穂積名堂 Web Novel -既刊公開用-

WEEK END 第四章

2011/03/17 01:57:12
最終更新
サイズ
45.38KB
ページ数
1
閲覧数
3542
評価数
0
POINT
0
Rate
5.00

分類タグ

WEEK END 第四章

床間たろひ
『四章 SAY ANYTHING』









 月の明るい夜だった。
 私は縁側に座って、ぼんやりと月を見上げていた。
 空の一番高いところで見下ろしている丸い月。それが何となく偉そうで、気に食わなくて、石でもぶつけてやりたかった。
「……まだ起きとったんか?」
 ふいに背中から声を掛けられる。
 だけど私は振り向かない。振り向くまでもない。
 低く、しわがれた声。仄かに香る煙草の匂い。床板を軋ませる大きな身体。
 解っているから――振り向かない。
「明日も学校じゃろ? あんま遅ぅまで起きとったら起きれんぞ?」
 おじいさんはそう言って、私の隣にどかりと座る。
 大きな、岩のような身体。
 だけど私がもっと小さかった頃は、本当に山のようだと感じていた。
 それが小さく見えるようになったのはいつの頃だったか。元々薄かった頭髪はいまやすっかりと抜け落ち、背中も段々丸くなっていって……それが淋しくて、悔しくて、私は余計に不機嫌になって、
「……がっこうなんていかないもん」
 抱えた膝に顔を埋め、そんなことを言ってみた。
「なんでじゃ?」
「……つまんないもん」
「勉強がか?」
「……ちがうもん」
 まだ夏は始まったばかりというのに虫の声がうるさい。湿り気を帯びた風も、僅かに漂う土の匂いも、偉そうに見下ろしている月も、何もかもが気に入らない。
 ぽん、と頭の上に手を置かれた。
 おじいさんは何も言わず、ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でる。
 口下手な、そんな不器用な優しさも――どうしようもなく私を苛立たせた。
「……ねぇ」
「ん?」
「……なんで……みんなといっしょにおよいじゃだめなの?」
 明日は水練の授業をやることになっていた。
 先生に連れられ、川でみんなと泳ぐはずだった。
 毎年この時期には河童に対する挨拶――お供え物をして、子供たちが事故に合わないようお願いする大切な行事――も兼ねて、寺子屋のみんなと川に行くことになっていた。
 だが……私はそれに参加したことはない。
 体調が悪いとか、家の事情とか、色々理由をつけて、一度もそれに参加したことはなかった。
 みんなはそれを、私が泳げないからだと思っている。
 そのことで男の子たちにいっぱいからかわれた。悔しかった。こっそり練習して、みんなをびっくりさせてやりたいと何度も思った。
 でもそれすら私には許されなかった。
「何度も言っとるじゃろ? おまえの羽を他のもんに見られたら……」
「なんでよっ!」
 顔を上げて、怒りをぶつける。
 おじいさんは少し驚いた顔をして、すぐに気まずそうに目を伏せた。
「里には妖精の悪戯によって迷惑を被ったもんが大勢おる……そいつらにおまえが妖精と知れたらどうなるか……」
「かんけいないでしょ!? わたしなんにもわるいことしてないもん!」
「それでも、じゃ」
 納得できなかった。みんなと一緒に泳げないということだけじゃない。毎日髪を黒く染めなきゃいけないのも、友達の家にお泊りすることもできないのも、ぜんぶ納得できなかった。
 自分が人間じゃないのは解る。けど、それがどうだっていうんだ。寺子屋の先生だって妖怪と人間のハーフなのに、ちゃんとみんなに受け入れられている。なら私だって――
「それに……ばあさんが悲しむ」
「……」
 ずるい。それを言うのは反則だ。
 それを言われると私にはもう、何も言えない。
 私がおじいさんに拾われた日――それもやっぱり今日のような、月の明るい夜だったという。
 孫が森で行方不明になり、息子夫婦もそれを追って帰らぬ人となり、そしておじいさんが彼らを探しに森に入った時……そこで私を見つけたらしい。
 孫の生まれ変わりだと思った――おじいさんはそう言っていた。花の蕾から零れ落ちた私を拾い、その顔を見た瞬間、そう思ったそうだ。それくらいよく似ていたらしい。写真も残っていないので、私にはよくわからないけれど。
 おじいさんは、孫の代わりに私を育てようとした。
 でもおばあさんはそれに反対したそうだ。
 当たり前である――孫と、息子夫婦を、おばあさんの大切な家族を奪ったのは、森の妖精たちの悪戯だったのだから。
 蛍のような光に誘われ、子供が森に入っていくのを見たという人がいる。
 慌てて後を追ったが、ふいに霧が発生してその姿を見失ったそうだ。妖精の悪戯としてはよくあるもので、妖精はそうして森に迷い込んだ人を眺め、けらけら笑うという。
 たとえ相手が子供でも――そんなこと妖精には関係ない。
 その結果、子供が妖怪に襲われようと、崖から足を踏み外そうと、野犬の群れに襲われようと――やっぱりそんなこと妖精には関係なかった。妖精とは自然現象そのもの。風で洗濯物が飛ばされるように、あるいは突然の雨で濡れてしまうように、それはそういうものだと受け止めるしかない。台風や地震でどれだけ近しい人を失おうと、人はそれを嘆くことしか許されない。天を恨むなど筋違いも甚だしい。

 でも、それじゃ……家族を失った人の無念はどこにいけばいいんだろう。

 おばあさんは言った――妖精なんか見たくもないって。
 おじいさんは一生懸命説得したらしい。これは孫の生まれ変わりだと、姿を変えて自分たちのところに帰ってきたんだと何日も説得し……ようやくおばあさんは承諾したそうだ。
 その頃のことは、私は知らない。
 私の知っているおばあさんは……優しかった。とても、とても優しかった。
 私を本当の孫のように扱ってくれた。美味しいごはんを食べさせてくれた。眠れない夜は朝まで抱きしめてくれた、いっぱいお話してくれた。
 でも、私の羽を見た時だけは……とても悲しそうな顔をした。
 おじいさんに話を聞くまでは――不器用なおじいさんは、全てを正直に話すことしかできなかった――なんでおばあさんが悲しそうな顔をするのか解らなくて不安だった。嫌われているのかもしれないと思うと胸が張り裂けそうだった。
 今なら解る。
 嫌ってほど理解できる。

 だから私も――妖精が嫌いになった。

 それは今から十年も前の話。
 自分という存在が、無条件に愛されていると信じていた頃の――つまらない昔話。


 §


「ミサ、ト?」
「ええ、そうです。それが私の名前」
「……へんななまえ」
「む。そんなことありません。おじいさんの付けてくれた立派な名前なんですよ?」
「おじいさん?」
「ええ。ガラス細工の職人さんで、里じゃ結構有名だったんです」
「がらす? しょくにん?」
「あー……ガラス細工っていうのはですね。こう、ガラスで動物とかの形を作って……お日さまに当たると、きらきら光ってとっても綺麗なんですよ?」
「へー」
「確かこの館にも納めたことがあるはずです。これくらいの鳥の形したやつを」
「ここにあるの?」
「どうでしょう? かなり前ですし……今度、誰かに聞いてみますね?」
 うん、とはにかむフランの顔は見た目以上に幼く、赤子のように清らかで――正直、私の目には少し眩しい。
 目を細めながらそっと頭を撫でると、くすぐったそうにくすくす笑う。指を通る髪の柔らかさに、仄かに香る日向の匂いに、いつしか私も自然な笑みを浮かべていた。
 なんだか不思議。
 ずっと昔からこうしていた気がする。
 あれから三日……ようやくフランは自分からこちらに寄ってきてくれるようになった。
 食べ物で釣ることには成功したもののどうにも会話が弾まず、おやつを食べ終わってからは気まずい時間が続いていたけれど、流石に少しは打ち解けてきたということだろう。
 今日だってしばらく気まずい沈黙が続いていたけど、ふいにフランの瞳がちかちかと――赤から青へ、青から黄色へ――瞬いた途端、向こうから話しかけてきたのだ。この一歩は小さな一歩だが、人類にとっては大いなる一歩である。
「ミサトはさぁ、メイドなの?」
「ええ、フランドール様の専属です」
「せん、ぞく?」
「貴女だけってことですよ」
「わたし、だけ……?」
 フランは少し考え込んだあと、にへらっと嬉しそうに笑った。
 無邪気で、裏のない、透明な笑み。
 どうしてこんな綺麗に笑えるんだろうと、そう思ってしまうほどに。

 それからフランと色々な話をした。
 ずっとここに一人でいること。今までにも何度か、私のようにここに送られてきた者がいること。そして――いつの間にか誰も訪れなくなってしまうこと。
 昼もなく夜もなく、ただ壁を見つめるだけの日々。何もなく、何もない、真っ白な日々。もうここでどれだけ過ごしたか解らなくなるほど、何もない暮らしだったそうだ。
「だから……さいしょミサトがきたとき、こわかったんだよ?」
「あー……私だってそうでしたよ? 殺されるかもしれないって、どきどきしてました」
「いまも?」
「いえ、別に。フランドール様は?」
「いえ、べつに」
 顔を見合わせ、示し合わせたようにくすくす笑う。
 甘い、砂糖菓子のような会話。
 脆くて、儚くて、口に入れた途端溶けてなくなってしまうような、
 だけど綺麗で、優しくて、何よりも大切な……そんな時間。
「そろそろおやつにしましょうか?」
「うん! きょうはなに?」
「クッキーですよ。ほら」
 懐から取り出した包みを目の前で広げる。ピンクのハンカチを黄色いリボンで結んだ包みで、リボンを解くと途端にバターの甘い匂いが広がった。
「……おいしそう」
 じゅるりと、早くもフランの口から涎が溢れてくる。こんがり狐色に焼けたクッキーに、ブルーベリーの粒がワンポイント的な彩りを添えている調理班自慢の一品だ。
 フランは手を伸ばさない。期待に満ちた眼差しで、私の方を伺っている。
 私はクッキーをひとつ摘むと、フランの鼻先に持っていった。
 フランは大きく口を開けて、幸せの訪れを待つ。焦らすようにゆっくりとクッキーを近づけ、その舌に触れた瞬間、フランはぱくりっと食いついた。私の指も一緒に食べられ、フランの唇が、舌が、体温が、柔らかい炎となって指先から伝わってくる。唇が離れる。名残を惜しむ浅ましい指先。だがそれすらも幸せそうにクッキーを頬張るフランを見た途端、ふわりと溶けて消えていく。
 幸せって――きっとこういうものなのだろう。
 守るべきものに包まれ、愛すべきものに癒され、大切なものに救われる。
 そんなありふれた、だけどかけがえのないもの、なのだろう。
「もっとー」
「はいはい。じゃ、あーんして」
「あー」
 目を閉じたまま、フランが大きく口を開く。
 その舌にクッキーを乗せると、フランはクッキーを咥えたまま男の子のように笑った。
 悪戯っぽく笑うその顔を見て、私の顔も自然に綻ぶ。
 親子のような、
 姉妹のような、
 友達のような、
 恋人のような、幸せな時間。
 こんな日々が続けばよいと、切に願う。
 
 本当に、心から――
 

   §


「上手くやってるみたいね?」
「そうですね。仕事って感じがしないから、ちょっと心苦しいですけど」
「いいのよ。あまり気負うものじゃないわ」
 そう言って、咲夜さんは柔らかく微笑んだ。
 今はお昼時。といっても私はさっき起きたところだけど。
 遅い朝食を取ろうと食堂に向かったら、偶然咲夜さんと一緒になったのだ。
 咲夜さんもさっき起きたところだと言っていた。そんなわけで私と咲夜さんは今、わくわくランチの真っ最中というわけである。
 ちなみに今日のメニューはスモークサーモンのサンドイッチ。
 たっぷりとタルタルソースがつけてあって、気を抜くと零れ落ちそうだ。
「それにしても……咲夜さんは凄いですね」
「なにが?」
 サンドイッチを齧りながら、咲夜さんがこちらに目を向ける。
「咲夜さんも夜はずっとお嬢様に付いてるんでしょ? なのに昼間だって館の清掃やらで忙しそうにしてるから……大変じゃないですか?」
「まぁ、そこは慣れよね。それに私には裏技があるし」
「裏技?」
「時間を止めて休んでるの」
 ほへぇと間抜けな息を吐く。最初は冗談かと思っていたが、咲夜さんは本当に時間を止めることができるらしい。一度だけ見せてもらったが、いや、そりゃ時間が止まっている間は見えないけれど、本当に何かの手品のようだった。
「それって便利ですよね。いいなぁ、私もそんな力があればなぁ」
「そんなに便利でもないわよ? 使いすぎると頭痛がするしね」
「でも羨ましいですよ。そんな力があったら何でもやりたい放題じゃないですか?」
「そうでもないわ。どんなに頑張っても『その能力のおかげだ』って思われるのは、結構辛いものよ?」
「あー……すいません。私ったら考えなしで……」
「いいのよ。実際、ズルすることもあるしね?」
 くすくすと、サンドイッチを片手に笑う咲夜さんを見て、この人はこの人で苦労があったんだろうなぁと思う。異能の力は決して人を幸せにしてくれない――それは私もよく知っていることだ。
「ところで、妹様とは普段どんなこと話してるの?」
「そうですねぇ……他愛もない話ですよ? 里のこととか」
「へぇ、私も興味あるわね。聞かせてよ?」
「大したことじゃないですよ。お祭りのこととか市場のこととか……あ、そうだ。この館に鳥の形をしたガラス細工ってありますか?」
「鳥? うーん、あったような気もするけど……それがどうかしたの?」
「ああ、いえ。私の祖父がガラス職人をやっておりまして。昔、この館にそれを納めたって聞いたものですから」
「あら、そうなの? ふむ……それじゃお嬢様のところかしら。ちょっと思い出せないけど」
「ガラスですしねぇ。結構前の話だし……もう壊れちゃったかも」
「否定できないわねぇ。お嬢様ってばすぐに癇癪起こすから」
「あー、いいんですかー? そんなこと言っちゃってー?」
「あら、貴女は口が堅いと思ってたんだけど?」
「時と場合と口止め料によります」
「じゃあこれ、口止め料ね?」
 咲夜さんはサンドイッチに添えてあったサクランボを摘み、私の目の前にぶら下げた。
 私はそれをぱくりと咥えると、ちょっと気取ってウインクしてみる。
 咲夜さんが微笑む。私も笑う。
 穏やかな時間。緩やかな昼下がり。
 何もかもが上手く行っている。
 何もかもが上手く行き過ぎている。
 私には勿体ないと思えるほどに。

 現実感を――喪失してしまいそうなほどに。

「あららー、昼間っからお熱いですねぇ」
 慌てて振り向くと、そこにはトレイを抱えた美鈴さんの姿。
 美鈴さんはにやにやと、意地悪そうに笑っている。
「め、美鈴さん!? ちがっ! そのっ!」
「あら、貴女も休憩?」
「いえ、さっき引き継いだとこです。今日はもう上がりですよ」
「こんな時間に? 夜勤なら交代は朝じゃないの?」
「副長が寝坊しましてねぇ。シフトが滅茶苦茶になっちゃいましたよ」
「ちゃんと躾ときなさいな。苦労するのは貴女なのよ?」
 わかってますよ、と美鈴さんは笑いながら答え、私の隣に腰を下ろした。動揺している私の痴態は体よく流された形だけど、あのまま突っ込まれていたら、それこそ私は貝になるしかなかっただろう。
 美鈴さんの前には、洗面器のように大きな丼があった。
 こんがり狐色のカツに、卵とネギを和えた熱々のカツ丼。香ばしいダシの匂いとほかほかご飯の白い湯気が、問答無用で食欲を刺激する。流石にサンドイッチを齧りながらそっちも食べたいとは思わないけど、次はそれにしようと思えるくらい美味しそうな匂いだった。
 それにしても……この食堂って何でもあるなぁ。
「いっただっきまーす!」
 ぱきんと箸を割って、幸せそうにカツ丼をかきこむ美鈴さん。その豪快な食べっぷりは豪快すぎて実に小気味良い。こんな風に食べて貰えるなら調理人冥利に尽きるってもんだろう。それにしてもとんでもない量だ。ただでさえ大きな丼にはみ出しそうなくらいご飯が盛られ、その上に草履のようなカツが乗っている。それを易々と攻略していく美鈴さん。ご飯の山を『そこに山があるから』といった勢いで崩していく様は、まるで神の頂に挑むアルピニストのようだ。前から思っていたが、この人の胃袋はどうなっているんだろう……。
「相変わらずよく食べるわねぇ。夜勤明けだってのに」
「夜勤明けだからですよ。食わなきゃ持ちませんて」
「太るわよ?」
「あー……寝る前に身体動かしておきます」
 たわいもない会話。なんということもない友達同士のおしゃべり。
 ただそれだけなのに、二人の発する華に嫌でも惹き込まれる。ちらりと周囲を見渡せば、幾人かのメイドたちがちらちらとこちらを伺っていた。それはそうだろう、私だって彼女たちの立場なら、この二人から片時だって目を離せないに違いない。彼女たちと同じように遠くから眺め、そしてその隣に座る名も知らぬ誰かに嫉妬すら感じていただろう。

 だけど私は此処にいる。
 この二人と並んで、まるで友達同士のように。

「どうしたの? にやにやしちゃって?」
「え、あ、いえ! 何でもないです!」
 きょとんとした顔で私の顔を覗きこむ美鈴さんに、ぱたぱたと手を振って誤魔化した。
 いけないいけない、ちょっと浮かれすぎていた。私がここにいるのは単に二人の心が広いからであって、私にここにいるだけの必然があるわけじゃないってのに。
 それでも――緩んでしまう頬を抑えきれない。
 ふつふつと湧き上がる優越感。
 まるで自分が、特別な何かになったような気分。
「ところであの子の様子はどう? 少しは仲良くなれた?」
 ふいに美鈴さんがこちらを向く。
「あ、はい。最近は色々と話して下さるようになりまして……上手くいっていると思います。好奇心旺盛な方ですから、質問責めにあって困る時もありますけど」
「あはは、やっぱりねぇ。私なんて学がないから、答えられないことばっかりだったわよ。 懐かしいなぁ」
「私だってそうですよ。『空ってなに?』って改めて問われると、何て答えればいいのやら」
「あー、そりゃ私も返答に詰まるわ」
 くすくすと、おかしそうに笑う美鈴さん。
 今のフランの話を聞くのが、嬉しくてたまらないという風に。
「それと最近はおとぎ話をお気に入りでして……流石にレパートリーが尽きそうですよ。こぶとりじいさん、猿蟹合戦、狐の嫁入りに笠地蔵……知ってる分は大抵話したつもりなんですが、他に何かありますかね?」
「桃太郎とか金太郎、竹取物語なんかは?」
「もう、すでに」
「鶴の恩返しとか、泣いた赤鬼とか」
「それもお披露目済みです」
「うーん、咲夜さんは何か知りません?」
 目を細めて私たちの会話を聞いていた咲夜さんは、少しだけ考えるように空を仰いでから、
「図書館に行けば色々あるんじゃないかしら? あれだけ本があるんだし」
「ああ、成る程。それはいいかもしれませんね」
「図書館?」
 咲夜さんの提案に美鈴さんも頷くが、私はつい首を傾げてしまった。
 そういえばこの館にはとても大きな図書館があるんだっけ。
 だけど、この館の図書館ってことはつまり、
「あー……でもそれってお嬢様の書斎なんですよね? その……私なんかが行っても大丈夫でしょうか?」
 レミリア様にはどうも嫌われているような気がする。
 本を貸して欲しいなんて言ったら、今度はどんな無理難題を押し付けられるか解らない。
 私が不安そうな顔をしていると、咲夜さんと美鈴さんは一瞬顔を見合わせ――すぐに声を上げて笑い始めた。意味が判らず戸惑う私に、美鈴さんが目に涙を浮かべながら説明してくれる。
「お嬢様が本を読んでるとこなんて想像もつかないわよ。読んでるのはパチュリー様」
「パチュリー……様?」
「お嬢様の友人で、図書館に住んでるの。難物だけど……面白い方よ?」
 疑問符を浮かべている私に、さりげなく咲夜さんが補足してくれた。
 そういえばそんな噂を聞いたような気がする。
 悪魔の館には巨大な図書館があり、そこには恐ろしい魔女がいる、と。
「こ、怖い方なんですか?」
「んー、本を読む以外には何の興味もないような方だしねぇ。大丈夫よ、いきなり獲って喰われるってわけじゃないし……なんかの実験台にはされちゃうかもしれないけどね?」
 からからと美鈴さんは笑っているが、私の不安は高まるばかりだ。『魔女』という単語と『実験台』という言葉が不吉すぎる。カエルにされたりとか変な薬飲まされたらどうしようと悩んでいると、咲夜さんがぽんと私の頭に手を置いた。
「気難しい方ではあるけど悪い方ではないわ。相手の了承を得ずに勝手に実験台にするような方でもないし。それに多分……顔を合わせることもないでしょうしね?」
「え?」
「行けば解るわよ?」
「そうそう。百聞は一見に如かずってね?」
「はぁ……」
 にこにこと微笑んでいる紅魔館のツートップ。
 でも、何故だろう。

 その笑顔が酷く不吉なものに見えるのは――


  §


「おとぎ話ですねっ! まーかせてくださいっ!」
 赤い髪の少女は黒い羽を嬉しそうに揺らしたかと思うと、図書館の奥へと、文字通り飛んでいった。
 私はその背中を呆然と見送る。
 自らを司書と呼ぶ少女は、愛想よく、如才なく、私の注文に相槌を打ちながら応対し、終始笑顔を絶やすことなくはきはきと答え、私の言葉が終わると同時に飛んでいってしまった。
 ……うーん、ちょっと苦手なタイプ。
 笑顔はコミュニケーションの基本とはいえ、ああも終始にこにこしていられるとどうしても裏を勘繰ってしまう。営業トークというか押しが強いというか、そういうのはどうも苦手だ。
 まぁ、苦手な理由は私の方にあるんだけど。
 押しに弱いんだよね、私。
「お待たせしましたー!」
 とか考えていると、飛んでいった司書さんがもう戻ってきた。
 司書さんは両手に本を山と抱えており、その中から一冊抜き出す。それはかなりの年代物で、立派な装丁の、見るからに高そうな本だった。
「まずは定番。誰もが知ってるグリム童話集です。ヘンゼルとグレーテルとか灰かぶり姫なんかが有名ですけど、これは金田鬼一の手による完訳本の初版で二百四十八編もの童話が詰まっています。子供向けの絵本では結構マイルドに改変されていますが、元になった話はかなりエグいですよー。まぁ当時のヨーロッパを思えばそれも無理ないんですけどね? 戦争やら飢饉やら魔女狩りでそこらじゅうに死体がごろごろしてた時代ですし、サッカーは子供が死体の首を蹴っ飛ばしていたのが起源だって説もあるくらいですから。そしてこっちはこれまた有名、アンデルセンです。グリム兄弟は各地に伝わる逸話の収集家としての側面が強いですが、アンデルセンは創作家として自分で童話集を書き下ろしています。彼の思考というか嗜好というか、割と悲劇系のお話が多いのが特徴ですね。人魚姫とかマッチ売りの少女なんかのラストは知ってると思いますけど、あんな感じの話が多いです。勿論それだけじゃなくハッピーエンドの話も沢山ありますけど、こう、童話だからこそ子供に悲劇を教えることも大事なんじゃないかって思うんですよ。それがバランスってもんですからねー。んでこっちは日本のおとぎ話を集めた本です。渋川清衛門の御伽草子をベースに、各地に伝わる逸話なんかも取り揃えたもので、資料的価値は低いものの子供向けに可愛らしい挿絵も付いてるからオススメですよ? 竹取物語とか吉六四さんなんかも一緒に入ってますのでかなりお得です。そして次に……」
「あ、あの、もうその辺で」
 どういう肺活量をしているのか、立て板に水というか水を得た魚というか一気に捲し立てられて頭がくらくらする。司書さんは「えー」と顔を顰め、まだまだ言い足りないという風に不満そうな声を上げた。
「むぅ、折角いっぱい持ってきたのに」
「と、とりあえずこの三冊があれば……また改めて借りにきますんで」
「ふむ……そうですね。とりあえずそれだけあれば当分は大丈夫でしょう。童話というものは描写を簡略化している分、解釈の巾が大きいですからねぇ。同じ話でも世代や年齢によって受け取り方はそれぞれですし。なにしろたったひとつのおとぎ話の解釈に、一生を費やす人だっているくらいですから。子供向けだからといって馬鹿にできるもんじゃありません」
「そ、そうですね」
 今になって咲夜さんたちの笑みの理由が解った。うん、これは是非とも先に教えておいて欲しかった。口から先に生まれたとでも言うか、とにかく圧倒される。正直なところ話の半分も理解できなかったが、それを責めるのは勘弁して欲しい。
 だってヒートアップするに従って、どんどん顔が近づいてくるんだもん。
 鼻息荒く、目をきらきらと輝かせ、正に紙一重という位置まで詰め寄られながら捲し立てられるというのは、その、何というか、ちょっと引いた。
「とりあえず、今お渡ししたのは入門編ってとこですね。本当は原文で読んで欲しいんですけど……やっぱ言葉のリズムとか、翻訳すると死んじゃいますし。あ、でも中には原文以上に詩的で素敵な訳がついてることもありますから、読み比べてみるのも一興ですよ?」
 いや、だから何でそんなに顔を近づけるんだ!?
 近い、近いって! うあ、鼻息が生暖かくて気持ち悪い!
「あ、はい……そのうち……気が向いたら……」
 さりげなく本を盾にして身を離すと、司書さんはにんまりと笑いながら身を引いた。
 なんというか非常に疲れる。わざとやってんじゃないのか、この人。
 だけどまぁ……悪い人じゃないんだろう。
 本当に本が好きだってのが伝わってくる。
 パチュリー様もこんな感じの人なんだろうか――と、そこまで考えて思いついた。
「パチュリー様はいらっしゃいますか? 一度ご挨拶したいと思っているんですが」
「んー……いることはいるんですけど……その、今はあまり機嫌が……」
「あ、と。そうなんですか?」
「ええ、館の周りに張った結界に綻びがあるとかで、最近はそっちに掛かりっきりなんですよ。こんなこと今までなかったんですけどねぇ」
「はぁ」
「そんなわけでパチュリー様は大好きな本も落ち着いて読むことができず、大変にご機嫌斜めなのです」
「なのですか」
「なのですよ」
 うーん、色々と本を貸して貰ったことだし、一言お礼が言いたかったんだけど……仕方がない。無理に押しかけてカエルにでもされちゃ堪らないし、落ち着いたら改めて挨拶に来るとしよう。
「それじゃすいません。この本、お借りしますね」
「いえいえ。ここの人たちってあんまり本を読んでくれませんしね。仲間が増えるのは大歓迎ですよー。童話以外にも色々取り揃えておりますので、いつでもお気軽に」
「あ、はい。これからも宜しくお願いします」
「こちらこそー」
 にこにこと最後まで笑みを崩すことないまま、司書さんは奥へと引っ込んでいった。
 受け取った本へと目を落とす。三冊だけとはいえかなりの量だ。これなら千夜一夜とまではいかないまでも、しばらく話に困ることもないだろう。初めて読む話も多そうだし、フランに聞かせる前に自分で読んでみてもいいかもしれない。私自身、変に小難しい話よりも童話の方が好きだ。昼間は暇だし、読書に費やすのも悪くない。
 そんな風に考えながら、部屋に戻ろうとすると、
「ちょっと待ってくださーーーーーーい!」
 どかんと大きな音を立てながら扉が開かれ、司書さんが弾丸のように飛んでくる。
 私の前できききっと急ブレーキを掛けると、そのまま肩を落として息を荒げていた。全力で飛んだのだろう、その額には大粒の汗が浮いている。
「どうしたんです? そんなに慌てて」
「はぁ……はぁ……ちょ……待っ……」
「落ち着いてください。慌てなくても逃げたりしませんから」
「はぁ……はぁ……ふぅぅぅ……はぁぁぁぁ……」
 司書さんは俯いたまま、呼吸を整える。
 背中でもさすってあげようかと手を伸ばすと、それよりも早く司書さんは顔を上げた。
 汗を拭い、背筋を伸ばし、可愛らしく後ろで両手を組んで、
 まるでそれが義務であるかのように、
 にこにこと、満面の笑みを浮かべて、

「パチュリー様がお呼びです」

 黒い翼を持つ彼女は、
 楽しそうに、とても愉しそうに、そう――告げた。


  §


「ふぅ……ん。貴女が、ね」
 彼女は全く表情を変えないまま、そう言った。
 寝間着のようにゆったりとした服。紫色の長い髪。深く、とても深く、深すぎて底の知れない目。それは混沌――そう評するしかない、濁った瞳。様々なものが折り重なって、折り重なり過ぎて、まるで感情の読めない眼差し。
 これが紅魔館の魔女――パチュリー・ノーレッジか。
 眠そうに半分瞼を閉じているというのに、決して視線は外さない。
 視線を固定したまま、探るように、遡るように、ただ、じぃっと。
 落ち着かない。
 どうしてこの館の人たちは、遠慮なく他人の瞳を覗き込めるのだろう。
 そんなことをして……怖くないのだろうか。
「レミィから話は聞いていたけど……ふぅん、貴女が今回の『敵』ってわけか。ふむ、確かにこれは興味深いわ。今までにない新しい試みだし……だけどどうかしら、思考実験としては確かに面白いけど、あまりにリスクが大きすぎる気もするし……止めるべきなのかしらね? 友達としては」
 彼女は私の瞳を見つめ、それでいて私を無視したまま一人で語る。
 それは人間、いや生命ある存在を見る目じゃない。
 物、或いはそう、書物を見るような目だ。
「あの、私……」
「ああ、気にしないで。これはただの愚痴。全く……人に一言も相談なしに決めておいて、尻拭いだけはさせようってんだから。本当、レミィにも困ったものね?」
 この人の言葉が理解できない。
 まるでこの館の主と対面した時のように。
 レミィ――館の主を、そう、親しげに呼ぶ悪魔の友人。彼女もまた、自身の内部だけで完結する強さを持った存在なのだろう。そんなもの……私に理解できるはずもない。目の前に置かれたカップを見つめ、この居心地の悪い時間が過ぎるのを待つことしかできない。
「ところで貴女……何の妖精なのかしら?」
「何のって……」
 羽は服の中に隠しているというのに、バレバレらしい。
 まぁ、この髪の色を見れば、私が人間じゃないって一目で解るだろうけど。
「……解りません。私は生まれてすぐおじいさんに拾われたので……自分が何の妖精なのか、どんな能力を持っているのか、さっぱり解らないんです」
 確かに空を飛ぶことはできるけど、そんなの珍しくも何ともない。
 それに私は自分が何の妖精なのか、どんな力を持っているのか知らないし、
 そんなもの――知りたくもなかった。
「ふむ、人の手によって育てられた妖精ってわけか。珍しいことは珍しいけど前例が無いってほどでもないし……流石に現物を見るのは初めてだけど」
 そしてまた、私の瞳を覗き込む。
 少しだけ楽しそうに、でもひどくつまらなさそうに。
 その顔を見て、私は唐突に理解する。
 なるほど、彼女の感情が読めないわけだ。
 この人は幾つもの感情を、同時に御することができるのだろう。
 故に混沌、故に魔女。
 混沌を混沌のまま飲み込み、混沌のまま発することができる――他人の理解を必要とせず、混沌に打ち勝つ自我を持っているが故の――濁った瞳。
 運命すら貫く紅い視線とは異なり、そして異なるが故に並び立つ、そんな視線。
「妖精は個が強すぎて曖昧だけど、それでも大まかに七系統に区分することができるわ。生命と目覚めの『木』、変化と動きの『火』、基礎と不動の『土』、実りと豊かさの『金』、静寂と浄化の『水』、能動と攻撃の『日』、受動と防御の『月』……その七つよ。これらは互いに相剋し、相生しあうことで並存する。ちなみに館に張り巡らせていた結界は『水』よ。それを破った以上、貴女の本質は『木』属性ってところかしらね? 目覚めと生命……そんな貴女があの子の世話係とは皮肉なものだけど」
「え、と……」
 相変わらず何を言っているのか解らない。
 だけどその言葉に含まれたキーワードが、私の心に引っ掛かる。
 結界を破った? さっき司書さんが言っていた件だろうか。でもそんなの――
「結界を破ったなんて……私、そんなの知りません……」
 そう答えるしかない。
 そもそも私は結界があったことすら知らないのだ。知っていたところで壊す方法なんか知らないし、壊す気もない。酷い言い掛かり、もしくはただの勘違いである。そのはずだ。
 だけどパチュリー様は眉一つ動かさない。
 そのまま、私の表情を確かめるように覗き込む。
「まぁ、確かに貴女の所為じゃないかもしれないけど……ん、どうやら私は少し苛付いているのかもしれない。こんな意味のない問いをするなんて、私も焼きが回ったかしら? それとも……それこそが貴女が『敵』である証拠かもしれないわね? 私ですら……その影響から逃れられない」
「はあ……」
「結界は破られたのではなく、破れたというのが正解か。むしろ敗れたというべきね。これでは結界を張り直しても意味がない。張り直したところでどうやっても結界は破れるし、もしくは私が自分で解くでしょう。そのように……すでに運命は完結している。選択の余地すらないなんて、なんて性質の悪い呪いかしら。全く、本当に」

 ――最悪だわ。

 そう言って彼女は、パチュリー・ノーレッジは、その瞳を細めて私を睨んだ。
 まるで敵を見るように。
 まるで責を追うように。
 じぃっと、逸らさず、許さず、見下すように、見捨てるように。
 私は答えることができない。
 彼女の言葉が日本語だとは思えない。どころかこんなの会話ですらない。
 目を逸らさず、じっと瞳を覗きこんでいる癖に、この人は私を見ていない。
 
 私の――記録を睨んでいる。

「私は……」
「何にせよ、これで用は済んだわ。もう帰っていいわよ?」
 私の言葉を遮ると、彼女は私に対する一切の興味を失ったかのように、テーブルの上の本を手に取った。そして深く椅子に身体を預け、そのまま本を読み始める。
 本に隠されて、瞳の色が読めない。
 心を隠すように、本で世界を区切っている。
「…………」
 帰る、べきなのだろう。
 正直なところ、好き勝手言われて気分が悪い。
 おまけに言うだけ言って、もう用はないから帰れときたもんだ。
 私だって挨拶をしておこうと思っただけで、無理に会いたかったわけじゃない。ああ、帰れと言うなら帰ってやるとも。今すぐ席を立って、扉を開けて――
 なのに、
 私は、

「……『敵』って何ですか?」

 聞いてしまった。
 先日と同じ過ちを繰り返している。
 それが解っていながら……止められなかった。
 敵――レミリア様にも言われた言葉。その言葉が胸に刺さっている。血管に毒を流し込まれたように、じくじくと、じわじわと、私の心を蝕んでいく。
 痛む。胸が痛む。耐え切れないほどに、抱えきれないほどに。
「結界なんて知りません。誰かと争う気もありません。なのに……どうしてそんなこと言うんですか? 私はただのメイドです。何の力もない、ただの……妖精なんです。なのにどうして私が『敵』なんですか? 私が何をしたって言うんですか?」
 淡々と。
 声を張り上げるでもなく、想いを打ち明ける。
 そう、今私を蝕んでいるものは怒りじゃない、悲しみでもない。
 言うなればこれは――淋しさだ。
 たった一つの望みを否定された、私の痛みだ。
「私はただ……この館で働きたいだけなんです……」
 それが望み。行く当てを失くし、朽ちるのを待つだけだった私が手に入れた、たった一つの夢。その夢を、願うことすら否定するその言葉が――私にはとても淋しかった。
 彼女が顔を上げる。
 本から目を離し、あの濁った目で私を見る。
「……ふむ、そうね。私の語彙力では『敵』としか表現できないけれど……自覚のない貴女には納得しにくい、か。『敵』の定義とは――相容れないもの、共存できないもの、滅ぼさなければこちらの存在を危うくするもの――つまり貴女のことなんだけど、それを責めるのも筋違いよね。なにしろ、こちらが望んで招き入れたわけだし。だからそういう意味では……相反する要素、という表現が正しいのかもしれないわね」
「……相反?」
「貴女は自分のことを『普通』だと思っているでしょ? そう、確かに貴女は『普通』だわ。性格も、性質も、何処にでもあるありふれた存在。でも……考えて御覧なさい? この館にひとりだって『普通』と呼べるような存在がいるかしら?」
「…………」
「私やレミィは言うに及ばず、この館に溢れかえる妖怪や妖精メイドたち。ああ、そういえば人間も一人いたっけね? 彼女たちが『普通』の、まともな存在であると、貴女は万全の確信を持って言い切ることができるかしら? 真っ当な価値観、倫理、道徳……そういうものと照らし合わせて、彼女たちは『普通』だと、そう言い切ることができるかしら?」
「……私は」
「異端が集うが故に異端であることが求められる……外れたものどもが集うここは万魔殿。本来ならここは、貴女のような存在がいて良いところじゃないの。異形には異形の、異端には異端の在り方がある。貴女の常識は――ここでは通用しない」
「でも……私は……」
「今ならまだ間に合うわ。深入りする前に逃げなさい。これは私の、ほんの僅かに残った良心の発露だと、そう捉えてくれて構わない。悪魔に魂を売った女が同情だなんて笑い話にもならないけれど、それでも私は貴女に同情する。憐憫の想いすら湧いてくる。レミィに対する裏切りかもしれないけど、それでも私は貴女を可哀想だとすら思う。だって……私なら耐えられないもの」
 言葉に詰まる。
 その言葉は全くの本心で。
 おまえのようにはなりたくないと、
 おまえのような生き方は御免だと、その瞳が――告げていた。
 
 彼女はもう、何も言わない。
 伝えるべきことはすでに伝えた。
 だから後はおまえが決めろと、そう視線が告げている。
 だけど私は、
 それでも私は、

「私には……もう、ここしかないんです」

 その瞳を前にしながらも、そう答えた。答えることができた。
 里には帰れない。行く場所なんてどこにもない。
 みっともなくても無様でも、見苦しくても哀れでも、私は……しがみつくしかなかった。
 決意なんて、そんな格好いいものとは違う。
 覚悟なんて、潔いものでもない。
 それでも……憧れたから。
 瀟洒に職務をこなすメイド長に、
 風のように笑う門番隊の隊長に、
 楽しそうに働いている妖精たちに、
 いつか私もその中の一人として、誇りを持って生きていけたらと、そう願ったから。

 だから私は此処にいる。

 自分の意思で――此処にいる。

「そう……ならこの話はここまでね」
 彼女は、やっぱり眉一つ動かさないまま、静かに目を閉じた。
 ぶっきらぼうに、冷たく突き放すような口調で。
 だけど……気のせいだろうか。その口元が僅かに笑っているように見えたのは。
 雪のように儚く、陽炎のように曖昧な微笑み。
 だけどそれは、私の中のわだかまりを溶かしてしまうほどの――優しい笑みだった。
「パチュリー様……」
「力になるとは言わないわ。私にできることなんて最初からたかが知れているもの。でも、そうね。もう私は貴女を『敵』とは呼ばない。たとえレミィと敵対することになろうとも、私は貴女という存在を認めましょう。貴女は貴女のまま、やりたいようにやればいい。思うように生きればいい。後の始末は――請け負うわ」
 その顔に、もうあの微笑みはない。
 手元の本に目を落とし、私の方を見ようともしない。 
 それでも私は、私の存在を認めてくれた人へと、

 深く、深く――頭を下げた。


 §


「えー、それってどうなのよぅ。巨人さんかわいそーじゃない?」
「って言われてもねぇ。悪い巨人はやっつけたし、金の鶏も手に入れたし、めでたしめでたしなんだけど……」
「だって巨人さんわるくないじゃん! ねてるあいだにドロボーされて、それをおっかけてったらころされちゃったわけでしょ? どっからどーみてもわるいのはジャックじゃない!」
「んー、この巨人は人喰いって設定だし、人間から見ればやっぱ悪い巨人さんなんじゃないかなぁ」
「むー、ぜったいへん!」
 フランは臍を曲げたように、ぷいっと横を向いた。
 ベッドの上にお行儀悪く座り、半分崩れた胡坐で膝をぱたぱたやっている。
 最初の頃の、あの可愛らしいイメージはどこへやら。最近フランは、こうしたちょっと生意気な態度を取ることが多い。それはまぁ地が出てきたというか、警戒心が解けてきたってことで、私としては喜ばしいことなんだけど。
 ちなみにフランが臍を曲げた原因は、『ジャックと豆の木』という話のせいである。
 不思議な豆を手に入れたジャックは、大きく育った豆の木を昇って雲の上にある巨人の城に行き、そこで金の卵を産む不思議な鶏を手に入れる。だが帰る途中、巨人に見つかって生命からがら逃げ出した。豆の木を伝って地上に降りたジャックは、巨人もまた豆の木を伝って降りてこようとしているのに気付き、手にした斧で豆の木を切り倒す。哀れな巨人は地上に落ちて死んでしまい、ジャックはみごと金の卵を産む鶏を手に入れ、年老いた母親と幸せに暮らすようになり、めでたしめでたしって話だ。
 まぁ、フランの言うとおり、巨人の側から見てみれば実に理不尽な話である。
 昔話って大抵そんなもんだけど。
「ミサトはどうおもう? やっぱわるいのはジャックだよね? ね?」
「そうねぇ。人の物を盗るのは悪いことだし。でもジャックだって必死だったわけだし、仕方ないんじゃないかなぁ」
 その答えが不満だったようで、フランはますますほっぺを膨らませた。身体ごとそっぽを向く様は、まるで反抗期のお子様である。
 話の最中は夢中で聞いていた癖に、オチを聞いた途端――瞳をちきちきと瞬かせ――青から蒼へ、蒼から黄色へ――急に喰って掛かってきたのだ。
 昔話のオチにケチを付けられても、私としては苦笑するしかないのだが、本気で巨人に同情しているらしいフランを見ていると、なんとかフォローしてやりたくなってくる。
「んー……ほら、これはおとぎ話だからさ。ジャックが幸せになった時点で終わりだけど、本当はもっとお話続くんじゃないかな?」
 ぴくん、とフランの耳が動く。
「巨人さんは地上に落っこちちゃったけど、実は死んでなかったとか? ほら、なんてったって雲の上のお城に住んでるような巨人さんだよ? そう簡単に死なないって」
「……それで?」
「だけど流石の巨人さんも虫の息で、それを見たジャックは申し訳ない気分になって、なんとか巨人さんの怪我を治そうとするわけよ。巨人さんは大きすぎて家の中に入れることもできないけど、薬を塗ったり包帯巻いたりしてさ」
「ふんふん」
 興味を持ったのか、振り向いたフランの目はきらきらと輝いていた。
「巨人さんとしては複雑だよね? この怪我だって元はと言えばジャックのせいなんだしさ。でも痛くて身体が動かないから、大人しくジャックの手当てを受けるしかないわけよ。そして怪我の手当てをするうちにジャックと巨人さんに友情が芽生えて……めでたしめでたし、と」
「んー、ちょっとベタかなぁ」
 速攻で駄目出しされた。口をへの字に曲げ、あからさまに不満そうである。
 いや確かに安直と思うけど、こういう話であんまり捻りすぎるのもどうかと思うんだが。
「駄目かな?」
「だめじゃないけど……もっとこうドラマがほしいよね?」
「手厳しいわねぇ」
 それからフランと一緒に、どうすれば面白くなるかを延々語りあった。
 ジャックと巨人は実は血を分けた兄弟だったとか、最初に豆を売った商人が実は黒幕だったとか、この事件は巨人の奥さんによる計画的な保険金殺人だったとか。もう童話も何も関係ない方向にどんどん話が広がっていき、ついには巨人の力を手に入れたジャックが世界制覇に乗り出そうとまでしていた。私もフランも互いに『いや、そりゃないわ』と思いつつも、一度走り出した妄想列車は止まらない。
「そこでれいのハープくんの出番よ。てきをひきつけてそのすきに――」「ちょっと待って。そりゃ確かに良い手かもしれないけど、物語的にそれはちょっと肩透かしってもんだわ。ここでなんらかのアクションというか、山場は必要じゃないの? 折角さっきの冒険で獅子の牙を手に入れたんだし、ここでその力を見せておくべきよ!」「なによー! さっきからそんなんばっかじゃない! それじゃ読者もあきちゃうわよ!」「何言ってるの! 奇を衒ってばっかりじゃカタルシスは生まれないわ! お約束だからこそ読者は物語に感情移入できるのよ!」
「むー、ミサトのわからんちん!」「なによ、フランのへそまがり!」

 こんな感じで、喧々囂々延々と。
 いつの間にか私は『フラン』と呼んでいたし、口調も砕けまくっていたけれど、それが余りにも自然だったから互いに気付くこともなかった。当たり前のように溶け込んでいた。今更のようにそれに気付いて失礼だったかなーとも思ったが、それこそ本当に今更だ。
 主従ではなく、友達になろうと。
 咲夜さんも美鈴さんもそう望んでいたし、なにより私がそうなりたいと思ったのだから。
 遠慮は不要。友達だから喧嘩するのも当たり前。なんてことない馬鹿話をして、くだらないことでぶつかりあって……それは互いに認め合っているからできること。力とか、立場とか、そんな諸々を抜きにした『わたし』と『あなた』だからできること。

 ジャックの冒険譚を語りながら、私はそんなことを考えていた。
 敢えて口にすることはないけれど、私はフランの友達になりたかったし、フランもまた私のことを友達だと思ってくれればいいと、そんな風に――

「なにいってんのよ! わたしはとっくに友達だっておもってるわよっ!」

「――え?」

 今……私、声に出していたのだろうか?
 問い掛けようとしてフランの方を向くと、フランは「そ、そんなきがしただけよ!」と言いながらそっぽを向いてしまう。
 でも、その耳が真っ赤なのを私は見逃さなかった。
 なんか……こそばゆい。思わずこっちの頬まで火照ってくる。

 なんとなくおちゃらけるのも憚られて、互いに無言になってしまった。だけど背中を向けたフランを眺めていると、なんだか胸に暖かいものが込み上げてくる。むずがゆくって、恥ずかしくって、だけどなんだか嬉しくて。そんな沈黙すらも――どこか心地よい。

 視界の端で、ちらりと何かが動いた。
 金色の煌き。それはフランの髪。頭の横で括った一房が、ちらりちらりと揺れている。視線に気付く。ちらちらと、耳まで真っ赤にしたフランがこちらを伺っている。求めるような、ねだるようなそんな視線を、さりげなくこちらに向けている。

 だから私も微笑んで――ぽんぽんと膝を叩いた。
 
 途端にフランは満面の笑みを浮かべ、私の膝に覆いかぶさってくる。私のお腹を抱きしめ、夢見るように目を閉じて。私もまた、何も言わないまま、フランの髪を指で掬った。
 互いの体温。互いの鼓動。
 それは言葉以上に、互いの気持ちを伝えてくれる。
 不安とか、心細さとか、そういった感情が、温もりによって溶かされていく。
 自分の、それまでの全てと引き換えにしても良いとすら思える――それは幸せな時間。
 膝に掛かる重み、それは生命の重さ。
 肌で感じる温もり、それは生命の温度。
 守るべきもの。守られるもの。
 大切なもの。かけがえのないもの。
 言葉では追いつかない。言葉では届かない。
 だから指先に気持ちを込めて、フランの頭を撫でた。
 金の髪を梳くたびに光の欠片が宙を舞い、甘い吐息が磨り減った心を満たしていく。
 赤く染まる首筋が、仄かな甘い匂いが、擽ったそうに身を捩るその仕草が、その全てが、

 たまらなく愛しかった――


  §


 どれくらいそうしていたのだろう。
 気付けばもう朝。一日の始まり。
 そして――お別れの時間。
「そろそろ行かないと……」
「ん……もう?」
「うん。フランも眠くなってきたでしょ?」
「まだ、へいき、だけど……」
 少しだけ拗ねた口ぶりで、フランは一層きつく私のお腹を抱きしめる。
 まるで離さないと、行かさないと、そう言っているようで。
 だけどその力には、解こうと思えば簡単に解けそうな、そんな脆さが透けていて。
 私を困らせるわけにはいかないと、そんな悲しい物分りの良さが滲んでいて。

 だから私は――より一層の優しさを込めて、フランの髪をそっと掬った。

「また、明日会えるよ?」
「……」
 無言のまま、フランが腕を解く。
 赤と青、そして黄色と橙色が入り混じった瞳で、私を見上げる。
 少しだけ不安そうな、怯えた瞳。
 ちかちかと瞬き、瞳に緑が混じる。
 そしてまたフランの瞳が、表情が、変わっていく。

「明日なんて……くるかどうかわかんないじゃない!」

 それはフランに似つかわしくない、引き攣るような、引き裂かれるような叫び。
 だけどそれはフランの中から溢れ出た、隠しきれない真実の心。
「フラン……」
 言葉を失う。
 解っているつもりで、全然解ってなかった。
 知っているつもりで、全然気付いてなかった。
 この牢獄に取り残される者の気持ちなんて、私は――
「うそ、だよ」
 指が止まる。
 誤魔化そうと、伸ばした指先が、その一言に止められる。
「ミサトを困らせようとしただけ。ごめんね?」
 目を細め、にっこりと微笑んで。
 辛い気持ちを押し殺し、何でもないような顔で。
「また……明日だよね?」
 そんな風に言われ、私の心がたやすく揺れる。
 どうしようもないことを、どうにかしようと、身の程も弁えず模索する。
「う、うん。でもね? フランが良ければ私は――」
「また、あした」
 遮るような、フランの声。
 それはどこか大人びた、諦めの声。
 惑う。迷う。揺れ動く。行き場をなくした指先が、からから空しく宙を掻く。
 言葉に従うべきか、心に沿うべきか、決断を迫られる。
 そして私は――

「また……明日、ね?」

 フランの言葉を――尊重した。

 人はいつまでも子供のままではいられない。それは吸血鬼であっても同じこと。
 自分の心を殺して相手を思いやる優しさを、強さを、大事にしなければならないと思ったから……私も自分の心を押し殺して、そう頷いた。
 フランが身を起こす。
 身体の一部と化していた重さが、すっと、音もなく消えていく。
 それが名残惜しくて、手を伸ばして、でもできなくて。
 だから代わりに――できるだけ平気な顔で、小指を伸ばした。

「指きり……しよっか?」

 フランはきょとんとした顔で私を見つめる。
 顔の前に突き出された小指を、不思議そうに見つめている。

「いい? お互いの小指を絡ませて『ゆーびきりーげんまん、うーそつーいたらはーりせんぼんのーます』って歌いながら小指を離すの。絶対に約束を守るっていう誓いの印」
「ゆび、きり――?」
「そうよ。さ、フランもこうやって指を出して」
「こ、こう?」
「うん。じゃ、いい?」
「何を……ちかうの?」
「そうだね……もし、フランがどうしても一人に耐えられなくなった時、いつだって私が駆けつける。何もできないかもしれないけど、それでも絶対そばにいる。約束するよ?」
「ほん、と?」
「だからそれを誓うの。いい? いくよ? ゆーびーきーりーげんまん」
「ゆ、ゆーびーきーりげんまん」
「うーそつーいたら、はーりせんぼんのーます」
「うーそつーいたら、はーりせんぼんのーます」
「「ゆーびきった!」」
 二人同時に、指を解く。
 フランは不思議そうに、自分と、それから私の指先を交互に眺め……やがてくすくすと笑い出した。
「なによこれー」
「古くから伝わるおまじないよ? 霊験あらたかなんだから」
「嘘ついたら、はりせんぼん?」
「そうよ。針を千本も飲まなきゃいけないの」
「そんなことしたら、死んじゃうんじゃない?」
「約束破ったらね? 破らなきゃいいのよ」
 ちょっと偉そうに胸を張ってみる。
 その仕草がおかしかったのか、フランは再びくすくすと笑った。
「じゃ、ぜったい守らなきゃね?」
「あったりまえじゃない。そのための指きりなんだから」
 フランが笑い、私も笑う。
 それはただの戯れ。誓いというにはささやかすぎる、ただの約束。
 でも、だからこそ、それは決して違えることはない。
 それは誓いではなく、願いだから。
 それは戒めではなく、祈りなのだから。
「じゃ、また明日」
「うん、また明日」
 小指をかざし、微笑みながらお別れを。
 また明日。再会の約束があるなら、別れもきっと辛くない。
 
 だから今は――ゆっくりとおやすみなさい。


  §


「ふぅ……流石に足が痛いなぁ」
 一晩中膝枕していたのだから、当たり前といえば当たり前である。
 フランの身体は羽のように軽かったけれど、それでもしばらく足が痺れていた。あれだけ綺麗な別れ方をしておいて、足が痺れて立てませんでしたなんて格好悪いにもほどがある。なんとか根性で誤魔化したけれど、扉を閉めた途端廊下にへたりこんでしまった。
 足をさすり、締まらないなぁと思いつつも、気分はそんなに悪くない。
 身体はくたくただけど、鼻歌でも歌ってしまいそう。
「ん。そろそろ大丈夫かな?」
 痺れた足をもう一度揉みほぐして、ゆっくりと立ち上がる。
 まだ足の感覚が鈍いけれど、とりあえず歩くのに支障はなさそうだ。
 長い廊下を抜けて階段へ。
 転ばないよう慎重に、確かめながら歩いていく。
 それにしても……今日は色々なことがあった。
 昼には咲夜さんたちとお昼を食べて。
 司書さんの剣幕に圧倒されて。
 パチュリー様の前で泣いて。
 そしてフランと――

 身体は疲れていたけれど、心は軽い。
 足の痛みさえなければ、スキップでもしてしまいそうだ。
「えへへ」
 思わず笑みが込み上げる。抑えきれず顔がにやけてしまう。
 美鈴さん、咲夜さんと友達みたいにお話できた。司書さんも面白い人だった。パチュリー様とは色々あったけれど、最後には私を認めてくれた。館に来た当初は不安で一杯だったけれど、勇気を出してぶつかってみれば、みんな良い人ばかりだった。あの言うこと聞かない妖精たちだっていつかはきっと心を開いてくれる、そんな確信があった。
 そして――フラン。
 指の間を通る、滑らかな髪の感触。
 掌から伝わる、柔らかな頬の温もり。
 友達だと言ってくれた。側にいて欲しいと言ってくれた。私を必要としてくれた。
 小指をかざす。顔がにやける。
 今まで誰かに、あれだけ必要としてもらえたことはなかった。
 側にいても良いではなく、いて欲しいと、そう思われたことはなかった。
 自分を必要としてくれる人がいる――それを思い出すだけで、これからどんな辛いことがあろうとも生きていける気がする。
「えっへっへっへっへー」
 にやけながら、気がつけばスキップしていた。
 二段飛ばしで階段を上がり、踊り場で華麗にスピンを決め、石造りの壁をぺちぺちと叩く。
 史上最強の浮かれっぷり。世界の全てが私を祝福してくれているような、そんな気分。
 幸せは、ほんの少し足を踏み出すだけで手に入るものだった。
 今までの私はそれを知らず、その場に留まっているだけだった。
 なんて馬鹿だったんだろう。
 一歩足を踏み出せば、世界はこんなにも素晴らしいものだったのに。

 本当に――愚かしい。

 どうしてこうも鈍いのか。

 知っていたはずなのに、嫌ってほど理解していたはずなのに。

 幸せが、足を踏み出した先にあるのなら。

 不幸もまた、足を踏み外した結果に過ぎないということを――

 二段飛ばしで階段を上がり、
 最後の踊り場をくるりと回って、
 あと少しで地上に出るというところで――私の足が止まる。心も、止まる。

「随分とご機嫌ね?」

 階段に腰掛け、
 組んだ両手に顎を乗せ、
 瞳を細め、猫が鼠をいたぶるように、
 にやにやと、にたにたと、おどけるような、嘲るような笑みを浮かべて、
 
 紅い悪魔が――そこにいた。
コメント



1.無評価Chuck削除
Stands back from the keyboard in amtanmeez! Thanks!