここに来てしまうわ」
 だからこそ、幽々子としてはがーんとわざわざ口で言いたくもなったのだ。
「では承諾を?」
「そうせざるを得ないわね。……あなたに名代任せても意味は無いし」
 濡れ縁に扇でいじいじと何か描きながら幽々子は溜息を吐く。
「……じゃああの、返事を伝えて来ますから」
「ああ待ちなさい妖夢」
「はい?」
「私も行くわ。待たせてあるなら多少は遇しているのでしょう?」
「ええ、まぁ……」
 浮き浮きとした様子で付いてくる幽々子を不審に思いつつ、妖夢は玄関の方へと向かった。

     §

 一方、玄関で待機を続けていた鈴仙は長閑に茶を頂いていた。
 初めこそ幽霊が軽食を持ってきた事に少なからぬ怖気を感じたものだが、すぐに慣れたし、それにお茶も茶菓子も美味しかったのだ。
 なので妖夢が何故か幽々子を伴って戻って来た頃、慌てて立ち上がった鈴仙の傍らにある湯呑と菓子の盛られた皿は、空になっていた。
「お待たせしました」
「いえ、そんなには。……それで?」
「行くわ。次の満月の晩、私がそちらにね」
「ありがとうございます」
 幽々子からの承諾の言葉を受けて鈴仙は深々と頭を下げる。
「ところでね、あなた」
「はい」
「ここで出されたものは食べたかしら」
「え? ええ。美味しく頂きました」
「あらそう……」
 そう言った幽々子の声音、表情、視線が鈴仙に嫌な予感を喚起させた。
「あの。……何か拙かったですか?」
「いえそ、むぐ」
「拙いと言えば拙いわね」
 鈴仙の問いにきょとんとして答えようとした妖夢の口を塞ぎ、幽々子は言った。
「古今、東西において。異界で出された食べ物を食すとその世界の住人になってしまうと言う、黄泉戸契な話はよくあるのよね」
 その言葉を受けて、少しだけ不思議そうな瞳をしていた鈴仙だが、思い至ったのか瞬く間に真っ青になる。
「え、そ、それって、まさか……」
「お茶も茶菓子も綺麗に食べちゃったわねぇ」
「そんな……」
「冥界へようこそ。こっちも割と楽しいわよ?」
 どこか楽しそうにくつくつと笑う幽々子を見て絶望的な顔になった鈴仙だが、ふと、彼女が妖夢をほぼ羽交い締めにするような形で口を塞いでいると言う有様に気が付いた。
 そして、気付いた途端湧きあがるのが不審である。思えば彼女の主や師匠もそういった顔をある特定の時に見せる事があったではないか。
「……あの~」
「なに?」
「……凄い何か言いたそうなんですけど」
 妖夢を指差し言ってみる。
「そんな事は無いわよ」
 何かを訴えたげにもがく妖夢。その様相からして、幽々子が言った事が誤りであるのは鈴仙にとって疑いないものとなった。日頃てゐ絡みで慣れている部分も大きいだろう。
「……あの~」
「なに?」
「ええと、とりあえずおいで下さる事を伝えに行かなければならないので、これで失礼します」
「あらあら」
 ぺこりと頭を下げた鈴仙に、幽々子は面白くなさそうな声を出す。
「……もう、仕方ないわね。それじゃ、よろしく伝えておいてもらえるかしら」
「はい。それでは」
 再度頭を下げて、妖夢の様子にどこか同情的な物を感じつつ鈴仙は白玉楼を後にした。そして苦も無く冥界を脱した所で、ああやっぱりと息を吐く。
 一方では、鈴仙が出て行って暫くした後、幽々子の手から解放された妖夢は幽々子の魂胆に呆れようとしたのだが、それより早く役立たず呼ばわりされた為かなり理不尽な思いをしていた。
 割といつもの事だが。


 月の光の下、ささやかな宴の準備そのものは簡単だ。
 唯一の懸念材料であった先方からの承諾もすんなり得る事が出来たので、後は場所の確保とかお酒とか椅子とかである。
 場所の方は、竹林で土地が平らで竹が少ない所といえば永遠亭前の少し開けた部分のみだから、そこを用いる事にした。
 お酒の方は、慧音に案内されての酒蔵巡りで吟味を重ね、最上のものを用意してある。
 座る場所としての椅子は―――
「ぃ、よいしょ」
 降り積もった竹の葉が幾重も押し潰れる音がして、たった今設置が完了した。
 手伝ってくれたイナバの一人に礼を言うと、輝夜は座り心地を確かめるように椅子に腰を下ろす。
 最初は対面して座るよう二脚の椅子を用意しようとしていたのだが、長椅子に並んで座った方が景色を共有できるし距離も近い、との永琳の言葉によって長椅子が選択されていた。それと、並んで座った方が対面して座るよりストレス的な意味でも大分マシになるらしい。
 輝夜としてはそういうのとは無縁に思っているが、万が一という事があるかもしれないし、相手の事情もあるだろうし。それに、並んで座っていれば首の向きから常時相手を見なければならない訳ではないのだ。
 里へと繰り出した蛾眉の夜からは十日以上が経っており、座ったままついと軽く顔を上げれば、雅な光を放つ満月が夜空にある。
「後は待つばかり、か」
 燦々と月光を浴び、いかにも楽しげに輝夜は笑う。
 そうだ。
 何かを楽しみに待つというのは、久しく無かった事。このわずかな時間を遠大なものと錯覚してしまう思いは、とても懐かしく、とても楽しい事だ。より長く楽しむ為に、永遠亭への道を一時的とはいえ整備する事は無かったかも、とすら思えてくる。
 そんな思いを味わえているというだけでも、永琳の提案に乗った事を良かったと思う輝夜だった。

     §

 来たくは無かった。それは白玉楼で支度をする前からずっと思っている事だったのだが、幽々子はそれが詮無いと言う事も分かっており、結局のところままならない現状を溜息に代えて吐き出すばかりだ。
 勿論そんな溜息を何度も聞かされる側としては堪ったものでは無い。
「観念と言うか……もう竹林も見えてますよ、幽々子さま。もう諦めたらいかがですか」
 行燈を手に幽々子より少しだけ先を行く妖夢は、うんざりを滲ませて言った。
「だぁって行きたくないんだもの。でも行かない訳にはいかないんだもの。酷い話だわ」
 溜息ばかりか声も、うなだれた様子も、何もかもが行きたくないと言っている。
「そんなに行きたくなかったのなら紫様にでもお願いすれば、何とかなったかも知れないじゃないですか」
「何でこんな事で紫に貸しを作らなきゃならないの」
「友達なのでしょう」
「友達だからってあなたは十全頼り切りにするの?」
「そうではないですが……でもそんなにお嫌なら、回避する手もあるんじゃないかと」
「向こうがその気を失くさない事には何やったって無意味だもの。もし物凄い熱心で、断っても断っても誘われ続けられたらその内紫だって匙を投げるわ」
 そう言ってまた溜息を吐いた幽々子に、一度断るだけで済むかも知れないのになぁ、と妖夢は思っていた。ただ、それを口にしてもきっと良い事にはならないだろうから黙っていたが。
「あ。……ほら、幽々子さま。迎えの灯りが見えましたよ。背筋を伸ばして下さい」
「だらけてたって良いじゃない。嫌々なんだもの」
「白玉楼の品格が地に落ちますよ」
「そんなのどうだっていいわ」
「私はどうでも良くありませんし、それに白玉楼の御当主が無様を晒したと噂になったら、どこかからお爺様が舞い戻ってくるかも知れませんよ?」
「……それは嫌ね」
 妖夢の言葉を受けて実に不精不精といった様子で猫背を正す幽々子である。
 だが一度姿勢を正したその姿は、ついさっきまでの怠惰なそれとは違い、挙動全てに美しさと、凛とした儚さを持ったまさに亡霊嬢の名に相応しい姿となっていた。
 これがもし幽々子の種族が亡霊では無く妖怪の類であったら、化けるという表現が一番ぴったりだろう。それこそ、蝶が羽化したかのような。
 やがて一人と半人と半霊は、竹林の入口辺りで行燈を手に待つ赤と紺の薬師の元に辿りつく。
「ようこそお出で下さいました」
「今夜はお招きに預かり光栄ですわ」
「ささやかながら月見の席と、お酒の方を用意させて頂きました。楽しんで行って頂ければ幸いです」
 礼を交わした後、永琳と幽々子は定型句のようなやりとりを交わす。
 それから永琳はふと妖夢の方へ視線をやった。
「調子はどう?」
「あっ、はい。上々です。治ってからは再発するような事も無いですし」
「そう、良かったわ」
 妖夢へと微笑みかけた後、こちらです、と永琳は一人と半人と半霊を先導する為に歩き出す。
 その背を追いつつ、妖夢はこういう所は目的地まで飛んだ方が早いのにと思ったが、幽々子が粛々と後へ着いて行っているので、やはり口にはしなかった。
 多分風情とか情緒とか侘寂とかそういうのだろう。
 永琳の先導で竹林を進んで行くと、途中、何度か行燈を持った兎達を見かける。やはり満月の夜だけあって餅突きの準備に忙しいのか、どこか忙しなさを感じさせた。
「多いですね、兎……」
「竹林の主な住人は兎ですから」
 思わず口にした妖夢に永琳は振り返らずに答える。
「色々と重宝していますよ」
 何がどう色々と、なのかを聞く気にはなれなかった。
 多少曲がりくねってはいたが、悪路と言う程も無く竹林を進み、やがて永琳は立ち止まると一人と半人と半霊を振り向く。
「ここから先、まっすぐ行った所で姫が待っていますので。どうか、幽々子嬢のみでお願いします」
 会釈と共に言われ、これに反応が鋭かったのは幽々子では無く妖夢である。
「私が幽々子さまのお側を離れると言う訳には」
「構わないわ」
「ですが……」
「あら妖夢、招待されているのは私よ。用があるのも私なら、あなたが居てもさして意味は無いんじゃないかしらね?」
「そう……ですけど」
 承服し難い所だ。が、幽々子の手がひらりと舞い、ふわりと妖夢の頭に下りる。
「え……?」
「ちゃんと待ってなさいね?」
「幽々子さま~」
 永琳の見てる前で頭を撫でられて、気恥かしさに頬を染めてしまう。そんな妖夢の様子に微笑んだ後、幽々子は表情を亡霊嬢のそれへと切り替えると、永琳を通り過ぎ竹林の奥へと歩いて行く。
「……心配はしなくて良いわよ? 呼び出して不逞な真似をするような仲じゃないもの」
 幽々子の背をいつまでも見ていた妖夢に、永琳が先程よりずっと砕けた口調で言った。彼女にとっては幽々子を送った時点で公私の公は終わったという事なのだろう。
「へっ? いや、それは……」
「顔に書いてあるわ。分かりやすいわねぇ」
 くすくすと笑われて、それがさっき頭を撫でられていたのを見られたという事も相俟って、妖夢はかぁっと頬に熱を感じた。
「ま、私の姫とあなたの姫が親睦を深める間、従者は従者同士で親睦を深める事にしましょうか。あなたの健康診断もしたい所だし」
 どちらかと言えば後者が本命かのように言った後、永琳は改めて微笑みかける。
「それじゃあ……お言葉に甘えて」
 いつ戻るか分からない幽々子をここで座して待つのも良かったが、遇されるのであれば遇されておくべきだろう、と妖夢は判断した。

     §

 行燈は妖夢に持たせたままだったが、満月の光と少しは空が開けている竹林の道、そして何より亡霊の視界にとっては特に支障は無い。
 敷き詰められた竹の落ち葉を踏み踏み進み、時折吹き抜ける風が竹を鳴らす音を聞き、そして。
「ようこそ、西行寺幽々子」
「お招きに預かったわ、蓬莱山輝夜」
 座っていた輝夜が席を立って微笑みかけると、立ち止まった幽々子はそれに応えた。
「あの手紙を読んで、それで来てくれたという事は、あなたにもその気が少なからずある、と取って良いのかしらね」
 自分の隣に座るようすすめながら、輝夜は実に楽しげに言う。
「それはどうかしら」
 進められるままに椅子に座り、輝夜と並ぶ形になった幽々子は開いた扇で口元を隠す。
「と言うと?」
「だって私からしたら、あなたとあなたの所の薬師は天敵な訳だし。天敵と仲良くだなんて不可能よ」
「……天敵?」
 いかにも意外そうに輝夜は言う。
「天敵」
 一度頷いてから幽々子は続けた。
「だってこの前あなたの薬師が白玉楼に来た時、あんまり便利だから死んで私に仕えてもらおうと思ったのに、死なないんだもの。亡者にとって死なない者なんて言うのは天敵なの」
「仮に永琳が死んだとしても、私がすぐ取り返しに行くけれど……でも、おかしいわね。永琳は私とあなたは友達になれると言っていたのだし、私もなれそうだと思っていたのだけれど」
「あなたの薬師とあなたはそう思っても、私もそう思うかどうかは別じゃないの」
 その幽々子の一言に、輝夜は同意を示すようにゆっくりと頷く。
「だからこうして、親睦を深める為に一席設けた訳」
 言いつつ、輝夜は幽々子とは逆隣に置いてあった盆から朱の盃を取ると、それをどうぞと手渡そうとする。
「天敵なのに?」
 だが幽々子は盃を受け取ろうとはしない。
「私はそう思って無いし、それに、あなたにとっても不変の友達は必要なんじゃないかしら?」
「そういうのなら私には紫がいるわ」
「他にも居た方が良いんじゃなくて?」
 盃を差し出したまま、輝夜は笑う。一歩たりとも引くつもりは無いようだ。
 暫し視線が交錯した後、幽々子は盃を受け取った。結局の所、ここで突っぱねた所で相手の意思が萎えない限りは何の意味も無いのである。
 受け取った盃に輝夜の酌でとくとくと酒が注がれていき、その芳香に少しばかり幽々子の頬が緩む。何だかんだで旨い酒が嫌いな輩はいないのである。
「それにしても突然だわ。手紙が来たから何かと思えば、友達になろう、だなんて」
「色々文面は考えたのだけれど、率直なのが良いかしらと思って」
 言いながら、輝夜はもう一つの盃に手酌で酒を注いでいく。
「分かりやすいのは結構ね。……でも普通は、こういう時持って回った迂遠な書き方をして然るべきじゃないかしら」
「そういうのは面倒じゃない。往時はいざ知らず、言文一致が進んでいるこの時勢に、わざわざ解読に頭をひねらなきゃならないような手紙なんて無粋だわ」
 朗らかに笑った輝夜を、少し幽々子は意外に思った。お互い似たような立場で、それでいて割と話が合いそうなのだ。
「まぁ、それはそれとして。まずはお互いに」
 酒が静かに波打つ盃を軽く掲げ、輝夜は乾杯の音頭を取る。
「そうね、まずはお互いに」
 それに応じて幽々子も盃を掲げ、そして、二人は静かに盃に口をつけた。
 輝夜としては吟味に吟味を重ねた酒であるから、満足のいく味わいであるのは確かである。が、この場合重要なのは相手の感想だ。自身の味覚がおかしいとは思っていないが、それでも当たり外れという事がある。
 何口か酒を飲み、盃から口を離した幽々子は輝夜の視線が自分へ向けられている事に気付いた。
 明らかに何かを期待しているその視線に、少し意地悪をしたい気分にもなったが―――そういうのは今でなくても良いだろう。
「……美味しいわ」
 なので飲んだ感想は正直に。社交辞令的な内容とも言えたが、美味い物に美味い以上の事をあれこれ言うのは、輝夜に対しては無用のように思えたからだ。
「そう、この為に選んだ甲斐があったわ」
 果たして、幽々子の言葉を受けた輝夜は嬉しそうに華やかな笑みを浮かべる。
「それでね幽々子」
「え?」
 急に名前で呼ばれたものだから、珍しく幽々子の目が丸くなった。
「あ、気が早かったかしら。でも名で呼ぶのも友好の第一歩と物の本に書いてあったし」
「まだ遠慮してもらいたい所だわ。でも、友達を作るのに本に頼る事は無いんじゃない?」
 幽々子の言葉に、輝夜は気恥ずかしそうに俯く。
「だってほら、初めての事だもの。自分だけならともかく、相手もいるのだから予習くらいは必要だと思わない?」
「初めてなの?」
「初めてなの」
「あらまぁ」
 改めて、幽々子は扇で口元を隠した。物腰や態度からして、同じ椅子に座る相手が見た目通りの年齢では無いと思っていただけに、友達を作った事が無いと言うのが意外だったのだ。幽々子とて、不変に拘らなければ友達は結構いる方なのに。
「で、何?」
「あ、っと。それで、そう。一つ気になっていたの。幽―――じゃなく、あなたの従者の事だけど」
 盃に映る月が揺れ動く。
「あげないわよ?」
「うんそれはまぁ。私の方も充分間に合ってるし。ただ……魂魄妖夢と言ったかしら? あの子ってなんでああなっているのかしら。ほら、半人半霊」
 妖夢の話題。当たり障りの無さそうな話題から徐々に会話の花を咲かせようという手だ。
 このヒントを輝夜に与えたのは無論永琳である。
「ああ。あれは……元からああいう風だから」
「そうなの?」
 特に興味も無さそうな幽々子に、何故か輝夜は不思議そうな顔をした。これに幽々子も不思議そうな眼をし、相手の発言を促す。
「だってあなたの能力って、死を操るんでしょう。それも結構強力な」
「そうね」
「と言う事は、無意識に魂魄妖夢をゆっくりと殺していっている何ていう事は無いの? 即死ならすぐに全部幽霊だけど、ゆっくり死んで行っているからあんな半人半霊になっているのではないかって」
「…………」
 折り重なる波紋で盃の中の月が消える。
 言われて初めてその可能性に突き当たったかのような、少なくとも驚いているのは間違いない顔で幽々子は輝夜を見ていた。
「……私何か変な事言ったかしら」
「変と言うより、指摘としては真っ当だわ。どうしましょう、私が妖夢をゆっくり死なせていたなんて」
「えっ? そうなの?」
 よよよと泣き崩れる幽々子に、今度は輝夜が驚く。
「だって言われてみればそんな気がするんだもの。半人半霊だなんて変なのは魂魄家くらいだし。魂魄家と言えば代々私の近侍で、常に私の能力に晒されてるようなものだもの。あ、そういえば妖忌はむかーしはどうだったかしら……」
「でもそれは私の仮説で……もし本当なら、気を付ければ済むんじゃない?」
「どうやって?」
「さあ」
 分かりようも無いので、輝夜は正直に肩を竦めた。
「今までは無意識だったけど、気付いた以上何か出来そうな……でも近くにいるだけで勝手に死んで行ってしまうなんてどうしたらいいのやら、だわ」
 溜息を零した後、盃を呷る幽々子だ。
 一方の輝夜としても、まさか何の気なく選んだ話題がことのほか盛り上がりそうで驚きを隠せずにいる。
「えっと。……あ、そうだ。こうしたらどうかしら」
「一体どうするの?」
「暫く永遠亭に逗留するの。もちろん、魂魄妖夢は白玉楼にお帰り頂くわ」
 輝夜の妙案に幽々子は暫し時を忘れたように呆けていた。
「って。私は冥界の管理をしなきゃならないし」
「ちょっとサボっても良いんじゃないかしら?」
「閻魔様に怒られるし」
「……じゃあこうしましょう、あなたではなく魂魄妖夢が逗留すると言うのは」
「え~? それは私が困る」
「……何だかどうしようもない気がしてきたわ」
 眉を困らせて、輝夜は盃を傾ける。
「でも、そうなると魂魄妖夢はゆっくり死んでいるのかそれとも魂魄家はそういう家系なのか、はっきりしないんじゃないかしらね」
「魂魄家は人間と幽霊のハーフを始祖とした家系だから、ああいう家系なの」
 幽々子は笑顔でそう言い切った。
「……さっきまでと随分違うわね」
「それでいいの。半匹半霊な兎を増やす訳にもいかないでしょう?」
 言い返した輝夜だが、こう言われては成る程と頷かざるを得ない。ただ、どうも遊ばれているような気はする。
「うーん。じゃあそういう事で良いのね」
「そうそう」
 幽々子の態度にどうも何か引っかかるような、それでいて気にし過ぎのような気分になりつつも、ふと輝夜は思い、それからそれを言葉にした。
「……でも正直意外だわ。だっていきなり天敵と言われたから、てっきりさっさと帰ってしまうのかと思っていたのに」
「ええ、天敵よ。天敵だけど、だからこそ下手な態度なんて見せれないじゃない?」
 笑顔の輝夜に幽々子も笑顔で返す。
「あら。とすると私はおべっかでも使われていたのかしら?」
「いいえ? こうして話していて悪い気はしないし、妖夢の事も言われてみればそうかもとは思ったわ。でも、それだけかしら」
 返された言葉に輝夜はう~んと小さく唸り、そして、気持ちを切り替えた。最初っからいきなり仲良しになんてなれる訳が無いのだ。千里の道も一歩から、というものだろう。
「やっぱり出逢ったばかり……では無いけれど。これから何回かこういう席を設けていきたいものだわ」
「私としては諦めて欲しい所なんだけど」
「生憎と、飽きるまでは続けるつもりだわ」
「いつ飽きるのかしら」
「……さあ?」
 笑顔と笑顔が交錯する。
 張り詰めた空気というか、腹の探り合いというか、しかしどこか緊張感に欠けた妙な空気が両者の間にはあった。どちらも本気では無いからかもしれない。片や要するに暇潰しで、片や嫌々とあっては。
 ただ、暇潰しの側が楽しんでいるというのは明白な事だったし、どうすれば長く楽しめるかという部分については本気だった。
「あ、そうだ」
「?」
 そして輝夜は一つ思い出す。仲良くなる手段の一環として、これを成し遂げれば一気に友情が深まるという手段である。
 いきなり劇薬を用いるようなものだが、まずやってみても良いだろう。
「そういえば亡霊が蓬莱人の生き肝を食べると、成仏も転生も出来なくなるそうだけど」
「食べないわよ?」
「ええ、あなたはそうでしょうね。でも、あなたの従者の方はどうかしら。今頃……」
「どういう事?」
 瞬く間に幽々子の表情に真剣味が生まれた。
 すると、盃を脇に置いた輝夜は蔑むような笑みを浮かべる。
「私に勝てば済む話ね。この所妹紅と遊んでいなくて退屈していたから。死者は死んでも死なないのよね?何せ死んでいるのだから」
「遊び相手が欲しかったのなら、わざわざそんな迂遠な事をしなくても良かったんじゃないの?」
「そう書いたら来てくれたかしら」
「知らないわ」
 飄々と言った幽々子だが、次の瞬間には慌てて上体を反らしていた。先ほどまで自分の顔があった部分を輝夜の裏拳が結構な勢いで通り抜けて行ったのだ。
「流行りの弾幕じゃ目立つわ。一つ、たまには積極的に身体を動かしてみるのも悪い事では無いわよね?」
 どう見てもついさっきのような鋭い裏拳を放つ顔や格好では無い輝夜が、笑みを浮かべたままゆっくりと立ち上がる。
 対し、幽々子は実に乗り気ではなさそうな顔で盃の中身を飲みきった後、やはり椅子から立った。
「目立つと何か都合が悪いの?」
「どうしても兎が寄って来るから、あなたが不利になるでしょう?」
「成る程。……でも野蛮だわ」
「そう? 一概にそうとは言えないんじゃないかしら。何せ、徒手空拳の取っ組み合いは古代からずっと続けられている事だもの。一種の伝統芸能ね」
「そうは言うけど、弾幕と違ってあまり得意では無いのよ」
「あら、私もよ?」
 言葉を交わし、そして、互いに一歩を踏み込むなり、まずは呵責無い一撃をそれぞれ撃ち込んだ。

     §

 輝夜と幽々子が長閑に酒を酌み交わしていると思われる頃、妖夢は永琳の案内で永遠亭内を回っていた。勿論、永琳手ずから妖夢に何か怪しげな物を食べさせようとか、そういった事は一切無い。
「へぇー……永遠亭も広いんですねぇ」
「あら。前の異変の時に立ち入ったでしょう?」
「そうですけど、あの時は色々ありましたから。こうしてゆっくり周りを見る余裕なんて無かったです」
 半人も半霊も忙しく周囲を伺い、襖の締め切られた長い廊下では懐かしげに閉じ損なっていた襖の位置を思い出していた。
「ああ、そういえば。一体どれくらいお話するつもりなんでしょうか」
 ふとした妖夢の問いに永琳は少し考える。
「それはなんとも言えないわね……強いて言えば、うちの姫よりそちらの姫次第、と言った所ね。もっとも、友達になろうと言う前にそう面識も無いのだから、早々話が盛り上がる筈も無いし……結構すぐ帰れるんじゃないかしら?」
「そうなんですか?」
「ええ、その代わりまた後で来てもらう事になるんでしょうけれど」
「そうなんですか」
「ここに足を運んでもらった理由が理由だもの。たった一度で駄目でしたと諦める事はないでしょうね」
「でも幽々子さまは蓬莱人は天敵だと仰ってました。天敵と仲良くだなんて出来るんでしょうか……」
「まあ、その辺りはおいおい対話を重ねていく上で何とかしてもらうしか無いわね。幸い、死ぬっていうのとは縁が無いから」
「それは確かに」
 永琳と妖夢が微笑みあったその時、ちょうど輝夜の拳と幽々子の拳とが交差し、互いの頬を捉えていた。
 当然、どちらにとってもそういうのはいつもの事ではない。
 事が露見した時、永琳も妖夢もそれは多いに慌てたのだった。

     §

 後日。友達に至るまでの最初の段階で、いきなり殴り合いによって互いを認め合おうという難易度の高い事を為そうとした輝夜は、急ぎ過ぎですと永琳に窘められてしまっている。
 友達を作る上での過程に口を出さなかった事を永琳は少し後悔し、輝夜はおっかしいなあ、と言いたげに首を傾げていた。
 対し、妖夢は幽々子が(一応は)自分の為に慣れない事をしてくれた事に感激し、結果として輝夜の目的の第一歩では、白玉楼の主従の絆が深まってしまっていたのだ。
 肩に湿布を貼って貰いながら、今までよりも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる妖夢に幽々子は気をよくしていた。
 そして。
 懐に輝夜からの手紙を携えた鈴仙が、少しおっかなびっくりに再び冥界へと向かったのだった。
コメント



1.無評価Genevieve削除
What lireabting knowledge. Give me liberty or give me death.
2.無評価Klondike削除
Reading your blog chilled me to the bone. This trend is no less than Aktion T-4 in contemporary clothing. The use of words like &#e220;burd8nsome” and “gentle means” in connection with “euthanasia” could be lifted directly from T-4 Nazi propaganda. As a Disabled person, I cannot help being concerned.The old, the terminally ill, the mentally ill, the disabled… The marginalized. The belief that one life is worth *less* than another is repugnant and dangerous. Thank you for bringing all of this information together in one place, so that we can be informed.